PASTORAL −56
銀河帝国は兄上のお言葉で動きます。
なので、俺兄上のお席に座って濡れタオルで鼻を押さえてます。
少しと言われましたが、ずーっと座らされています。真剣に軍議している最中に「鼻血止まりました」とか言いつつ立つのも勇気が必要だ。
ああ、それにしても陛下を立たせて自分だけ座ってるなんて、どうしていいものやら。
こんな失礼なヤツいないだろ? 陛下を立たせて陛下のお席に座ってるなんて。
『話し合い』は陛下以外は全員立ったままなのが決りだから、会議場に椅子がない。だからといって陛下のお席……床に直接座ってても良かったんですが。
他の将校達と同じく、立ったまま軍議を続けられる兄上。その後姿を椅子に座って見る、鼻血噴出させた俺。
何だか難しい軍議も終了に近付いて(最終確認調整なので一時間くらいで終わる)兄上が椅子の近くまで来たから、もぞもぞと立とうとしたんだが、
「座っておって構わん」
軍議最初から最後までタオルで顔抑えて兄上のお席に座ってるだけ……もう、穴があったら入って一生出てきたくない!
「さあ、我が将よ望みはあるか。お前達はどの死地を望む!」
怖っ! ナディラナーアリア大将を怖いって言ったけど、ゴメン……兄上と並べて比較するとちっとも怖くない。
兄上両腕を広げて、あの赤い髪をばさぁぁ! と……うぉぉぉ……兄上! 怖いです。でもさすが銀河帝国の将軍達だよ、誰一人表情を変えないも……一人なんか怯えてるってか? 誰だったかな?
俺でも解るくらいだから相当な貴族な筈だが? 相当なのに何故直ぐにでてこな! ゼンガルセン王子の実兄だ! 名前は……名前は? あれ?
なんて言ったっけ? あ、あ? アダルクレウスに似たような名前だった……アウセミアセン=アウセミアウス王子だ!
俺なんかが言っちゃあ悪いが、この中に一人だけ凡人が混ざってる気がする……凡人は俺を含めて二人か。凄い、浮いてる。リスカートーフォンの第一王子じゃなけりゃ、絶対この場に居られないような。
比べられる相手が、ゼンガルセン王子だから余計目立つんだろう。実の兄弟って悲惨だよな、こういう時。俺みたいに殆ど他人に近いと気楽だけど。
初代“覇王”アシュ=アリラシュ・エヴェドリットに勝る程の覇気と、32代皇帝“帝王”ザロナティオンに勝る程の統率力を持ち、兄上に近いほどの統治能力を持ち、色は薄めだが皇帝眼(右:蒼、左:緑)を所持する、近衛兵団団長をつとめる美公が弟ってのも、可哀想ちゃあ可哀想だよな。
第一王子が中将で、第二王子が上級大将って……国軍の地位は同じでも(両者国軍元帥)帝国軍での地位に此処まで開きがあると。特に軍事の才能を持って生まれて当たり前の家柄だから、余計悲惨だ。
そして、その実兄を最も嫌っているに違いないゼンガルセン王子は、一番に声をあげた。
「帝国軍上級大将ゼンガルセン、陛下の冠になりたく存じます!」
上翼希望って事だね。
「帝国軍上級大将クロトハウセ、陛下の緑瞳になりたく存じます!」
左翼希望って事だね。
こういう感じで希望をみんなが言うらしい。速記してるし録音もしてるらしいけど、兄上は聞いただけで覚えているらしい。兄上のお席で濡れタオルで顔を押さえている弟(俺だが)は、全く覚えられないけれど。
宇宙空間だから立体的な戦闘になる。陛下の旗艦を含む本隊を中心に、左翼、右翼の他に兄上の本隊の上につく上翼、下方につく下翼、前方部隊、そして後方部隊と、大まかに六箇所に大隊が分けられる。
大体は左翼と上翼、下翼と右翼などが連携して戦う……らしいよ。連携と言っても戦線が長大だから、殆ど独立して戦っているようなものらしいが。
前方部隊は本隊であるの兄上の艦隊と連動するから、実質兄上が指揮しているようなもの。
だから、腕に自信のあるクロトハウセ弟大公とかゼンガルセン王子は、自分が完全な指揮を揮える場所を希望する。
まあ、それで良いとおもう。やっぱり才能に裏打ちされた自信のある人は、それなりの場所に付くのが必要だと。見ていたら全員の希望申し立てが終わったらしく、
「それでは各自旗艦で待つが良い」
全員が格好良く礼をして去っていった。……第一王子は見なかった事にしておく……ケスヴァーンターン公爵ですら足並みは合うってのに……。大丈夫なのかな? 次代のリスカートーフォン公爵家は?
