、君
泥。若しくは仮面【01】
 イネスのおっさんこと、おっさん。あるいはダグリオライゼは、室長として室長室で、
「次の休暇はゴルフに行くことにしたから、ホテルも取ってくれないかね。そうそう、ツインで。お子様ランチもね。下手に手の込んだお子様ランチじゃなくて、本当に子供向けのをね」
 ゴルフクラブを磨きながら、秘書に依頼していた。
「畏まりました」
 ダグリオライゼは第八室長である。
 八番目の室長というわけではなく、第八施設の最高責任者だ。
 施設がなんなのか? その説明は長くなるので、これもまた割愛。権力者の集う場所だと理解していただければ幸いである。
 さて権力者ではあるが、室長同士で比べると然程権力はない。
 ダグリオライゼは完全に傀儡で、第八の本当の権力者は別の所にいる。
「室長! 大変です!」
 全ての室長が傀儡か? と言われると、それも違う。権力を持った室長の方が多い。
「どうしたのだね。そんなに慌てて」
「第十三室長から、昼食のお誘いが!」
 第十三室長の名はパスパーダという。
「どこで食べるの?」
「受けるんですか! あの人と」
「まあね。それで希望とかは?」
「室長希望のところで良いそうです”お前等のところの室長は好き嫌い多いだろうからな”との事です」
 動揺のあまり、意訳もせずに伝えてしまった秘書だが、ダグリオライゼは特になにも感じることはない。
「そうかい。では行きたいと思っていたところにでも……」
 ゴルフクラブを磨く手を止めて、ダグリオライゼはネットで「絶対食べたいランチ・オフィス街編」を調べて、あり得ないような場所を指定した。
「一体何をなさったんですか!」
 秘書たちが机を取り囲む。
「いや、別になにも」
「十三室長ったら、数々の黒い噂のある人じゃないですか!」
 仕事の面では黒い噂が多く、施設としては仲は良くない。
 施設は全部で二十一あるが、どの施設も独自性やらなにやらで、他の施設と仲が悪いことのほうが多い。仲の良い施設もあるが、その場合は室長同士が個人レベルで友好関係にあることが重要だ。
 デウデシオンとダグリオライゼは過去に共通点はなく、施設も違い主旨やら目的やらなにやらで遠い位置にいる。
「もっとも触れてはいけないのは、過去の結婚話という伝説を持つ」
「結婚していた頃の話に触れて、何人懲戒免職になったことか」
「それに触れた某国の大統領を暗殺したとも言われている」

 どんだけ過去の結婚話に触れて欲しくないんだデウデシオン。

「その話には触れない筈だよ」
 ”ざうにゃんのこと”と口にしそうになったダグリオライゼだが”ざうにゃん”のことに触れるのは、過去の結婚話に触れるよりも危険を感じたので、秘書たちに存在を披露しなかった。その判断は正しかった。
 もしも”ざうにゃん”のことを口にしていたら、秘書たちは全員何処かの湾に浮いていることになっただろう。
「それはもう! だって、触れたら”ぱしゅ”ですよ」
「離婚話が泥沼化して、離婚するまで十年かかったという」
「それ以上喋ったら、他の施設職員でもまずいって!」
「ああ、そうか……」
 誰も触れられない箇所・結婚から離婚成立まで。そしてもう一つ増えた”ざうにゃん”
「離婚に十年かけるくらいなら、私のように仮面夫婦続けていればいいのにねぇ」

―― それもまた”どうか”と思いますが

 秘書たちは、それに関しては触れなかった。

※ ※ ※


 施設は都心の中心にある。
 むしろ施設が世界の中心なので、中心にあって当然なのだ。
 オフィス街の傍にある異様な施設群からやってきた、施設の責任者二名。
 夜はコース料理で結構なお値段になるが、ランチはちょっとした贅沢! といった評判の店に、
「誘いを受けてくれて、感謝する」
 イタリアで仕立てたスーツを着ているデウデシオン。断っておくが北側で仕立てたので、そんなにマフィアっぽくはない。ちなみに南側で仕立てたスーツも持っているが、着ると完全にマフィア化してしまう。デウデシオンは気にしてはいないが。
「いやいや。私も来てみたかったんだよね、OLに人気のランチタイムに。でも一人だと中々来られなくて。私は肉料理頼むけど、君は?」
「同じく肉料理で」
 ダグリオライゼはイギリス製のスーツを着用している。もちろんフルオーダーで。
 どうみても、オフィス街のランチタイムに不似合いな二人だが、片方は女性を見るのが好きで、片方は女性は目に入らないタイプなので、二人としてはどうでも良かった。
「ねえねえ、デザート注文しないかい? ちなみにここのデザートは人気で、購入もできるよ。君の舌で確認して買ったらどうだい?」
「そうか。お前はこれがいいのではないか? ダグリオライゼ」
「ああ。食べてみようかな、それ。君、中々にセンスいいね」
「誰が」
 予想通りに重苦しい空気なのに、なぜか上手く会話が成り立っていた。

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