繋いだこの手はそのままに −168
触手が天板を襲い、乗っている小麦粉が舞い上がり室内を白くしてゆく。
―― いいロガ。それは粉塵爆発って言ってね
ロガはハネストから貰った短剣を両手で握り、袋に突き刺して必死に力を込めて引き裂いた。
下でカルニスタミアと戦っているザベゲルンは、威嚇するように、そしてカルニスタミアの注意力を逸らすために、ロガのいる天板の付近を触手で襲う。ロガの目にも見える程度の《ザベゲルンにしてはゆっくり》な速度で、ロガには「腸」に見える触手が襲いかかり玩ぶ。
その際に小麦粉や砂糖の袋が天井にぶつかり床に落ちてゆくのを見て、ロガはゾイから聞いた《粉塵爆発》を思い出し、それを目指してハネストから”借りた”剣を袋に突き刺して、体全体で押したり引いたりして穴をあけては、次の天板へとロープを伝って移動する。
自分が逃げると、追ってきたりする触手の動きも、出来るだけ上手く利用し、天板を破壊させて粉塵を舞わせた。
カルニスタミアもザベゲルンも、ロガが《粉塵爆発》という言葉や理論を知っているとは思っていなかった。
ザベゲルンが知らないのは仕方なく、カルニスタミアが知らなかったのは、奴隷区画の警官たちの怠慢によるものである。
「ハルバードより、鞭のほうが向いているようだが」
「触手相手では、鞭のほうが役に立つな」
最初に装備したハルバードは既に破壊され、現在ふるっている鞭も、そろそろ敵の攻撃に耐えきれず壊れることを握っているグリップの震動から感じながら、次に何を使うかを考えなつつカルニスタミアは距離を保つ。
―― とにかく強い。でたらめな強さじゃ。命と引き替えで攻めれば、ある程度の時間は稼げるじゃろうが、この部屋から后殿下が一人で逃げ出すのは不可能じゃからな
触手と鞭が激突し、軽くなったことに気付き、千切れた鞭の先がロガの元へと飛ばないように、グリップを投げつける。同時に剣を抜き、ザベゲルンに切り込む。
「本当の両利きってのは、初めて見たな」
ザベゲルンの幾つもの触手が、その先についている瞳で、品定めでもするかのようにカルニスタミアの方を見つめる。
「そうか? 儂は自分は右利きだと思っておるがな」
鞭の先はロガのいない天板へと向かい、小麦粉の袋を引き裂き持ち上げて壁にぶつける程の威力があった。
白い粉が舞うが、床に落ちてくることはない。
触手が風を起こし、剣が舞い上げる。全ての動きが床に届かせない。
そんな緊張の中、突如「放送」がはいる。
「くきゅくきゅくきゅくきゅ……ぎゅああああああ! うがああるあああああ!」
ザベゲルンが膝をつき、
「カルニスタミアさん!」
ロガが言われた通りに飛び降りる。カルニスタミアはロガを抱えて、分厚い扉を蹴り体を滑らせるようにして通路に出た。細すぎる通路は中々進む事ができない。
「カルニスタミアさん! あの、粉塵爆発しますから! 気を付けて!」
「え?」
「手榴弾、セットしてきました!」
ロガが言い終わると同時に、扉の向こう側から轟音が鳴り響いた。
**********
“警官達”が立ち去ったあと、ロレンはシャバラに尋ねる。
「シャバラ……あの事は言わなくていいの?」
「言うなよ、ロレン。変なこと言って、ナイトのところにいけなくなったら可哀想だろうが」
「そうだね……」
「“あれ”はゾイと俺とお前とボーデンだけの秘密だ」
「そうだね、シャバラ。ロガが製粉所を七回粉塵爆発で破壊したなんて言っちゃ駄目だよな」
ロガは奴隷区画の製粉所で日雇いで働いたことがあるのだが、いつも初日で製粉所が吹き飛んでしまうのだ。
静電気が強い体質というわけでもなく、作業が雑なわけでもない。
ただ何故かロガがいると、粉塵爆発が起こる。そして幸いにも死者は一人も出ていない。
「ああ。前の警察たちが適当で、始末書とかいう反省文らしいもんが面倒だってなにも調べてないってのが幸いしたよな」
これ程爆発が起きているのだから、施設内に不備があるのではないかと調べるのが普通だが、彼らは面倒だと何もしなかった。
結果粉塵爆発が七度起きた際に、七度現場に、七度中心部にいたロガに気付かなかったのだ。
