レミアルとフランザードの部屋でグラディウスはエルメリアと共に「嫌み」を言われていた。
レミアルは下級貴族の娘で、フランザードは平民の娘。
裕福さでは差はほとんど無く美しさの方向もほぼ差がない。
両者とも健康的ながら人に細いと感じさせる体格の持ち主だった。二人は美しかった、だがエルメリアも二人に負けない程に美しかった。
美は主観的な部分があるので、選ぶ人間の嗜好により稀に美しくとも普通の下働きに混ぜられてしまうことがある。
エルメリアはその部類で、線が細目で顔の造作も整っている、美しい黒髪の持ち主だった。
配置を決める時に数名がエルメリアを見て「これは選ぶ人間の趣味に合わなかったが、一般的には……」と意見が一致したので、愛妾候補部屋の仕事を振り分けた。
愛妾候補のところに来る人の目に付きやすい場所に配置使用という判断だ。
艶やかな黒髪を綺麗に結い滑らかな白い肌をしているエルメリアを目立たせるのに、ボサボサの白髪を雑な三つ編みにした、幼い頃から力仕事をして 《ごっつい》 体つきので褐色の肌のグラディウスがとても適していたのだ。
愛妾候補の二人は綺麗なエルメリアに 《焦り》 のような物を覚えて言葉で虐めていた。
グラディウスはその ”あおり” を食らってる形だったが、あまり賢くない事と、兄嫁にこれとは比べものにならない程虐められていたので、二人の「嫌み」と「嫌がらせ」はほぼ理解できていなかったが。
「今に見てなさいよ……」
エルメリアが掃除用具を戻す際にそう呟いた事を、グラディウスは聞いていたが、何に向かって言ったのか理解することはなく、彼女の頭の中にあったのは ”明日もおっさんに会えるのかな?” という事だけ。
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グラディウスの就業時間は短い。これはグラディウスがまだ 《子供》 であることを考慮しての配分。
最も早くに部屋に戻り、一番に風呂で体を洗い、その後夕食を取りに向かう。皆が話しているのを聞きながら、そして話をしながら食事をするのがグラディウスは大好きだった。
故郷で両親が健在だった頃は食卓を囲めたが、両親亡き後は兄嫁に家から追い出されて、軒下で一人で夕暮れの中、野菜屑などを噛んでいた。
その為、大勢と話ながら食事をするのがとても幸せだと、グラディウスは身をもって知っていた。
食後は自由時間で、併設の図書館で読書や、各種の施設で習い事などをすることも出来るのだが、グラディウスは特に何もせずに、大きな窓から夜空を眺めてからベッドに入り防音と防光に優れたカーテンを引き眠る。
リニアはグラディウスの次に部屋に戻ってくる仕事をしていたので、就寝前のグラディウスと会話を交わすことはあったが、他の二人は早寝のグラディウスはほとんど顔を合わせる事のない仕事に携わっていた。
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目を覚まし、三日目が訪れる。
食事を取りパンを一個ポケットに忍ばせ、グラディウスは掃除道具を持って中庭へと向かう。
今日はグラディウスの方は早く、サウダライトはまだ居なかったので、掃除をして待っていると、約束通りに 《おっさん》 は現れた。
「おはよう、おっさん。その洋服、珍しい色だね」
「おはよう、グラディウス。これ白って言うんだよ」
皇族や王族、皇王族でもない限り着用することのできない 《白い》 にグラディウスは興味を持って掴む。
ちょっと手型がついてしまったが、
「意外と手大きいね」
「そう? おっさんのほうがずっと大っきいよ」
両者とも気にする事なく会話をしていた。
「十三歳にしては大きいよ」
「そうなのかな? あのさ、はい、お土産」
やはり衛生観念の低いグラディウスは、白いマントに手型がつくような手でポケットから変形したパンを取りだして、サウダライトに差し出す。
「くれるの?」
「うん。美味しかったよ。朝ご飯で食べたの」
受け取った変形して、さっくりとした食感も失われたパンを掌の上に置いて眺めながら、
「それじゃあ、ちょっと隣においで」
ベンチの隣に座らせながら 《おっさん》 はそれを口の中に押し込んだ。
「美味しい?」
「中々に。初めて食べる味だ」
言いながらサウダライトはグラディウスの腰を抱きかかえて、自分の膝の上に乗せた。
「何するの?」
「おっさん、グラディウスの胸を触っても良いかな?」
「駄目」
今までのやり取りからグラディウスが否定する言葉を言えると思っていなかったサウダライトは驚いた。
「駄目なのか。どうして駄目なのか教えてくれるかな」
「教えてあげるよ。あのね、村長さんがね ”良いよ” って言った人以外には胸を触らせちゃいけないの。パンツの中にも手を入れてもいけないし……えっとね、あとね」
グラディウスは指を折り思い出しながら、村長に言われたことをサウダライトに語った。
間が抜けて話はうまく繋がっていないが、大まかな事はサウダライトにも理解できた。
グラディウスの生まれた村の村長は女性で、村の出産の全てを預かっている。両親以上にあまり賢くないグラディウスを心配してくれていたのがこの村長。
村長は村人全員に[グラディウスの夫は自分が決める]そう告げて、グラディウスには[こういう事をされそうになったら ”村長が駄目と言っていた” と言って逃げなさい]と、その凡例を事細かに教えていた。
村長はこのことだけは厳しく、それこそグラディウスを叩いてまで教え込んだ。
鈍いグラディウスになら、多少性的な悪戯をしてもバレないだろうと考える輩が居る事を見抜き、そのようにしなければ、グラディウスは年頃になれば父親が誰か解らない子を、腹が休まる間も無く身籠もるはめになることは、村の過去から解りきった事。
それを阻止するためにもと村長は覚えの悪いグラディウスに、考え得る限りの性的暴行を知識として教え、それらを拒否することを学ばせた。
「だからね、村長さんが良いよって言ったら良いよ」
言い切り折っていた指を開き、自分の腹の辺りをボリボリと掻きながらグラディウスは ”確りと喋った!” そんな顔でサウダライトを見上げる。
「なるほど。良い村長さんだね」
実際は ”村長さんは産婆さんで、あてしの相手は村長さんが。その前に叩くけど、兄ちゃんのお嫁さんとは違って、あてしがあまり頭良くないから、村長さんが、村長さんが……” まとまりのない、途切れ途切れな言葉だったのだが、必死なグラディウスの顔を見ながらサウダライトは、笑顔を崩さずに最後まで聞き終えた。
「おっさん優しいね」
「なんでそう思ったのかな?」
「あてしの話、最後まで聞いてくれる人、いないもん。みんな聞いてるうちに ”もういいよ” って言うの」
何時も必死に一生懸命伝えようと話しているのに、溜息混じりに話を中断されてばかりいたグラディウスは、笑顔を崩さずに自分が言いたかったことを最後まで言わせてくれたサウダライトが、とても優しい人に感じられた。
「そんなので良かったら、おっさんは、いっつもグラディウスに優しい人でいられるね」
言いながらグラディウスの頭を撫でたサウダライトに、グラディウスも笑顔を向けた。
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