我が名は皇帝の勝利


― 55  ―


「強いな」
 敵の将はアウリア・レフィア『少佐』
 あの軍事大国は何故か少佐に艦隊を率いらせて最前線に現れた。二十代前半らしい、アーロンと変わらない年齢の佐官の青年は
「左翼壊滅」
 軍事大国の艦隊を率いるに相応しい青年であった。
「此処までか」
 前線から脱出できた艦隊がカッフェルセス要塞へと戻った。後は……ダンドローバー公、貴殿に任せよう。降伏するもよし、最後まで抵抗するもよし。
「総督! 敵の総帥から通信が入っておりますが」
「繋げ」
 一軍人として生きてきた自分の、最後の相手国がエヴェドリットとは。シュスターの子孫を名乗っているこの国の最後に相応しいのかも知れない。
『あんたがヴァルカ・デ・ヒュイか。お目にかかるのはお初かなあ? それとも戴冠式の映像でみたか? まあ何にせよ、初めましてクレスターク=ジルニオン十六世だ。それで、あんたを殺すんだが最後に何かあるか?』
 煙管を噛み、何処か遠くを見ている男。
「ない」
『軍人らしい男だなあ。最後に一つだけ聞いておく、何であんたは小皇帝の皇族虐殺に異義を唱えなかった?』
 何を考えているのか解からない、エヴェドリットの王の言葉に私は答える言葉はない。
 エバーハルト殿下のご息女インバルトボルグ陛下は紅蓮の髪を持っていた。有名な皇帝サフォントと同じ髪であったそれは、この王国の宝となる。
 宝が宝物庫にしまわれるのは必定だが、殿下のご息女は生きている、話もなされば笑われもする。インバルトボルグ陛下は唯一人宮殿の奥にしまわれたまま、誰も其処から出そうとはしなかった。そんな事はエバーハルト殿下もガートルード様も望まれてはいなかった。
 あの二人は、インバルトボルグ陛下を外に出して自由に育てようとしていたのだ。それを私が言った所で、通るはずも無い。誰一人インバルトボルグ陛下を外に出して良いとは言わなかった。
 ラディスラーオの誘いに乗ったのは、その時だ。
 私ではインバルトボルグ陛下をお救いした後の治世は不安定になるが、ラディスラーオならば上手くそれを敷けると。王宮に攻め入り、国王夫妻を殺害した後ラディスラーオは言った。【暴徒を鎮圧してこい】周囲の惑星三箇所で、同時に起きた暴動。あれを仕組んだのは、ラディスラーオだと解かっていながら私は従った。
 国王夫妻を討っただけでは、インバルトボルグ陛下が自由になれるとは到底思えなかった。いや、自由になる事はなかったであろう。【他国に奪われるから】と宮殿の奥にしまう事をラディスラーオにも強要したであろう。
「異国の王に語る言葉はない」
『解かったよ。じゃあな!』
 まるで旧知の人間に別れを告げるかのように、ジルニオン王は手を振り、そして通信は切れた。
 その後、レフィア少佐の背後から現れたのはベルライハ大元帥が率いる本隊。戦いの巧者と言われた男は、その噂通りの強さであった。
「護衛艦大破! 総督! お逃げ……」
「この艦が私の最後だ」
 私は頭を振り、最後まで軍事大国の天才、あの軍帝ナイトヒュスカと同じと言われる力量の大元帥と戦う。
 結局、私はインバルトボルグ陛下を置き去りにして帝星から去った。
 私は皇族の虐殺を知っていて暴動鎮圧に向かい、あの男は皇族を虐殺する。私には止める事が出来た、ただ私はエバーハルト皇子のご息女が自由になれれば良いという、その一点だけで虐殺を黙殺した。それはラディスラーオと共に責められるべき咎であった筈。
 だが暴動を鎮圧し、帝星に戻ってきた時に言われた言葉【将軍が居てくだされば、皇族方の虐殺は防げましたのに】
 少し考えれば解かることであった。
「……大破!」
 三箇所同時に、あれ程までに上手く暴動が起きるなどあり得ない。だが、誰もが私が暴動を鎮圧しに行っていたが為に虐殺が起きた。私がいれば虐殺は起きなかったと……違う! 私は虐殺を教唆したようなものなのだ。同罪なのだ! と。
 【生まれがよければ、よく取ってもらえるものだな、ヒュイよ】
 あれがラディスラーオ策略であったのか、どうなのか……人々が勝手に解釈を曲げ真実を見ようとしなかったのかどうなのか、私には理解できなかった。
 だが、私の立場は“皇族の虐殺に反対であった総督”であり、ラディスラーオの立場は“皇族の虐殺を実行した簒奪者”となる。私とラディスラーオが顔を付き合わせているのは甚だ危険な状態となった……表面的に。そしてある者達は私にラディスラーオの殺害を教唆してきた。
 私が帝星にいれば、ラディスラーオは殺害される可能性もある。いや、確実に殺害されただろう。そしてその後に起こるのは、インバルトボルグ王女の“夫”選別。その候補に私があるが、私には治世を敷く度量はない。ただ戦うのみ。政治的な能力はあの男に遠く及ばない。
 遠く離れ、反目の体勢を取らなければならなくなった。なによりも【イバルトボルグ陛下の後見人】が虐殺教唆の立場にいたと知れるわけには行かない以上、私が上手く嘘を付くことが出来ない以上、遠く離れるしかなかった。
「さらばだ!」
 目の前のスクリーンに映るミサイルの嵐……私は貴方を自由の身にして差し上げたかった。

 ダンドローバー公からその旨が来た時……私は……貴方の自由を……私は差し上げる事ができな……


「陛下、ヴァルカ・デ・ヒュイを打ち取りました。掃討戦に入ります」
『おう、よくやったベルライハ公。大分苦戦したようだな、レフィア』
「申し訳ございません」
『相手は名の知れた軍人だ、今はまだ無名のお前としては良くやったほうだ。次のカッフェルセス要塞の機動艦隊もお前が先鋒でいく。いいな、レフィア』
「御意」
『ベルライハ公』
「はい」
『俺とお前の機動装甲を用意しろ。付いて来い』
「御意」


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