繋いだこの手はそのままに −207
 幼児と化してしまった弟にこの顔はまずかろうとタオルで拭い、今のカレンティンシスがつくれる最高の笑顔で部屋ともどり、
「カルニスタミア、聞いてきたぞ。これは”はかない”と読むそうじゃ」
 父上から聞いてきたぞ! とばかりに教えてやる。
「ありがとう! 兄上様」
 肌触りの良さよりも豪華さを追求した絨毯を、カルニスタミアが膝歩きで進む。自分の目線よりも下にある、髪の短い弟の頭を存分に撫でながら、
「父上も褒めておったぞ」
「ありがとうなのじゃ!」
 褒める。
 撫でている指に力がはいりかけた事に気付き、髪を摘むようにする。幼児の頃の髪質とはまったく別だとは解るが、幼い頃の髪質がどうであったかと問われると、指先が微かに覚えているとしかカレンティンシスには言えない。
 榛色の柔らかい髪、優しげだが男の凛々しさを持った顔。
 身長も肩幅も身体の厚みも、すべて越していった弟を羨ましく思ったことに少しばかり後悔していた。
「カルニスタミア殿下、お持ちしました」
 二人で床に座り遊んでいると、部屋にいなかったリュゼクが大きな円筒の容器を持ってやってきた。
「それはなんじゃ? リュゼク」
「飴です。カルニスタミア殿下が希望なさったので」
 容器の中には色取り取りの渦巻きキャンディー。一つ一つ袋で包装され、首の辺りを縛るリボンは由緒正しく緋色。本来王族の口にはいる者は、手間暇をかけて手作りされるのだが、緋色のリボン付きで物が物。出来る限り事態を広めたくはないリュゼクは、仕方なしに機械を自ら操り、カルニスタミア希望の飴を作った。
 機械の操作方法を聞きながら操作して、何度か試行錯誤して自らラッピングしてきたので、かなり時間がかかってしまったのだが、誰も咎めはしなかった。
 希望したカルニスタミアも、
「んまい」
 存分に口に入れて目を細めて喜んでいる。
 カルニスタミアが希望したのは、口いっぱいの渦巻きキャンディー。三歳のカルニスタミアの口の横幅ならば通常サイズでよいのだが、現在のカルニスタミアの口の横幅いっぱいのとなると、かなり規定外。大きければ良いというものではなく、あくまでもカルニスタミアの口の横幅にぴったりとはまらなくてはならない。そしてもう一つの問題である”棒”
「そうか、良かったな」
 棒の部分を両手で持っている。
 普通の棒の太さではカルニスタミアが両手で持つには足りず、だがカルニスタミアの手の大きさに合わせると飴の厚みが尋常ではないことになる……など、デザイン工学などを駆使して作らなくてはならない状態に。
 機動装甲を作る上で必要なために学び、デザイン工学も他者の追随を許さないエーダリロクに聞けば早かったのだがリュゼクの性格上「儂等の王子の渦巻きキャンディー」を他者に依頼することはできず、軍人仕様で造り上げた。”軍人仕様”というのは、棒の部分が両手持ち用の彫刻がなされていること。この彫刻が施される武器は両手剣と決まっており、カルニスタミアが大人の意識をも持ち合わせてならば、無意識でも両手で持つような仕掛け。一つ難点があるとするならば、その棒部分が非常に”重い”ということ。
 身体その物は大人なのでカルニスタミアには問題はない。
 そのカルニスタミアは、容器を見てまだたくさん入っていることに気付いたので「これは兄上様にも食わせねば!」と容器を抱きかかえて、
「兄上様もどうぞ」
「もらうか」
 差し出した。
 カルニスタミアが軽々と持っているので、カレンティンシスはキャンディーが重いなどとは気付かず、無造作に容器に手を突っ込む。
「……」
 お菓子の中に手を入れたとは思えない圧迫感に、手が悲鳴を上げ、ゆっくりと手を引き抜きつつリュゼクの方をむく。
 頭を下げた彼女に”まあよい”という表情を作っている脇で、
「どうしたのじゃ? 兄上様。知恵の輪が解けなくて悔しかったのか?」
 まだ飴を舐めながら、容器を抱いているカルニスタミアが、未来の片鱗なのか? 現在の素なのか判断し辛い問いを投げかける。
「違うわい! ……まあ確かに少しだけ悔しかったがな。ほんの少しだけじゃからな!」
 カレンティンシスも頭は良いのだが、エーダリロクが作った知恵の輪は強敵であった。知恵の輪なので親友にはならないが、とにかく強敵であった。
 ……要するに、まったく外せていないということだ。
「儂が解き方をお教えいたすのじゃ!」
「飴を食べたらな」
 カレンティンシスは言いながら気合いを込めて、上に乗っているキャンディーを持ち上げ、床に一度置いてリボンを外して、勢いをこめて袋を外して急いで口に入れて、顎と両手で必死に支えながら食べる。
「美味しいですのじゃ」
 カルニスタミアは簡単に口から出し入れできるのだが、
「そうじゃああ……ぶああ」
 カレンティンシスは口から出したら最後、そのまま床まで落とすしか残っていないキャンディーを咥えたままという、普段のカレンティンシスには考えられない態度で返事をする。

