PASTORAL −67
「ゼマド大公閣下、その節はどうも」
「どういたしまして、カザバイハルア大将閣下」
クロトハウセとゼマドがサフォント帝のおいでになる会議室の最終チェックを行っていると、カザバイハルア大将閣下ことナディラナーアリアが一人で入室してきた。
入室して挨拶もせずに、開口一番火花を散す。
戦いの最中でナディラナーアリア=アリアディアと呼んだ事に対する怒りを、内に秘めつつ彼女はクロトハウセの方を向き、
「親王大公殿下。ゼンガルセンが陛下の寝室に向かいましたので、お出迎えは必要ありませんわ」
会議室の空気が一瞬にして緊張した。
本日皇帝陛下を出迎えに行くのは、クロトハウセのはずだった。近衛兵団団長を押しのけて、帝国参謀長が出迎えに行く理由はただ一つ。
皇帝陛下の寝所に『ゼンガルセンなんぞに、その肌を見せるのは勿体無い兄上』がいるからだ。本当はゼンガルセンが出迎える予定であったのだが、クロトハウセが我儘を言ってサフォント帝が許可した。サフォント帝はやや弟に甘い所がある、そして一番甘やかされているのがこのクロトハウセだ。
ピクリとなった直後、彼は駆け出した。
凄まじい形相で、廊下いる人間は慌ててその突進としか表現できない大公を避ける。
避けそびれた一般兵が、飛ばされて医務室に運ばれたがぶつかった本人の速度は落ちる事がない。むしろ、上がる一方。
皇帝陛下の部屋の前には、サベルス男爵率いる部隊が困惑した表情で立っていた。迎えに上がるといわれていたのは「クロトハウセ大公」だったのに、先に来たのは「ガーナイム公爵」
厄介な事になると思いつつ、彼等にはガーナイム公爵ことゼンガルセン王子を引き止める事はできなかった。何せ彼が皇帝陛下の身辺警護の総責任者なのだから。
さっさと部屋に入っていったゼンガルセン王子、そして後に廊下を駆けてくる音。
『あー来たぁぁぁ』
サベルス男爵はそうは思っても口に出さなかった。
当然だ。此処まで殺気だった「喧嘩皇子」に意見でき、止める事が出来るのは恐らく「皇帝陛下」のみである。その陛下は扉の向こう側で、ガーナイム公爵と対峙中。
扉の前で解除コードを打ち込むクロトハウセだが、
「コード変えやがったな!」
近衛兵団団長には、皇帝陛下の部屋の入り口承認コードを変える権限がある。勿論、皇帝陛下の許可を貰わねばならないが。因みに変わったコードどころか、元のコードもサベルスは知らない。
「よくも!」
クロトハウセ皇子は蹴った、入り口の扉を。
世界で最も強固な入り口の扉を蹴る。563300mm砲弾だって破壊する事はできないはずの扉が、四撃目でついに内部に吹っ飛んだ。
警護の兵士達は呆然とするのみ。
異星人より味方のほうが危険だよな……と思いつつ、中を覗くとそこは最悪。ゼンガルセン王子に足を掴まれたエバカイン、それも全裸で。
エバカインを良く知るサベルス男爵は、全裸で足を掴まれている学友が、混乱の極みにおり、なんの対処も出来ない状態にあることを瞬時に理解し、即座に号令をかける。
「いくぞ! 早急に使用人を退避させろ」
瞬時にして即座にして早急。この間の時間、5.22秒。
「了解いたしました! 閣下!」
彼等は室内にいた、エバカイン以外の「普通の人」を廊下に誘導し、そのまま別の部屋まで連れて“逃げた”。どれ程言葉を飾っても、彼等は“逃げた”としか言い様がない。
「はぁ……死ぬかとおもった」
サベルス男爵の背に汗が噴出し、膝から崩れ落ち、その言葉に誰もが頷く。サベルス以外の者はそれを口にすると不敬にあたる階級であったので、頷くのが精一杯。
*************
「気にするな、アレはいつもの事だ。それではな、エバカイン」
愛しい弟にそれだけ言うと、皇帝は木製のテーブルを持ち、二人が喧嘩を始めた部屋へと戻っていった。喧嘩皇子と反逆王子の、殴り合いに蹴りあいの喧嘩が。決闘でないだけマシと言うべきか、なんというべきか。
