繋いだこの手はそのままに −87
ロガと五人と共に射撃場に足を運んだ。
現在は実弾を撃つ練習はほとんどない。ほとんど全ての訓練はシミュレータで行われる。嘗て射撃は反動などを受け流すことも訓練としてあったらしいが、現在は反動などは装置で制御できる。
威力が大きすぎて反動制御できない銃も確かに存在するが、そのクラスの銃を撃つのは我々の階級くらいのものだ。普通の人間では反動で身体が拉げてしまうだろう。
「これが銃ですよ」
「あ、はい」
キュラティンセオイランサに手渡された銃を持ってロガは不思議そうな顔をしている。
「これはこうするモノですよ」
言いながらキュラティンセオイランサは台の上にあった、ロガが手渡された銃の二十倍近い威力はあるだろう銃を持って前置きなしに的に向かって実際に撃つ。
その青白い光線にロガは目を見開き驚き、小さな叫び声を上げて余のマントに掴まってきた。
……おや、なんか凄く嬉しいのだが……もしかして、余のことを信頼してくれているのか?
「そうやって隠れていただくのが最善なのですが。陛下、后殿下にもしものことがある場合を考えて操作を学んでいただこうと思うのですが、よろしいでしょうか?」
「え?」
ロガはマントを掴んでいる手に、もっと力を込めた。
「ロガ、いきなりで驚いておるのか?」
「は……はい。あの、ナイトオリバルド様……覚えた方がいいですか?」
ちょっと怯えているようだが、
「実際に撃つことはないだろうから、射撃というスポーツのつもりで少し練習してくれないか?」
撃てた方が良いと思うのだ。
実際に撃つことはないであろうし、ないようにするつもりだが、余の后となる以上危険は避けて通れぬ道ゆえに。
「わ、解りました」
ロガは持っていた銃を両手で包み込んだ。
「そんなに緊張しなくて良いんですよ。今の銃はねえ、自動照準とか反動制御とかたくさんついてるし、なにより后殿下の銃は最高の技術で作られてるものだから、撃てば当たる仕組みになってんですよ」
言いながらキュラティンセオイランサがロガの銃と同じ銃を手に取り、操作方法を教えている。
「作ったのは、エーダリロクか?」
「はい。私の持つ現時点最高の技術と知識を詰め込んで作らせていただきました」
「ほぉ。エーダリロクが作ったのであらば、帝国最高の品であること間違い無しだな」
「陛下にそのように言っていただき、ありがたく……おい、ビーレウスト」
いつの間にかビーレウストがロガとキュラティンセオイランサの間に割っては入って銃を掴んで……人殺しの顔になっておった。
「君、邪魔! これは后殿下の銃なの!」
「へえ、反動制御さえなけりゃ、エネルギー再生装置をもう一つ付けられるが、それでもこの形状からすると……」
そう言えば、ビーレウストは銃器が大好きであったなあ。
子供の頃、帝君が『陛下にお願いしたいことがございまして……』とビーレウストの頼みを聞き入れてやって欲しいと頼まれたことがあった。頼みとは、宇宙最大射程を誇る 《ザロナティオンの腕》 ことキーサミナー銃を触らせてやって欲しいと。
キーサミナー銃はザロナティオンが『皇帝以外の者が撃つことは禁じる』とした為に、原則皇帝以外は触れられないのだ。
それにビーレウストが触りたいといったのは 『真のザロナティオンの腕』 余の旗艦であるダーク=ダーマに添えつけられている皇帝を表すキーサミナー銃は、ザロナティオンが使用した銃の八割程度の威力しかない。
十割の威力が出るようにすると、砲撃が不安定な上にどこかに消えてしまう恐れもあるのでな。
かの 《彷徨える帝王》 ワープ装置の原理となった空間をも貫く威力を所持してしまうと、色々と危険なので……それで、話は逸れたが……
「うるさい! ちょっとカルニスタミア! 遠ざけてよ!」
「ビーレウスト! 欲しかったら作ってやるから、落ち着けよ!」
「うわ! 今これが欲しい! 欲しい! いまぁぁ!」
「コッチに来い、ビーレウスト。いい年して、何、駄々をこねてるんじゃ貴様は!」
ビーレウストは銃器が好きなのだ。
