PASTORAL −68
我々は置物である。よって陛下に礼を取る事などない。
召使というのは、人ではないので陛下がお越しになられても頭は下げない。陛下から観れば我々は置物であり空気であり、人ではない。
陛下がお越しになった際に頭をさげ、礼を出来るのは陛下が“人”と認めた僅かな貴人だけである。
我々は置物ゆえに、基本的にどんな物からも眼をそらす事ができない。目の前で誰かが殺されても、声を上げる自由はない。目を背ける自由もない。それが我々である。
「あ、あにうぇ……」
美貌の異母弟殿下に指を舐めさせていらっしゃるそのお姿も、眼を背けるわけにはいかない。
情事の際よりも恥ずかしく感じる、いや何かこう……まずい気持ちになってくる。陛下は舐めさせている指を殿下の口に少し押し込み、舌を嬲る。その都度殿下は、身体をくねらせ小さな嬌声を上げられる。
「ぁっ……ん……」
酒に少し酔っている殿下は、見える僅かな部分の白い肌が薄っすらとピンク色で……下々の私が言うのもなんだが、艶っぽい。口に指を入れたり出したりなさる陛下と、必死に舐めようとして口の端から唾液が伝う殿下。
陛下はよほど楽しまれていらっしゃるようで、指に何度もクリームを付けられて舐めさせる。
赤い舌と、恍惚とした表情と、酒で上気した肌……まずい! 此処で勃ったら殺される。観るな! 観ても何も感じるな!
興味本位でみているのではなく、私は置物で! 空気! 人ではない! 人ではないから此処で勃っていては……向かい側の同僚も苦しいようだ。
「んんっ!」
声がヤタラと色っぽい。殿下は通常は硬質で落ち着いた声なのだが、その声が色を帯びると女のそれとは全く違った質感を持って、下半身に迫ってくる。いや、私なんぞの下半身に迫っているわけではないのは知っている。この方の嬌声は全て陛下に向けられているのだから、我々がそれに劣情を抱くのは恐れ多い。
「口の端についておる。どれ、取ってやろう」
陛下がお決まりの“口で舐め取る”をなさって、そのまま軽くキスをなされた。ご兄弟仲のよろし過ぎる事で。
その後陛下は、女性を準備したと告げられたのだが、酒に酔っているのか? それとも本当に悲しいのか? 涙目になっている殿下はそれを頑なに拒否なされた。
この殿下、正直女を抱くようには見えない。無論私よりも大柄であられるが、こう……儚げでいらっしゃって、陛下の腕の中で恍惚となされているのが、とても良く似合われている。
殿下の“否定”その答えにご気分を良くなされたのか(陛下は表情からでは全く判別がつかない)殿下を抱きしめられると……落とした! 殿下を落とされた! 頚動脈に指をあててらした!
気を失われた殿下を抱きかかえ、陛下は寝室へと向かわれた。室内に居た私達は、深いため息を付いて床に崩れ落ちる。此処で達してしまったら問題になるので、落ち着くまで只管我慢した。そして誰かが呟く、
「毎回これでは持たないなぁ」
若しかしたら呟いたのは、私だったかもしれない。
*************
陛下は寝室まで皇君を抱きかかえて戻ってこられた。
くったりとしている皇君の可愛らしい……待て! そんな事考えるな! 位は同じ大公だが、私は宮廷医師で(ここは空母だが、空母にいても宮廷医師は宮廷医師なのだ!!)あって、向こうは皇君だ。大公と言っても全く違う立場だ!