皇帝陛下の区画というのは、外装に接していないので、壁が壊れた所で緊急事態に陥るわけではないのだが、それでもボコボコと音を立てて壊れる室内、余りに酷くなれば広範囲の召使が避難する事になるので、それを抑える為にも皇帝は動いた。
力いっぱい木製のテーブルで弟を殴りつけつつ、
「っ!」
ゼンガルセンの胸に激しい『額突き』
鈍い音とともに、ゼンガルセンは胸を押さえ動きを止める。
「折れましたよ」
皇帝の母譲りの額の強さは半端ではない。563300mm砲弾をも止める扉を破壊する蹴りを受けても平気な男の胸骨を折る! それが銀河帝国皇帝。
「一、二本で泣きごとを言うお前ではあるまい」
その背後から、まだゼンガルセンに掛かってこようとする弟に『脚』だけになったテーブルで再び殴りつけ、床に這わせる。
「動きが雑だ。慌てては勝てぬぞ、クロトハウセ」
床にヒビが入っているが、クロトハウセは骨折していない。
ここら辺が、兄の愛の違いであろう。弟には優しく、他人には厳しい。優しいとはいっても、弟は頭から流血しているが。
「兄上には敵いませぬ……そうだ! おい! ラニアミア!」
「はい、殿下!」
ラニアミアは『医師』、陛下に万が一があってはいけないので避難する事はできない。彼が『クロトハウセの庇護に入っている』というのは、この状況に陥った際、クロトハウセに助けて貰うためでもある。
「兄上の皮膚を張り替えておけ! こんなのに触れたら、兄上の染み一つない美しいお肌が荒れてしまう」
クロトハウセがいなければ、これ程の危険な目に逢わなくて済む筈……なのだが。それを言わないのが長生きする条件だ。
クロトハウセの言葉に、肋骨が折れた痛みなど全く感じさせない男の一言。
「ひどい言い様だな。確かに舐めたカンジじゃあ、いい肌してたな。まあ、男の肌ではあるが“男を知っている肌”ってのは、ちょっと違うもんだな」
そう言って、唇を舌で舐めたゼンガルセン。
第二回戦開始
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皇帝陛下のお出でになる空母は、限られた空間でも広い造りになっている。
初めて警備についた時、こんなに広い必要ないだろ? 心の中で思ってた。でも違った、来た!
陛下を真ん中に、両脇を歩くクロトハウセ皇子とゼンガルセン王子。
一番大きいのがクロトハウセ皇子、ゼンガルセン王子と陛下は同じ身長。でも陛下のマントは長くて……縁を持たれながら歩かれる。そう、マントを腕でも揺らしながら歩かれるので、廊下一杯に広がる。
このマントに触れたら大問題だが、陛下が歩かれている時に俺達は動く事は許されない。
警備兵だから何かあったら動けるけれども、何事も無く陛下が歩かれている時に身を避けるなんてのはできないんだ。
左側を歩かれているゼンガルセン王子は、マントの左縁を持って陛下と同じように広がらせて歩く。
右側を歩かれているクロトハウセ皇子もマントの右側を持って、二人と同じように広がらせて歩く。
バッサバッサ、ワッサワッサ! カツカツ。ブアサァァァ!
廊下、狭っ!
幅五メートルの廊下も、この御三方が並んで歩かれれば狭い! マントも尋常じゃなく長いし、何故か全員風もないのに風を切ったような状態に見える(全員、歩くのが早い)
それに、この御三方が並んで歩いている時って、絶対に負傷してるんだ。今回も、ゼンガルセン王子は顔半分青痣で覆われて、クロトハウセ皇子は顔面血だらけ。皇帝陛下は口の端が切れて血が流れていらっしゃる。
戦争終わった筈なんだけどな……。
俺達は御三方が通り過ぎるまで、次の区画に移動したという合図がくるまで硬直して見送った。
帰還するまで、こうやって血みどろの皇子や青痣だらけの王子を見るのかな……と思うと、本当に早く帰還したい。
生きているのは素晴しいけれど、生きていると恐怖も感じられるんだよな、人って。
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