PASTORAL −59
一目でわかる不機嫌さ、そして周囲の困り果てた雰囲気。
「大公、後方から帰還したか」
「はい」
はっきりと言おう、兄上より怖い。怒っているゼンガルセン王子は通常の兄上よりも怖い。怒った兄上は見たことがないので比べようもないし、兄上が怒れば俺は処刑なので……怒った兄上はそれ程……ではなく、
「やってくれたな」
「何がでございましょうか?」
あの鋭い目付きが、正しく人を殺すかのような輝きを……さすが人殺しのエヴェドリット、見事な眼光!
「13隻も離されたのは初めてだ。まさか大公を露払いに使うとは、思ってもみなかった。道理で機動装甲で後方援護の上に准将にしておいたわけだ」
は、はい? 何の事でしょうか? 誰が誰と何が十三隻?
「主語が抜けていては解らないだろう、ゼンガルセン。大公、王子が言っているのは『サフォント帝との撃墜数の差』の事ですよ。途中で気付いた時は、ヤラレタなと思いましたね。完全な援護用の装着で、突撃に特化した陛下の援護とは」
いえ、そ……そんな事は。
あ、でもゼンガルセン王子は撃墜数が離されたのが気に食わないのか。そうだろうな、何時もは一隻から多くても五隻くらいの差しかないもんな、兄上と王子は。
「大公」
「はい、何でしょうか?」
「次の会戦は我の援護にまわれ」
いや、いきなりそのように言われましても。そもそも、こんな情けない記録を打ち立てた異母弟を、次回の会戦に連れてくださるかどうか? それが一番の問題かと思われます。
「確約はできません。私は陛下のご指示に従うのみですので」
機動装甲に搭乗できる者は中将から始まる筈ですが、俺は中佐から始まっている辺り、能力の限界とかそういったものが報告されているのだと思いますからして……。詰め寄ってこないで! 王子! 怖い!
「ちっ!」
「私よりもオーランドリス伯爵閣下を援護に……」
「誰が王子の援護なんぞに、むしろ王子が俺の援護に回れば良い。そしたら俺の撃墜数も上がるというものだ」
機動装甲に乗る騎士って、
「大公もこう言ったんだ、テメエが援護に付け」
前線で戦闘空母を落すのが使命であって……
「誰がそんな命令聞くか! ああ? 俺が大公の意見を唯々諾々と聞く男ならいいのか? 親王大公元帥の言う事も聞けばいいのか」
その……やっぱり、王子であろうが上級貴族であろうが気性は荒いようで……
「俺の都合の良い様に動けよ」
「大公、アンタが援護なんて事仕出かしたんだから、アンタが責任取ってくれ。俺は戦闘機を撃ち落すなんて地味な仕事は、有意義であってもしたくはない」
いや、色々と申し訳ないのですが……その、意図して援護に専念したのではなく、援護に専念するくらいの能力しかなかっただけです。
目の前で、ゼンガルセン王子とオーランドリス伯が両者相手の襟首掴んで喧嘩になるかと思った瞬間、
「ブチッ! ガキゴキガゴベゴン! ガシュゴキゴゲゴキッッッ!!」
異様な音に俺も王子も伯爵も振り返ると、王子が座って指揮する「指令席」という名の椅子が台座ごと外されて……その外したと思しきナディラナーアリア大将の熱い抱擁を受けて、グシャグシャになってた……
「そろそろ大公殿下を陛下の空母に送り届けたいのですが、宜しいでしょうか王子」
見た目“鉄屑”のように成り果てた、革張りの椅子が床に転がされた。
「連れて行け……とにかく、初陣見事だったよ大公」
ゼンガルセン王子は怒気が抜けたらしい。むしろ抜けざるを得ないよな、こう言われたら。
「それほど興奮状態でしたら、この私と熱い抱擁を交わしませんか王子、そしてシャタイアス。なんなら二人同時に相手してくださいます。私のこの両の腕で、お二人を同時に強く抱きしめさせていただきますわ。あなた方でしたら、私の抱擁を受けてもあの椅子のようにはなりませんでしょう」
ひぃぃ……この方に熱い抱擁をされる男性も大変だなあ。
