繋いだこの手はそのままに −14
帝星の宮殿に戻り、ズラを脱いだ。
頭の天辺を掻きながら、
「菓子は口に合わなかったようだ。貴族のものは好まないようだった。明日、口に合うのを持っていくと約束したゆえに、準備しておけ」
「御意」
デウデシオンに命じる。
ズラも新たに作らせる必要があるな。頭頂部に汗をかいてしまって仕方ない。
「奴隷の娘の口に合う菓子を準備せよ。出来るか? デウデシオン」
小間使いに指示を出し、髪の手入れをさせる。
それをしながら、デウデシオンに明日の菓子の用意も命じておく。そういえば、娘の金髪は中々に綺麗であったな。金髪といえばケシュマリスタの『大きく波打つ、人狂わす黄金の如き』がほとんどで、ロヴィニアのような真直ぐさを持ち甘い色合いに似た金髪というのは珍しい。
世間的一般的に見れば、ケシュマリスタ系の金髪の方が珍しいのだが、余の周囲においてはその方が多い。
あの娘の金髪は、ケシュマリスタとは全く違って興味があるな。触らせろと命じて触ってみようか……
「はい。その御指定に副った菓子を明日までに用意しておきます。本日、陛下の御心に副わぬ物を用意してしまいました事、誠に申し訳なく。このデウデシオン、どのような罰をも受ける所存にございます」
いやいや! 余はあの娘の前に居る時は皇帝ではない! 貴族だ、貴族! 一介の貴族である故に、そのような事を命じてはいかぬ。むしろ、皇帝でも髪触らせろというのはどうであろうか? あまり良くないような気がするぞ。
常識的に考えて年頃の娘の髪を触るのは、良くない……でも……頼めば触らせてくれるやも知れぬな、あの娘は優しそうであるし。いや、優しいであろう。何せ余の……後始末もしてくれたしな。放置しておくわけにもいかなかったのかも知れぬが。あっ! それに対し感謝もせねばならぬ。
明日は謝罪して、次に感謝して、その次に髪を触らせてもらう。それらを一日で行うのは無理のような気がするぞ、今日の余と娘のやり取りからするに。となれば、
「それは良い。デウデシオンが謹慎などすると余が困るゆえに、それらはなしだ。その代わりと言っては何だが、しばらくあの家に通う。それらの手筈を整えろ」
少々通わねばならぬであろう。
手筈、すなわちズラである。
被り心地のよいズラを、帝国の科学力で作成させよ。それが重大問題である……頭重かった。
余は地毛が9.1kgもあるからして、その上に貴族用ズラを被ると重くて仕方ないのだ。
その事を告げると、デウデシオンは眦が切れそうなほど大きく見開いた……眦を決したわけではあるまい? 何も怒らせるような事は言っておらぬであろうが?
「どうしたデウデシオン? 軽いズラは作れぬのか?」
「か、鬘ははい……あっ……申し訳ございません。通う……のですか。あ、あの家には、あの娘以外に女はおりませんが。それでも?」
別に他に女が居ようが居まいが関係あるまい……それとも余の知らぬ所で何か重要な問題でもあるのか? それにしても、
「あの娘の家族構成なども知っておるのか?」
家族構成まで知っておったとは。
……当然か。余に関して何らかの行為を行う相手は、過去歴まで調べられるのだからして。脅かし役の背後関係も調べたのであろうな。
と言う事は、デウデシオン外、関係者はみなあの娘の顔を知っているのか。顔の全体映像とか撮ったのであろうな……本人、顔を隠している所からして気にしておるだろうに無体を強いたわけか。泡を吹いた余が言うのも可笑しい話ではあるが。
「はい。全て調べております」
最初にあの娘の顔を見せておいてくれれば、余もあれほど失態せずに済んだのに……過ぎた事を言っても仕方ないか。これは、自ら確認しようとしなかった余の責任であろう。
全てを他人のせいにしてはならぬ。その失態を防ぐ為にも、知りえる事は知っておこう。
「教えろ」
デウデシオンから聞いた所によると、娘は一人暮らし、犬を飼っているのだという。
そして血の繋がらぬ同居人が居たらしい。その女が今はバロシアンの部下の一人となり、肝試しの際に場所を提供・準備などを整えた。
今は平民犯罪者墓地を管理しつつ、ひっそりと暮らしているそうだ。それにしても、平民犯罪者墓地か……平民で死刑にされた者達が葬られた場所であるよな。そう聞けば、結構怖いな!
