PASTORAL −57
 クロトハウセから説明してもらったところによると、彼女達はクロトハウセの幕僚。
 で……
「私達、男が嫌いですのよ。性欲の対象が女性」
 要するに下世話な言葉で言えば「ホモ大公の幕僚はレズ大公が多数」……ごっ! ごめんなさい! でもそれが一番解りやすいような、気がいたしまして……はい!
「お近くで拝見させていただくのは始めてですけれど」
「本当にロガ皇后に似てお綺麗ですこと」
「まあ、この肌理の細かいこと。男の肌は美しくありませんけれど、ゼルデガラテア大公殿下のお肌なら触っても宜しいわ」
「あら、本当にお美しいわ。この触り心地の滑らかなこと、吸い付きたくなるわね」
 レズピアンの大公殿下達に囲まれて、あっちこっち触れてる。た、助けてください……普通の痴女に触られるのとはわけが違うから、いや痴女に触られた事はないけど。反応の仕方が解らないので、硬直していたら、
「お前達、兄上を離せ」
 そう言ってクロトハウセが俺を救出してくれた。
「女怪に囲まれて兄上が怯えてしまったであろうが。お前達とは違って兄上は繊細なのだからな」
 何故俺が自力で脱出しなかったか? 答えは簡単さ。
 彼女たち大きかった……みんなクロトハウセくらいあるんだ、身長とか肩幅とか。その女性四人に囲まれて壁つくられたら、逃げられるわけない。
 それにしてもこれ程大柄なら、兄上のお相手も務まるだろうに……でも、男嫌いじゃ仕方ないよな。
 兄上は強要しないだろう。
「なぁに、兄を片腕に抱えて楽しんでるんだ? クロトハウセ」
 こ、この声は? クロトハウセの厚い胸板(+階級章+大層豪華なマント)で見えないけれど、間違いなく、
「何をしに来た、ゼンガルセン」
 ゼンガルセン王子……とそのご一行らしい。
 彼等が近付いてきたら、レズの大公様方凄い顔で睨み始めた……仲、悪いんだろうな。ゼンガルセン王子とその幕僚とは。
「線の細い殿下がお痩せになったみたいだから、こうやって食事を運んで差し上げただけだ。如何ですかな? ガラテアの皇子」
 線が細い皇子? 俺の事だよな、この場に皇子は二人しか居ないから。
 でも俺、細くは無いと思うのですが? 196cmで81kgですよ。クロトハウセに比べれば、まあ……大体の人は線が細く見えるかもしれないけれど。
「は、はい?」
 でも呼ばれたからには返事しないと。
「貴様!」
 俺の背中に回ってるクロトハウセの腕に力が篭って……くっ! 苦しい……ちょっと待って、あ……痛、痛たたた!
「良いだろが、お返事してくださったんだから。ねえ? ガラテアの皇子」
 『ガラテアの皇子』
 確かに俺は現在ゼルデガラテア大公であって、ガラテアの皇子じゃないな。クロトハウセが怒ったのは、それか! すっかりと呼ばれ慣れてたから! ついつい返事をしてしまった! そ、それ以上に、
「く、苦しい、クロトハウセ……」
 本気で苦しい。首絞められてるわけでもないのに窒息しそうだ。
「申し訳ございません、兄上」
 クロトハウセが俺から腕を離したら、大公様方がざぁぁ! と音を立てて前に。
 間違いなく緊迫した空気が周囲を覆っている。
 どうして良いのか? それも手に食いかけの野菜スティック(キュウリ)持ったままの俺は、どうしたら良いんだ? 硬直していたら、大公の一人(男性)が、小声で告げてくれた。
「お部屋にお戻りになられた方がよろしいかと。こちらはお気になさらずに、親王大公殿下とゼンガルセンは何時もの事ですので。陛下も全くお気になさいません」
 俺は人の隙間から兄上をみたけれど、全く動じている気配なし。
 周囲も緊張はしているが、敢えて何もなかったかのように振舞っている。俺は忠告してくれた大公に礼をして、大急ぎで会場を後にした。
 会場を後にして一番にしたのは、手に持っていたキュウリを食べる事だが。口に急いで入れた後、走って陛下のお部屋のほうへ戻る途中……凄い音が聞こえたような……