戻る途中ナディラナーアリア大将が、いかにゼンガルセン王子が荒れていたかを説明してくれた。
「艦隊戦の勝利は我々リスカートフォン軍が得ましたが、機動装甲戦は帝国軍に取られましたね。配備の機動装甲はリスカートーフォン軍の方が多いというのに、陛下と大公殿下のお二人に負けましたわ。情けないですわよねぇ。この私が折角、艦隊戦で決定的な勝利をもぎ取ってあげたというのに」
あーさっきの椅子みたいにもがれたんだな、勝利。
とりあえず黙って頷いて、何とか空母まで。陛下のお部屋まで送ると言われたが、
「寄りたい所もあるから」
断って、一人で陛下のお部屋に戻る事に。別に悪くはないんだけど、彼女俺より大きいから歩くの速いんだ……付いていくのが精一杯。緊急事態で走っている時はいいけれど、歩いている時俺が小走りというのも行儀が悪いので。
「陛下のお部屋に戻る前に……」
俺は管理センターにアダルクレウスの居場所を問い合わせた。
「カード返してもらわないとな」
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会戦で最も苦心するのは、戦争そのものより兵士の扱い。
ほら横暴な上官がいないかを確認したり、集団暴行をしていないかを見張ったり、サボってるヤツ(サボタージュだったけ?)がいないかを探したり、ゴミの分別収集からリサイクルとか……日常生活は偉大だな、と思うわけだ。
現在戦艦は全て、二十四時間死角なしで監視されている。特定の物体が現れた場合は直ぐに警告画面になる、それは性器の露出。
いやね……四ヶ月近い行軍すると、一人二人ではなく暴行する人がでてきてねぇ(遠い目)
冷たいし、支配者視点だが、被害にあった人って使い物にならなくなるから戦争に連れてきた意味がなくなるわけだ。徴兵したばかりで、前線に向かうまでの間に訓練を施して使えるようになった兵士を、勝手に使えないようにされると、金払ってる方から観れば物凄い不快なの。
戦争に使う為にわざわざ金払って、何から何まで無料で与えて戦争近くなった所で「精神的ダメージで職務につけません」では割が合わないというか、完全な赤字となる。
ダメージを押して職務に就かれて、凡ミスされても困るけど。一人の凡ミスで一戦艦消滅したら目も当てられない。
暴行なので死亡する人も出たりすると、軍で家族に恩給なり手当てを支払うことになる……そうなると、赤字どころじゃすまない。もちろん殺した者を罰するが、いや、罰する為にも監視が厳しくなるんだ。
なので、どの艦も完全に死角を作らずに監視している。兵士が画面に表示されなくなれば、警告音が発せられるくらい厳しく管理されている。
進軍の際の管理体制の厳しさは、語ってたら四百字詰め原稿用紙七万枚とかになるが……
「アダルクレウス、どうしたんだ?」
「帰ってきてたのか、エバカイン。初陣ご苦労様、良かったな二十五歳までに出陣できて」
「ああ、ありがとう。ところで、その手に持っている薬は?」
「精子の味を変えるやつ。飲むのは構わないが、あれ程売るなってのに。こいつら商売しやがって」
何にせよ、戦争の半分は兵士の管理に費やされる。
色々あるんだけどさ、基本的に「やるなら定められた区画で」という厳しい軍律がある。合意の元、二人で(乱交は禁止)その区画に向かって、兵士IDカードを機械に差し込む。
その後、受付電子音が「○○伍長・○○才・妻……」と両者の詳細データを音声と画面表示して、それを読んで「両者は合意の元であり、会戦後は一切の関係を持ちません」という書類部分に網膜データ等を登録して個室に。
部屋から出る際も両者のIDカードを挿して、データ照会をして、出口の管理部隊(憲兵)の前でもう一度カードを差し込んで、書類にサインをしてやっと解散。
当然回数もカウントされる「この兵士はこの会戦で何回施設を使用した」と……当然なんだが……。