残ったのは兄上と俺と首と胴体が離れた死体と、
「片付けろ」
清掃人達。
「陛下、その……」
凄く都合が悪いです、椅子に座ったままというのもそうですが、
「勘違いするな。あれはお前の為に殺害したのでは無い。皇室の権威を表す為、即ち余の権威の為である。皇族大公を蔑ろにされて黙っているような皇帝では、皇族は誰も従わぬ。余は皇族の長であり、四大公爵の統制者であり銀河の支配者である」
それが俺個人の問題じゃないことは、重々存じております。兄上のお言葉通りです、あまり賢くない俺でも解ります。
「処刑は何も思っておりません、兄上のご決断は正当であらせられると」
ソレではなく、この厳粛な会議場で、鼻血大噴出させた事が問題ではないかと? それでかなり兄上の栄誉に傷つけたと思います。正しく皇室の権威を、即ち兄上の権威を鼻血で汚してしまったような。
正直こんな大公は即刻伯爵くらいにして如何でしょうか? 正直子爵くらいでもOK! 男爵もドンと来い! ですが。
「そうか。お前は気に病むかと思ったが、そう言えるのならば大公として充分に生活していけるであろう」
……墓穴っ!
いえ、本当にその、こんな異母弟を大公にしたままでよろしいのですか?
「さて、会場へと向かうか。全員グラスを持って待機している様は、想像するだけで面白くはあるが。そろそろ手が震えている者もおろう」
「はっ! はい!」
待たせて済みません! 閣下の皆様!
立食パーティー? 戦勝祈願パーティー? 名称はよく解らないけれど、上級将校の皆様で乾杯して、その後は各々がお話している。
俺は基本的に上級貴族も上級将校も知り合いがいないので、一人皿持ってウロウロ。兄上は当然高いところにある椅子に座れて、挨拶を受けおられる。
『ローストビーフとか並ぶんだ……』
傍に近寄ったら腹が鳴るに違いない。とことこと遠くに離れて、野菜スティック噛んでたら、
「ロガ兄」
クロトハウセ弟大公の一群? が近寄ってきた。
なんで「?」がつくのか? それはクロトハウセ弟大公の周囲にいる将校、殆ど女性。軍服の色や顔立ちからして全員傍系皇族部類だとおもう……クロトハウセ弟大公って同性愛者じゃなかった……あっ! 別に女性が嫌いなわけじゃないんだな! ゴメンよ! 勝手に女性嫌いと勘違いしてた。
「どうしました? クロトハウセ上級大将閣下」
生粋の軍人は、やっぱり会戦に際しては軍階級名で呼ばないと。
「兄上、クロトハウセで結構でございますよ。そう畏まられますと、私が兄上にお声をかけ辛くて困ってしまいます」
そういって、悩んだように目を閉じて眉間に皺を寄せたんだが……普通に怖い。
クロトハウセ弟大公は四人兄弟の中で唯一人、リスカートーフォン系の黒髪を持っている。体格は一番良くて兄上よりも更に大きい。軽く見積もっても210cmくらいはある。そんな彼に壁際で詰寄られて、そう言われると従わないわけにはいかないよね。
「そ、そうですか? は、はい。では、クロトハウセ殿下で」
言ったら周囲の女性たちに笑われた。
「親王大公殿下、そう詰め寄ってはいけませんでしょう?」
「親王大公殿下は威圧感があるのですから、もっとお優しくするべきですわ」
「親王大公殿下、何時ものような扱いでは大事な兄大公殿下が怯えてしまいますわよ」
次々と女性たちが口を開いて、クロトハウセ弟大公は本気で苦悩の表情に……
「大丈夫……ク、クロトハウセ?」
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