デウデシオンは尚も説明を続ける。
「娘は登録年からすると十五歳前後でしょう」
「登録年? 何だそれは?」
余が少年と間違ったくらいであるからして、年齢はそのくらいであろうが。登録とは出生届ではないのか?
「……陛下、奴隷制度の基本について、どれ程ご存知でありますか?」
「皇帝としての帝国奴隷の真の存在意義は知っておるが、一般に浸透させておる欺瞞に関係する事は知らぬ。……どうした? デウデシオン」
兄の顔から血の気が引いたように見えるが。気のせいであろうか?
「も、申し訳ございません」
少し悩んだ顔をして、デウデシオンは一般的な奴隷について語り始めた。一般的というのは、歴史を捻じ曲げ続ける要素でもある。
皇帝としての帝国奴隷の真の存在意義は知っておったが、その奴隷の『歴史を捻じ曲げ続ける要素に関する事』について詳しくは知らなかった。
余が『種馬』であるだけで良くとも、皇帝として最低限度覚えておかねばならぬ事はある。
その一つが帝国奴隷の真の意義であり、それを忘れた事はない。それは一般には語れぬ事ではあり、余が銀河帝国の『種馬』である必要性の根底にも関係してくる大事であるからして……まあそれは良いか。一般的には知られておらぬが、我々皇族・王族間では誰でも知っておる事であるし。
デウデシオンは一般的な奴隷の認識・扱いを教えてくれた。
何でも世間では、奴隷は戸籍がないそうだ。
正確に言えば個別の戸籍はないが、生まれれば役所に届け出る。その際に記録されるのは『数と性別と居住区画』のみで、名前を個別に入力したり、特徴を記録したりはしないのだという。それと扱いも人間ではなく、それ以下と。
何故そのような位置付けにしたのかは……解らないでもないが、その……なあ。
確かに人間を人間以下に位置付けた過程や意味は知っておるが、こうやって改めて聞きなおすと可哀想でもあるな。特に奴隷である娘・ロガと直接会話した後では特に。
とは思うものの、余の能力ではどうにかしてやる事は難しかろう。この三十七代までかけて、確実に塗り替えられてきた歴史、それの意義……あまり深く考えた事は無いのだが。
それでも、奴隷を保護する法律はそれなりにあるのだそうだ。そこら辺は十六代皇帝オードストレヴ、あの賢帝と呼ばれた余の偉大なる祖先が整えてくれていたのだという。
ただ、その法律があまり守られないのが現状なのだとか……。是非とも遵守させたいものである。余にとっては貴族も平民も奴隷も全て余の臣民であり、等しく大切であるのでひどい扱いをされていると聞かされると、少しばかり悲しくもある。余の立場からすれば悲しんでるだけでは駄目なのであろうが、具体策となると……。
考えつつ聞くという事ができないので、今はデウデシオンの言葉を確りと聞こうではないか。
「奴隷は基礎遺伝子配列により支配者を分けていますので、個別に登録する必要はないのです」
奴隷は『その星域の王』の持物なので、持ち出しは厳禁である。持ち出しがわかる理由は、帝国成立時に“奴隷”を基礎遺伝子配列の違いで分けたので、
「混じりますと、直ぐに解るのです。現在は届出の際に確認しますので。暗黒時代に持ち出され放置された者も多いので、現在は調べて配列が違う者を確認し、所定の支配者の元に戻しております」
基本のそれは五種類しかないのだという。
「ですので皇帝と四王、この五人で分ける事になったのです。もしも基礎配列が七種類あれば六王でしたでしょうし、三種類でしたら二王だったでしょう」
その他色々と語ってくれた。
さすが帝国を実質的に統治しておるデウデシオン。全ての知識がすばらしい……もしかしたら、余が覚えておかねばならぬ事なのかも知れぬが。それにしても難しい。今日は頭を内と外から使い過ぎた気がする。余としては、人生で初ではなかろうか? これほどまでに頭を使ったのは。いや、ズラは頭以上に首か? まあ何にせよ、よく使った。
なので、
「ほぉ……デウデシオン、折角の奴隷講義ではあるが、これ以上一度に聞いても理解できないので打ち切れ。また後日、デウデシオンの時間がある時にでも語ってくれ」
「御意」
そろそろ打ち切る。余は余の脳の働き具合は知っておる、努力しても覚えきれぬ事も知っておる。
興味はあるし、余が知らねばならぬ事である故に続きは必ず聞き覚えるが、今日はこれで終わり。
余は明日にでも聞けるが、デウデシオン兄は忙しいので予定をあわせてやらねばな。……別の兄弟に聞いてもよいだろうか? だが確実に全てを知っているとなると、デウデシオンと四大公爵当主であろうな。
あの四人と余が単独で会うのは無理であるからして……まあいい、機会あらば別の兄弟にしてみよう。
「それと、最後に一つ」
「何でございましょう?」
「箒とは何をする為のものだ?」
これも聞いておかねばな。
聞いたところ、デウデシオンは少々止まり、持っていた書類を置いて両手を握ると、
「ほ、ほうき? ですか。こういう」
娘がやっていたのと同じ動きをはじめた。箒とやらを持ってはおらぬが、動きは記憶しておるのと同じだ。
その動き、余の擬態語で表すと
『れれれれれれれれれれ』
……なぜだ? 何故か娘と同じ行動を取っている“だけ”のデウデシオンがとても笑える……気がする……。余の擬態語のせいか?