戦争中に関係持った相手と結婚したくなり、妻(夫)と相手と別れたいとか言うのは、完全に裁判で負けるから。
それで……基本的に男性と女性だと、男性の方が表面に出やすいだろ? いや、そうらしいんだよ! 女性兵士を幾ら誘ってもダメだった場合、男性同士となる。そうなると……
「それ何味になるんだ」
口とかでする時、楽にできるように味をつける薬がある。
元々、ナニカの遊びだったらしいんだが……なれない男同士でする場合、少しでも楽に。『飲み込まないで出せばいいじゃないか?』……出した精子がドコに行くか知っているかな? ゴミは細かく性質を解析されるんだよ。当然そこに精子なんかあったら、データとして記録され、呼び出される。
上記の施設を使用するまでの手間隙かけるのが面倒な人は、同性同士であれば与えられた部屋(二人で一部屋)で監視はされているが、相手と合意の上で性交しても大丈夫。
そうは言っても監視されているので、大体は口淫でやめるが。だから、飲むんだ……。ゴミとして持ち歩くわけにも行かないし、最後の段階で持ち物の検査があるからね。
それに、そんなモンがついたゴミが大量に出てきたら、罰金だ。衛生管理上の問題で。
ちなみに宇宙空間はゴミ捨て場ではありませんので、捨ててはいけません。そんなモンが付いたゴミを捨てようものなら死刑です。
部屋のシーツだって服だって全部それらを確認されて洗浄されるんだから。
「これはオレンジ味。こっちはチョコレート味だそうだ。こんな味つけるくらいなら、手間でも施設に行けってんだよ」
因みに、シャワールームでするのは厳禁だ。
宇宙空間で作られた空間の中で、水を無限に使われても困るから。水は使用制限していないけれど、浄水システムの関係上それらに使われると困る。
因みに服に付いたものを、水で洗うのも厳禁。洗浄は特殊薬剤を使用する、閉鎖空間では水洗いよりももっと丹念な洗浄を施さないと、直ぐに病が蔓延するんで。
よって勝手に自室で水洗いなんてされたら困る……というか呼び出される。
それとシャワー浴びながら自分でしようものなら、拘束服付きで独房行き。洋服も、自分のものに他人のモノが付いていようものなら、二人が呼び出し喰らう始末。
排水溝の中には、悪名高い「精液採取器」が備え付けられてるから即座にばれる。あの、あまりに有名な「皇帝の子は性交で生まれた子のみ」となった事件の発端。
あれがまさか、こんな使われ方するとは、当時の人は誰も思っていないに違いない。まあ、そんな事はいいけど。
「オレンジはまだしも、チョコはなぁ……」
とにかく、施設に行かないで簡単に済ませるとなると、飲むのが一番(男に限りだが)
それで「こういうの」を売るヤツが出てくるわけ。
わけてあげる分にはいいんだが、軍属中はアルバイトは禁止なんで、バレれば捕まって憲兵隊詰め所に連行される。
「カードは返しておく。みんなに奢っておいた」
細かく書くのもなんだけれど、とにかく下半身の管理は厳しい。もちろん、上級貴族となれば、普通に邸にいる時と同じような生活しているけど。
「なあ、アダルクレウス。それ貰っていってもいいか?」
ポトリと薬を落としたアダルクレウス。いや! 俺だってさ! 押収品を横流ししろというのは気が引けるが、それも言ってられない!
「それは不味いだろ。間違って陛下の……」
だって陛下、飲まれるんですもの……ああっ!
当然俺は「やめてください」などと言うわけにもいかず、陛下のお気の召すままに……でもとても気になる。から……から……せめて味くらいな……
アダルクレウスは少し考えて、
「憲兵隊、後は任せた。付いて来い、エバカイン」
手を引かれて憲兵隊詰め所を後にして……そのまま、再びゼンガルセン王子の旗艦に。
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