一頻りおっさんに抱きつき、
「おっさん! おっさん!」
泣きながら、名前? を叫んだあと、デウデシオンは優しくグラディウスの肩を叩いて引き離し、
「部屋で待っているといい。荷物とかあるんだろ」
ザウディンダルと一緒に先に部屋へ戻っておくように言った。
「おっさん! ご飯用意して待ってるからね!」
「俺も手伝うよ! もぎもぎ」
「ありがと、ざうにゃん!」
二人がダグリオライゼの家へと入った後、正面を向き両肩を掴んで睨みながら尋ねた。
「何日放置していた」
「え、あ……あー」
「正直に言わんと肩を潰すぞ」
「さ、三週間くらい経ってしまったみたいだよ。年を取ると歳月が流れるのが早くてねえ」
「玄関で寝起きして待っていたらしいぞ」
「……え」
「荷物は?」
「あ、あるある! 沢山あるんで、運ぶの手伝ってもらえるかなあ」
「良いだろう」
荷物用のエレベーターを呼び、テディベアや花束。新しい洋服を二十着。
「初めて食べたとき、美味しいって言ってたからね」
お取り寄せ品の超高級牛タン。
「そういえば、お前。十日前にクラブにいたよな。鼻の下のばして」
ホステスに囲まれてお楽しみだったのを、デウデシオンは覚えている。
「い、いいやあ。人違いじゃないかなあぁ」
デウデシオンがそこにいたのは、仕事上の付き合いでのこと。違う席にエロオヤジがいるなあと視線を向けたら知り合いで”ああ”と思った記憶が新しい。
「まあいい。どういった経緯の子かは知らんが……この先は日を改めてな」
「はい。そりゃどうも」
二人でグラディウス用のプレゼントを運び込み、
「あ、蕎麦をご馳走になるからな」
「また遊ぼうな、もぎもぎ」
デウデシオンとザウディンダルは家へと帰った。
「いつお友達になったの?」
「ざうにゃんは今日」
―― ざうにゃん……ねえ。たしかに”にゃん”って感じのする男の子な娘さんだが。まさかパスパーダにそんな趣味があったとは
「あのね、おっさんに頼んだお蕎麦を持ってね! おっさんのご飯作るね。あのね! おっさんと一緒に食べようと思って、あてしとっておいたんだ!」
グラディウスは冷蔵庫から、今日ダグリオライゼが土産として持って来た牛タンを差し出した。
「それって、前に買ったものだよね」
「うん!」
ダグリオライゼが買ってくれて、とても美味しかったので”おっさんが帰ってきたら一緒に食べよう!”と楽しみに待っていたのだ
「あーそれもう賞味期限きれてるから、食べられないよ。食べてて良かったの……どうしたの? グラディウス。新しいのあるから泣かないで」
賞味期限切れの牛タンが入った箱を持ちながら、グラディウスは子供のように下唇をへの字にして泣き出した。
「うしさん、ごめん。食べないで腐らせちゃって、ごめんなさい。うししゃあん、ごめんなしゃい」
「……おっさんが早く帰ってきたら良かったんだね。グラディウスは悪くないよ。御免ね。それはもう食べられないけれど、今日買ってきたのは食べようね。悪くなる前に。一緒に焼こうか」
「うん……うししゃん……」
※ ※ ※
「デウデシオン”おっさん”のこと知ってるの?」
「知っている」
「へえ」
「聞きたいのか?」
「聞きたいけど、先にデウデシオンのこと聞きたいなあ。俺はさ、気が付いたらデウデシオンに拾われてたけど。デウデシオンの過去っていうのはどうなの?」
「……面白い過去ではないが……息子がいる」
デウデシオンの過去は面白くないどころか、酷い過去として周囲も知っているが、決して触れない過去だ。下手に触れると懲戒免職は当たり前くらいな状態。
酒を飲んだ席で、触れた部下が翌日には机が、二日後には自宅がなくなっているくらいに、触れることは許されない。
「息子? おっさんにも息子がいるってグラディウス言ってたな」
「私の息子はバロシアンといい、まあ……親ばかだがかなり成績は良い」
「親ばかってなに?」
「自分の子供が誰よりも優れているように感じることだ」
「駄目なの?」
「駄目ではないだろうが、まあ……。ちなみに”おっさん”はダグリオライゼという名前だ」
「へえ、ダグリオライゼ」
「イネスのおっさんとでも呼べ。イネスは名字だ」
「ふーん。イネスのおっさんの息子って白鳥って言うんだってね」
「は? それは愛称かなにかではないか?」
「愛称ってなに?」
「ん……親愛の情を込めて、名前以外の名で呼ぶことだ」
「俺のざうにゃんも?」
「そうなるな」
その頃、おっさんの息子である白鳥は、
「マルティルディ様」
「なんだよ、ザイオンレヴィ」
「あの……このベッドに寝なくてはならないのですか?」
「僕が寝たベッドに寝るのはいやかい?」
「そんなことは御座いません」
上司マルティルディに玩ばれていた。
藍。海と[終]