繋いだこの手はそのままに −169
『違うんだ! 違うんだよ、リュゼク将軍。この男はエーダリロクじゃない、エーダリロクは……こう……』
『なにが言いたいのじゃ? レビュラ。どこがどう違うというのじゃ?』

―― 陛下によく似た人物が、いないんだよ。そのエーダリロクって名乗ってる奴は。これをどうやって言えば解ってもらえるんだ?

―― レビュラの言いたいことは儂も解る。この目の前のロヴィニア王子の格好をしたのは、どうみても王子でしかない。あの……陛下が存在していないとでもいうのじゃろうか。じゃが、何と表現すれば良いのじゃ?

**********


「権限委譲は無理だったから……」
 エーダリロクはいつもならば、口に出さないで行っている会話を「喋り」ながら歩いていた。愚痴の内容は、先程副艦橋からカレンティンシスに”権限を一時全部寄越せ”と言ったのだ。だがあの性格のカレンティンシスが聞くわけもない。
 全権限を持つ管理者がいなくては事態の収拾がつかないと言ったが「いま儂が行くのじゃ、その用意をさせとった」と返され、意地でも権限を渡しはしなかった。
 最初からあまり期待はしていなかったが、権限を貰うことを完全に諦めたエーダリロクは、副中枢へと近付くための策を考えながら歩いていた。
 壁や扉を破壊して進むことは「進むだけ」と考慮した場合は可能だが、そんなことをして進んだら現存している防御システムがフル稼働し余計”ややこしい”ことになる。
 壁は扉の破壊箇所を察知したシステムが《当システムを暴力的に奪取できるものあり》と処理し”それ”が到達することのできる中枢の機能を全て止め、他の副中枢へと機能を譲ってしまう。
 そのように判断されるように壁が作られ、扉が設置されている。
 ではそれを狙っているはずの僭主側は、なぜその方法をとらないのか?
 僭主側も知っているのだが、破壊という明かな痕跡を残して副中枢を停止させると、どこに向かっているのか帝国側にすぐに知られてしまうこととなると、数で劣っている僭主側は追い込まれてしまうためだ。
 エーダリロクはカレンティンシスから全機能使用許可をもらえたなら、全副中枢を破壊し主中枢のみで艦の全てを動かそうとしたのだが、その策は退けられた。
 権限譲渡拒否もそうだが、全ての機能を一箇所に集めるのは危険な行為で、一瞬でも敵の手に渡ったら艦自爆などの恐れもある。
 皇帝と后の安全が確保されているのならば、その策を採用する利点もあるが、今のところどちらの安全も確保されていない。
 どの艦からも「后殿下を保護した」との連絡はない。
 安全が確保されていない以上、自爆に繋がる行為は軽挙とも言える。

「セゼナード公爵エーダリロク」

 呼び止められたエーダリロクは、現れた相手を見て驚きはしなかった。
 自分と良く似ている、普通の人がみたら”瓜二つ”と言うだろう相手。ロヴィニア王国軍元帥の格好をしている。
 図案化された鈴蘭で白抜きされている襟の部分。王国内ではエーダリロク専用とされているペリドットのカフス。手袋も襟と同じように図案化された鈴蘭が描かれている。
 マントは踝までの長さで、裏地は白で表は空色。金と緑でロヴィニア王国軍の軍章が一面に大きく描かれている。
 髪の長さも目の色も、肌の色も同じ。声も同じだが、喋り方が若干違う。
 だがその違いは誰もが容認してしまう”エヴェドリット語アクセントが混じっている”もの。ビーレウストといつも一緒にいるエーダリロクならば、おかしいことではないと感じられる程度のこと。
「あんた、誰?」
 名乗るか名乗らないかは関係ない。ただエーダリロクは背負っている装置を床におくだけ。
「セゼナード公爵エーダリロクに成り代わろうかなと思ってるから、死ね」
 その時間を稼げればよいだけ。
 その時間稼ぎはよく似た相手ではなく、自分の内側に棲む人物。”民を僭主との争いに巻き込むな”と厳命した男。
「俺にねえ……一つ聞くが、あんたが艦内に放射線ばら撒いたのか?」
 肩のベルトを外し向き直る。この大きな葛篭のような装置をおくまで、相手が攻撃してこないことは解っていた。
 成り代わるのならば、エーダリロクが持っていた物をそのまま使ったほうが「信頼されやすい」からだ。
「そうだと言ったら?」
 置いて、向き直る。
「可哀相に」
「何が?」
「この葛篭みたいなの置くまで、待っててくれたのさ」
 頭の奥なのか、心の底なのか。全ての細胞の中心なのか。
 自らには存在しない、どこから沸き上がってきているのか解らない殺意。
「はあ?」
「あんたさ、ザロナティオンの言葉知ってるか?」
「?」
「僭主との争いに、人間を巻き込むなってやつ」
「知っているが」

