繋いだこの手はそのままに −123
 発狂を恐れ、眠りに ”落とされた” 皇帝と、その隣で眠り続ける后殿下。二人を守るタバイの元に、
「じゃあ、俺行ってくるから」
 主治医であるミスカネイアから出撃許可を貰ったザウディンダルが、
「無茶をするなよ」
「さあね!」
 そう言って去っていった。
 一人取り残されたタバイは、全神経を己の内側に集中させる。
 イグラスト公爵タバイ=タバシュ、彼はいかなる状況下でも 『単身』 で生き延びることができる。
 彼はどうしても帰らなくてはならない、帝星に。戻らなくてはならない、兄である帝国宰相の元に。《偽の国璽》 を偽と知りながら、素知らぬふりを押し通し 《お返し致します》 と彼は言わなくてはならないのだ。茶番であろうとも、兄から 《本物だと言われて渡された国璽》 を帝国宰相に返さなければならない。

 皇帝の身辺を守る彼には、特別にエーダリロクが状況を伝えてくる。広範囲を、機動装甲の動向を網羅するエーダリロクからの通信に、彼は目を閉じる。
− 再奥到達。この機体を落とす。
− 了解! オーランドリス伯爵! データ採取開始。セミラミスの修理と補給を二分で済ませろよカルニス。その後β55.3で待機
− 解った、エーダリロク
 彼の弟は間違い無く 《一艦を落とす》 が、戻って来られるとはとても思えない。
 帰還に必要なミサイルの残量など考えず、
− もう少しだな
 エネルギー配分など省みず、
− 落とした!
− ブランベルジェンカオリジン破損率68% セミラミス援護ポイントに到達するまでの破損予想100オーバー
 彼は死んでしまうと。
 だが彼には何もする事は出来ない。彼の任務は皇帝を守り通し、無事に帝星に帰還させること。
− やはり、他の戦艦でも代用可能じゃ! この状況を打破する為には、敵巨大戦艦を三分の二近く破壊せねばならぬ!
 速度に悲鳴を上げる機体の軋む音と、どの機体よりも目立ち破壊を続けていた機体が孤立無援状態、それを見逃す敵などいない。
− ブランベルジェンカオリジン破損率72% それ以上に本人の破損が激しい。生命維持用のエネルギーを動力に回したのか? 騎士身体破損40%越えた!
「お前という弟は何時も何時も……」

