PASTORAL −80 「間劇:タースルリ 神の残映」
件名:戦死報告及び遺族年金番号

ヤスヴェ・ソルスア・カンバリアート・セフ大尉 戦死
遺族年金番号:00XXX-……
入金日 毎月15日

− エバカイン中佐・最後の任務 −

 つばの付いた帽子を目深に被る短髪の皇子・ガラテア。
 前帝の“私生児”であった皇子は、名君と誉れ高い現帝の命により“皇子”となった。
 皇子とはなったが、皇位継承権もなく親王大公を名乗る事も許可されない。
 通常の皇子は就かない仕事である、軍警察で三年あまり彼は仕事を続けた。
 十七歳で赴任してきた中佐の皇子は、二十歳を目前に退任する。皇子はこの任務を最後に退任し、次は名門公爵家の婿となるのだ。
 帝国最強といわれる近衛兵団に入団できる才能を持ちながら、軍警察に配備された皇子。
 最高の一族の正式な一員として迎えられながら、扱いは懲罰人事に等しい皇子に対し、貴族達は距離を置いていた。皇帝の真意が何処にあるのか解らない以上、むやみに近寄らない方が安全だと。そして平民達も距離を置いていた。
 皇帝の一族に声をかける事など、恐れ多いと。
 人々に距離を置かれた彼は、今日一般兵士八人掛かりで運ぶ銃を一人で軽々と持ち上げて、最後の任務へと向かう。
奴隷密輸船団摘発へ。
「皇子様の雄姿を見るのもこれで最後だな、ラウデ」
 同僚に声をかけられた中尉のラウデは、黙ったまま宙を見ていた。
「……」
「ラウデ! 話、聞いてたか」
「いや……」
「まあ、仕方ないけど。俺が変わろうか? 皇子が乗られる移動艇の操縦。大丈夫かよ」
「ああ、大丈夫だ。皇子の退任前にやっと頂いた、栄誉だ」
「変な気起こすなよ」
「そんな気はない」
 皇子の最後の任務、その時の移動艇の操縦者がラウデ。

**********

 サフォント帝は、奴隷の識字率を爆発的に上げた皇帝としても知られている。
 奴隷嫌いとして君臨しつつ、知的な奴隷を育てた者を厚遇したサフォント帝。
 知的な奴隷を持つ貴族を厚遇した結果、奴隷に教育を施し、己の出世に使った貴族は数知れず。
 サフォント帝の狙いが“そこ”にあったとも知らず、私財を投じ貴族は奴隷を育てた。
 彼は帝国の国費を一切用いず、奴隷の知性を引き上げた。後の家奴(アバシティ)の下地でもある。
 ただ、その道は平坦ではない。
 奴隷が出世に使えると知ったある者達は、奴隷に教育するのではなく、別の方法を取る事を考え出した。それはサフォント帝の予期の範疇内であったが、それに対し皇帝は、直接的に手を出すわけには行かなかった。
 彼はあくまでも奴隷嫌いを貫き通す。彼の奴隷嫌いの一環が、奴隷出の皇后に良く似た異母弟を配偶者とした事だとまで言われた程に。
 皇子を男皇帝の配偶者にする。それは皇子を笑いものにし、宮殿での立場を悪くする為だと噂される程。
 彼の死後、彼は”皇帝“として奴隷階級の全てにおいて心を砕いていた事が知られるが、彼が君臨している当時、それらは一切知られる事はなかった。
 正配偶者となった異母弟の方は、皇帝が即位している間に『名君に最も愛された者』として知られる事となる。

**********

「今日は、本物の奴隷か」
「そうだ。この前みたいな、字が書ける平民を誘拐して奴隷にするヤツとは違う」
 奴隷に教育を施すのを面倒と考えた者達は手っ取り早く出世する為に、教育を施されている階級の人間を誘拐し、それを奴隷とする手段を取りはじめた。
 後にこれらは全て取り締まられたが、サフォント帝が即位五年ほどの頃はそれが帝星において最盛期。
 その最盛期、帝星で彼等を摘発して回ったのが「ガラテアの皇子」ことエバカイン。帝星において、近衛兵団級の能力を持つ皇子自らの摘発に恐れをなし、次第に彼等は辺境へと目を向け狩り集めようとする。だがそれもサフォント帝の計画であった事、彼等は死ぬまで知らなかったであろう。
「奴隷はあれ程別星系に持ち出すなって、言われてるのに」
 奴隷は基本的に『その当主の持ち物』である。個人的な所有はあるが、それはあくまでも領内での所有であり、同王を仰ぐ相手としか交換や売り買いはできない。
 銀河帝国で「真に奴隷を所持している」のはたったの五名。皇帝と四大公爵の当主。
 皇帝領にあれば皇帝の物であり、ケシュマリスタにあればケシュマリスタ王の物である。
 これらを勝手に別の当主の支配している星域に持ち出すのは禁止事項。星域内で売り買いしている場合は問題ないのだが、別の支配者の星系と取引するのは、罰せられる。持ち出す場合は、皇帝や王の許可が必要となる。例え最早死を待つだけの、何にも使えない奴隷であったとしても、別星系に連れ出す場合は皇帝や王の許可が必須。これに違反すれば、名門貴族であっても罰せられる。下手をすれば最悪、家は取り潰される程。
「では、勝手に売りさばかれる前に救出しに向かいますか」
 今日彼等が摘発に向かうのは、帝星に売りに来た者達。奴隷を、王の私有物を奪われてしまったのはケシュマリスタ星系。
 先年、ケシュマリスタ王妃が戦死した。
 彼女の夫であり、ケシュマリスタの王であり、皇帝の従兄でもある現公爵は、統治能力などに大きな問題がある。
 その夫に代わり、軍事警備全般を受け持っていた王妃が戦死した事によって、彼女を頂点として組織されていた警備体制が硬直化してしまう。
 責任者を失って硬直化してしまったその組織を、彼が上手く復元させることはできなかった。結果、ケシュマリスタ星域の警備体制は杜撰な物となってしまう。その為、奴隷が多数持ち出されてしまうようになった。
「皇子が結婚する相手はケシュマリスタのイネス公爵家だったよな。今度はケシュマリスタ方面の治安維持に就かれるんじゃないか」
「そうかもな。皇子が警備してくだされば、持ち出しが減るだろうから、楽できるな」

 銃の最終確認を終えた皇子が立ち上がり、号令をかける。


novels' index next back home
Copyright © Teduka Romeo. All rights reserved.