君雪 − 11
 陛下が口元にカップを運ぶ。
「良い味だな、サベルスよ」
「ありがたき幸せ」
 それは御口に合うでしょうなあ。俺にコーヒーの淹れ方を教えてくれたのは、エバカインですから。陛下の一番のお気に入りだったコーヒーを淹れる男から直接に教えられたものですから。
「サベルス男爵、コーヒーデカンタ持ってどうなされたんですか?」
 これ以上の “味” はあるでしょうが、これに “似た” 味は俺しか出せないでしょう。
 本当は違う味を出したいのですが……上手くいきませんよ。
「淹れたからやるよ」
「よ、よろしいのですか! だ、だって男爵のコーヒーは陛下にも……」
「気にするな、これは自分用に淹れたヤツだから。飲もうと思ったんだが……デカンタは洗って返せよ、じゃあな」
 エバカインにコーヒーってイメージはなかったなあ、あの瞳のせいかもしれないが。あの瞳、もう見ることもないんだな……

− 我が永遠に太陽の瞳 −


それガウセイオイド級戦闘空母と名付けられ、それベレミーシュテア回廊と名付けられ、永遠に語り継がれた。


 カウタマロリオオレトは笑顔で『異性人に勝利』した皇帝を出迎えた。
「おかえりなさいませ! 陛下」
「出迎えご苦労であったな、ケネス大君主よ」
 皇帝は何時ものようにカウタマロリオオレトの出迎えを受け、そして何時もとは違い手を引く。
「陛下! エバちゃんは? エバちゃんのお出迎……」
「死んだ。ゼルデガラテアは戦死した、行くぞ大君主よ」


人類の戦史に名を残した男・ゼルデガラテア大公


 俺は帝星に残って仕事してたんだ、ほら大君主殿下の身辺警護もしなきゃならないからな。エバカインの戦死報告が届いた時、遠く遠く離れていたわけだ。だから実感が湧かない……ってのは嘘だな。
 一緒にその場に居たって、頭に入ってこなかったに違いない。認めたくないだけだろう、でもしなきゃならん仕事はある。
「男爵閣下……」
「ああ、いい。置いていってくれ」
「失礼致します」
 凱旋式と共に葬儀も執り行うので棺を用意しておくようにとのご命令を陛下よりいただいた。
 何も入っていない棺に《遺品》として何を入れましょうか? と尋ねたら『何も必要ない』とのお言葉。まあ、確かに必要ないよなあ……。
 大急ぎで琥珀の棺を作らせ、霊廟にエバカインの棺安置場所を作る工事もしなければならない。エバカインの棺は皇族の霊廟に入る……ここに入ったら、俺は二度とこの棺を見ることもないんだなあ。別に何も入っていないから構いはしないんだけど、白い部屋に琥珀で象った縦7m横5mのゼルデガラテア大公紋が小さく浮かぶ。
「何で俺、皇族の霊廟で作業してんだろな」

 お前バカだろ、エバカイン。

 全部の作業を終えて陛下が帰還なされたら提出する書類も全て書き上げて、することねえなあ……と机に半身預けてだらしなく倒れ込んでいたら、申し訳なさそうに部下が書類持って来た。
 受け取った書類は《ゼルデガラテア大公殿下が注文なさっていた品》
「エバカイン……ケネス大君主殿下への誕生日プレゼントできあがったぞ。良いデキだ……殿下も喜んでくださるだろうよ」
 このプレゼントの処遇、陛下にお尋ねしなきゃなあ……嫌だなあ、陛下に直接伺わなきゃならないなんてよ。
 陛下が怖いとかじゃなくて……

結局プレゼントは陛下が渡して下さり、大君主殿下はとても喜んでいらっしゃった。

 そして俺はというと、エバカインの葬儀の後何をする気力もなくて部屋に篭りっぱなし。何してんだろなあ……

*****************

 部屋に篭りがちになったサベルスの身を案じながらナディアはエヴェドリット王妃に連絡を入れた。
先の戦いで母の名を取った攻撃回廊を残した息子であったエバカインを、エヴェドリットの通例通りに、だが感情もなく端的に讃えたあとに深く頭を下げた。
「王の命令に逆らい、王妃の下に向かわず申し訳ございません」
 ゼンガルセンより王妃のところに来て、体調を気遣うようにと命じられたのだがナディアはそれを拒否した。
『来ていただいたとしても私も』
 王妃は曖昧な表情を浮かべゆっくりと首を振る。顔を上げたナディアは、
「ゼンガルセンよりは役に立つ自信はありますが」
 そういい切り、王妃は今度ははっきりと笑みを浮かべて答えた。
『それは自信にはなりませんよ、アジェ伯爵』
「確かに。王妃に頼みがございます」
『何ですか? アジェ伯爵』
「どんな形でも良いので落ち着かれましたら、是非とも私の夫と話をしていただきたいのです。あの人も落ち込みが激しくて、妻として励ましても無力と言いましょうか限界と言いましょうか……私は皇君を皇君としてしか知りませんが、あの人は宮中公爵の頃から知っています。違うのです、私が知っている皇君とあの人が知っている皇君は。一番辛い王妃にこのようなことを言うのは失礼ですが、私の大事な夫を慰めてやってください。身勝手な願いとは承知しておりますが、無力な女の頼みをどうか心の片隅にでもとどめておいてください」
『絶対に落ち着きます。でもそれまで少しの間待っていてくださいね、アジェ伯爵』
「幾らでも待ちますので」


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