「ほら、口を開けろ」
「はあい!」
ミスカネイアからまだ連絡が来ないので、ザウディンダルにはキャットフードを与えることにした。
タウトライバがコンビニで”在庫も全部出して貰いました!”ということで、段ボールで購入してきてくれたので安心できる。
ウェットタイプのキャットフードを皿に盛り、猫用おやつで飾り付けてみた。
口を直接付けて食べようとしたので、スプーンで掬って口に運んでやったところ、嬉しそうに食べている。
「デウデシオンは食べないの?」
「私は、後でな」
ちなみに家には食材はない。
自分一人だけなので、宅配を依頼しようと思っていたためだ。歳暮や中元を押し込んでる部屋には、缶詰や素麺ならあるかもしれないが。
「……」
「一緒に食べたほうが良いか?」
「うん! 俺も自分でスプーン使って食べるから。デウデシオンも!」
そう言い、スプーンを握りしめて、手を震わせながら必死に皿に盛られているキャットフードをすくい取ろうとする。
「んーんー」
「まずはお前に食べさせてからでいいか? 私が食べる時に、口に運んでくれるか?」
「うん!」
中元シーズンの前で良かった。中元シーズンが来る前に、部屋のものを一斉に処分して空にするからな。
「デウデシオン! デウデシオン! これなに? 綺麗」
包装紙を剥がして、箱を開けることを教えてやったら、宝探しをする子供のようにザウディンダルは楽しんでいる。
「花柄模様のタオルケットだな。どこぞのブランド品らしいが。気に入ったのか?」
薄いピンクに、やや濃いめのピンクで薔薇ではない花と葉が描かれているものだ。
「うん!」
「そうか。ではそれを出そうか。他にも欲しいものはないか、捜すといい」
ザウディンダルは再び箱の海に沈んでいった。
私はというと、箱の重さを手で測りつつ、箱を開いていた。
「ハロッズの紅茶セットか。ジャムはザウディンダルが食べられそうだな」
「オイルサーディンにロブスターにズワイガニか。ザウディンダルが食べられるかもしれないな」
「ホテルのスープか、ザウディンダルが食べられるかもしれないな」
「フルーツ缶詰か。パイナップルに……ともかくザウディンダルが食べられるかもしれないな」
発掘してみたのだが、常温ビールとザウディンダルが気に入りそうなものしか見つからなかった。
「デウデシオン! この重いのはなに!」
その間にもザウディンダルは色々なものを発掘していたらしい。
散乱している包装紙をふみながらザウディンダルの傍に近付くと、箱の中には「ホームベーカリー」が。
そう言えば最近、新型を送りつけられていたな。ここに放り込んでいたのか。……まったく、人が要らないといっているのに、あいつは聞きもしない。
「これはホームベーカリーといって、家でパンを焼く道具だ」
「ぱん?」
「……そうだな、材料を届けさせるから、焼いてみるか」
小麦粉と水、ドライイーストくらいなら大丈夫だろう。なにを食べさせても平気なら、本格的に焼くか。久しぶりにオーブンを動かして。
「わあい!」
空にした段ボールに、戦利品を詰め込んで、ザウディンダルはシャツの上に気に入ったバスタオルを羽織ってリビングへと戻った。
リビングに戻ると、タイミングよく固定電話が鳴った。
「デウデシオン! デウデシオン!」
初めて聞いた音に、ザウディンダルが驚いて跳ねて歩く。
「大丈夫だ」
自宅に電話してくるのは、弟とその家族だけだ。もちろん職場は電話番号を知っているが、携帯電話以外の使用を認めていないので、かかってきたためしは一度もない。
ミスカネイアの連絡で、猫とは違いなにを食べさせても大丈夫だとのこと。
「手数を掛けたな」
『いいえ』
「少し時間をもらえるか?」
『はい』
「ザウディンダル。ミスカネイア。昨日来ていた、髪の毛が縦ロールの女だ。ここに向かって話しかけてみろ」
受話器をザウディンダルの耳と口にあてようとした……あ、うあ……そうか、耳は、そういうことか。
ザウディンダルとミスカネイアが話しているのをみながら、耳を”うかがう”
猫というのは本来頭の上部についている。半端に人間化? した? ザウディンダルも、猫耳のヘアバンドを装着しているのか? といった位置に耳がある。……のだが、人間の耳も存在していた。
頭の上にしか耳がなかったら、受話器ではなくスピーカーで会話させなくてはならなかったな。それでも構いはしないのだが……構わないが耳は四つなのだろうか? それとも頭についている形になっている耳は飾りか? 触ってみると、厚みはないが暖かい。
「ふにゃ」
「どうした? ザウディンダル」
『どうしたの? ザウディンダル』
「デウデシオンが耳を。ふみゅうぅぅ」
突然、くったりとしてしまった。
「ミスカネイア。また今度。手間をかけたな」
『はい。なにかあったらすぐに連絡下さいね』
「解った」
受話器を置き、上部についている耳に息を吹きかけてみる。
「にゃ! デウデシオン! にゃん!」
「にゃん?」
「いやぁ。体が熱くなる」
人になっても変わらない藍色の瞳を潤ませて、こちらを上目遣いで見てきた。
「……」