《ドールクレゾンド=ドルイゾンの子孫め。ドールクレゾンド=ドルイゾンのように殺してやる》

「知っていながら巻き込んだのか。……貴様、名を聞いてやろう」
 ”空気が変わる”それがもっとも正しい表現。
 最低限の空調で艦内の空気は冷たくなっているが、僭主などには然程の寒さではない。それなのに、凍えてしまいそうな冷たさを感じさせた。
「誰だ……」
「銀の狂気と呼ばれた者だ」
 名を答えた帝王はディストヴィエルドの腹部に拳をめり込ませ体を宙に浮かせて、すぐに飛び上がり背後から蹴り落とし、着地体制を取ったディストヴィエルドの背中に肘を落として、それを軸に体を捩り手足を刈り、顔面を蹴ると首の骨が砕ける音が、冷たい空気の中に響く。
「早く名乗らぬと、墓碑にその名が刻めぬぞ」
「ディストヴィエルド=ヴィエティルダ」
 首が九十度に折れ、骨が見えている頭に腕を伸ばし、髪を掴んで元に戻すと、傷口が繋がってゆく。
―― あれは、リュゼクと同じ超回復か!
《違うであろう》
―― どういう事だ?
《リュゼクとやらは”治したい箇所”を自ら選んで治すことができるのか? あの男は内臓よりも先に足首の骨が回復した。だが同時に脳が自動回復している》
 戦闘に適している能力の一つに数えられる「超回復」
 ハネストのように手足を切られても生やすことができるのが一般的だ。帝国ではリュゼクがもっとも有名で、自らの体を盾にして何度もカレンティンシスを守ったことがある。
 だがこの回復にも様々な種類がある。
 リュゼクの回復能力は「生命維持を優先する」タイプで、内臓と肢体の両方に重大なダメージを受けた時、機能は内臓を優先する。
 それがこの能力の欠点でもあった。その怪我がどのような状態でおわされたのかを、全く考慮しない原始的な《反射》で本人の意思を聞かないのが超回復。
 このような戦いの最中、手足の回復を後回しにして内臓の治療に全てを回すとどうなるか?
 死ぬことはないが反撃の機会が封じられてしまうのだ。
 内臓が攻撃能力を有しているのであれば別のようにも思えるが、攻撃能力を有する臓器と生命維持用の臓器は重複しない。
 生命維持の臓器で攻撃では、致命傷を負わせてくださいとさらけ出すような真似はしない。
 体を元の状態に戻すのが目的の能力でありながら、ハネストのように切った手足を「生やさない」と指示を出して守られる型も少ないながらも存在している。ハネストはこの型ゆえに整形を維持することが可能で、生体義肢を使用して「潜む」ことができた。
 ハネストの超回復はリュゼクの超回復とは違い「頭で認識してからの治療」する型で、本人の意思が尊重されるという良い面もあるが、自分の知らぬ内臓の破損に対応する力は低く、脳の破損で思考能力が低下した場合は暴走してしまう。
 リュゼクの超回復は全身が判断するので、破損箇所によって回復が暴走るすようなことはない。
 そんな回復を選べるハネストのような思考選別型と、リュゼクのように圧倒的な速度で、本人の意思とは関係なく基礎回復してゆく反射型。
―― まさか……
 では最良なのはどれであろうか? という問いに対する答えは出ている。
 普段は生理的反応で超回復し、場合によっては本人の指示に従いつつも、必要不可欠な箇所な場所は指示されずとも回復し、決して暴走などしない。
《あれは自律上位型超回復だ》
 どの部位を治すことが、この状況を打破するために最も効率的か? を考えて、それにあった回復を指示し優先的に回復させつつ、最低限の回復能力だけは維持される。
 思考の確保の重要性を体その物が覚えており”自動的”に必要臓器を治療する。
―― 勝てるのか?
 戦い辛い相手そのもの。
《強さは恐るるに足らず。この程度相手では負けはせぬが、とどめを刺すまで時間はかかる。昔のように、食べて片付ける訳にはいかぬから、再生能力が潰えるまで叩き潰す》

