「ケネス大君主殿下! エバカインです! いらっしゃったらお返事を! 声が出せない状態でしたら何かを叩いてください!」
「エバちゃん! エバちゃん! 此処だよ!」
カウタを発見したのは第三皇子だった。
それもクロトハウセが一度探した場所に再訪してのの発見。
理由は……
『カウタ! 何処にいる! 返事をしろ!』
「あっ! ラスだ! ラ……」
クロトハウセに呼ばれた時『ラス』しか口からでてこなかったので、怒られると思って我慢していた……同じ場所にカウタが居たのは、足を壊してしまったせいだ。
右足から落下したため、完全に足が潰れてしまって動けなかった。
血だらけのカウタを抱きかかえて走ってきた第三皇子をみて、主治医のキャセリアは青くなった……そうだ。
急いで治療を開始すると共に、第三皇子は血がついた着衣のまま私はクロトハウセにカウタ発見の報告を入れた。その格好を見て、私ですら最悪にちかいことを思い浮かべたのだ、クロトハウセはそれ以上だろう。
「カウタが見つかった? 何処で!」
第三皇子が着替えている最中にカウタ捜索・治療の拠点にたどり着いたクロトハウセは、怒鳴りながら尋ねた。
そして、自分が通ったところで発見されたことを知り治療の終わったカウタの元に怒りをかみ殺しながら、だが語気荒くつめよる。
「私もそこで声を張り上げただろうが! 何で返事をしなかった! 寝てたのか!」
潰れてしまった右足は切除され、大至急『再生』をしていた。
「ラスが来たのは解ったけど。ラ、ラスしかラスのお名前が出てこなかったから……叫んだら怒ると思って」
「時と場合を考え……ああ! お前にそんな事言ってもムダだったな!」
泣き出しそうなのを我慢しているクロトハウセの首に腕を回し、
「落ち着けクロトハウセ。第三皇子、カウタのことを含め後のこと、よろしくお願いします。行くぞクロトハウセ」
「離せ! シャタイアス!」
無理矢理部屋から連れ出した。
「一応怪我人なんだし、足を付け替えるんだ。怒鳴り狂ってる親王大公がいたら医者も近づけん。ほら、行くぞ! じゃあな、カウタ。足付け替えたらまたな」
「うん、レッ君!」
ラス以外の名前があることを覚えてもらってるだけ凄いじゃないか、クロトハウセ。
不機嫌極まりない表情でテーブルに肘をつき顔をのせて、視線を全く合わせないでいる。
余程 “いらついて” いるのだろう。
クロトハウセの怒りを鎮めるには菓子が一番だろうと色々作ったのだが、手を出しもしない。この姿、陛下が見られたら驚くであろうよ。
コーヒーを飲みながら自分で作った菓子を口に運ぶと、ひどい形相で睨んできた。
食いたければ食えばいいだろうがクロトハウセ。既にカウタは見つかって、ただ足を再生補充しているだけなのだから。お前も私も体など再生していない箇所などないだろうが。
無駄に口を開くと何を言われるか解らないので黙っているが。
カップの半分までコーヒーを飲み、作り置きしてあるフロランタンの二枚目を口にしたところで、
「シャタイアス」
「何だ? クロトハウセ」
声をかけてきた。
“食うな!” とでも叫んでくるかと思ったのだが、
「お前は私の寿命が何時尽きるのか知っているな?」
予想外のことに菓子を置き答えを返す。
「帝国最強騎士として帝国騎士のデータは全て照会可能だ。どの騎士がどの程度の使用耐年数かを考慮して戦いに “投入” しなくてはならないから……知りたくなくても知らなくてはならない」
気分の良いものではない。
他人の寿命を知っているというのは辛いものだ。
使用耐年数……要するに寿命のことだが、これを考慮して作戦を立てるのは……寿命が尽きかけている、次の会戦前に死亡が確実の騎士がいれば大量の薬物を使用し『死ぬまで闘い続けさせる』ことを決めるのもオーランドリス伯爵の仕事。
