繋いだこの手はそのままに −15
「今日も何事もないであろう」
キャッセルは他の兄弟、皇帝の父親達と共に周囲を窺っていた。
帝星には自動制御で狙い打つ兵器は多数存在するが、
「それにしても、桜の花を見ているとあの時の事を思い出す」
「あれは葉桜であったが、背筋が凍る思いであった」
自動制御狙撃というのは危険と隣り合わせでもある。
シュスターク本人は気付いていないのだが、彼は結構暗殺されかかっていた。自動制御狙撃で護衛をすると、何処に潜んでいるか解らない刺客がそれを使いかねない。何より、自動制御装置は秘密裏に動かそうが、それを整備している者たちには気付かれてしまうので、完全に秘密を守るとなると銃の整備から狙撃まで、信頼される一人の人間が行うのが好ましい。
「アーバン、其方は」
アーバンは、傍で警護しているタバイのコードネーム。
“異常ない、ベータ”
ベータは銃を構えているキャッセルの事だ。
シュスタークはただ一人の純粋なる皇族である。だがそれは、五十八人の敵対者を殺害したザロナティオンの子孫であって、殺害された五十八人の子孫や傍系はまだ殺し尽くされてはいない。
まだ内乱の傷が深いというのはそこにある。
ザロナティオンと敵対した者達、所謂 “僭主” は現帝国において、その血筋であるだけで重犯罪者であり極刑に処される。
彼等は未だに皇帝の地位を狙っている為、常にシュスタークには暗殺の危険が付きまとう。シュスタークの生態データが登録されていないのも、彼等に流用されるのを警戒してのこと。
そして未だに宮殿に下働きとして入り込んで、暗殺を狙う者もいる。
“毒麦の穂を刈る” 隠語の元、四大公爵の力で徹底的に僭主の末裔を殺害しているが、未だ “刈り残し” も存在している。
例えば、
「あれは陛下が五つの頃であったか」
「そうそう、桜の木置かれた毒虫が陛下に触れて」
「一時騒然となったな」
「陛下が再び咲くのを楽しみにしていたのを利用してだ」
「お顔が二倍に腫れて、正直生きた心地がしなかった」
そんな事もあった。被害を受けた当人には知らされていない事であるが。父親達は十八年前のその事件を思い出し、
「具合悪くなってきた」
「だから、思い出してはいかんと」
三人とも顔色が悪くなっていった。その時彼等は、注意不十分と年下ながら既に摂政であったデウデシオンに、散々叱られたのだ。
『四人もいて何処見ておったんだ! 陛下とその周囲を警戒しておらぬのならば目など必要ない! 目玉刳り貫くぞ!』
凄まじい形相で、それ専用の道具を持って詰寄られ四人は泣きながらデウデシオンに許しを請うた。その事を思い出しながら、三人が部屋の隅を各々が遠くを見つめる目で眺めていると、
「なにっ!」
突如キャッセルが叫んだ。
「どうしたキャッセル!」
「陛下が胸を押さえ! 撤収だ! アーバン! 特種救出態勢!」
タバイに抱えられて戻ってきた皇帝は、即座に検査をされた。当然何処も悪くはなかったのだが父親達は、
「そんなに大泣きせずとも良かろうが! デキアクローテムス! オリヴィアストル! セボリーロスト!」
皇帝の足元に泣いて縋っていた。男皇帝の足元に男親三人が泣いて縋るその有様、中々お目にかかれないモノである。
皇帝は椅子に腰をかけ、足を組んで目を閉じて、父親達が泣き止むのを待った。心の底から心配されている事を知っている以上、皇帝は彼等をあしらったりはしない。
「それにしても陛下、どうなされたのですか?」
仕事を一時中断し、皇帝の元に現れたデウデシオンだが皇帝は答える事なく、
「大したことではない。それよりもデウデシオン」
「何でございましょうか?」
「明日も行く。少しゆっくりと話をしてこようと考えておる、その為の準備を整えておけ」
違う話を続ける。皇帝が答えたくない事は無理矢理喋らせることなど、デウデシオンはしないので、
「御意。それと陛下」
頭を下げて答えた。
「何だ、デウデシオン」
泣いている父親達の頭を交互に撫でながら、皇帝は話を続ける。