『何時もの事ですので』

 何が何時も起こっているのか、俺には解らないが……途轍もない事が起こっている事だけは確からしい。
 大急ぎで走って陛下の区画へと向かう途中、男女が廊下で話し合ってた。殆ど気にならないので、通り過ぎようとしたら男性の声で、
「ゼルデガラテア大公殿下! 普通は気にして影から話を聞いたりしませんか?」
 変な呼び止められ方をした。
 足を止めて振り返る……軍服の仕様からして男性はリスカートーフォン、女性はヴェッテンスィアーンの“国軍元帥”だ。相当両方とも偉い相手で、国軍の主要地位についているわけだから、主筋に近い血筋の持ち主だろう。
「はあ? 何か」
 でも誰なのか……女性は解った!
「クラサンジェルハイジ王女」
 兄上の正妃に内定したお一人、ヴェッテンスィアーン公爵家の第……四王女、確かね。
「通り過ぎて申し訳ございませんでした」
 深々と礼をする。
 クラサンジェルハイジ王女は……確か皇妃に迎えられる筈だったな。
 既に別の男性と結婚なさってたが、前回の正妃騒動で妹のクリミトリアルト王女が大公妃となった為、姉であるクラサンジェルハイジ王女が離婚して陛下のお妃になるそうだ。
 離婚は既に成立して、着々と正妃になる為の準備が進められている。
「いいえ。私が殿下に挨拶したくてこの人に呼び止めてもらったのです」
「この人と言うな、赤の他人だ」
「そうでしたわね」
 この会話の流れだと、このリスカートーフォン系の男性が夫“だった”人だな。そして元夫だが、この顔……もしかして……
「大公殿下とは会った事がありませんでしたな。私は、リスカートーフォンの傍系シャタイアス=シェバイアス」

