繋いだこの手はそのままに −141
 シュスタークを運ぶザウディンダルの元に、
『ここからは僕が陛下を運ばせていただくよ』
 クッション材の補充と機動装甲の再検査を終えたキュラがやってきた。
 ザウディンダルはシュスタークを受け止める際に、撃っていた銃を投げ捨て、放置したまま旗艦へと向かっていたので、ここから戻り再装填し、機体に不備がないかを確認したのちに、最奥にあたるポイントに待機する必要がある。
『じゃあ俺、準備してくる』
 肩部分の収容ポッドを開き、シュスタークに「キュラの方に移って下さい」と告げると、
「解った」
 シュスタークは這いだし、おずおずと非常に格好悪くキュラの機動装甲の掌に移動した。格好の悪い移動方法は、初心者がとる動きそのもので、命綱なしで宇宙空間で単身移動となると、知識と本能があわさり、今のシュスタークのような動きとなる。
《俺が制御してるから、飛び上がったり流されたりはしねえよ》
―― そ、そうか
 その言葉にシュスタークは掌の上で両手の振り、
「ザウディンダル、ありがとう!」
 叫びだした。
 前線近くで純白の着衣をまとい、機動装甲の掌のうえで、自らの存在を優雅に誇示する皇帝……にも見えるが、実際は「ありがとう! ザウディンダル! これを機に仲良くなれたら余は嬉しいぞ」だった。
 ただし、良い方に取られる動きなので、誰も否定はしない。
『ありがたきお言葉。それでは私はポイントに戻りますので。じゃあな、キュラ』
『ああ。じゃあね、ザウディンダル』
 エネルギー対流を考えて、ゆっくりとシュスタークから離れ、危険の及ばないポイントに到達してから、大急ぎでザウディンダルは前線から遠離る。
 ずっとザウディンダルに手を振っているシュスタークと、それを見つめるキュラ。

”だからさ、僕のこと信用するなって言ったじゃないか、ザウディンダル”

 掌の上で嬉しそうに手を振っているシュスタークをモニター越しに見て、キュラは肩を窄めた。
『陛下、ゆっくりとダーク=ダーマに戻りますね』
「急いで戻っては駄目なのか? 余は早くに決着を付けたいのだが」
 キュラも肩口にある収容ポットの入り口を開き、ザウディンダルと同じように掌をその高さまで持って来る。
『すみませんね。前線維持部隊が、陛下が安全に銃を撃てる空間をまだ確保できていないので。それが出来てからになります』
「そうか」
 キュラの言葉は真実で、敵は「純白の旗艦 ダーク=ダーマ」に向けて猛攻をしかけてきた。
 旗艦は下がり、周囲の艦隊が前に出て敵の戦闘機をうつ。ダーク=ダーマに集中砲火を浴びせることを最優先する敵の動きは単調になる。
 帝国側はフィールド破壊によって、無人機を稼働させることが可能になったものの、再度フィールドを張らないという確証はないので、有人機能兵器のみでの応戦を続けているため、戦場優劣の劇的な変化は見込めなかった。
『もう少しお待ち下さいね。カルニスタミアが頑張ってますから。さ、はやく陛下は収容ポットに移動してください。安全区域にいるとは言え、何が起こるかわかりませんので』
「ガルディゼロ」
『はい。なんでしょう?』
「掌に乗ったまま移動してはくれないか。危険なのは解っているが、直接戦場を見ていたい。この場合、誰に許可をとるとガルディゼロは罰せられないであろうか?」
 顔を覆うヘルメットで表情は見えないが、何時もの笑いを浮かべているのが解るシュスタークの仕草に、キュラも笑う。
『誰の許可も必要ありません。陛下のお望みのままに』
 ポットの入り口を閉め、もう片方の掌で包み込むようにして、
『指の隙間から覗いてみていてくださいね』
「ああ……」
 キュラはダーク=ダーマへと向かった。