**********

『これで、おしまい……』
 ミサイルなどとっくの昔に使い切り、動力の全てを攻撃と撤退に回した帝国最強騎士キャッセルは、最後のエネルギーを使用して目の前にあった中型艦を破壊して動けなくなった。
 機体はもう少しだけは動くが、彼の体が動かない。
 生命維持にかなりのスペースを割き、技術開発をしているが 《攻撃力》 の開発には及ばない。攻撃力が上がれば、兵器の性能が上がれば、生きて戻る可能性が高くなる。それは確かに正しい。
『もう少し攻撃力が高かったら……あと少しは戻れた気がするけど……』
 それはキャッセルが最も良く理解している。
 声を出せない程に疲弊しきったキャッセルは、自分の血で染まった赤いバラーザダル液に力無く浮かんでいる。
 体を押さえていたベルトは、重力の強さに 『安全を考慮して』 自動的に外れてしまった。その後、体のあちらこちらを打ちながら此処まで戻って来たが、これ以上は無理だった。
『ん? ……周囲の敵が散開していく……! うわあ! スゴイや! 兄さん! タバイ兄さん! みてみて! 私一人を殺すために、敵が主砲を用意しているよ!』
 完全に動けなくなったキャッセルの機体を、安全圏から確実に撃ち落とす為に敵は惑星規模の巨大戦艦の主砲を用いることにした。
『わあ……終わりだなあ。でも、良いや……なんかもう、眠いし……撃たれて消える感覚を味わいたかったけど、眠くて駄目だ……』
 生きて帰らないと怒られるなと知ってはいるが、生きる事に希薄なキャッセルは脳に負った深い傷から眠りに落ちていった。
 キャッセルの意識がなくなってすぐ、まだかろうじて通じている通信に声が届く。
【キャッセル兄! キャッセル兄! 返事しろよ!】
 ザウディンダルの声が届くが、微笑を浮かべたやたらと満足そうな寝顔のキャッセルには届かない。
【ちきしょう!】
 ザウディンダルこの言葉を放ち、機動装甲の帰還ポイントから離脱し、キャッセルの機体が停泊している空間へと直線的に進んで行った。
 敵はザウディンダルの機体を ”取り返しに来た” と素早く認識し、攻撃を仕掛けてくる。ザウディンダルは敵の攻撃をかわすだけで、まだ攻撃は仕掛けない。反撃をするのは、キャッセルを救出してから、戻る時に確実を期す為にと、遠距離からのレーザー砲撃を避けてつき進む。敵が主砲でキャッセルを仕留めようとしているのはすぐに解ったので、その範囲内をつき進む。敵艦は ”動き” の面では機動装甲どころか、戦艦にも劣る。
 主砲の範囲内に入って攻撃できるような武器は、存在するが機動装甲の敵ではない。
 ザウディンダルは攻撃をかわしながら、機動装甲の肩の部分にある救出プラグを収納する部分に異常がないかを調べながらつき進む。
 ザウディンダルの乗っている新型、腹部操縦席型は操縦席が二重の円で囲まれている。対する頭部操縦席型は細長い筒に収まり、その筒を四角い箱が覆っているような形になっていた。
(プラグポッドを切る工具は……よし)
 箱はそのプラグ(筒)を一定箇所固定しているのだが、その固定を切るのが困難だった。平時では然程ではないが、戦場で孤立無援状態でそれを切るのはかなりの労力であり、度胸が必要となる。
(キャッセル兄の体の破損状態から、固定は最低で四箇所は外れてるな。それで安定が悪くなって、脳に破損ってことはもう少し多いか)
 固定されていた部分が安全装置用のエネルギー供給がなくなった事で外れ、安定が悪くなり僅かな衝撃でも大怪我を負う。
(あと少し……だけど……時間はどうだ?)
 キャッセルの機体の映像を見ながら、ザウディンダルは何処で作業を行うかも考えていた。この場でキャッセルを取り出し、収容する時間はない。
「エーダリロク!」
【何だ?】
「キャッセル兄の機体の何処を切って……」
【何処を切っても大丈夫だ。だが急げ、ザウディンダル。敵は確実に ”オーランドリス伯爵” を殺したいらしい。主砲のエネルギーを満タンにする前に撃ってくる気配がある】
「残り時間は?」
 当初の計算では320秒だが、時間は大幅に短縮された。
【128秒。お前が帝国最強騎士に到達するのに後13秒、パーツを切って抱えてその場を離脱するのに5秒。残り110秒で主砲範囲から離脱しろ。ギリギリで間に合う】
 エーダリロクの言葉を聞いているうちに、キャッセルの元に到着したザウディンダルは、機体を切り軽量化して離さないようにするために、牽引用のワイヤーを三箇所に取り付けて、引き返す。
 帰り道も敵主砲の範囲内に入りながら、限界線(主砲から逃れられる、ぎりぎりのライン)に近付きつつ最大速を保つ。
【ザウディンダル! 敵無人戦闘機部隊がお前に向かってる!】
− 質量で押す気か!
【そうだな。お前さんの牽引してる白に金の機体は、敵も自らの被害を大きくしても葬りたい相手だ】
 敵の無人戦闘機が次々とザウディンダルの機体に全方向から突撃をしかけてくる。
 無人戦闘機の戦闘力自体は然程ではない。敵の目的は、主砲範囲内にザウディンダルとキャッセルを押しとどめること。
 援護もなく、敵の陣地深くに侵入しているザウディンダルの機体は、
「ミサイルの残量が……」
 補給が ”無い” ために、機体自体が武器と化している敵を破壊するために使用しているミサイルの残量が尽きる寸前だった。
 後は動力転換によるフレア型兵器(*1)の攻撃などでかわすしか無いが、決定的な破壊ではないので、事態その物が大きく変わる事は無い。
【予備動力を最大にしてジョイント砲撃でかわせ。残りは40秒切った。8秒以内に限界線に到達しろ!】
 エーダリロクは言いながら全体の状況を見る。
− ザウディンダルは機動力と近距離戦を得意としてたから、ミサイルの積載量が少ないんだよなあ。近距離戦なら何とかなるが……今使ってる予備動力もそろそろオーバーフローだ。機動力を落とさないためには、あとは攻撃に使える動力は幾つ残って……ああ! 予備動力とエネルギー変換炉を繋ぐケーブルが破壊されてやがる!
《落ちつけ! 司令塔のお前が落ち着かないでどうする! 援護に向かえる機動装甲は?》
− ビーレウストが向かってるが、ビーレウストのは機動力が低いんだよ。射撃や遠距離攻撃に特化してるから、その分移動力を下げてる。つか、下げないと長距離砲の動力を得られないか……ああ!

「ザウディンダル!」

 ビーレウストに二人を救出するための指示を出しながら、ザウディンダルの機体を追っていたエーダリロクが叫び声を上げる。ザウディンダルの機体が一斉に群がる敵戦闘機を追い払う為にに、全動力を一時的に高めた。
 その熱源を関知した敵が、熱源に狙いを定めて次々と飛び込んで来た。
 動力はその特性上、自らの機体に付いている 《砲》 で撃てない位置に存在する。正確には動力の位置から 《砲》 を定める。どのような角度で撃っても、自らの動力炉を撃ち、自らを傷つけない為に。
 動力炉の全てが破損し、主砲範囲内で機動停止状態に陥った。
 それでも幸いと言うべきか、彼等はそれ以上の攻撃を仕掛けてこなかった。彼等はザウディンダルが強力なワイヤーで牽引している、動かなくなったブランベルジェンカオリジンを、その中心部に存在する 《最強の敵》 を恐れ、止めを刺さなかった。
 止めを刺すのは彼等が持つ最強の兵器、敵巨大艦の主砲。
「残り27秒」
 ビーレウストは届かない。


 そして警告音が鳴り響いた。


*1)太陽フレアの特質をもつ武器。現在使われているフレア兵器とは違う。


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