繋いだこの手はそのままに −130
「后殿下から許可もいただけた。配置に付け」
後は各王にカルニスタミア自ら ”艦隊の交渉” するだけになったのだが、副官で体の自由が利かないカルニスタミアの代わりに ”動く” リュゼクの目がどうしても言いたい事があると見つめていた。
「何じゃ? リュゼク」
「ライハ公爵殿下。儂は連合軍であることには文句は申しませんが、最後まで残るのは儂等の軍でなければ納得できません」
「”良いところ” はくれてやっても構わぬが ”殿” は儂等でなくては納得しないと言うのじゃな? リュゼク」
「はい」
治療用の液体に浸している、皮膚の復元されていない腕をむりやり持ち上げる。神経や筋肉のような物が切れる音を響かせ、骨だけに近い指を向ける。
「貴様如きに言われんでも解っておるわ。気位と傲慢の一族、テルロバールノルにしてアルカルターヴァ。その直系の血に連なり、永遠の友である儂が、陛下の殿を努めずにどうする。余計な心配はするな、儂等がこの戦場に最後まで残る。軍人としての栄誉も、王国の民としての名誉も保証してやる」
カルニスタミアの言葉にリュゼクは頭を下げて、己に課された命令を果たすために部屋を後にした。
「さて、テルロバールノル王から各王に、儂が代理だという通達も渡ったことじゃろう。交渉させてもらおうか」
カルニスタミアは腕を再び調整器の中の再生液へと浸す。強再生特有の血管内を虫が蠢くような感触に、嗤いを吐き捨て 《王達》 に向かい合った。
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『我等の交渉が最も簡単だと思って、最初にしたんだろ?』
深紅の癖毛が特徴的な、ビーレウストの実兄シベルハムが、両手を広げて尋ねる。
「まあな。悪くはないじゃろう? エヴェドリット軍が受け持つ 《守備》 の部分を儂が指揮するんじゃ。お前は好き勝手攻撃してりゃあ良い」
シベルハムはカルニスタミアの言葉に笑う。
機動装甲に搭乗し、負け戦気味の戦場を、同じく機動装甲に搭乗できるシセレード公爵と共に自由気ままに飛び回り楽しんでいるエヴェドリット軍総指揮官たるザセリアバ王は、カレンティンシスから連絡を受けて直ぐに艦隊指揮を預けているシベルハムに決定を投げた。
エヴェドリットの性質からして、自分が死ぬまで敵を殺せるほどに周囲に敵がいるのは、楽しくて仕方のなく、戦争以外のことを考える余裕などなかった。
『そりゃ良いが。カルニスタミア、お前が確実に ”現在我等が確保している空間を維持できる” という保証がない』
元々エヴェドリットの艦隊総指揮は、王族で機動装甲に搭乗できないシベルハムか、今回は帝星に残ったアシュレートが受け持つことが多い。
何時も ”裁量” を任せられている形となる、艦隊指揮の二人のうちの一人シベルハムだが、今回ばかりは大きな賭でもあった。
カルニスタミアはエヴェドリット艦隊に任せられている ”確保空間” の全てを任せろ。そう言ってきた。
戦い自体は負けていようが、帝国軍の総司令官から ”作戦命令”は出される。
その一つが、場所の確保。
前線を維持するために、また皇帝が無事に帰還できるように、ある程度の空間を維持することは重要だ。それらを維持することが艦隊の役目であり、達成できなかった場合は、罰せられる事項の一つとなる。
「確かに。じゃが、儂は自信を持って言うぞ。儂はお前よりも艦隊指揮能力、それによる空間確保能力は高い。エヴェドリットは攻撃に専心してこそエヴェドリットじゃろうに」
『自信満々だが、その自信が本当だと解っている分、性質が悪い。……いいだろう、必要な艦隊は預ける。帝国軍側から出されている確保空間は維持しろ。我等は総攻撃を開始する』
交渉が成立しカルニスタミアに付かせる艦隊を選んだ後、攻撃態勢を整えるように残った全艦にシベルハムは命じた。
「殿下」
そんな中、参謀の一人がシベルハムに声をかけた。
「何だ?」
「よろしいのですか? ライハ公爵殿下は確かに名手ですが……」
帝国側から提示された規定の空間が確保できなければ、エヴェドリット側の責任となる。艦隊を貸し借りしたことは、帝国側は考慮しない。それは王国の裁量であり、王国側が責任を負うべきものである。
「構いはしない。あの男の事を信じている……っても、まあ守ってくれりゃあ良いかな? くらいだ。なあに、規定空間が保てなくて、後で罰を受けるとなれば我の首が飛ぶくらいだろう。皇帝陛下の親征だから、そのくらいはしなけりゃならないが。だがカルニスタミアは我を排除しようとという気はない。わざと失態をおかして、我を陥れようとはしない」
シベルハムは笑いながら親指で自分の首の前の ”切る” 仕草をする。
「我にとっては、それだけで充分だ。我は処刑される覚悟で攻める。自らの人生に悔い無きほどに攻め破壊する。可能性として生き延びて処刑されるか、カルニスタミアが完璧に空間を確保して罰せられないか。そこは解らないが、死ぬのは構いはしない。我が我であるからこそ、あの男は、カルニスタミアは最初に我等に連絡を入れたのだ。さぁて……行くぞ」
