「赤毛のインバルトボルグ?」
ジルニオンが赤毛のインバルトボルグを手に入れると言い出した。
アスカータ共和国から引き出したデータにあった、次の攻略国の現小皇帝の妻の詳細……と言うほどではないデータ。
「シュスターの血を引いているようだな」
その特徴的な赤い髪は、どうも銀河大帝国第四十五代と同じものらしい。
銀河大帝国皇帝と同じ髪……それは我々から見て危険分子以外何者でもない。
そのままにしておくわけには絶対にいかない、かつてその最後のシュスターが残した遺言『かくて頚木を放すなと 我等 血と改竄と歴史と欺瞞の統制者なり 忘れるな』あの言葉に従って、我々は彼女に対して何らかの処分をせねばならぬ。
それを語り、正当性を誇示しようとは思わない。それは秘密裏に行われて、知らぬ者には一生知られぬようにせねばならぬ。
「この国はシュスターの末裔が建てたって言ってたが、まさかそれが本当だとは思いもしなかったぜ」
アスカータ側の持っていたものは十年以上も前のデータではあるが、かなり信憑性が置けるようだ。
「だが、今更シュスターを持ち帰ってどうするつもりだ? まさか妻にでもするつもりか?」
シュスターの血を引く娘を持ち帰っても、ジルニオンがわざわざ妻帯するのか? 前の結婚はさて置き、生粋の男好きが……と思ったのだが
「おう。する」
あっさりと返された。待て、お前が結婚するとなると、それも傍目にもシュスターの血を引いている娘と結婚などしたら、皇太子となったクロナージュの立場がなくなる可能性もある。
「待て、クロナージュはどうする気だ! いきなり自分と二つ三つしか違わない母親を迎える上に、シュスターから生まれた子が」
「俺じゃねえオマエだ、エバカイン。はぁい? ちゃんと聞いてるかぁ? 同名じゃねえぞ。エバカイン=エバタイユ・キュエラディア・ファイカロ君、三十四歳、隻腕隻眼のエヴェドリット王国大元帥ベルライハ公爵。俺、ジルニオン=バランタオン・クローティカ・ギュルメリーゼウの目の前にいるオマエの妻だ」
相変らずの喋り方だ……で、私だと?
「断る」
取り敢えず断る。断る事を知っていてこうやって喋っているのだから、断るのが筋であろう。
全く、この反応が楽しいというが何が楽しいのだ?
「何でだよ、いいじゃねえか貰えよ。顔は地味だろうが、オマエ人を顔とかスタイルとかで判断しねえだろ。人前に殆ど出てねえから顔もスタイルも良く解からねえけどな。まあ、オヤジに似てりゃあ熊だけど」
「熊?」
人間の、それも年頃の娘の容姿を表現するのに最も不適切じゃないか?
「インバルトボルグはエバーハルトの娘だよ。聞いた事くらいはあるだろエバーハルト」
「ああ、あの艦隊戦で機動装甲のジュレウラ、当時のリーダを引かせた人物だったな……いや熊だろうが何だろうが構いはしないが、それ以前にその娘十八歳になったばかりであろう? 私は三十四歳、もうじき三十五になるんだぞ?!」
全く、クロナージュの夫になれと言われたこともあったが……相手の娘の身にもなれ。
「三十四からもうじき十歳とかになったらスゲエな」
「話を可笑しくするな、ジルニオン。私とその娘は十六も離れているんだぞ」
突然父親のような年齢の男、それも侵略者と夫婦にさていいものではあるまい。
大体、インバルトボルグはラディスラーオとかなり昔に結婚しているのだから、それなりの情もあるだろう。小皇帝は悪い噂もあるが、評価は高い。あの評価通りの人間であるならば、娘とそれなりの生活くらいは出来ているであろう。
「オマエ、ラディスラーオの年齢知ってるか」
「私達と似たような物であろう?」
「三十七。俺達より三歳年上で娘より十九歳年上。二十九の時に十歳のインバルトボルグを強姦した?」
“強姦した?”の所で首をかしげて語尾を上げるな! そんな噂は聞いた事がない。最もあの小皇帝がそんな噂を真実であろうが無かろうが流させる訳もない。だから、
「語尾付近を大問題な疑問系にするな! 憶測でものを言うな!」
勝手に口にして相手の娘と小皇帝を貶めるな。心の奥底からそんな気はないのは知っているが、取り敢えず諌める……それが仕事のようなものだ。
「いいじゃねえかよ。インバルトボルグは暴虐な夫に虐げられていたのを、ベルライハ公爵に助けられましたって所で」
「助けに来た人間が侵略者では意味があるまい」
何分ほど見詰め合ったか。ジルニオンは煙管に火をつけ一息吸い込むと、
「オマエが嫁にしないってなら……本物ならば殺すぞ。いいな」
はっきりと言った。
「殺しますか」
正直、その娘が本物のシュスターであれば私が妻にしなければ殺害するしか残っていない。
それは解かっているのだが、八年も共に暮らした男から引き離し、王宮から出た事も無い娘を戦艦に押し込めて暮らさせるのか?