ゆっくりとベッドに降ろされ、陛下は皇君の服を脱がせる。
皇君には『喋るな』と厳命されているのだが、陛下は皇君に寵を与えた後の処置もご自分でなされる。
それはまあ、抱いている時以上にお優しく。表情は変わらない御方なので、表情から優しさを読み取る事は当然不可能だが、私が知っている“相手をさせた女性”に、そのような事をなさっているお姿を観た事はない。今も着衣をゆっくりと脱がせ……
「室温を上げよ」
「はい」
裸になった皇君が寒さを感じない室温に設定する。
陛下はその中心を口に含まれると、皇君は素直な声で反応される。
「やぁ……ん……いやぁ……」
そう言われながら皇君は陛下の髪を握って、身体を動かされる。意識がある時分の皇君はそのような行動はなされない。恥ずかしさにじっと耐え、声も押し殺しているような雰囲気だが、眠った状態で快感を与えると、
「いぃ。あん……いやぁ……」
普通の反応をされるのだ。
声を押し殺しているのも、素直なのもどちらもすごく“そそる”ようで、陛下は偶にこうされていらっしゃるのだ。
艶っぽい声が水音と共に暫く響いた後、身体を小さく痙攣させて皇君が果て、陛下が離れられる。
特に困る事はないのだが……凄く困ると言えば、困る事がある。
皇君が無意識で陛下の頭を鷲掴みにするので、陛下の髪が乱れてしまう。あの赤く真直ぐな髪が乱れる様は、怖い。直す者も相当怖いようだが、それを口にする訳にはいかない。
陛下が自ら皇君に、肌触りの良いシーツをかけて傍に腰をかけられ、まだ上気している寝顔を見られる。
いつもの事であり、皇君には絶対口にしてはいけない一連の出来事だ。髪を撫でつつ、顔を優しく撫でられて小さな声を上げられる皇君。
それを観ていると……ちょっと良いな……とか思っても、絶対に顔には出せない。
顔どころか、声にも態度にも、日記などは持っての外。何よりも『兄上と兄上第一』である喧嘩皇子……じゃない、クロトハウセ大公に知れようものなら、このラニアミア殺されるのは確実。この三ヶ月で、宮廷医師が既に四人程処分されている。
ん? 理由? あれだよ。お休み中、正確には情事の後の意識を失った皇君に、処置目的以外で触れたからだ。
勿論命令違反であるので、処刑されても文句は言えない。フラフラと触りたくなるのも解るが、それを堪えてこそ宮廷医師だ。
大体、皇帝陛下のお相手を務める方が見目麗しいのは常識。それに一々劣情を抱いていたのでは仕事にならぬ。
確かに皇君は、後で来る三正妃よりもお美しいが……美しいというのなら、皇妃となられるクラサンジェルハイジ王女も美しいのだが、なんと言うのかなあ……皇君は、男受する雰囲気だからな……はっ! 誰にも知られていないな?! うわぁぁぁ! 男受なんてしない! してないです!! 立派な男性です! 腹筋も背筋も私より見事な、立派な男性です!!
はーはー……そ、そう……皇君は基本的に立場が弱いので、陛下以外の兄弟が背後で守っているの……『拷問大公・カルミラーゼン』『喧嘩皇子・クロトハウセ』この両名が本気でバックアップ。そして何気に宮殿の怪物達も、皇君に対して悪い感情を持っていないようだ。この辺りは陛下が押さえていらっしゃるらしい、お見事であらせられる。
宮殿の怪物というのは、先々代皇帝の夫や、先々々代皇帝の妻などの事を指す。
それは長い事宮殿にいるから、ネットワークも半端じゃない。自分も皇族の一員ではあるが、一員である以上その恐ろしさは良く知っている。
知っているから皇族から出ようとは思わない。皇族から出て、ゼンガルセン王子に下ったゾフィアーネ大公、今のオーランドリス伯は度胸があると尊敬している。
伯爵への尊敬はともかく、自分は絶対に皇君には触ろうと思わない。冗談じゃない! あの方の髪に無許可で触れただけで、クロトハウセ大公に触れた指をもがれた後、嬲り殺され……直ぐ死ぬか。クロトハウセ大公強いから。
でもカルミラーゼン大公にあたったら最後だ。五年くらい平気で嬲ってくださいそうだ……
寝ている間以外は、大公殿下も強いので触れようはないが、寝ている時の無防備さと言ったら。
……いや! 何も私は思っていないぞ! 全然! 絶対に!
「風邪など引かせぬよう、空調には注意せよ」
陛下に本気で見下された私は、震えるのを我慢できず、歯の根をガタガタ言わせながら、
「御意」
やっとの思いで答えた。
「次はクラサンジェルハイジであったな」
陛下はそう言われると、寝室から出て行かれた。我々は大急ぎで照明を落として、部屋から出る。
ぜっ……ぜっ……たいに、触れません。こっ……こわい……私は宮廷医師ラニアミア。誰に皇君の事を聞かれたって、何も答えん! 例えガーナイム公爵に詰問されようと、絶対に答えるものか!
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