 シュスタークは生まれて初めて”自分として直接見る”戦火に、なんの感情をいだくことも出来ずに、ただ見つめていた。
 美しいとも悲惨だとも感じられない。景色の一つにしか感じられない。
 断末魔が聞こえたならそれは悲惨だと理解できる。だが目の前で繰り広げられている戦いは音がない。
 なにを思うべきなのかと考えなくてはならないほどに、そして何かを考えていなければここに溶けて消えてしまうような感覚に囚われる。溶けて消えてしまえば楽になれるような、このまま此処で意識を手放してしまえば、全てから……

 幻視のように目の前に墓が見え、桜の花びらが舞い散り

 ―― ナイトオリバルド様 ――

  治療されていない頃のロガが振り返り笑う ”あの当時の顔をあらわにしたまま”

 聞こえるはずもないロガの声と”通っていたときには出会わなかったロガの態度”に身震いし、シュスタークは恐怖を感じると共に、やっと自分を取り戻した。
『陛下? 如何なさいました』
 モニタリングしているしていたキュラは、シュスタークの体が大きく揺れたことに気付き、動きを止めて声をかける。
「い、いや。なんでもないぞ……なんというか、なあ……解らん」
『はあ』
 何を言っているのか意味は解らないが、シュスタークらしい答えに納得し、
『陛下。今暫くこの待機ポイントでお待ちくださいね。ちょっと前線が騒がしいので』
 カレンティンシスに指示された場所で、敵の攻撃が止むのを待つ。
「おお。それにしても、苦労をかけるな」
『いいえ、そんな事はありません。むしろ、陛下にここまでさせてしまった臣の至らなさを恥じるばかりですよ』
「そんな事はないぞ」
 シュスタークは良い皇帝の部類にはいる。
 ただ良い皇帝というのは、度が過ぎると国を滅ぼす。
 皇帝というのは、結局ある程度”悪い面”を持っていなくてはならない。悪いことをするのではなく、被害を最小限にするために、天秤にかけた片方を即座に切り捨てるような部分。
『……陛下』
 易々と切り捨てることができる支配者か、そうではなく苦悩してそれを気取られぬように努力して切り捨てる支配者かは、その支配者本人しか解らない。
 切り捨てられた物の関係者は、前者であって欲しいと願う。前者だからそれに連なるものは怨んでも良いと考えたいのだ。
 シュスタークが後者に「ちかい」ことは親しい者達は知っているが、宇宙の支配者として臣民に接する時、前者であるかのように見せる。
「どうした?」
 皇帝シュスタークという男が、どれ程優しかろうが、繊細で人々のことを思っていようが、帝国を支配する神格は、人のように悩み苦しんではならない。人は無意識に、そう考える。
 キュラはそんな、当たり前のことを考えながら、シュスタークに尋ねた。
『今ここで僕が陛下を包んでいる手を、このように動かすと陛下は怪我するでしょう』
 シュスタークがいるスペースを小さくしてゆく。
「そうだな」
 だがシュスタークは驚かずに、迫ってくる指や掌部分を黙って見つめている。
『怖くないですか?』
「何が?」
『陛下はあまり人を疑いませんが、まあ……色々あるわけですよ』
「色々なあ。それで?」
『要するに僕が陛下を殺そうとしたらどうしますか? ってことです』
「あーそういう事か。まあ、ガルディゼロに関しては信頼しておるので、全く対応策は思いつかん」
『陛下らしいといいますか……ご信頼いただけて嬉しい限りです。でも陛下、ほとんど全てを信頼なさってるでしょう?』
「お……おお……いや、だからといって! そなたを軽く見ているわけではないぞ! ガルディゼロ」
『陛下。一つだけお聞きしたいんですけれど、よろしいでしょうか?』
「余に答えられることなら」
『ではお言葉に甘えて。そんなに人を信用して、疲れませんか?』