「本物であった場合は、血の頚木に混ぜなければならねえだろが。オマエ以外は居ない」
確かに私しかいないだろうが、私はお前の“クレスターク=ジルニオン十六世”の軍に加わっていたい。お前が進軍する隣で、私も進軍したいのだ。だから姫を城に住まわせて、城に帰るなどという事は……
「ロヴィニアのサウゼロイは? このまま進軍していけば一年足らずで手に入りますが」
別の頚木の名をあげてみた。このまま行けば一年程度でロヴィニア王国に到達する。あの国は、侵略は容易く王が一人いるだけだ。血の頚木ロヴィニアのサウゼロイ王。
「考えないでもないが、元々サウゼロイは処刑する計画だ。クロナージュの初陣の相手にする、処刑まであれに任せる予定を変えるつもりはない。よって残りの頚木の番はいない」
「……本物だったら考えさせてください」
処刑された方が幸せなのかどうか? 侵略者たる私達の真意を知らぬままに略奪され、私の妻になるのが幸せなのかどうか……
「やったぁ! 嫁にする? 十七年前くらいに使われなくなったお前さんの婚約指輪とか実家から取り寄せたらどうだ?」
「そんなモノ、とうの昔に捨てている! 婚約破棄した相手に渡すつもりだった指輪なんぞ捨てるに決まってるだろ!」
それは解からない。
婚姻後、真意を知らせたところで幸せになるとも到底思えない。
「いやあ、ゴメンなあ。オマエが婚約破棄した相手を孕ませて。まあ、俺が娶った頃には別の孕んでたけどよ」
何にせよ我々はかつての“シュスター”の遺言通りに、銀河を再統一する。正確には、散らばってしまった『私達』を集めて再び頚木に閉じ込めるだけのこと。銀河帝国は広大な檻である。
「別に婚約破棄した後ですから構いはしませんが……他の貴族は如何いたしますか? そのインバルトボルグが本物であった場合は、他の皇族や貴族にもその兆候がある可能性が高いですよ」
その血の頚木に押し込めるのは、インバルトボルグなる娘だけではない。それに連なる者全てが対象となる。
「その点は小皇帝・ラディスラーオに感謝しておけ。あの男、八年前に玉座を奪った際、皇族を軒並み殺害したうえに縁者も根こそぎやった。王族系列で残っているのは今これからレフィアの練習相手にするヴァルカ総督、その妹ママーリエ、夫のレイアーネンそしてその息子のハーフポート伯アーロン。小皇帝の腹違いの弟モジャルト大公アグスティンと、ダンドローバー公爵デイヴィット、それと小皇帝の父親ハイケルン伯爵ナバティーエルと小皇帝が妾との間に儲けたクラニスーク、以上だ」
ヴァルカ総督とハーフポート伯は聞いた事がある、両者共軍人。
「ヴァルカ総督とハーフポート伯は軍人ですね。この二人は殺害しますか?」
「後々の事を考えると片方は生かしておきたいが、血筋が厄介だからな……このアーロンとインバルトボルグってどうだ、歳も近いし。良い組み合わせじゃねえか?」
「確かに歳も近いんですが、当人の気持ちも少しくらいは考慮してあげましょうよ」
インバルトボルグとアーロンがなさぬ仲でしたらそれもいいですが、侵略者が『これとコレ組み合わせたらどうだ?』と勝ってもいないのに語るのも、どうでしょうか……。
「俺が誰かの気持ちを考慮して生きるような人間に見えるか?」
「確かに他人の気持ちを考慮するジルニオンなど、気味の悪い生き物でしょうね」
「あ、冷たい。俺の繊細にして優美にして虚弱な心が痛い」
煙管を持ったまま、変な動きを繰り返している。暫く好きなようにやらせた後、
「……………………気が済んだか、ジオ」
「そんな顔するな、エバ。インバルトボルグは最悪の場合、俺が王妃にして子供を後継者にする。その際はお前がクロナージュを妻にしろ、良いな」
「御意」
どうなる事か。侵略するまではわからない。
ジルニオンは通信画面を出し、指を鳴らして命じた。
「レフィア艦隊、出撃せよ」
彼等は我々が侵略しに来たと思うのだろう。それも違わないが、我々は殺しに来たのだ。『人殺しのエヴェドリット』その真実を知るのは、今現在お前と私の二人だけだな、ジルニオン。