「お名前ですが、あの娘は仕方ないとしても他の者に語る際は、別の名を使用していただきたく。娘にも、もしも他者に陛下の事を聞かれた場合、偽名を教えるように命じてください」
「ナイトオリバルドはロガ以外には教えてはならぬ、という事か」
「はい」
言われた皇帝は少し考え、
「名前を弄ったもののほうが無難であろうな。呼ばれた余が気付かねば意味がない」
「はい」
「そうだな、ナイトオリバルドを少々変えて『オーリバー』はどうだ?」
「へ、陛下。このデウデシオン、少々……それは、違う気が致します」
「ならばトオーリーでどうだ?」
何故皇帝が、奇妙な所で区切り長音を入れるのか? 彼等には良く解らなかった。
言っている皇帝自身、適当に自分の名前を区切って伸ばしているのだが。その後彼等は色々と悩み、結局『ナイト』に落ち着く。
「ナイトか。解った」
そう言って皇帝は自室へと戻っていった。
それを見送った後がデウデシオン以下兄弟達の仕事である。
「ザウディンダルを呼べ」
ザウディンダルはシュスタークの八ヶ月程年上の異父兄。
彼は庶子兄弟の中で最も品行が悪い。デウデシオンの呼び出しに、何時ものようにガムを噛みながら現れた彼は、
「何か御用でも宰相さま」
何時もの態度でデウデシオンに話しかける。
それを気にかけるような素振りも見せずに、デウデシオンは書類に目を落としながら話し出した。
「ザウディンダル。一度しか言わぬ」
「なんだよ、何か……」
「良いか、主のその素行の悪さを放置しておいてこれ程までに役に立つとは思わなかった。今陛下が通われている衛星に置かれている管理課がある。そこの管理責任者は非常に小物であり、小物特有の上前をはねる云々を楽しんで行っておる。奴隷に配布される給金の上目をはねる役人だ。その男、小物である故に非常にいやらしい事に鼻が利く。既にその男は墓地に向かう貴族男性の存在を掴み、近寄ろうとしておる。そこでだ、ザウディンダルよ、お前が管理責任者となれ」
「なっ!? 正気かよ! この俺を責任者って!」
「貴族然した他の者では違和感もあろうが、主のように気をつけて貴族らしく振舞わねば貴族に見えぬ者ならば、奴隷区域にいてもそうは目立つまい。ラバン・レボンス、今の管理責任者であるがその男を部下にし、陛下が娘とゆっくりと話せる体制を作り上げろ。本日中にだ! 良いな!」
「宰相!」
「書類は作った。あの衛星の管理責任者に公的に任命した。爵位もそのまま名乗る事も許可する、偽名を使いたくば空いている爵位を好きなだけ持って行くが良い。名乗り目立つも、裏で暗躍するも主に任せる。制服等は全て揃っておる、とっとと向え」
帝国宰相の手から差し出された任命書類の入ったディスクを受け取ると、舌打ちを二度程して、
「殴る蹴る、半死半生にしても構わねぇんだな?」
「貴様の趣味で殴る蹴る、半死半生に関して私は責任を負わぬが、陛下の御為であらば容赦は要らぬ。言い換えれば、陛下の御為という理由さえつければ、どれ程のことをしても良いという事だ。線引きはお前に任せた。思う存分やるがよい、喧嘩公爵。他の喧嘩公爵達をも引き連れて好き勝手して来い」
「弱い者苛めは嫌いなんだけどよ」
「安心しろ。向かう先にいる管理責任者は、主が生理的に嫌いで仕方ないタイプの男だ。むしろ主があの男を殺さなければ、奇跡を信じぬ私すら奇跡を信じる」
持ったディスクを高く上げ、ザウディンダルは宰相に背を向けて、
「まあ、こんな俺でも銀河帝国皇帝直属の家臣ですから、皇帝陛下のお遊びに全力を尽くさせていただきますよっと。じゃ!」
そう言って彼は執務室を出て行った。戸が閉まった後にデウデシオンは顔をあげ、
『お遊び……か……。……あの娘を正妃にしたいと連れ帰った時どうするべきか? 私は陛下の御意向に副うつもりであるが、他の者達の説得が必要になるな。今から手段を考えておかねばな』
心中を口には出さす、宮廷料理人を呼び出した。
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