【前編】ソロモンとエリス
 木の枝にはあの子が目印にと、リボンが至るところに縛り付けられていた。背の高い林を抜けて開けた先にみえてきた、蔦とバリアで覆われた塔。
「ふーん、あれが巴旦杏の塔か」
 僕は驢馬の背に背もたれのついている椅子を横置きにして、それに当然横がけで座り、揺られて巴旦杏の塔へとやってきた。
「僕はマルティルディだ。顔をだせ」
 ゆっくりと窓から顔を見せた両性具有。
「君が女性型両性具有リュバリエリュシュス・アグディスティス・ロタナエルか」

 僕の家には両性具有が多く生まれる

 開祖が両性具有なんだから仕方がないが。
 両性具有は生まれると、皇帝の性別によって生かして良い物だけは名前を付けられる。駄目なもの、要するに皇帝を妊娠させてしまうもの、両性具有が妊娠してしまう型は廃棄される。
 皇帝と繁殖能力が同じ両性具有は生き延るが、戸籍にも載せられずに育てられ、一定の年齢に達するとこの塔へと入れられる。
「ふーん、綺麗だね」
「……マルティルディ……殿下?」
「そうだよ。まあ、あの子のことだ、僕のことを ”ほぇほぇでぃ様” と呼んでるにちがいない」
 《ほぇほぇでぃ》 そう言ったら、両性具有は顔をほころばせた。何で笑ってんだろう?
「あの子のことだ、僕のこと説明なんてしてないだろう、他にヤツのことは知らない。僕はマルティルディ、君の兄だったエリュカディレイスの娘さ。君と違って、両性具有でも王位継承権を持っていた男の娘さ」
 僕の言葉に両性具有は驚き、目を見開いた。
「君には聞く聞かないを選ぶ権利はない。僕がどうして此処にいるのか、そして何故あの子をダグリオライゼの妃に推したのか。教えてあげるよ、ありがたく聞くんだよ。話は長くなるから、座っても良いよ。両性具有は体が弱いからね、僕のパパのように弱いんだろ?」
 僕はダグリオライゼが此処であの子と隠れてセックスを楽しんでいる家の前に置かれた椅子に腰をかけた。

**********

 事の始まりは簡単だ。
 僕の曾祖父にあたる今のケシュマリスタ王の叔父夫婦に女性型両性具有が誕生した。その頃は二十一代皇帝、女性皇帝だったからその子もある程度成長した後で、この塔に入れられる筈だった。
 魔が差したっていうか、好色だったんじゃないかなあ。
 叔父夫婦を殺害して、曾祖父王は彼女を王妃にすることを決めた。当時曾祖父は二十三歳で、彼女は零歳。
 曾祖父の希望通りに叔父夫婦は殺害されて彼女を手に入れた。その彼女が王妃になったのは十二歳。何故王妃になったのか、解るよね。そう、僕の祖母を産んだからだよ。
 綺麗な両性具有に曾祖父は我慢ができなくなって、六歳頃から体を貪っていたそうだよ。
 本人が言ったんだから間違い無いよ。
 でも彼女は十五歳の時に死んじゃった。寿命じゃなくてさ、曾祖父がさふと気付いたらしいんだよね。両性具有の孫って両性具有になる確率が跳ね上がるじゃないか。跡取りが全員両性具有になった困るでしょ。
 だから急いでヴェッティンスィアーンから王女を貰って、子供産ませたのさ。こっちには二人生まれたよ。
 一人はイネス公爵に嫁いだからダグリオライゼの祖母にあたる。もう一人は親王大公に嫁いだけど、特に何も無く今では類縁も途絶えたね。

 なあ、驢馬。そうだったよな?