「そうそう、それだ」
その後、デウデシオンから説明を受けたのだが……その塵がよく解らなんだ……。明日、娘に聞いてみようか。あの娘ならば……笑わないであろうしな。
**************
昼である。
余は常々朝食はとらぬ。いや、朝食と昼食が一緒になるのが常だ。
誰にも起こせと命じない為、思う存分寝てしまうのだ。寝たいだけ寝せて育てた結果、余は身長が210cmにもなった。
何もせんで、でかくなった。別に、物凄い大きいわけではないがな。
デウデシオン兄など215cmもある。全てにおいて余はデウデシオンに及ばぬな……良いのだが。まあ、兄弟全員大きいのだ、母が大柄であったので。
ディブレシアは221cmもあったのだから、その子供たちは大きく育ってあたりまえであろう。余は父が僅かばかり小さいので(四人の夫の中で最も小柄な194cm)これ以上は大きくならぬだろうが。うーむ、母の背も越せぬか。何か色々越したくない部分もあるが。
多分十五歳であろう娘は小柄である。ただ、デウデシオンから説明された所によると、階級によって平均身長が違うので、娘は決して小さいのではないのだという。
「ロガ」
「こんにちは、ナイトオリバルド様」
娘は余の腹の下ほどである。
「今日の菓子は口に合うであろう。さあ、食すがよい」
今日の菓子は絶対に口に合うと、デウデシオンが自信を持って余に差し出したものだ、先ず間違いは無かろう。娘は余の差し出した菓子の袋をみると、
「あ、レボリケのお菓子ですね」
なんだそれは? おや? 確かに包み紙にはレボリケとある……菓子屋の名か。聞いた事がないが、あるのであろうな。
「ゾイが買ってきてくれるんですよ、それ」
だ、だ、だ、誰だ! ゾイって? ゾイゾイ? ゾイィィィ! いや、待て聞いた事があるぞ。
思い出せシュスターク! シュスターオードストレヴ! オードストレヴ! 賢帝の名を持つ皇帝よ、余に力を貸したまえ! 余にその明晰な頭脳の片鱗を! 余は遠縁ながらも、貴方の子孫だ! 少しくらい明晰さを! 貸すだけでよいので! 返す! ちゃんと返却するから! ちょっとだけ貸してくれ! 銀河帝国第十六代・賢帝オードストレヴよ!! ……あ、思い出した!
「ゾ、ゾイな。お前の同居人であったか」
同居人の女がゾイであった。よく思い出したぞ、余よ。
娘は嬉しそうに笑うと、
「ゾイ、元気にしてますか? 最近仕事が忙しいって帰ってこないのです、この前来た時は準備だけで忙しそうだったから、あんまり話も出来なかったし。ゾイは真面目だから、一杯仕事してると思うんですけれど」
う……あ……話が見えぬ。
落ち着け、シュスターク! 話が見えぬのは何時もの事ではないか!
違うのは、それらは適当に相槌を打っておけば終わるものであるが、この場はそれが通用しないという事。何とか会話を成立させねばならぬ! それも己の力で!