話を聞いたゾイが「理由は解らないけど、爆発源はロガだ」と気付ける程なのに、警官たちは気付かなかった。
そしてゾイはある日、市販の化学実験キットで一度試してみることにした。
密封されたケースの中に粉を舞わせて、着火するというシンプルなもの。
何かあっては危険だと、墓穴のように地面を掘り返してそこにケースを置いて。
安全性を考えて「ケースの耐性」以下の粉を舞わせて、ゾイが試し様子を見に来ていたシャバラが試し、ロレンが試す。そこまでは説明書にある程度の「うわっ! びっくりした!」で済んだのだが、最後のロガは、書かれている通りの分量で三人の爆発の合計以上の爆発を呼び起こした。
運良く四人には怪我はなかったが、ケースが大昔のロケットのように上空に昇り、
「大変! 落下したら大惨事に」
四人は穴から飛び出して、どうしようかと空を見上げていたら、そのケースそのまま穴に向かって落下してきて”突入”すると同時に二次爆発を起こし、爆破音に驚き土煙と試薬の煙幕に目を閉じて四人はしばらく地面に身を伏してしまった。
「ばお、ばう」
ボーデンの鳴き声に、互いに顔を見合わせて穴を見たところ、綺麗に塞がっていた。
以来ゾイは、ロガに”小麦粉はできるだけ使わないで”と、真剣にお願いしていた。ちなみにゾイが持って帰ってきた化学実験キット付属の薬剤は、どうやってもそんな爆発は起きないように調合されている。
「仕事するにしたって、ロガも料理はしないだろ。あの不味さじゃあ」
爆発しなくてもロガの作る菓子は「まずい」の一言につき、料理は「ああああ」と叫び声を上げずにはいられない状況となる。
唯一救いなのは、ロガは味覚は普通で、自分で作った料理が「まずい」ことを理解し、自分が小麦粉の舞う部屋にいると大爆発を起こすことを知っていることだ。
―― ボーデン。カルさんが持って来てくれたから、作ってもいいかな? 失敗したら隠しておいて、材料くれたカルさんに謝ってくるから。ゾイには内緒にしておいてね
「爆発しても大丈夫そうな気もするけどね。ナイト強いし」
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「やってくれたな……我が永遠の友め」
粉塵大爆発に巻き込まれたザベゲルンは、膝をつき目のない顔ながらも床を睨むようにして呟いた。
彼はこの爆発が「カルニスタミアが指示を出し、ロガが従った」ものだと解釈した。
奴隷が知るはずがないと。
焼けて使い物にならなくなった触手を引きちぎり周囲に捨て、新たな触手を体から出す。
粘着質の液体の殻に包まれている触手は”目覚めろ”という指示に、眼球をくるくると動かし、突起で殻を食い破る。
そして捨てられた触手を食い漁り始めた。
「それにしても、なぜここに放射線が届かんのだ? 何をしているディストヴィエルド」
**********
エーダリロクの偽造コードを乗っ取った、エーダリロクと瓜二つの人物は「ディストヴィエルド=ヴィエティルダ」
ザベゲルンの従弟で、十九歳になる男は”野心家”だった。
彼はザベゲルンに取って変わりたいという欲求があり、それを叶えるために様々な策を弄していた。
その一つがザベゲルンを”皇帝の食糧庫”に潜ませること。
理由は食糧庫は空調システムが他とは独立しているところにある。ザベゲルンには、人がほとんど来ない場所だから、切り刻んで部分部分で運んだ体をじっくりと「くっつけ直す」ことが出来るからと、データと共に説明した。
ザベゲルンも愚かではないので、ブレーンの言うことを鵜呑みにはしない。
納得ができるだけの理由を聞き、皇帝の食糧庫に潜むことを決めた。ザベゲルンが何も考えず、ディストヴィエルドの意見に簡単に従う男なら、従兄弟であり「エヴェドリット次期王の地位を提示されている」ディストヴィエルドは簡単にザベゲルンからその立場を奪うことが可能だ。
食糧庫の空調は独立しているので、帝国側が空調を奪取したとしても「そこには手を出さない」可能性が非常に高い。
僭主が乗り込んだ艦にある食糧を使おうと考えるものはいない。だからわざわざ、手間暇をかけて皇帝の食糧庫の空調を直しはない。