やっぱりそうだ! 現オーランドリス伯爵だ。

 オーランドリス伯爵ってのは、要約すれば「強い人」に授けられる爵位。
 一代限りの物で、当代きっての騎士に授けられるもの。
 おまけにこの方、ゼンガルセン王子とそっくりで、静止画像では見分けが付かない。
 あれ? でも見せていただいた書類には、違う爵位が書かれていたような……他の人と混ざったか? でも既婚者はこの方のみだった筈。
「私はレハ公爵でしたから」
 皇妃となられる王女がレハ公爵なのは覚えていたけど……あれ? 後で調べてみようかな。
 それにしても離婚して、妻は皇帝陛下の正妃になって、夫はゼンガルセン王子の腹心か。
 オーランドリス伯爵がゼンガルセン王子の腹心な事くらいは、貴族関係に疎い俺でも知ってる。何で第一王子や現リスカートーフォン公爵当主に従ってないのか不思議に思ってたんで。
 一代限りだけれど、皇帝陛下自ら叙す栄誉ある爵位を賜った家臣。普通は、その一族の主が側近にするモンだけどなあ……。ところで、何で呼び止められたんだろう?
「呼び止めたのは、他でもありませんわ。二人だけで会っていた事を告げ口しないでくださいね」
 あ、そういう事。
 呼び止めない方が、全然解らなかったと思うけれど。
「ところで大公殿下、走られてましたが、何か用事でも?」
 そういう人を呼び止める所が……なんていうか、
「いえ、その……退却? 退室したほうがいいと言われまして」
 二人が顔を見合わせた。
「クロトハウセ皇子……ゼンガルセン王子が何かしましたか?」
「ゼンガルセン王子が私の事を“ガラテアの皇子”と呼んだ為に、クロトハウセが怒ってしま……」
「あれ程俺が行くまで大人しくしていろと! カッシャーニ大公と喧嘩皇子に囲まれたら死ぬだろうが!」
 そう言って、彼は駆け出していった。彼が居れば喧嘩しても良いのだろうか?
 カッシャーニ大公って誰だ? 喧嘩皇子は……クロトハウセの事なんだろうな? そ、それ程気が短いようには見えないんだけど。走り去った彼の足音が聞こえなくなった所で、クラサンジェルハイジ王女が、
「それでは大公殿下、宮殿でお会いする日を楽しみにしておりますわ」
 何だろうこの威圧的な喋り方は? いや、威圧的ってよりか『宣戦布告』っぽいような?
 去っていった彼女の背を見送った後、俺は陛下のお部屋の方に戻った。陛下は何かお忙しかったようで、その日は戻ってこなかった。翌日の昼近くに戻ってこられて、
「お前とは最後となるかもしれぬ食事を楽しもうか」
「そんな、兄上がそのような事を申されましては士気が下がります」
 昼食を一緒に。俺はどうも皇族の軍には配置されないで、
「お前はゼンガルセンの配下につけ」
 となりました。
 大体皇族は皇族の配下につくのが一般的なんだけどな……よりによってゼンガルセン王子、じゃなくてゼンガルセン上級大将の配下か。
 最大軍閥、戦争名人軍団の中に一人素人が混ざるこの辛さ。でも仕方ないよな。
 何せ、総指揮官であられる兄上が、
「お前が傍にいると、余の気が散ってしまうからな」
 そうおっしゃられるんだから。
 鼻血大噴出大公で誠に申し訳ありません。こんなうっかり者の異母弟が傍に居たら、兄上も気になって采配揮ってられないでしょうからね。
 でも従卒だけで終らないでよかった。
 彼等の足を引張らない程度に努力はしてきたいと思います。……黙っているのが一番足を引張らなさそうなのですが。
「お前には、使者にもなってもらわねばならぬ」
 俺はゼンガルセン上級大将への配置が書かれた書類を持たされた。皇族は兄上の所に直接配置を貰いに来るけれど、高位の王族は皇族の使者が立てられる。
 正直、この会戦で一番重要な王族・ゼンガルセン上級大将への使者が俺で良いのでしょうか? もっと位の高い皇族の方が……。でも兄上には、何か色々とお考えがあるのでしょうから。
「それでは」
 と言ったら、兄上にガッチリと抱きしめられて……何でしょうか? 兄上。
「本来であれば惜別の口付けでもしたい所ではあるが、触れないと自ら決めた以上、それも出来ぬな」
 これは……
「恐れ多くも私から兄上に口付けしても宜しいでしょうか?」
 という事だよな? 兄上から俺にではなく、俺から兄上になら兄上が自分で決められた規律には引っかからないのでは?
「ほう? お前から口付けてくれるか」
「お許しいただけるのでしたら」
 許可していただいたので、俺は兄上の腕から離れて膝を付いて靴に。
「エバカイン」
「はい」
「それでは唇の感触もなにも楽しめないではないか」
 え? 兄上、どこに口付けしろと? 家臣が皇帝陛下に口付けを許可された場合は、靴の甲部分に触れると習ったのですが? 間違ったか? 確かもう一箇所あったような、どこだっけ? そうだっ!
「靴の裏が見えませんでしたので」
 もう一箇所は靴の裏だった。やっぱりそっちの方が良かったか。
 靴の裏に口付けるくらいの絶対服従は誓ってますし、その位できますが見えなかったので、ついつい足の甲の部分に。
「立て、エバカイン」
 お言葉に従って立ち上がると、兄上が片手で前髪をかき上げて
「余の顔の何処かに口付けろ」
「……兄上のお顔にですか……」
 あ、兄上のお顔の何処かにですか! ど、何処にすればいい? ちょっと!
 確か腕や唇は情欲を表すはず。額は友情とかそういうヤツだったよな! 俺如きが皇帝陛下であらせられる兄上に、友情などという物を表してどうする!
 手が一番良いんだけれど、顔と言われたから……
「兄上、瞼を閉じてくださいますか?」
 閉じられた兄上の瞼に軽く触った。確か瞼は憧憬とかそういう類だったから、大丈夫じゃないかな?
「相変らず控え目であるな」
 前髪から手を離された兄上がそう言われつつ、苦笑された。いや、普通は家臣はそれ以上は無理ですよ。あまり唇押し付けるのも悪……あ! 靴の甲に触れた口を拭ってからするべきだった。
 すみません兄上! ゼンガルセン艦隊で戦死するほど頑張ってきますので、お許し下さい!

 そんなお別れの挨拶を交わさせていただいて、俺はゼンガルセン上級大将の指揮する艦隊へと一人連絡艇で向かう事に。

 配置が書かれている書類を、正装して指揮官席に座っている王子に手渡す。
「本気で戦わせてくれるようだな」
 書類も見ないでゼンガルセン王子はそう言った。そのあとに書状が入った箱を開いて、兄上のサインが入ったその書類に目を通して、脇に居るオーランドリス伯からマイクを受け取って
「全軍、上翼!」
 瞬間凄い歓声が上がった。何ていうの? 怒号みたいなの。
「且、後方部隊も配下だ。好きなだけ物資使っていいぞ! 我々が最優先だ、ミサイルも無人戦闘機も好きなだけ使え!」
 その後は耳が裂けるかの如き声。マイクをオーランドリス伯に投げつけて、
「ゼルデガラテア大公は後方の総警備だそうだ」
 兄上の書状を眼前に突きつけられた。そこには『後方部隊警備責任者』と。

「戦端が開いたと同時に機動装甲搭乗し後方部隊を死守せよ」

 え? 機動装甲って普通……それ以前に、後方部隊の警備? それでは……戦死のしようもありませんね、兄上。

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