君雪 −16
会戦報告はカッシャーニに持たせ、私はカウタを連れて雪の惑星に降りた。
カウタの仕事の一つ、祭典などに貴賓として出席すること。それの補佐と警備としてな。
雪の上を歩くカウタは足元があやしい。……九年前に片足を失って再生させたが、どうもそれの運動神経の結合がうまくいかないのだと。
「つかまれ」
手を出してカウタを寄りかからせて歩く。
『ケネス大君主殿下は、このまま行けば六十歳前には歩けなくなるでしょう』
キャセリアがそう言っていた。
もう足の機能回復は無理。足ではなく、それに指示を出す脳が最早手の施しようがない。
私の腕に寄りかかりつつ、笑顔で手を振り椅子に座り、祝辞を聞いて覚えている幾つかの言葉で挨拶をし、責任者の案内を受けて雪像を見て回る。
あの日私が下らないことで怒っていなければ神経が一本か二本か繋がったままの足を復元することが可能で、少なくとも此処まで歩くのは不自由にならなかった筈だ。
再生は再生ではあるが「存在していたもの」ではない。
クローンを作るなど容易い。そうだ、戦死なされてしまった兄上を作ることは可能だが、あの宮殿にいた兄上ではない。
誰も責めないし、カウタも責めはしない。なら私が一人、悔いれば良いのだろうが……悔いる気にはならない。
例え足を再生しなくても、七十歳前には歩けなくなるような状態らしい。だから悔いることをしないのではなく、心の底でカウタが動けなくなってしまっても良いと考えているところがある。独占欲とまではいかないが……独占欲なのかもしれないな。
私が触れれば触れるほど、カウタは壊れてゆく。
雪像を保存するのに適した温度と湿度の調整がなされ、青空の広がる下で少し青みの帯びた雪を踏む。
「おっきくて凄いね、ラス」
私の耳元でいつも通りの『王とは思えない喋り方』をするカウタと、それに答える私。
「ああそうだな」
楽しそうに雪像を眺め、遊んでいる子供達をみて今にも駆け出しそうになるのを背後から引いて押さえる。
「ダメだ。遊びたいのなら、別のところに用意する」
「ありがと」
雪で作った遊具で遊びたいこともあるのだろうが、本当は子供達と遊びたいのだろう。カウタは親になりたいと願っていたのだそうだ。総帥に「ムームーの子と私の子は仲良くなるよね」そんな話をしていた頃もあったのだと。
結局、カウタは親になることはなかった。
『あれは拒否するようになった』
総帥はカウタの精神を覗いて、ある変化に気付かれた。あれほど人の親になりがっていたカウタが、ある時を境に思わなくなった。
『意思の疎通、あれの考えていることを汲み取ろうとして精神感応を使い過ぎた』
総帥とカウタは “記憶” を交換することが可能。だが他人に知られたくは無い過去を、完全に隠しきるのは不可能。
『視てしまったのであろう、シャタイアスの嘆きを』
シャタイアスは狂人だった母妃を殺害した。それを最初に見つけたのは、総帥であり親身になってくれる相手のいなかったシャタイアスを慰めたのも総帥。
その時シャタイアスは、母妃に対し抱いていた不満を総帥にぶつけたそうだ。総帥はそれらの詳細は語らない。
だがカウタの行動の根底にあることだからと、関係のある箇所だけは教えてくれた。カウタは気の触れたシャタイアスの母妃と自分を重ね合わせ、自分の子供が幸せになれないのではないかと恐怖した。
『あれの現状から、楽しい記憶や喜ばしい思い出などはほぼ流れてはこない』
総帥は我等の父であり皇帝と呼ばねばならぬ相手・クロトロリアが、カウタを犯す様をも視たことがあると言われた。
あの蛮行に関し、カウタはどのように考えているのか? 尋ねたが、総帥は答えては下さらなかった。
『知っているが余は語らぬ。必要であれば、あれの口から聞け。その努力をせよ』
総帥はそのように言われ、そして瞼を閉じられた。
クロトロリアは帝国軍総帥をも所持していたが、実際は総帥ではない。
生涯一度も前線に向かわなかった男を民は帝国軍総帥とは呼ばない。私は家臣だ、父であり皇帝であった男を『皇帝』と呼ばないわけにはいかない。だがあの男のせいで私にとって『皇帝』の称号は口にするのを躊躇う称号になった。
だから私は尊敬申し上げる宇宙の支配者たる兄上を『総帥』と呼ばせていただく。
このことを説明したことはないが、総帥はご存知だ。私の兄であり至尊の座にいられる総帥は、それらを許してくださる。
「冷えてきたな。戻るか」
「うん」
「夜は、一般的だがライトアップされるそうだ。ホテルから一望できる、それで我慢しろ」
「うん」
窓に手をつけカウタに覆いかぶさるようにして、外を見る。黄金の髪をゆっくりと持ち上げ、横顔を見るが、その表情は凍ったままのように動かない。足もそうだが表情も、徐々に表れ辛くなってきた。
綺麗や楽しそうと思っているのだろうか?
整えられるだけ整えた顔と、作った人間の理想とされた色彩を持つカウタから表情が消えれば、それは人間から程遠い。
彫像とも違う、人形とも違う。
何かと問われれば……
「あの色、綺麗」
「紫色だ」
口が小さく動き、指をさす。
「紫色かあ」
「そう、紫色だ」
「綺麗だね」
「そうだな、綺麗だ」
カウタが飽きるまで景色を見ていると良い。その間ずっと私は覆いかぶさるように立ち、共に景色を見る。窓についている手を覆っている掌、ゆっくりと手を下げ指を絡めて握り締めて、最後までその風景を眺めていた。
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