繋いだこの手はそのままに −142
―― ザロナティオンが撃ち出したエネルギーは、敵対僭主を貫いた ――
とあるように、エネルギーその物は異常とも言えるのだが、その弾道は非常に小さい。一点に集中させることで、貫通性を高めた結果で、威力とその撃ち出された点の大きさは全く均衡が取れていない。
均衡が取れていないことが、ワープ原理である「彷徨える帝王」に繋がったのだ。
シュスタークの一撃目は、眼前に広がる空間であればどこを狙っても良い状態であった。広大な空間に張られたフィールドに綻びを作るのが目的。
その目的は果たされ、敵は「フィールドを作っても破壊する兵器があるので無意味」と判断を下し、攻撃に転じてきた。再度フィールドを張るのか? それは帝国側には判断が付かない状態。
シュスタークの目の前には、広大な宇宙が広がっている
《で、お前は今度、どこを狙い撃ちするつもりなんだ? 天然》
純白の旗艦の上で、伝説の銃とともにあり、先程フィールドを打ち破った皇帝シュスタークは、
―― どういう意味だ?
まだ理解していなかった。
《天然の上に馬鹿……ああ! あのなあ。これほどのエネルギーを集めて、訳の解らない方角に撃ち出して終わるつもりなのか? って聞いてるんだよ! 銀狂……なんざ言いたくないが、シャロセルテの銃から撃ち出されるエネルギーは「点」だ。だが今の戦闘は機動装甲の武器「改エバタイユ砲」でも解るように「面」を重視しているって、お前説明受けただろうが! 天然!》
―― あー。そうか……
《理解したか?》
―― ラードルストルバイアが生きていた頃の時代は、エバタイユ砲は本当に扇形エネルギー波の時代だったのだな。今では円錐状エネルギー波でも「改」は付けぬぞ
《……しね!》
シュスタークに悪気はない。
機動装甲の兵器が「面」を重視するのは、敵兵器の大きさにある。
メルガセテ級と呼ばれる惑星型の敵空母(直径120,000 km)を破壊するためには、様々な箇所を破壊する必要がある。
シュスタークが手を乗せている銃で、ザロナティオンが敵対僭主を撃ち抜いたのとは全く違う。
《動く惑星級の空母を、このシャロセルテの銃で狙って撃ち破壊するとなると、完全に動力部に命中させる必要がある。機動装甲なんかは自動判別装置やら、未来軌道演算処理装置やら積み込んでやがるからなんとかなるが、お前がここから撃ち出す時にそれらは当然使えない》
―― 外したら、全く何も無い空間を撃ってしまったらどうなる?
《外したら? そりゃあ士気は下がるな》
―― それは!
《今現在、異常なほど士気が上がって、お前に期待と尊敬が集中しているから、失敗したら余計に下がる。一撃目を撃つ前より下がるかもな》
―― プ……プレッシャーがっ!
キュラが”奇蹟”といったのは、これらを理解してのこと。
ただキュラは、シュスタークが二撃目を撃つとはっきりと言い切った時、エーダリロクと同じように内部に潜む「銀狂」と協力しあい、何らかの策があるのだろうと解釈したのだが、実際はそうでもない。
《シャロセルテは狙撃の名手だった。そうだな、いまエネルギー収集用の機器とリンクしている、オーランドリス? っていうのか? あれをも容易に凌ぐ名手だったからな。俺はシャロセルテほど狙撃能力は高くない》
―― そ! それはそうであろうな! いくらキャッセルであっても、機動装甲を撃ち落とせるキャッセルであっても、七つの星系を貫いて敵対僭主に命中させたザロナティオンには叶うまい
《……天然、お前な……本気で解ってないのか?》
―― 何が?
《シャロセルテの奴、どうやって七つの星系を越えて、ラディルヴィアイクを撃ち殺したと思ってんだ?》
ラードルストルバイアそう言って、シュスタークの胸に手を強めに当て、掻きむしるかのように指を曲げた。
―― ……
シュスタークは自分の手が置かれた部分にある物に気付いた。ロガが手渡してくれた、いつもザロナティオンと共にいたとされるビシュミエラ。
処女の純白と称されるネックレス。無性であった”彼女”
―― ああ、そうであったな。射程を観る声、ビシュミエラの歌声。かつてはライフラの祈りとも呼ばれた……そうであった
《あの日、二人は少し離れていた。ビシュミエラはラディルヴィアイクがいた惑星の傍で歌ってた》
胸にあるネックレスを二度ほど撫で、手を離して前を見据えた。
―― 余の傍に ”ビシュミエラ” が居ないのは残念だが、仕方あるまい
士気を下げぬように、どれか一つにでも命中させられたら良いなと呟いたシュスタークに、中に潜むものを知る、別人格は語る。
《なにを言ってやがる。この帝国から女という女を消し去った”無性”それがお前の中に存在しないとでも? さあ、呼び出せ。お前の中に眠る、あの忌々しいケシュマリスタ女に”供物”を捧げろ。そうしたら、あの女は歌い”祈る”さ》
シュスタークは銃を抱き締め、目を閉じて歌い出した。
それは祈りという名の殺戮命令
[まさか]
[どうなされました? ライハ公爵殿下]
[リュゼク、貴様には聞こえんのか?]