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「ケスヴァーンターンは簡単に同意しましたね」
シベルハムの次にケシュマリスタ王こと、ラティランクレンラセオに連絡をいれると、あっさりと艦隊を借りることが出来た。
「陛下の御身を守るという建前があるからな……それにしても、露骨な男だ」
ラティランクレンラセオが貸し出した艦隊は、息子であるヤシャルの艦隊の全て。もちろん、ヤシャルも含まれている。
自らの手では殺さないが、他王家の王子の指揮の下で死ぬも良し、自分を牽制する為に無傷で返して寄越しても良し。
息子がカルニスタミアの足を引っ張ればそれでも良く、上手く立ち回れば機会を与えた自らの評価も上がるというもの。
どのように扱われたとしても、ラティランクレンラセオに損はない。
「別艦隊を要求しますか?」
「王太子艦隊を貸して寄越したというのに、拒否したら後々問題になるじゃろ。それに、まあ……此処でヤシャルにある程度の武勲を立てさせてやるのも、牽制になる。もっとも、その武勲を父に横取りされねば……ではあるがな」
そんな話をアロドリアスとして、最後の交渉相手との面会となった。
金で全てが片付くが、最も厄介な交渉相手 ”ロヴィニア王 ランクレイマセルシュ”
『話は聞いたぞ、ライハ公爵』
白磁の如き肌と、緩やかに波打つ黄金色の髪。
地球の深い海と緑の大地を表す、左右の色が違う瞳。美しく儚い両性具有の顔立ちだが、現実以外を認めない王の性格からか、容姿からそんな雰囲気は全く感じられない。
力強さではなく、底でうねるような感触。金銭に執着する俗物の極みながらも、それだけではないと思わせる迫力。
さすがは 《帝国を再統一》 した一族の血を強く引く王家の当主だと、カルニスタミアも正面から対峙して改めて感じた。
「出してもらえるかな」
『構わんよ。それ相応の物を出してくれさえすれば』
”それ相応” が金であることは誰でも理解しており、兄王であるカレンティンシスも『ヴェッティンスィアーンは ”このくらい” 要求するじゃろう』と、使える相当な金額をカルニスタミアに与えていた。
だがカルニスタミアは、提示された金額を満額払うつもりはない。
ロヴィニア相手に値切りに出ることにした。値切る理由は、国庫に負担をかけないようにする為もあるが、もう一つの理由もある。
”記憶の裏付け”
「ほぉ。では、金額さえ折り合いが付けば、全軍貸していただけるのかな? ロヴィニア王」
『……』
ランクレイマセルシュの表情に ”手応え” を感じた。
ロヴィニア王が ”シュスタークが危険に陥る” 行為に対し、異義を訴えなかったのか? 《銀狂の銃》 の調整に絶対必要な王弟エーダリロクを貸し出すことをせず、抵抗する事も出来た。だが、何故そうしなかったのか?
「どうなのかな? ロヴィニア王。早く答えを頂きたい。事態は一刻を争うのだ」
『ライハ公爵、貴様……』
ランクレイマセルシュは 《決して暗示のかからぬ》 そして 《決して暗示をかけてはならない》 男、カルニスタミアを画面越しに見つめる。
何かを言いたそうな王を前に、カルニスタミアは押した。
「全軍を儂に預けても構わぬじゃろう? 儂にロヴィニア軍を全て預けて、お帰りになってもよろしいぞ。後は儂とエーダリロクに任せてしまっても良くはないかな?」
”良くない” ことを知りながら、カルニスタミアは解剖されたままの状態と表現したくなる顔で笑う。
『陛下の親征でそのようなこと出来るわけなかろう。私は陛下の最大の後ろ盾であると同時に、陛下は私の最大の後ろ盾だ』
「ならば問うが ”何故陛下を止めなかった” のじゃ? 止めてはならぬ理由でもあるのかな?」
皇帝を ”止めなかった” ことと、自らがこの場に残り、全艦隊を貸し出せないこと。この二つの理由を言い出せない以上、ロヴィニア王は動くことができなくなると踏んでのこと。
『痛くもない腹を探られるのは、気分が良いものではないな』
「ロヴィニア王に痛くない腹などあるのか? 痛まない腹はありそうだが」
ランクレイマセルシュはこれ以上会話を続けると、自分の方が分が悪くなると判断し、カルニスタミアに ”初期に提示された艦隊” を ”妥当な金額” で貸し出すことを告げて、通信を切った。
「かなり、安値で借りられましたね」
”お見事” とアロドリアスが思わず呟く。
「妥当な金額じゃが、ロヴィニア相手では安く感じられるな」
カルニスタミアは言いながら、復元されてきた瞼を指で摘む。
まだ薄かった瞼は簡単に千切れてしまい ”やれやれ” と眼球の奥へ押し込んだ。
艦隊の配置をリュゼクに任せ、カルニスタミアはしばし休憩と言う名の、超回復行動に入った。
《それにしても、兄貴もロヴィニア王もケシュマリスタ王も、ついでにエヴェドリット王も……儂が陛下の ”我が永遠の友” であり、御心を覗いたこと忘れたのか。陛下が混乱のうちに儂の中に流れてきたのは、何も后殿下に対する想いだけではない。それよりも深い所にある ”ご自身” 即ちエーダリロク・ゼルギーダ=セルリード・シュファンリエル。いや……》
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