繋いだこの手はそのままに −91
頭を下げたラティランに、頭を上げろとエーダリロクが命じる。
大人しくその言葉に従い頭を上げたラティランに、エーダリロクは再び額を押し付ける。
「お前にも関係あることだから、教えてやろうとおもうてな。マルティルディの末王よ」
マルティルディの末王とはラティランのことを指す。
暗黒時代に血統は細分化されてしまい、ケシュマリスタ王家は正式には 《ケシュマリスタ・マルティルディ》 と言う。
ラティランの祖先は二十三代皇帝サウダライトに繋がる血統が引き継いだ一族であったが、王家が皇帝を血統の名にするわけにはいかないので、皇帝サウダライトに最も近い血筋のケシュマリスタ王族の名が『系統』とされている。
「私に関係があると?」
「お前の狙いには興味はない。だがお前の策には穴がある、それが 《国璽》 だ」
「……」
「キュラティンセオイランサ 《国璽》 とは国の重要書類に捺印するだけではない、あれは皇帝以外が神殿最深部に立ち入ることを許す唯一の 《鍵》 かつて二十二代シュスター直系シャイランサバルトの後を継いだのは、ケシュマリスタ傍系イネス公爵家の当主であったダグリオライゼ。あの男が即位することを決めたのはマルティルディ、後のケシュマリスタ王であって皇帝ではない。皇帝とは神殿の 《最深部》 立ち入ることの出来る唯一の存在であり、皇太子は皇帝の手によってのみ登録・書き換えが可能。皇太子であっても神殿の最深部には立ち入ることは出来ない。皇帝でなく、皇太子でもなかった当時ケシュマリスタ王太子であり “暫定” 皇太子マルティルディはどうやってシャイランサバルト帝からダグリオライゼ、次の皇帝サウダライトに神殿情報を書き換えたと思う? キュラティンセオイランサ」
キュラからは相変わらず、語り続けるエーダリロクの表情は見えない。僅かに伺えるラィランの表情に動きは一切ない。
「《国璽》 を使ったんだね。そこまで聞けば僕でもわかるよ」
「その通り。此処に居るマルティルディの末王、それ以外の王も 《国璽》 がそのように使われることは当然知っている。王族も然りではあるが。当年二十四歳のヒドリクの末が帝星を長期に離れたのは今回の初陣を除外すると過去四回。マルティルディの末王や他の王が即位する際に王国を訪れた。キュラティンセオイランサ、過去の四回と今は何が違う?」
ヒドリクとはザロナティオンの血統を指し示しめす。皇統も暗黒時代の細分、統合の結果今の皇室は《ベルレー・ヒドリク王朝》に分類される。そして現在、ヒドリクの末と呼ばれるのはシュスター・シュスターク。
「何って……帝国宰相? 王の即位式典の際にも従っていたね」
キュラは “回転がいい” と言われる頭脳を総動員して、エーダリロクの問いに答える。
「そう。あの男は 《国璽》 を持ってヒドリクの末に従った。よって過去四回は帝星においてクーデターが起こることはなかった。クーデターを成功させるには 《国璽》 を手に入れなくてはならない。逆に言うならば、帝国宰相はいかなる時でもクーデターを成功させる可能性を持っていた。そして今、帝星にヒドリクの末はいない。帝星にいるのは 《国璽》 という 《神殿》 の登録を書き換えられる 《鍵》 を持った男のみ」
ラティランが 《国璽》 のありかを探ろうとした理由であり、他王は決してその所在を明かさない理由でもある。
皆自分は持っていないが、他王が持っている可能性もあることを考慮し、それについて触れない。
「あの帝国宰相が簒奪するってこと?」
帝国宰相パスパーダ大公デウデシオンが簒奪しないとは誰も証明できないが、皇帝に帝国宰相の手から 《国璽》 を取り上げ、自分に保管させてくれと頼むこともできない。《国璽》 を手にした王が皇帝を狙わないとは言い切れないためだ。
《国璽》 はその機能性から、銀河帝国を統治する皇帝が唯一手元に置いたままにしておくことが許されない物である。皇帝が病気や老衰ならば良いが、事故死などで 《国璽》 と共に紛失してしまうと、それは帝星中枢の死となる。
皇帝と王は、それだけは回避しなくてはならなかった。
そう、暗黒時代にあっても宮殿の中枢である 《神殿》 は難を逃れた真の理由。
「マルティルディの末王よ、お前は善人王の面を捨てる気はないのだろう」
「無い」
もう一つ、不確かながら 《書き換えることが可能》 と言われる者がいる。それは 《真祖の赤》 と呼ばれる、彼等の血を強く引いた紅蓮で真直の髪を持つ人物。
それは神殿に直接アクセスすることが可能であると言われている。
神殿がどのような物なのか? 皇帝以外は知りえない場所だが、その言葉は確かに存在して、また信じられていた。古の物語であれば “言い伝え” 彼等の世界では暗黒時代に失われた “使用マニュアルの緊急措置の項目” に記されていたとされる、その存在。
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後の世に真祖の赤であり皇帝となった男が現れる、第四十五代皇帝サフォント。