思えば皇帝とは楽であるな。適当に相槌を打っておけば、後は周りが処理してくれる上に、会話をする必要も無いので……。だが余は今“貴族”である。落ち着いて考えろ。
ゾイは娘の同居人。それがバロシアンの部下となって肝試しを整え、そして余は今ここに居る。即ち、
「ゾイに関して、余……我輩は直接知らぬのだ」
実際名しか知らぬ。
「え?」
「あー、我輩はゾイの仕えている貴族が仕えている貴族の当主であるからして、直接は知らぬ」
嘘は言っておらぬ。貴族は全て余の家臣である。なにより、余は嘘は苦手であるからして。
「貴族が仕える貴族って、とっても偉いんじゃないのですか?」
「そうも言うが、それ程気にするな」
一応、銀河において最も偉いことになってはおる。異星人から観たらどうかは知らぬが、人類の中では頂点に立っておる。
大体、人類に会う際、余は一人だけ椅子に座っておるが、言葉上人類の頂点に立っておるのだ。
娘が不思議そうな顔で余を見ておる。どうしたのだ? 今日の面が地味なのが気になるのであろうか? 同じ面を二日続けて被るのは夜会のマナー違反……まあ、今は昼だが。
「面が地味で気になるか?」
今日のものはジェットに細工を施したものであるから、地味に見えるかも知れぬ。
「いいえ。黒が……あの、ナイトオリバルド様の鬘の下の髪の毛みたいで綺麗です」
「そうか? この黒い地味な面は、ズラ……いや、鬘を被っている時でなければ付けられぬのだ。マスクは基本、髪と同色はつけぬ決まりとなっておるのでな。これはかねがね身に付けてみたかった面なのだ」
「お似合いです」
「さあ、菓子を食ってみるがよい」
「後で、知り合いと一緒に食べても良いでしょうか? ナイトオリバルド様」
「もちろんだ。ならばもっと大量に持ってくれば良かったな。お前一人用に準備してきたので、足りなかろうが」
数はわからぬが、箱の大きさと重さからそれほどの量は入っていまい。
聞けばこの少量を、娘を含めて四人で分けるつもりらしい。
「いいえ、こんなにたくさんあれば平気! ……です」
顔は全体的浮腫んでおるし、半分は爛れておるが、心持は良い。それに、姿勢も良い娘だ。
「お前は姿勢が良いな。褒めてつかわそう」
背筋がすらりとして、顎がひかれており、とても背筋が良い。
「はい。お母さんが、俯いちゃ駄目だよって」
「何故俯く?」
「顔が……“こう”ですから、知らず知らずのうちに俯いてしまうので。でもそれじゃあいけないって」
この肉腫は生まれつきのもので、治療は簡単であるが奴隷階級では費用からいって無理であると聞かされた。
む、胸が痛む。
キリキリとか筋肉痛などではなく、血管の中を流れる血液中のコンドロイチンが大暴れしているような……コンドロイチンが暴れるかどうかは知らぬが。あ、痛てててて……。胸を押さえていると、
「どうなさいました?」
「ちょっとな。あの……その……」
娘の顔が傍に寄ってきてもちっとも怖くない。本当に心配してくれている娘の琥珀色の瞳と表情。あの夜は、本当に申し訳ない事をした……さあ! 言うのだ! シュスタークよ! お前も皇帝ならば言うと決めた事は……ん? 背後から走ってくる足音が。
「侯爵閣下!」
あーと……誰だ? 侯爵とは? 声は、タバイのようではあるが。
「閣下! 大丈夫でございますか?」
見上げるとそこにはタバイ……らしい。……タバイまでズラ被っておるわ。主、よりによってデウデシオンと同じ銀髪にせんでも……顔が微妙になっとる。主の顔には白銀頭は似合わぬと思うのだが。それよりも何故此処にきた? 若しかして胸を押さえていたので……
「閣下、後日またおいでになられてはいかがでしょうか?」
言いながら、余を抱えた。ファイアーマンキャリー方式である。確かに救出には向いておろう。
「娘よ、明日も来て良いか!」
「はっ! はい! 待ってますナイトオリバルド様」
余は抱えられつつ、小さくなる娘をみていた。
桜吹雪の中に隠れてゆく娘と、ファイアーマンキャリーで兄に運ばれてゆく余。
中々謝罪できぬなぁ……
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