余が見ることを許してやった時は、前日から寝ることができず目の下にクマを作り、両鼻穴に詰め物をして現れた。なんでも前日から興奮し過ぎて鼻血が止まらなかったそうだ。
それを聞いて、ビーレウストには宮殿にある凱旋用とされた伝説のキーサミナー銃を自由に触る許可を与えておいた。
さすがに撃たせるわけにはいかぬが、それでも喜んでくれたようで銃の前に一週間寝泊りし、頬擦りを繰り返して顔を血だらけにしておった。
帝君に『キーサミナーを汚して申し訳ございません』謝られたが、そこまで好きならば仕方ないと言うか、余はもっと好きするが良いとしか言えなかったのは、懐かしい思い出だ。今でも頬擦りしておるのだろうか? 後で聞いてみるか。
「あーロガ。ビーレウストは銃器が好きでなあ、新しい銃を見ると興奮してしまうのだ。できたら気にしないでやってくれ」
「はい……」
「后殿下、あの銃器馬鹿一代は放置して。ちょっとエーダリロク、后殿下に銃器の説明を!」
カルニスタミアによって演習場の端に連れて行かれたビーレウストと、二人に話しかけているエーダリロク。
キュラティンセオイランサの声に急いで戻ってきたエーダリロクは、突然ザウディンダルの背中を叩いた。
「なんだよ! エーダリロク」
「ザウ、お前が説明しろ」
その時のザウディンダルの表情は、まさに《豆が鳩鉄砲を喰らった》かのようであった……? 違うな、あれ?
「何で俺が!」
突然手渡されたマニュアルを持って叫ぶが、エーダリロクは完全に無視して
「后殿下、申し訳ございませんが私の部下の練習に付き合ってくださいませんか? レビュラは私の部下になったばかりでして、説明などが不慣れなのです。この先いろいろとレビュラに説明させる必要もあります。その練習台を務めていただきたいのです」
ロガに話しかけた。
「解りました……あのザウディンダルさん」
ザウディンダルはマニュアルを開いて、瞳を凄い勢いで動かしておる。
「ちょっとお待ち下さい、今説明しますので……前から言っておけよ、このバカ上司」
舌打ちをしながら猛スピードで読み込んでゆく。その読み込む姿はデウデシオンに良く似ておる。
「ははん、上司ってのは部下に無体を強いるもんだぜ。俺が作ったマニュアルがあるんだ、恵まれてる方だ」
笑いながら腕を組んで言い放った。
キュラティンセオイランサは腰を低くして、少しお待ち下さいと椅子を持ってきて座らせて、膝をつきロガと話を始めた。
「エーダリロク、ザウディンダルはお前の何処の部下にあたるのだ?」
エーダリロクは才能があるので、色々な部署に勤め多数の役職を兼任しておる。
「技術開発庁幹部の部下という立場ですね。私の直属の部下」
「何時の間にザウディンダルを直属の部下にしたのだ? アルカルターヴァからは連絡を受けておらぬが」
技術開発庁となると、トップはカレンティンシスだ。あの礼儀作法と貴族法に厳しいアルカルターヴァが、余に必要事項を提出しないはずがない。
「ああ、まだ正式採用ではありません。私の部下として研修期間なのですよ。少々身体が弱いのでどの程度までなら仕事をこなせるかを、管理者としても見極めております。それを持って、ある程度の妥協を長官殿下に申し入れ、許可されてから陛下にご連絡が行くと思われます」
成程なあ。両性具有に詳しい巴旦杏の塔の管理者の下でならば、両性具有も体調変異に考慮してもらえて仕事できるものなあ。良い部署に配置されるようだな、ザウディンダル。だが……カレンティンシスのことだから、両性具有であっても特例を許可しない可能性もあるなあ。
待て、この場でこのように言ってきたという事は……
「エーダリロク」
「はい」
「書類は直接余の元に持ってくるが良い。特例を押し通してやろう」
「ありがとうございます」
たまには皇帝らしく強権を発動させてみようではないか! もちろん、デウデシオンにも話すし協力もしてもらう。
なにより……両性具有は余が直接目をかけて、注意してやらねばならぬ存在だ。
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