 肉弾戦で対応する場合、最良の策は「食べ」つくすることだった。もちろん、この超回復能力に劣らない分解能力を有することが絶対条件。
 その絶対条件を満たさずに食べて殺して狂ったのが、ザロナティオンである。

「回復力の限界に挑戦するがいい。この私が付き合ってやろう、ディストヴィエルド=ヴィエティルダ」
 マントを外し宙に舞わせ、エーダリロクが四つん這になる。
「ザロナティオン、生きていたのか?」

 答えることなく”ザロナティオン”は駆け出した。

**********


 エーダリロクは”自分のそっくりなやつ”こと、ディストヴィエルド=ヴィエティルダと交戦する前に、補助機の試運転として第十三副艦橋から”現在総合指揮を執っている”カレンティンシスに連絡を入れていた。
『テルロバールノル王』
「なんじゃ、セゼナード」
 カレンティンシスには軍事的な才能はないが、軍事を知らぬわけではない。基礎は確りと学んでいる。
 学んでいるからこそ、自分が軍事に向かないことを理解することができ、才能というものが「どのようなものか」をはっきりと認識できている。カレンティンシスは己の軍事的才能の無さは、言葉として些か奇妙だが”自ら堂々と認めて”おり、その辺りが属する貴族たちには好意的に受け取られていた。
 才能もないのに「ある」と喚き散らし、勝てない策を立てて進軍する王よりは余程ましだからだ。
 そして才能の有る無しの判断は確りしている。王国で誰よりも才能があるのが王弟カルニスタミアだと認め、軍事権を渡すことも厭わないところに感心もしていた。
 才能がないことを理解し、才能がある人に任せることが最善であり、いつもそのようにしているカレンティンシスだが、それだけではどうにもできない状況に直面した。

 才能は責任にはならない。

 皇帝とケシュマリスタ王ラティランクレンラセオの所在が不明で、ロヴィニア王ランクレイマセルシュは帝星で僭主と交戦開始。
 エヴェドリット王ザセリアバ=ザーレリシバも同じく交戦中で、指揮を執る余裕はない。
 皇帝の命で権限委譲も行われていないこの状況で、最高指揮官は誰になるか?
 そう四大公爵の一人アルカルターヴァ公爵であり、四王の一人テルロバールノル王であるカレンティンシスが《自動的》にその座に就くことになる。
 カレンティンシスは自らの王国軍と、王の所在が不明なケシュマリスタ王国軍を指示し、帝国軍と共同で鎮圧のための指示を統一し命令を下している。
 エヴェドリット軍だけは単独で行動させていた。彼らは性質的に従わせず自由にさせたほうが良い結果が出るからであり、カレンティンシスの能力ではどうやっても彼らを従わせられないからだ。
 ダーク=ダーマからの画像音声通信が途絶していた中、突如専用画面が開き、
『管理者の全権を寄越せ! システム中枢がどこにあるのか教えろ!』
 《やはりこの人か》と、誰もが納得する技術将校エーダリロクが挨拶を抜きにして叫ぶ。
「……」
 カレンティンシスが命令統一を担っている理由は「王」であることが最大の理由だ。総司令の代理を”許可”なく務めたとしても、認められ罰せられない、皇帝に次ぐ地位のもの。
『緊急事態だ』
 緊急事態を前に―― その決断を下し実行する ――権限はある。
「緊急事態だからこそ、渡しなどせぬわ」
 だがカレンティンシスはシュスタークが「花の顔」と評した美しい表情を歪め、眉間に皺を寄せて画面を睨みつけた。
『あのな!』
 ”言っている”ことも”エーダリロクの能力”も理解している。
 最善であることも承知しているが、管理責任者として王として承認するわけにはいかない。このことで「皇帝が重大な危機」に瀕し王家の存亡がかかるとしても規則は遵守する。
 それがテルロバールノル王だ。
「たとえこの判断で儂のテルロバールノル王家が滅びようとも絶対に渡さぬ。緊急事態じゃから権限を渡せや、なにかに目を潰れなぞ、誰が聞き入れるか! 緊急時だから仕方ないと一つでも認めよう物ならば全てが瓦解するわ」