……それは私自身にも言えること。私は寿命近くまで生きてしまえば、自分で自分に薬物を投与して死ぬまで戦い続ける。それに後悔はないし『己の寿命を知り恐怖するような人物はオーランドリス伯爵にはできぬ』
「総帥とロガ兄上の寿命も知っているな?」
そのように陛下は言われた。無論陛下は御自分の寿命は知っておられる。そしてクロトハウセも。
「陛下と第三皇子、二人とも……お前より、はるかに寿命が長いことか?」
クロトハウセは陛下の実弟四人の中で最も寿命が短いそうだ。ハウファータアウテヌスとヒルエールフクレヌは帝国騎士ではないので知らないが。
仕方ないのだろう、五十歳前後は私達の寿命の『リセットポイント』の一つだからな。三十歳前後と五十歳前後、此処を越えれば大体は八十歳近くまで生きる。
「そうだ。そしてカウタの寿命も長い。私が死んだところでカウタの寿命はやっと半分を過ぎた辺りだ。大君主として細心の注意を払われて生きている以上、測定通り長生きするだろう。だから、私が死んだらお前達が引き取れ」
「私達は寿命よりも早死にする可能性のほうが高いぞ」
「ゼンガルセンはな。だがお前はどうだろう? ゾフィアーネ」
「どういう意味だ」
「お前は真のエヴェドリットにはなれない男だ」
「確かにそうかも知れないが……だがなクロトハウセ。一つ言っておくが……多分無理だ。お前が宮殿追放された際の会話だが、カウタは宮殿を二度とはなれないと言った。あの時は離れたが、次はないだろう」
二人きりで離城にいた時の会話だ。
私も確かに誘ったのだが、カウタは……
「どういう意味だ?」
もしかしたらカウタは語れるかも知れない。
戻れる僅かな瞬間に、クロトハウセに気持ちを伝えられるかもしれない。本人がはっきりとクロトハウセに言いたいだろうから……私は言わないでおこう。
私は諦めてしまったが、クロトハウセは諦めることもなければ待つことが出来ない男でもない。
「それは “私にも良く解らない” としておいてくれ。それと菓子食わんなら下げるぞ。古くなったのでもザデュイアルは食べるから、届けてくる」
第三皇子の助力で皇婿となったザデュイアルが『菓子、持ってきてくれないか?』と言うので作っていたりするのだが……言った所、腕を掴まれ、
「新しいのを作って持っていくと良いとおもうぞ。古いのは私が “すべて” 食べてやろう」
食いたいなら最初から食え、クロトハウセ
用意しておいた菓子のすべてを食べ終えてくれた頃に、治療終了の知らせが来た。
駆けていったクロトハウセの後姿を見送った後、
「材料から調達しなければな……」
何も残っていない部屋で溜息をつきながら、なんとなくだが笑いたくなった。
「カウタが人の名前を呼べなくなって何十年も経ったが……お前は諦めていないんだな、クロトハウセ」
私は母に名を呼んでもらうことは無理だと諦めたが、お前は諦めていない。その違いが何なのか解らないが、もしかしたらカウタもその期待に応えてくれるかも知れん。
諦めないでずっと共に居ればいい、寿命など関係なくお前が傍にいれば……
カウタがクロトハウセの名を正しく呼べたのかどうかを尋ねたことはない。だがカウタはクロトハウセのことを忘れまいと、努力していた時期があったとは聞いた
− ゆきしこえ・終 −
大皇となられたサフォント陛下に従い戦いを続け、今ではすっかり帝国領となった “ザデュイアルが死んだ空間” に一人で佇む。
「ザーデリア陛下が逝かれ、お前と陛下の子が皇帝に立ったぞ、ザデュイアル……さて、これからお前に菓子を届けに行きたいと思うのだが、紅茶の用意は出来たか?」
ベルカイザンの濃度を上げ、注入を開始する。
脊椎の奥が痺れてうごめき出し、耳には延々と歌が聞こえだす。さあ、射程を視る声よ私の前に広がれ。
「それでは大皇サフォント陛下、このゾフィアーネ、先にいかせていただきます」
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