そして僭主側は、帝国がある程度自分たちの襲撃を予測していることを知っていた。自分たち僭主を警戒する帝国側の行動を吟味し、襲撃の恐れがある区画に近付いたら旗艦にある皇帝の食糧庫に、主要人員は近付かなくなるだろうと判断した。
このディストヴィエルドの予測は的中する。
旗艦の食糧庫は構造上、運び出すまで相当な人員が割かれる。帝国側はこの隙を狙って僭主が攻めてくるかも知れないと考え、調理室を別の場所に設置した。その場所とはキャッセルのいる護衛艦。
皇帝の料理人の一人で、負傷した兄弟に回復食を作ることを自らの職務と定めているアイバス公爵が他の料理人とともに《見舞い》という名目で頻繁に出入りして調理し、同じように見舞いに通っていた、近衛兵団団長が責任を持って運び込んでいた。
先程カルニスタミアがハネストと話をしているとき、すでに周囲には放射線が降り注ぎ、様々な対処策がとられていたのだが、食糧庫に数えられる食堂には”襲ってこなかった”
放射線で回復する異形の元に放射線を送らない。
回復の糧となるものを与えずに、殺されることをディストヴィエルドは企んでいた。
「ザベゲルンとヴィクトレイさえいなくなってくれれば」
そして”帝王の咆吼”に関しても、最初は驚いたが《これ幸い》と音を大きく、クリアにして送り届けることができるように、わざわざプログラムを組み直した。
彼はザウディンダルを追い回しているが、殺すつもりはない。彼は既にザウディンダルが「両性具有」であることを知った。
皇帝の座を奪い取ろうとしている男にとって、女王は最良の供物。
「回復薬不足と、あの支配音声。うまく”我が永遠の友”あたりが遭遇して、戦えばある程度はダメージを与えることができるだろう。その前にザベゲルンが近衛兵団を一掃してくれているとありがたいのだが」
無人の第八副艦橋へと入り、外の状況を確認する。画面に映し出されたのは、四体の機動装甲。
「まさか帝国にも、ディアンベセル機と同種の物があったとはな」
ディアンベセル機とは、エーダリロクが開発した腹部搭乗型と同じもの。
これに関しては全くの偶然であった。
「それにしても、二人ともザベゲルンに忠誠を誓って。邪魔で仕方ない」
ケルディンセル、ハーマンクランドの両僭主騎士二人はザベゲルンに本心より忠誠を誓っており、それをザセリアバに見抜かれて、本来の力を封じられていた。
『ダーク=ダーマ内に当主がいるようだな』
『そうだなあ。シセレード』
機動装甲操縦者としてはケルディンセル、ハーマンクランドの両僭主側騎士の能力の方が高いのだが、性質が「リスカートーフォン的に」劣っていた。
当主の身の安全を第一に考える両者に対し、ザセリアバとシセレードは「遠距離線では分が悪い」と判断するや、即座にダーク=ダーマを盾にして近距離戦に持ち込んだ。
動力を破損して防御装置のほとんどが停止してしまっているダーク=ダーマの傍で、銃撃戦は巻き添えで破壊することを恐れがあるため、僭主側の二名は近距離戦、大型の武器を持ち直接対決しているのだ。
「遠距離なら勝てそうだが、近距離では分が悪いな。こちらのエヴェドリットは原始的な戦いを好むようだ。好むだけあって、強いことに申し分はないが。まあダーク=ダーマの防御装置を停止させたのは、お前たちを殺害するためだがな」
ディストヴィエルドは”おそらく負けるであろう”二人に目を細めて、副艦橋を後にした。
―― あのリュゼクとかいう女に真実でも教えてやろうか。
ザウディンダルの公然の秘密を得る際に、偶然手に入った先代テルロバールノル王暗殺の真相を反芻していると、
「おや? あいつには死んで貰ったほうが我としては動きやすいな。ちょうど良い機会だ、殺すか」
ディストヴィエルドの視線の先には大きい葛篭のようなものを背負ったエーダリロク。
ディストヴィエルドは帝国側のシステムに侵入し、自らが偽りに使う相手の能力値は当然ながら調べ上げていた。
だから確実に勝てると、信じて疑っていなかった。目の前にいる男がエーダリロク・ゼルギーダ=セルリード・シュファンリエル”だけ”であると。
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