《神殿》 をも自在に操った中興の祖。人類史上最高の支配者、暁の大名君など、数多の名声を博した人類史から名の消え去ることなき皇帝。
そしてもう一人、帝国崩壊後に乱立した小国の王女インバルトボルグ皇后。
皇帝を討つことを掲げた嘗ての家臣、エヴェドリット王国の王と戦い散った少女。
彼女が何故殺害されたのか? それは相手がエヴェドリットであったからと言うだけではない。彼女は……
**********
キュラの目の前で、まるで 《真祖の赤》 の如く語り続けるエーダリロク。彼の知識が王子や管理者としてのものだけではないのはキュラにもわかった。そして、その事に全く動じていないラティランを見て『ラティランはエーダリロクが詳細を知っていること “知っている” 』ことに驚いた。
「よって皇帝を殺害して皇位に就く気はないのだろう? 息子達を 《王妃の失態》 により巻き添えで殺すが、皇帝は殺害しない」
「言い切られますか」
「殺害してしまうとお前は皇帝になれない。そして殺害しなければ折角の皇后も手に入らない。第一、あの王妃と姫皇后を並べるなど私が許可しない」
「では殺しますよ。ですから姫をいただきたい」
「姫? 皇后に相応しい姫君がいるの?」
シュスタークのお妃騒動の根底は『姫』と呼ばれる、高位の女性が存在しないこと。だが二人は『姫』が当たり前に存在しているかのように会話をしている。
「キュラティンセオイランサ、無性と同じ両親を持ち、無性の次に生まれた者が子をなすと、本人とは反対の性の子が生まれるのだ。私は上には無性、そして私は男。よって私の子は女となる。この男は皇帝になった暁に私とメーバリベユ侯爵の間に生まれる 《姫》 を皇后に迎える予定だ」
「……」
此処に姫を完璧に作り出せる男がいたのだ。
それを知っている男も居た。
だが作り出せる男は、何故か拒否し続けている。それはラティランが皇帝になるのを阻止する為か、それとも他の理由があるのか? キュラには判断がつかなかった。
「キュラティンセオイランサ、お前が私につけられているのは 《私が奴隷に手を出さない》 ように見張らせているのだ。間違って私が奴隷に手をつけてしまえば、腹の子は 《皇女》 であり、マルティルディの末王が簒奪する機会が失われる。王子しかいない現状では、奴隷腹であろうが皇女皇太子以上のものはないからな」
「待ってよ! 何時の時代の間抜けな寝取られ男の話だよ! 后殿下の腹の子が陛下の子じゃないことなんて、簡単に判別つくでしょう?」
違う男の胤であることくらい、即座に判断がつく。
だがそれが語られたときのラティランの表情を見て、真実であることを知る
ラティランが何故皇帝を殺害しないのか? それは善王の仮面を被り続けるためだけではなく、殺害しても他の手段によって皇帝になる道をふさがれてしまう事を知っているからに他ならない。
皇帝を殺害するとなると、ラティランとしてもその後確実に皇帝の座に就かなければ殺される。だがラティランがシュスタークを殺害したとしても、誤差一時間以内にエーダリロクが女に『シュスタークの子』を通常性交により身篭らせることが可能。
だからラティランは、シュスタークを退位させると同時にシュスタークの『子』からも権利を奪わなくてはならない。
シュスタークとその子の権利を同時に消失させる方法、それが《ザウディンダル》だった。
「その話は後でしてやろう、キュラティンセオイランサ。マルティルディの末王よ、お前の策には 《アグディスティス》 が必要なのであろう。答えなくとも良い。その 《アグディスティス》 はヒドリクの末と情を交わし、上手く身篭らせてそのまま優しきヒドリクの末は退位、それを狙っているのだろうが、ヒドリクの末と情を交わした 《アグディスティス》 はどうするつもりだ?」
「言わずと知れた帝国法に則り 《あなた》 が管理責任者となっている巴旦杏の塔に隔離する」
「やさしいヒドリクの末も一緒に塔に封印してやるのだろ?」
「望むでしょうから。あの優しい皇帝の退位に最大限の敬意を払ってのこと」
ラティランにとってザウディンダルは捨て駒だが、それはある権力者にとって反逆の引き金ともなる。
暗黒時代の引き金の一つでもあった『巴旦杏の塔』
「隔離されてしまう両性具有。だが宇宙で最も 《アグディスティス》 に固執している男の存在を忘れてはいないか? 《国璽を所持している男》 は隔離された 《アグディスティス》 に会うために、皇帝になるとは考えなかったか?」
そう唯一神殿最深部に立ち入ることの出来る、皇帝以外の人物。
彼はシュスタークが退位し、ザウディンダルが隔離された時、その 《国璽》 をどのように使うか?
帝国のほぼ全てを手中に収めている、二十年を越える代理支配者。
「何か秘密でも握っているようですね」
ラティランも此処までは想像し、対応策を練っていたが、続く言葉に声を失う。
「貴様は知らないだろうな。あの 《アグディスティス》 を作ったディブレシアの 《真意》 を」
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