繋いだこの手はそのままに −54
 シュスタークとロガが家に戻った後、
「はぁい! お届け物で御座いますよ」
「な、なんですか?」
「ナイト様よりロヴィニア語辞典と、財務省入省試験必須科目リストでございます」
 その日のうちにロレンの欲しかった教材は届けられた。
 意外とあの男、行動が早いんだなあ……と思った二人。早くて当然、会話を宮殿から監視しているのだから。
「ど、ども……」
 やたらと早いお届け物と、持って来た男の背の高さに兄弟は顔を見合わせる。作業服のようなものを着用しているその背の高い男、
「どうかしましたぁ?」
「いや、あの……帝星って、その金髪でふわふわした長髪の男ってたくさんいるのかな……」
 髪の毛がとても優美なのだ。
 格好と髪の毛や顔立ちが全く合っていない。彼らが最近見かける警官もそうだが、その金髪に作業服や警察官の服は似合わない。そう思って尋ねたのだが、
「ああ、結構居ます」
 居ると聞かされて、不思議な気持ちになった二人だった。
 ただ、帝星の宮殿に多数いるだけであって世間一般にゴロゴロいる髪ではない。
「あ! キャメルクラッチさん」
「おや、キュラ。元気にしてたか」
「知り合いなの?」
 傍から観れば「兄弟」と言ってもいいほど似ている二人は、親しげに挨拶はするが、
「ああ、知り合いだよ」
「兄弟ではないよ。僕は一人っ子だから」