 祖母の産んだ第一子は男性型両性具有だった。僕のパパだね。
 当時は女性皇帝だったから、殺害対象だよねえ。でも祖母は殺害しなかった。位を取られると思ったんじゃないかなあ。
 そして君の二歳年上の姉にあたる、故皇太子妃が誕生する。
 彼女は単一性だったから祖母は胸を撫で下ろしたし、皇太子妃にも出来たから何かあっても大丈夫だろうと考えた。
 そして君が生まれる。
 曾祖父は君をも玩ぼうとしたらしいよ。
 というか、玩ばれた。そんな顔されても困る。
 だってさ、君って三歳で塔に入れられたよね。偶々塔に二十一代皇帝用の女性型両性具有、へぇーランチェンドルティスって言うのか、そのリスカートーフォンの名を持たないリスカートーフォン出の両性具有、それがいたから生きて来られたようなものだろ?
 もうさ我慢できない曾祖父が君に手を出しかけて、本人曰く指をこうねじ込んだって言ってたけど、覚えてる? 覚えてないか、そりゃ良かったね。
 僕のパパが君を助けたんだってさ、その時に曾祖父が口を滑らせたのね。

《ニディリュアス以来、やっと生まれた両性具有を堪能させろ》

 ニディリュアスは曾祖父の最初の王妃、要するに僕の曾祖母、哀れなる両性具有さ。そして僕のパパは急いで君をこの巴旦杏の塔へと放り込んだ。
 君は二十二代皇帝の御代で唯一塔に収められた女性型両性具有。
 曾祖父は怒り狂ったけど、皇帝に献上すると 《かつてのケスヴァーンターン公爵》 が定めたのだから逆らえない。
 僕のパパは死んじゃったのさ。僕が十二歳の時にね、体弱かったから。
 それでね、僕のパパは僕を枕元に呼んで 《リュバリエリュシュスをどうにかして生かしてやってくれ》 って言ってきたの。
 自分は外の世界で生きて来られた両性具有だった事で、君に対して必要以上に引け目を感じていたらしいよ。
 《どうにかして生かしてやってくれ》 この意味わかるよね?
 そう二十二代皇帝の産んだ子はただ一人、皇太子ルベルテルセスのみ。皇太子妃は僕の叔母、君の姉にあたるキュルティンメリュゼ。
 皇太子が即位してしまうと、君は処分対象。
 僕は無理だと思ったよ。特に君の姉キュルティンメリュゼはさぁ、自分の実妹が両性具有なのを恥と感じていたからね。
 あの時僕に少しでも好意的な態度を取っていたら、まあ彼女は別の道を歩めただろうなあ。
 おや? その顔じゃあ知らないのか?
 彼女はねえ、皇太子の秘密と共に殺害するよう僕が命じた。そんな驚きの声を上げなくても良いじゃないか?

 なあ驢馬よ。

 政治的には僕に好意的な態度を取っていても殺害したね。
 運命は君に味方、いや僕に味方してさあ皇太子は死んだ。ここで僕が即位したら、君は寿命まで無事生きながらえることが可能だ。
 でもね、僕のパパって両性具有なんだよ。僕は単一性だ、と言うことは?
 それで僕はダグリオライゼに目を付けたのさ。