 エーダリロクの意見が正しわけではなく、カレンティンシスの意見が良いわけでもない。
 事態に対し柔軟に対応するのが殊更美しいように言われるが、それは作られたものであることも往々にしてあることを、エーダリロクは知っている。成功例が声高に言われるだけだからだ。
 規律を遵守することに拘泥し、被害を広げたという評価を下される可能性があることを、カレンティンシスも理解している。だがカレンティンシスは、才能だけで規律を乱すものに権限を与えたくはない。才能と自由気ままだけでは世界は動かない。混乱で乱れてゆく規律を、責任を持って引き締める。

「貴様の才能は見事じゃが、貴様の平素の態度は人の上に立つものの姿ではない。緊急事態の時に権限を譲渡されるような日々を築いておらん。貴様の日々は儂には認められぬ。重ねて褒め讃えよう、貴様の才能は見事じゃ。じゃが貴様の態度は認められん。貴様のような生き方をしている者に、易々と権限を渡すことは、日々を真面目に職務についている者に対し”儂が”不誠実となるのじゃ」

 カレンティンシスはいつもエーダリロクに普通に会議に出席し、真面目に職務につけと言っている。
 才能さえあれば、普段は言うことも聞かずに生活していても、重大な局面で重要な任務を与えられるなどということを容認していては、真面目に働いている者のやる気を削ぐ。
 長い目で見ると、それは大きな損失。それがカレンティンシスの考えだった。
 カレンティンシスもエーダリロクの真意は理解している。
 エーダリロクは己が帝王であるので、人の上に立つような真似をしてはいけないと、不真面目に自由気ままに生きている。人を導くような立場にはならないと、担ぎ上げられないようにするための行為。
 ラティランクレンラセオと正反対の道を取っている。
 解っているが、それは万民に対しての理由にはならない。
 理由を明かせる、明かせない以前に、毎日真面目に仕事をこなしている者たちを押しのけて、平素は遊んでいるが「実は凄い才能の持ち主」を特別扱いするのは、公平を重んじる支配者としては認められなかった。

「なによりも儂のシステム管理責任者の権限を貴様に譲渡しろと、儂に命じてよいのは陛下だけじゃ! 解るか? 儂の陛下であるシュスターシュスタークのみじゃ! それ以外の者の意見を儂が聞くとでも思ったか! 驕るな《銀の月》よ! 最良の策は”規律を遵守したまま柔軟に対応し勝利する” 至極単純なものじゃ。この二つを分けて考え行動しようとしたとき混乱するのじゃ! 解ったか」

《引け。エーダリロク・ゼルギーダ=セルリード・シュファンリエル》
―― あう……想像してたけど、まさか”あんた”にまで喧嘩ふっかけるとは
《テルロバールノルは、往々にして”こう”だ。だが心地良いな、変わらぬこれたちを前にすると、自分が死んだことも忘れる》

 人間を憎む人造の王家、金に執着する王家、人を殺すために存在する王家。そして規律、法典、礼儀に関して頑迷な過ぎる守護者テルロバールノル王家。

 頭を振り回復した通信に関して報告し「僭主を刈りに行く。通信や艦内システムはあんたに任すわ」告げて画面前から消えたエーダリロクに、
「ふん、誰が易々と渡すものか。プネモス、ダーク=ダーマに向かう準備は整ったか?」
 ”言われんでも解っておるわい”と、腕を組み画面を睨む。
「はい。殿下の武装を残すのみです」
「そうか。ほれ、儂の体に装着させろ」
 ローグ公爵に一目でテルロバールノル王と解る武装を整えさせながら、先程まで話をしていたエーダリロクのことを思い出す。

―― 下手に貴様に権限を譲渡できんのじゃよ。ここまで注意して皇位争いから遠離っておったのに、巻き込まれたくはなかろう”帝王”よ
 エーダリロクがエーダリロクだけであれば、もう少し変わったかもしれないが、内側に潜む帝王が在る以上、皇帝の権限を侵すような真似をさせてはならない。
―― とは思ったが、儂はエーダリロクだけであったら、もっと早くに怒鳴り、早々に引かせたじゃろうな

 最古の王家の気位の高い、決まりに煩い王様にはあまり関係のない事で、本人としては怒鳴ることを、あれでも結構我慢していたのだ。


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