その時のグラディウスの格好は、掃除しやすいようにシャツとズボン。ズボンの裾は編み上げの靴にしまわれている。
髪は貴族ではないので結婚していなくても結う自由があるので、二つに分けた三つ編みをしていた。
グラディウスは髪を結うのが得意ではないので、後ろの分け目はギザギザで三つ編みは高さも違えば、方向も可笑しいのだが、本人は全く気にしていない。
「お嬢さんは幾つかな?」
「あてしですか」
「は?」
「え? あてしの年ですか?」
「”わたし”と言っているのかな?」
男性には聞いたことのない、独特の訛りのある発音だった。
「……たぶん。村の女はみんな自分のこと”あてし”って言ってたよ」
男性は少しだけ考えて、
「うん、それでお嬢さんの……まずはお嬢さんのお名前を教えて貰おうか」
質問を変えて名前を尋ねた。
「グラディウスだよ。グラディウス・オベラ」
にっこりと笑ったグラディウスに、男性も微笑む。
「貴族様の名前は?」
尋ねられた男性は、相手が自分のことを知らない事に 《楽しさ》 を感じ、暫くこのままにしようと、名を教えない事にした。
男性は知らないのだが、例え名を語ったとしても、グラディウスは男性が誰なのか? この状況では理解することはなかった。
「好きに呼んでいいよ」
男性の心に奇妙な面白さをもたらしたグラディウスに、期待を込めてそう言うと、
「じゃあ、おっさん」
やはり期待を裏切らない答えが返ってきた。
「……おっさん?」
グラディウスから見ると、男性貴族は 《おっさん》 の部類に属する。
グラディウスは父親が三十歳の時の子供で、目の前の男性は二十七歳年上。実年齢よりも若く見える部類なのだが、この一年近くの疲労でやや疲れが顔に現れており、それがグラディウスには 《おっさん》 に感じられたらしい。
「うん」
悪気無く頷いたグラディウスに、男性貴族は一頻り大声で笑って、自分の目に浮かんだ涙を拭い、グラディウスの頭を優しく撫でながら笑顔を向けた。
「面白い子だな」
「おっさんの方が面白いよ」
父親のような年頃の貴族男性の笑い声に、グラディウスも笑い返す。
その後 《おっさん》 は年齢を聞き、グラディウスに「此処に私が居る事は内緒にしてくれ」と告げて、
「明日も会って話をしよう」
「解った、おっさん」
「じゃあね、グラディウス。仕事頑張ってね」
グラディウスを見送った。
この《おっさん》とグラディウスが呼んだこの男性こそ、現銀河帝国皇帝サウダライト。
銀河帝国初の傍系皇帝で、この時四十歳。
二十一歳と十九歳の息子と十九歳の娘を持っていた、先代皇帝の実妹を母に持つ、名門イネス公爵家の当主だった男。
ケースに残っていたパイを取り出し、手の上で玩んでから一口噛み、
「十三歳か……ばれたらクライネルロテアに叱られるだろうが……ま、いっか」
そう呟いた。
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サウダライト帝、元イネス公爵ダグリオライゼが皇帝になった真の理由は、一般に知られていない。
先代シャイランサバルト帝の後を正式に継ぐはずだった皇太子とその妃の不可解な事故、そして暫定皇太子が位を継がなかった理由など、普通に生きている人々には知る余地もなかった。
ただ定められていた ”暫定皇太子” ではなく、暫定皇太子が選んだ傍系皇帝が立った。その事実しか知ることはできないまま。
グラディウスも何故彼が皇帝になったのか、その理由を全く知らない。グラディウスは終生彼が皇帝に立ったのは珍しい事なのだと理解することはなかった。
ダグリオライゼが皇帝になった理由は、はっきりとは示されていない。よって人々は自分たちの知る知識で理由を探る。
それらの推測で最も信憑性が高いとされたのは、暫定皇太子ことケシュマリスタ王太子マルティルディが、ケシュマリスタ唯一の王族であること。
ケシュマリスタ王は王太子の曾祖父で、老衰で寝たきり状態であり、実質的な支配はマルティルディが執り行っている為、ケシュマリスタを離れられなかったのではないかと。
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「マルティルディ様がお許しくだされば……あの人も変わった子好きだから……」
サウダライト帝はそう口にした後、手に持っていた残りを口に放り込み、書類を片付けてその場を後にした。
”今日は皇后様のお部屋に行かないとな……皇后様はいいけど、明日は……”
傍系皇帝が既に迎えている三人の正妃は全員王女。気位の高い彼女達との生活は、夜を含めて大変な物だったようだが、それも一般人の知るところではない。
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