**********

「ダグリオライゼって、本当に貴族なんだよ。人殺しは命じる事が出来ても、自分の手じゃあ殺せない。卑怯者と言う人もいるね」
 顔色を失った両性具有は僕を見つめている。
「ダグリオライゼからイネス公爵を引き継いだテールヒュベルディは性格が悪くて、父親より陰険で自ら人を殺す事ができる。次男のザイオンレヴィは軍人で、僕が軍人になれって言ったんだけどさ、あれは真面目だから殺せる。二人を殺害して、一人娘のクライネルロテアを皇位に就ける事も考えたけど、残念ながらクライネルロテアは皇帝の器じゃない。ダグリオライゼも皇帝の器じゃないけれども、妥協が出来る」
「あ、あの……もしかして……」
「そうだよ、君を生かす為に僕はダグリオライゼを皇帝にしたのさ……でもね、その結果凄い事が起こった」
 両性具有は震える声で僕に尋ねる。
「一体何が……」
「ダグリオライゼは藍色の瞳を持った少女を連れて来た。僕は驚いたよ。だってさ、寵妃の館の中で最も巴旦杏の塔に近い館、それは瑠璃の館。あの子を寵妃として引き上げる時、ダグリオライゼは間違い無く寵妃の館区画の中で外れにある、あの子の瞳の色によく似た館を選ぶ」
「……」
「驢馬を与えたのも僕さ。驢馬は僕の命令に従い、あの子を此処へと連れて来た。あの子は絶対に君に危害を加えない。それどころか君を慕うだろう……ここは自信がなかったけどね。あの子、性格の悪い人には懐かないからさ」
 驢馬が笑う。
 まるで僕の性格が悪いと言わんばかりに笑った。
 僕は椅子から立ち上がり、驢馬の尻を蹴る。それでも笑っている。
「あの子は君を気に入った。そしてダグリオライゼはあの子を悲しませたくないという理由を付けて、君を殺すことを拒否した。ダグリオライゼ一人の拒否なら押し通せなかっただろうが、あの子が懐いているとなるとね」
 僕は驢馬に腰を掛けて、歩けと命じる。驢馬は尻尾を二度ほど振り、ゆっくりと歩き出した。
「お待ちください! マルティルディ殿下!」
「僕を呼び止める気? 僕はねえ……ちっ!」
 驢馬は足を止めた。
 両性具有は美しい声で語る。
「あの……私、今グレスと共に歌を作っております。完成したら聞きに来ては下さらないでしょうか?」
 あの子と歌ねえ……
「僕はそれ程暇じゃないよ。塔の中でぼんやりと歌って作詞作曲して死んでいくだけの君と一緒にしないでくれるかなあ」
 僕は歩けと驢馬を蹴る。
 驢馬はでも歩かない。全く持って気にくわない男だ。
「僕は来る気は無いけれど、たまに驢馬の背には乗る事に決めた。僕が背に乗って驢馬が此処まで連れてきたら聞いてやっても良いよ。精々驢馬の気を引く歌を歌い続けるんだねリュバリエリュシュス・アグディスティス・ロタナエル」
 驢馬はゆっくりと歩き出す。
「タイトルは ”藍凪の少女” です!」
 叫んだ後に感謝の意を込めた歌が聞こえてきた。
「……あの歌って、あの子がいっつも歌ってる歌かい? 全く違うね、やはり歌声はケスヴァーンターンだね。何せ僕らは……」

 何せ僕らは天使を模した生き物。あれは天使の歌声さ。でも……

「あの子の調子外れの歌の方が楽しいんだよなあ」
《だからあの子の歌を聴く事を、リュバリエリュシュスは何よりも楽しみにして、あの子の歌を作るのでしょう》

 何時も一緒にいる驢馬は告げてきた。

 ”藍凪の少女” か、それは一体どんな歌なのだろう? 完成したら一番に僕に聞かせるべきだろう。

 今日も元気に4Mのトンボを持って、飛び上がりながら道をならしているあの子に声を掛ける。
「藍凪の少女は僕に一番に聞かせるんだよ」
 あの子は止まって、そして悲しそうな顔をした。
 あの子は言ったよ、一番に聞かせるのはダグリオライゼだと。
「ふーん」
 僕は用意してきた箱を開かせた。下僕が恭しく開いた箱の中には林檎。皮は黄金に輝き、中身も黄金。
 僕は蔕を持ち、あの子の目の高さに合わせて尋ねる。
「ねえ、僕と歌の上手な彼女。どっちが美人だい?」
 僕と両性具有、純粋に評価したら両性具有のほうが綺麗だ。でも世界は僕の機嫌を損ねる事を恐れる多くの者は僕と言う。
 この子は僕とは言わないだろう。だって僕の機嫌を損ねる事を恐れないから。いいや、僕はこの子が何を言っても機嫌を損ねない。
「エリュシ様」
 周囲の者達は息をのむ。此奴等が言ったら、僕は惨殺を命じるが、この子はねえ。
「それで良い。君にあげるよ黄金の林檎。美味しいよ」
 受け取ったあの子は、満面の笑みを浮かべて言うんだ。
「ほぇほぇでぃ様! ありがとうございます!」
 そしてあの子は服で林檎を拭き、口いっぱいに頬張った。うん、それで良い。君は林檎を飾るような愚かな人間じゃない。
「おいひいれふ」
 黄金だろうが、高価であろうが、希少価値が高かろうが、君は食べればいい。黄金の林檎は君の血となり肉となり、そして何れ次代皇帝となるだろう。
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