 キュラは掌の上にいる皇帝に敗北する。

「家臣は疑わぬよ。余が皇帝としてできる最低限であり、全てだからな」
 シュスタークは家臣を疑わない。
 今疑念を抱くのは、ただ一人ディブレシア。同じ帝国の支配者であった、生母でもある女。並び立つことの出来ぬ存在であり、何かを企んでいた存在以外、シュスタークにとって疑うべき者ではなかった。
 皇位を狙うラティランクレンラセオも、簒奪の気配があるデウデシオンも、デウデシオンの簒奪後にシュスタークを殺害しようとしているタバイ=タバシュも、そしてディブレシアの意志に従い暗躍している皇君オリヴィアストルも「皇帝ではない」その一点で、シュスタークの疑念から排除されていた。
『家臣は疑いませんか?』
「家臣にして臣民は、この宇宙全てのものだからな。疑ったらきりがない」
 皇帝が信用しない相手。
 それは皇帝ただ一人。
《その中に、あいつは含まれていないんだな》
―― エーダリロクのことか? もちろんだ、エーダリロクは皇帝ではない家臣だ
《そうか》
「あまり言えぬが、余は皇帝である余を誰よりも疑い、また誰よりも信じる。それで限界なのだ。他の者を疑ったりする余裕がないというか……そこまで才能もないのでなあ」
 尋ねたキュラは、欲しい答えがあったわけではない。尋ねたかっただけであり、答えは”多分僕が欲しかった物に近い”であった。
 近いが遠い。
 それが逆にキュラの心に抵抗なく入り込んだ。自分の心に沿った返答であったら、シュスタークが自分の為に考えて答えたかもしれないという疑念を抱いただろうと、自分自身の性格をよく理解しているキュラは思った。
 欲しい答えが、欲しい時にもらえることなどない。
 どこか物足りなく、だが自分では思いつかない考え。その答えが、キュラにシュスタークをより一層信頼させた。
『ありがとうございました。移動許可がでましたので、先程よりも速度を上げます。指の隙間から落ちないで下さいね、陛下』
「おお!」

―― 頼むぞ、 ラードルストルバイア。落ちないようにしてくれ

 重ねて書く必要もないが、ラードルストルバイアはこの時、指の隙間から飛び出してやろうかと思ったが行動には移さなかった。
 キュラの機動装甲の掌から、まだ銀狂の銃が出てはいない、なにもないダーク=ダーマの外壁へと降り立つ。
「我が儘を聞いてくれて、感謝しておる」
『いいえ。あなたに仕えるのが、僕たちですから。いかようにもお使いください。それでは陛下、奇蹟を起こしてくださいね。楽しみに待ってますので』
 機動装甲ごと礼をして、キュラはシュスタークの視界から消えるあたりまで、背を向けずに頭を下げたまま離れた。
 キュラが見えなくなった辺りで、銀狂の銃がせり上がってくる。
『陛下。まだ撃たないでくださいね』
「おお。解ったエーダリロク」
 シュスタークと銃が揃ったのを確認した敵は、攻撃目標補足とばかりに一斉に列を成して向かってきた。
 銀狂の銃に片手を乗せ、何事も無いかのように立っているシュスタークは、まさに帝国の支配者。ただし内心は、何時ものごとし。
―― なあ、ラードルストルバイア
《なんだ? 天然》
―― 先程ガルディゼロが”奇蹟を起こす”と言ったが、どういう意味だ
《やっぱり気付いてなかったか、天然。天然だもんな、天然》
―― ラードルストルバイア……天然とはなんだ?
《しねええええええ!》

―― 落ちつけ、ラードルストルバイア

 最も凶暴で冷酷な人格とザロナティオンが判断を下し、ビシュミエラもそのように感じた「ラードルストルバイア」その彼をも混乱に陥れる……それが天然。
《ああ! もうこいつはよぉ!》


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