繋いだこの手はそのままに −7
 帝国宰相デウデシオンは人と接触する事を嫌う。
 幼少期(九歳)母であった皇帝に襲われた結果、女性嫌悪は当然の事、どんな相手とも肌を軽く接触する事すら嫌う人間に成長した。当然男性も好みではない。
 容姿は帝国宰相系と言われるロヴィニアが強く出ている。鋭い目付きと、白銀の髪。
 容姿的にも、当人の性格的にも、そして深過ぎるトラウマ的にも、最も皇帝シュスタークの傍に居て【安全な男】として、絶大な権力を持っている。家臣が皇帝に会う際は、必ずデウデシオンに連絡を入れてからでなければ許可されぬほど。
「良いか、タバシュ」
 デウデシオンは先代皇帝の最初の庶子。彼の前にいる栗毛で同じ顔つきの男性はタバイ=タバシュ。デウデシオンの直ぐ下の弟で、近衛兵団団長として皇帝とデウデシオンに仕えている。
 一歳違うか違わないかの庶子兄弟(無論父親は違う)は仲が良い。
「畏まりました」
 デウデシオンとは違い、普通に人と接触する事のできる彼は、貴族の娘と結婚して【娘】を得ようとしたが結果は……言わずもがな。
 四大公爵に対しては厳しく叱責したデウデシオンだが、仲の良いこの弟が五人の子全て男児であった事に関して、責めることはなかった。
 帝国宰相と近衛兵団団長は『肝試し』について、最終確認をしていた。『お忍びである故に、あまり人が傍に居てはいけない』や『もしも、屋外で行為が始まった場合の対処法』やら、微細に調整した。
 今回皇帝シュスタークが『肝試し』に向かう場所は、帝星の周囲を回っている人工惑星の一つ、奴隷居住区。
 肉体が収蔵されている墓がある惑星で、奴隷居住区を選んだ。理由はただ一つ、自転を調節する為。皇帝の居住区である帝星と、その周囲を回っている人工惑星は、同じ時を刻んでいるわけではない。
 皇帝が肝試しに向かった先が昼……では全く意味がない為、肝試し用に使う墓地がある惑星の自転を調整し、帝星と同じに仕立て上げた。
 自転速度を無理矢理に変える為に、文句を全く言えない奴隷居住区を選んだのだ。
 帝星と同じ自転に変えられたその人工惑星を調え、娘を一人だけ連れて行くといった後の四大公爵の大喧嘩。
デウデシオンは四大公爵を怒鳴りつけ、卒倒するまで叫んで……などの困難を乗り越えて選ばれた運のよい一人の娘。テルロバールノル側で準備したハルミリアルテという名の娘。
 彼等は全てを整えた。
「これで、陛下が女性と肉体関係を……」
 デウデシオンは言いながら口を押さえる。彼は、その手の類の事を口にするだけでも嫌なのだ。それでも、必死に皇帝の后を選出する役目にも就いている。
「宰相! 無理に口になさらないでも」
「ああ、悪かった。昔よりは良くなってきたのだが。私のことなどより、陛下の事頼んだぞ」
「命に代えましても!」
 こうして、皇帝陛下の肝試しを遠くから見守る人々は、夜の墓地へと向かった。
 シュスタークは移動艇などの操縦も出来ない為、全て遠隔操作で行われている。
 明かりは当然“娘”が持つ。皇帝は自らの手にそのような物体を持つ事は無い。身体を寄せ合い、人気のない墓地を歩く男女。
「上手く行ってくだされば」
 遮蔽物のない墓地ゆえに、直接的な視覚では追えない距離に陣取って彼等はシュスタークを追尾していた。
 もちろん、シュスタークの着衣に発信機などをつけるわけにはいかないので、娘の方につけて……ではあるが。
 敵などおらず、最初に提出された通りの場所に生体反応。それを観て、彼等は安心していた。その場で驚かし役がハルミリアルテを驚かせ、そのまま逃げるなり何なりしてくれれば、この任務は終るのだ。
 終るはずだったのだ……
「うっ! あぁぁぁぁぁ!」
 男の恐怖に慄く声が集音スピーカーから聞こえてきたのは、その時。
 女の叫び声もあったが、それを上回る男の叫び声。
 そして、足音と荒い息。発信機をつけていた娘が走って逃げ出した。そしてその傍には、
「足音は一つだけ? 陛下は」
 走ってきた娘を捕まえると
「ばっ! ばけも!」
「陛下は? 陛下は何処に」
 娘は恐慌状態だが、タバイは頬を打ち問いただす。
「陛下は!」
 娘が使い物にならないと知ると、彼等は一斉に監視場所から飛び出した。
 普通は生体反応などを拾い集めてその場に向かうのだが、シュスタークは皇帝。敵に居場所を教えてしまうようなデータの登録は一切なされていない。それらの生体データが存在してしまうと、軌道上の殺人衛星から狙い打たれてしまうのだ。
「へっ!」
 その時、タバイは止まった。
 何と叫びながら『陛下』を探せば良いのか? 今此処に来ているのは「貴族の男性」であって、皇帝陛下ではないという設定だ。
 非常事態ではあるが「陛下!」と叫んで探しているのを、誰かに聞かれようものなら後々どのような事が起こるか? 想像の範囲内に留まらぬことが起きる可能性もある。
「閣下?」
「お名前を呼ぶわけにもいかなければ、陛下と叫ぶわけにもいかぬ……」
 シュスターシュスターク。
 本名:ナイトオリバルド・クルティルーデ・ザロナティウス
 当代きっての仰々しい名前。奴隷であっても即位中の皇帝の名くらいは知っている、よってシュスタークは口に出せない。
 そして、本名のナイトオリバルド・クルティルーデ・ザロナティウス。何処を取っても、皇帝の名の変改。こんな名前を名乗れるのは、やはり皇帝しかいない。最後のザロナティウスなど、帝国の誰もが知っている帝王・ザロナティオンをもじったもの。ナイトオリバルドは「ナイトベーハイム帝」「オリバルセバド帝」を合わせたもので、クルティルーデは先々代皇帝クルティルザーダの変形名。ここ三代は代替わりが早いので、この名前も直に足がつく。
 これ程までに有名な皇帝の名前を重ねてしまっている以上、声を出して名を呼ぶ事は危険! そう判断して彼等は名を呼ばすに、必死に周囲を捜し歩く。
「おりませぬかぁ!」

 主語が抜けたまま、彼等は夜の奴隷墓地を探し回るハメとなった。


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