「殿下、お労しい」
「ああ、もどかしい。だがその半面、この仲の良さを……」
「儂等に出来ることはなにもないのか!」

 どうにかしたいが、なにも出来ない家臣三人は、主同様涙を堪えて若干の水のような鼻水を垂らしていた。

 全身を使ってキャンディーを舐めていたカレンティンシスだが「大量に食べる事ができない」両性具有体質もあり”コント”のような勢いで口から出したキャンディーを包装の上に置き、肩で息をしながら黄色とオレンジ、ピンクと紫が混じったキャンディーを嬉しそうに舐めている弟の頭を撫でてやる。
「兄上様」
「なんじゃ?」
「お昼寝しよう!」
 ”子供”の思考回路はよく四方八方に飛んで行くもの。
「そうか……カルニスタミア?」
 昼寝するのは脳を休めることになるので良かろうと思ったカレンティンシスだったが、気付くと喧嘩するかのごとく襟首を掴まれており、
「兄上様をベッドにぽーん! なのじゃあ」
 片手にキャンディーを持った弟に、容赦なく投げられた。
「あれ? 兄上様飛んでくれたのか?」
 宙を舞う主である王。
 本来であれば王がベッドに叩き付けられる前に確保するべきだが、
「そして儂もジャンプじゃ!」
 キャンディーを持って笑顔で王殿下の上に飛び乗ろうとしてている王弟殿下(223p/142s)を止めるのに彼らは全力を尽くさなくてはならなかったので、ちょっとばかり王を無視して「王を助けに」向かった。
 カルニスタミアが本当に幼児化した状態ならば、簡単に止められるだろうが、身体能力が現在のものであれば、下手な制止は反撃してくる恐れがある。
 身体が回復してまだ完全な状態ではないにしても、ここにいる三人は楽観視できないいくらいにカルニスタミアの身体能力も戦闘能力も上。
 カルニスタミアのキャンディーを持っている右手をリュゼクが責任を持って掴み、左手をアロドリアスが押さえ、ベッドに叩き付けられそうなカレンティンシスの襟首を先程のカルニスタミアのように掴み直撃を阻止しつつ、二人の間に割って入るプネモス。

―― ウキリベリスタル様。儂もそろそろそちらに行くかもしれませぬ

 プネモスは息子(210p/120s)と友人の娘(220p/128s)を振り回して笑顔で絨毯を蹴って飛んで来たウキリベリスタルの次男(223p/142s)の合計重量を即座に計算し、背後にいるカレンティンシスを守るために命をかけても盾になろうと覚悟を決めて立ちはだかる。
 ここでプネモスが背後に倒れたら上記の重量にプネモスの125sも足されることとなり、カレンティンシスが全身骨折することは避けられない。
 唯一の救いと言えるのかどうかは不明だが、この「総重量」がのし掛かるのので、両性具有のでなくても骨は折れる。そのため骨が弱いと言われる両性具有であることを隠す事は出来る。その前に窒息死しかねないが。
「殿下!」
 カルニスタミアに振り回されていたリュゼクだが、なんとか最初に着地しカルニスタミアを引っ張り威力を削ぎ、遅れてアロドリアスも着地して絨毯をちぎりつつ自分のほうに引き寄せる。それでもカルニスタミアの身体は止まらずプネモスに激突し、
―― 身体の深部で折れる音が……
 プネモスのどこかを折ったが、彼は後ろに倒れることはなく、カレンティンシスから手を離して前のめりに膝をつく。
「飴を持ったままでは危険ですのでな」
「解ったのじゃ。ありがとなリュゼク」
「いえいえ」
 カレンティンシスの襟首を持っていたのなら、後ろ手にどこか別のところに投げ飛ばし緊急避難させたほうが良さそうに感じられるが、カルニスタミアの身体能力をもってすれば、空中で方向を変えてカレンティンシスに飛びかかることも可能であること、家臣三人は良く理解している。
 また別の方向に投げられたカレンティンシスが怪我をしないとも限らない。
 なので敢えて正面から受け止めたのだ。

「お休みなさい」
「おやすみ」
 忠義と犠牲により兄弟はベッドに入り、昼寝をすることができた。ちなみにプネモスが背骨が二箇所ほど折れていたが、彼の忠誠心にとっては些細なことである。
「兄上様とこうやって寝るのは、みんなで行った旅行以来じゃなあ」
 シーツを顎のあたりまで引き、カルニスタミアは笑顔で話しかけてくる。
「そうじゃなあ……カルニスタミア」
 寝室から三人はすでに辞しており二人だけ。
「なんじゃ、兄上様?」
「お前が儂にくれた貝殻。あれは儂の一番の宝物じゃ。大人になっても変わることのない宝物じゃよ」
 もとに戻った時、覚えていたら……それはそれで良かった。むしろカレンティンシスとしては覚えていてくれることを望み、だが大人に戻ったカルニスタミアの前では言えないと逃げて”いま”ここで告げた。
 兄から「宝物」と言われ喜んだカルニスタミアだったのだが……
「そっか。儂も兄上様からもらった隕石は大事に……あれ? 隕石……隕石が、いんせきが……」
 カルニスタミアは大きく目を開き「もう手元にはないこと」を思い出し、三歳の頃の気持ちと現在の状況の狭間に落ちて泣き出した。

「眠れ、眠るのじゃカルニスタミア。いまは考えないで眠れ」

 一番の宝物だったのだと ―― 二人とも言えぬまま時は過ぎ、そして……


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