 兄弟でも知らないようなことを知っている間柄だが、そこは言わないでおくのが大人としての作法であろう。

 その後、キャッセルは『ポーリンさんにお届け物』と二人の家の向かいに入っていった。
「どうですか? キャメ」
「かなりの数が紛れ込んできた」
 現在 “休暇中” となっているタウトライバの代わりに、キャッセルが現在帝国軍の管理を行っている。これは罠で、タウトライバが家族と過ごしていないことを知られるように、休暇中としている[敵]が何処に居るかわからない帝国軍代理総帥の居場所を探す為に、動き回りそれを捕捉することが目的。
 無論これはタウトライバの真の居場所を知られる危険性もあるが、それを差し引いてもする必要があった。
 十年以上、彼等は敵が此方の仕掛けた罠にかかるのを待っていた。
「サーパーラントを使って……ですか?」
 サーパーラントはキャッセルの稚児。
 “少年をこよなく愛するオーランドリス伯爵は、自らの稚児を率いて戦争に向かう。ただ、非常に年齢に煩く十一歳から十三歳までの少年しか愛さない” これを流布させて、彼等は待った。帝国最強騎士の寝所に特別扱いされる少年を送り込んでくることを。
 内部の情報を探れる立場に少年であれば誰でも入り込める、それを流布させ彼等は待った。
 時には内通者であった少年を処刑して、警戒しているそぶりを見せながら待つ。少年を手元に置く期間を短くしたのは、彼らの計画に一定の期間を持たせる為に。少年を送り込んでから二年以内に行動を起こさなければならないようにさせる為に。
 [敵]も情報を得るために、オーランドリス伯爵が好む少年を育て上げる。
 敵が[オーランドリス伯爵の稚児]を育てやすくする為に、キャッセルは一定の容姿の少年を手元に置き続けた。それを観て、敵は入り込みやすい容姿の少年を見つけ、キャッセル好みに育てながら、彼等に誓うように育てる。何処まで騙せて、何処から騙されているか? 互いに疑心暗鬼ではあるが、ついに敵は行動に出た。
「サーパーラントは上手く情報を伝えてくれているようだ。ただ、向こうもあまりに障害がなく準備が整っては、警戒すると思うのだが」
 サーパーラントを内通者にし、他の反乱分子と共に帝国軍人として紛れ込んできたのだ。敵の狙いはシュスターク。
「出撃前に、叩きますか」
「四割程度は刈ろう考えている」
「四割、その中に “ザベゲルン=サベローデン” が入ってくれればいいのですが、そうもいかないでしょうね」
 そして、敵の主はザベゲルン=サベローデン。
「いかないだろうな。ヤツは途中で合流する部隊に紛れ込んでくるらしい」
「どんな男に成長しているのでしょうね」
 その存在が知られたのは今から十九年前。
 僭主一党が “皇帝” と期待を一身にかける男。
「さあな。今年で二十四歳、陛下と同い年のエヴェドリット系僭主。眼球欠落症。それ以外は解らぬままだ」
 シュスタークの暗殺に失敗した者の口から出たその男の存在は、周囲は解っていても彼自身のことは今だ杳としてつかめないでいた。
「眼球欠落のエヴェドリットは厄介でしょうね。体機能が尋常ではない」
 特異な血統を持つ彼等には、彼等特有の病が存在する。その一つが眼球欠落症。眼窩が存在せず、目のない顔を持つ。視覚を手術や器具で与えても、決してものを見ることが出来ない体質。だがそれは、驚異的な身体能力をも所有し、
「視覚部を持たないタイプは後天的特殊能力を持っている可能性がかなり高い。それが観念動力でないことを祈るばかりだ」
 超能力を持つ者が多い。
「ですが、遠隔透視でも厄介ですよ。しかし、それについての情報は?」
「向こうも御大の素性に関しては、細心の注意を払っている。下級貴族の稚児如きには詳細は知らされてはいないようだ」
「我々は秘密にしていますからね。どうやっても情報は集められないでしょうよ」
 秘密にしていると言うよりは、測る事ができないでいた。
 下手にシュスタークの中の “ザロナティオン” を揺り動かして “ザロナティオン” になられては元も子もない。よって彼等の手元にあるデータはザロナティオンのものであってシュスタークを測った物ではない。真のシュスタークがどれほどの力を持っているかを知らないことは、彼らにとっても危険なことではあった。
「ただな、ポーリン」
「なんですか、キャメ」
「向こうの御大は、相当な体躯の持ち主らしい」
 持たらされている情報から、小柄ではないだろうと考えられている “ザベゲルン=サベローデン”
「私くらいあると?」
 庶子兄弟の中で最も背の高いタウトライバが尋ねると、キャッセルが首を振り、
「あの稚児が言った “ライハ公爵くらいの体つきの人が一般兵だと目立ちますよね”」
 稚児が口にした言葉を語る。
 尋ねた方は、話の流れの中で語った些細なことになるように上手く語ったつもりだろうが、稚児の言葉は全て録音され、それを日々解析されている。その解析の中で “ライハ公爵くらいの体つきの人が一般兵だと目立ちますよね” この言葉は「誰かに言わされた言葉」に分類された。
 音声までも偽っている可能性はあるが、最初に齎された情報が正しければ、この稚児の言葉は正しいことになる。
「眼球欠落ですから身体が小さい事は先ずないとは思いましたが、ですが……カルニスタミア級ですか? それは目立ちますな。奴隷一般兵として紛れ込むのは不可能でしょうな」
 眼球欠落症であれば、身体が大きいのは確実。カルニスタミアとタウトライバはほぼ身長が同じだが、身体の厚みなどはカルニスタミアのほうが上だ。
「そんな大柄な一般兵がいたら、噂の的であろうなと言っておいた。だが、奴等は必ず戦艦に紛れ込んでくる筈だ、我等が御大を討つために。ならば、何処に潜むと考える。艦隊総司令長官よ」
「倉庫、でしょうな」
「積荷を増やすか? 減らすか? どうする?」
「増やしましょう。奴等が潜みやすいように」
「解った」
 これから帝国に戻り、僭主の一党を炙り出し全滅しない程度に刈りにかかるキャッセル。そして病床にあるとされているタバイ=タバシュ。
 帝国宰相が語ったとおり、胃に穴が開いたのは本当だが、既に完治している。それでも彼が皇帝とロガの逢瀬……らしきものに付き添わないのは、キャッセルと共に潜り込んできた僭主の手先を摘発する為。
 王国側をあまり信用していない為、カルニスタミア達にも詳細は知らせていない。
「それと、これは私の一存なのだが。このことに関して、ガルディゼロ侯爵に委細を教えておこうと思っている」
 だがキャッセルは、彼に知らせようとしていることを教えた。
「ガルディゼロにですか? ケシュマリスタに情報が流れませんか?」
「実はな、かつてあれを稚児としていた時、私が何故稚児を特別扱いするのか語った事があるのだ。伝えてもよし、と言って手放したのだが、あれから十年近くたった今でも語ってはおらんそうだ。式典の最中に戻ってきて楽しませてもらった際に尋ねてみたよ。キュラは下手な嘘はつかぬからな」
「貴方がそう言われるのでしたら。正直、ガルディゼロは何を考えているのか解りませんが、貴方は私よりもずっとガルディゼロのことをご存知でしょうから」
「あの男は陛下を裏切らぬ」
「陛下、ではなくカルニスタミアでしょうが」
「さあな。それでもあの男は、利に敏く判断力も決断力もずば抜けている。我等が “ザベゲルン=サベローデン” とその周囲に後れを取らねば、敵に回る事はない。そして勝つ為にならば敵にもつけ、なお敵をも信用させる事ができる男だ。他の者達は詳細を聞いても、あれほどまで上手く立ち回ることはできまい。それが王子の限界であり、庶子の処世術だ」
「高く買ってますな」

「まあな。割と思い入れの深い相手だよ。向上心旺盛な子だった。何より、我等と同じ庶子だった。生き延びる為には手段を選ばぬ」

 誰にも望まれないで生まれてきた彼等は、生き延びるためには手段は選ばない。そうしなければ生きてこられなかった為に。
「お邪魔しますよ!」
 そんな重苦しい中、
「おや、ロレン」
 ロレンは入ってきた。
「はい、ご飯。明日の朝の分までな。足りるよな、あとは水ここにおいて置くし、バケツも空にしておくから。ま、ロガが来るかもしれないけど、あんま期待すんなよ。ナイトがうろうろしてて、ここまで来られない可能性もあるし」
 テキパキと明日の朝まで過ごせるように準備をしてゆく。その姿を優しく見つめる二人。
「平気だよ。ロレン、ありがとね」
「いや……」
 タウトライバはわが子を思い出しての笑顔。
「本当にいい子だね」
「ど、ども……」
 キャッセルのも笑顔だが、弟とは全く違う。
 笑顔の二人に見送られて出て行ったロレン。バタンと戸が閉まった後、
「あの子、可愛いよね。ペデラストの血が騒ぐなあ。僭主の稚児を処分したらあの子を」
「騒いじゃだめです! 兄!」
 そう言うキャッセルにタックルを決めるタウトライバ。

 この人、唯の趣味でやってんじゃないのか! そう思わずにはいられないタウトライバであった。
(好きじゃなきゃ、十年以上も罠張ってられないって / キャッセル)


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