[聞こえるとは、何が……これは……]
[貴様にも聞こえるということは、上級貴族全員に聞こえる……かの歌声か]
【おい、シセレード! これはもしかして】
【ああ。計器では測定されない音、あるいは……ああ、こんなにもはっきりと聞こえるとは。ビーレウスト、お前にも聞こえているか?】
【聞こえてるぜ。いつもは体の内側から湧き出てくるこれが、外から風に乗って届けられるかのようだ】
<ねえ、ザウディンダル。聞こえてる? これって……>
「ああ。聞こえてるぜ。俺のポイントまで届くんだ、敵の領域深くまで到達してるだろうよ」
<信じられない。すごい……これが、ビシュミエラの歌声。いいや、あのライフラの祈りなのか。君と陛下以外の者が聞けるとはねえ>
「たとえ俺が巴旦杏の塔に封印されても、この声は聞こえないだろう。この能力は排除された部分だろう? 行動の自由を奪い操る能力ってのは」
<そうだったねえ。思考は自由でも、体の自由がきかなくなるって凄いよねえ>
≪……ふっふふふ……はははは! 来たぞ、シャロセルテ・デレクテーディ・ラインバイロセア。お前のバオフォウラーが歌い出した!≫
エーダリロクは周囲にミスカネイアとキャッセルがいるのにも関わらず、声を上げてその名を呼んだ。
《バオフォウラー……バオフォウラー》
銀色の髪を振り乱し、傍目には狂ったかのようにしか見えないような笑い声を上げてビシュミエラを”バオフォウラー”と叫ぶエーダリロクにミスカネイアは驚いたが、
「ミスカネイア義理姉さん。怖がらなくても大丈夫です……いま上級貴族以上にだけ聞こえる歌声が響いているんです。響かせているのは陛下ですから」
「そう……」
キャッセルの言葉に、無理矢理自分を納得させてエーダリロクに背を向けた。
帝国語ではなく母国語にあたるロヴィニア語で狂ったかのように叫ぶエーダリロクは、エーダリロクではなくまさに銀狂帝王。
上級貴族から皇帝に近い者まで全てが、その歌声に狂わされているかのように叫ぶ。
≪馬鹿め、馬鹿め、馬鹿め! 貴様等が考案し、投入した兵器如き。私達が開発実用化していなかったとでも思ったか! たかが百年如き戦った程度の貴様等が辿り着けた程度の兵器、私達が辿り着けなかったとでも!≫
”行動の自由を奪う。自在に操る”危険過ぎる兵器は、開発が停止された。
それが安定期に入った帝国の武器開発の歴史だった。安定期とは十六代皇帝の時代をさす。いちおうの平和を享受することになった宇宙は、危険な兵器に対して開発停止命令を出す。
だがそれ以上に、平和は開発目的を取り上げ、失わせ、その存在を忘れられることとなる。
そして宇宙から平和が消え、再び争いが起こった時に戻って来た。
”バオフォウラー” という名で。
ゾイがロガに語った言葉は、在る面では正しい。
七つの星系を抜けて、敵対していたラディルヴィアイクを”狙って”撃ち抜くなど、通常であれば不可能であり、真実を知らぬ人間は”不可能だ”と解釈しなくてはならない。
だがそれはある階級にとっては真実なのだ。
≪このポイントを射貫く。だからラディルヴィアイクをこの時間にポイントへと移動させろ、バオフォウラー≫
≪はい。シャロセルテ≫
彼は彼女に歌わせて、その場を射貫いた。訪れる銀の光を罵ろうとも、ラディルヴィアイクは逃げられなかったのだ。歌うビシュミエラの前に。
シュスタークは歌う。声などなく、歌う。自らの銃の先に、巨大な敵艦に”直列せよ”と歌い続ける。直進するエネルギー波で撃ち抜くために、並べ並べとシュスタークは歌う。
かつて祈りと言われた、ライフラの祈りと言われたその能力で、巨大空母を並べる。
≪陛下。もうお好きな時に撃ってください……できるだけ、早目に≫
エーダリロクの言葉に返事をすることなく、シュスタークは引き金に指をかけた。
ザロナティオンは極度の睡眠時間不足と、同族を食べ続け内側に抱えきれないほどの人格をかかえ精神を破壊されると共に、食した者達を”同化”させることに失敗し、異常変異を起こし早世した。
彼は普通に生きていたなら八十九年の生涯をおくれる筈であった。
ビシュミエラは歌いすぎて寿命を使い果たした。
大きな代償だが、それを知っていてもビシュミエラは歌った。
ビシュミエラは歌った。バオフォウラーは祈った。ただ一人のために。超回復能力を有していた彼女は、人造人間としては最長の百二十年の寿命を所持していたが、三十二歳で死ぬほどに祈った。
彼女は狂帝王のために祈りすぎた。そしてまた彼女は歌う、皇帝が望むのだからと祈る。皇帝は己の命を供物として捧げる。
殲滅の戦いを指揮するものとして、その生命を。
シュスタークが引き金を引こうと歌うことを止めた時、彼の右側から砲撃が迫ってきた。それは、右後方であったため、前方のみを観ていたずシュスタークは気付かなかった。
彼はそのまま引き金を引き、後方に飛ぶ。その身を焼き焦がすには充分な砲撃のなかへと。
ラティランクレンラセオは微笑みながら、打ち落とし安全を確保できるのに、撃たなかった。
Copyright © Rikudou Iori. All rights reserved.