自分の家に帰るのに、これ程までに重々しく緊張した雰囲気なのは何故だろうか?
一人二人の整備員がそう感じたが、口にはしなかった。続々と宮殿内の宇宙港に集まってくる「ご一緒に帰還する供」達の数の多さも、何となく不安にさせられてくる。
事情を知らない整備員達は、早々に仕事を終えてその場を立去った。疑問は三ヶ月もしないうちに氷解するのだが。
一触即発という雰囲気を纏っているゼンガルセンに会いたいという人物が来たと告げられたのは、出立予定時間数分前。
「あの皇子が来ている? 何の用事だ?」
別に急ぎの帰宅ではないので、予定時間を遅らせても何の問題もない。
「届けものだそうだ。どうする?」
「……通せ」
この状況に来たエバカインに警戒を抱きつつ、剣を抜いて背後の者達に威嚇用に銃器を構えさせてその訪問を受けた。
「皇族代表で見送りに来てくれたのか」
それが直ぐに杞憂だという事が解った。
男性がかつての女性用の着衣で訪れた場合、武器などは使用しない決りとなっているからだ。決まりであって守られるものではないのだが、エバカインの着てきた洋服は簡素なメイド服で、何処にも武器などを隠す場所はない。
「はい。そうそう、ゼンガルセン王子がお戻りになれた頃にはメイド服はこのように変わっているので」
クルリと回ったエバカインの何処にも武器を所持している様子は確認できなかった。
「そりゃ、わざわざ。ご苦労だったな」
ゼンガルセンの声に、威嚇用の銃器を下げる面々。
「それと、この前の誕生日に頂いた品物のお返しです。私は不慣れでよく解らないので、陛下が準備してくださいました」
“皇帝が準備した絵”それに全員が目で合図する。
「確かに絵画好きではあるが」
大きさが問題だった。厳重に梱包されているせいで、正しいサイズを目視で測ることが出来ないが『この大きさ』は……
「大公は中に何が描かれているか見たか?」
試しにゼンガルセンは“かま”をかけた。
「は、はい……一応拝見させていただきました」
返って来た言葉は『味方する』という意味。皇帝の手の上で踊らされるのは不本意ではあるが、この機会を逃すのも惜しい。何よりも、皇帝のほうで見て見ぬフリをしてくれるのだ。
「……そうか。何にせよ、ありがたく頂いておこう。我の休暇中に陛下の身辺警護、頼んだぞ大公。もっとも、我以外陛下の身を脅かせる程の力量を持つ者はいないから安心して休暇を楽しむがいい」
その言葉に周囲が笑う。諌めるようにシャタイアスが、
「ゼンガルセン。それでは、大公も離宮でお楽しみください」
エバカインに頭を下げる。
「ありがとうございます。オーランドリス伯も休暇をゆっくりとお過ごしください」
立去ったエバカインの後姿を見るゼンガルセンの目は、鋭いなどというものではなかった。恐らくエバカインは振り返れば、その目付きに恐怖して腰を抜かしただろう。しばしの沈黙、一人の男が動いた。シャタイアスが宇宙船内から簡易計測器を持って降りてくる。
それを確認して、ゼンガルセンは周囲の者に厳重な包装を解かせた。中にあったのは『サフォント帝』の肖像画。
「サフォントめ……シャタイアス、サイズは?」
「縦15m横12m。ご期待に応えて差し上げようじゃないか、ゼンガルセン」
計測器でその大きさを測り、数値をゼンガルセンに見せる。もう一度包装しなおさせ、それを戦艦の倉庫に収納させた後にゼンガルセンは声を上げた。
「ああ。さてと……行くぞ! 貴様等! 敵はリスカートーフォン公爵タナサイド=タナサイムとその長子アウセミアセン=アウセミアウス」
今までその覇気は隠さなかったが、口にした事は一度もなかったそれを遂にゼンガルセン=ゼガルセアは形にした。
「楽しい休暇になりそうだな、ゼンガルセン」
「そうだな。折角休暇をくれて、尚且つ『四大公爵の当主にしか贈られないサイズの皇帝絵』まで準備して下さったサフォントの期待に沿ってやろうじゃないか。……それと、あの皇子やはり食わせ者だな」
中身を知りながら届けたエバカイン。それでいながら、いつも通りだったその姿に、
「間違いなく食わせ物だな。あれが皇君であろうが無かろうがサフォント帝の配下である事は変わりない。厄介な手駒を続々と増やしてくださるお方だ」
またもや不必要な警戒を抱く彼等。
「昔からそうだったか?」
「いいや。昔は切れ者にして食わせ者など周囲には居なかったからな。あの皇子をわざわざ拾ってきたのが解るというものだ」
「あれが皇君だった場合の対処法をも考えねばな」
「同感だ」
こうしてガーナイム公爵ゼンガルセン=ゼガルセアとオーランドリス伯爵シャタイアス=シェバイアスは多数の部下を引き連れて、自身達の“実父”を殺害する為に “帰宅”を開始する。
− Third season:第二幕「正史編」に続く −
Second season:第三幕「女難王決定戦」 終
Second season:終了
間劇 − タースルリ 神の残映 − に続く
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