PASTORAL −53
ただ今進軍中。
皇帝陛下の何回目だったっけ? そうそう十七回目の親征。
皇太子時代から数えると二十四回目だったはず。お仕事も忙しいのに、親征もこなさなきゃならなくて……頭が下がるよ、本当に。
なんでわざわざ皇帝陛下自ら軍を率いなけりゃならないかって? 軍の総数の関係上だよ。
軍人じゃない人に簡単に説明すると、親征ってのは皇帝の軍隊、所謂『帝国軍』の四割以上を率いて出兵する事を言う。四割以下だと代理の将軍でも平気。
帝国軍の将軍ってのは、大体皇帝の近い血筋の人が選ばれるから、多数の帝国軍を持たせて出兵させて突然牙を剥かれたら困る訳だ。過去にこの総数が厳密に決められていなくて、結果暗黒時代を引き起こした。
そんな訳で総数の四割以上を出撃させる際は皇帝陛下自らが率いる事になる。兄上は“必ず勝つ”お方なので、兵力を小出しにするのを嫌う。四割以下で出兵して辛勝するよりならば、四割以上を自ら率いて圧勝した方が次ぎに続くというものだから。
当然帝国は『帝国軍』だけで守っているんじゃなくて『王国軍』も存在する。『帝国軍』が四割出兵すると同時に『王国軍』も五割出兵する、勿論強制。王国の方で軍備を偽っていないか? の確認もしなきゃならない。それをしないで出兵して、実際は一割も出兵していなかったんで、残り九割で帝星が攻められ(実際攻めて来たのは六割程度だが)簒奪された事が過去に……何時も綱渡りだよな、帝国って。
簒奪は説明する必要もなくリスカートーフォン公爵家が最多。いやヴェッテンスィアーン公爵家もアルカルターヴァ公爵家もやった事はあるけれど。ケスヴァーンターン公爵家は皇族の次に継承権があるから、簒奪する必要はあまりないらしい。
そんな訳で、出兵一つでも細心の注意が必要となる。基本的には連合艦隊みたいなモンだよ。
俺は当然ながら『帝国軍』に属してる、階級は准将……もう、どうにかして欲しいよ、本当に。
「中佐で軍警察を辞任して、その際に大佐になって……皇籍復帰の際に准将だもんな」
確かに大公だから佐官だと不味いのかもしれないけどさ。その上、俺が戻ってくる前に会戦の配置がほぼ決まっていたので、俺の配置場所がないという始末。
無いなら無いで宮殿に放置しておいてくださって宜しいのですが、兄上が『余は勝利する。さすれば少将にしてやれよう』と。お優しいお言葉を……確かに何の実績も無い異母弟の階級を、これ以上兄上の権限で引き上げたりしたら名君の名に傷が付きますので、自力で勝ちあがりたいとは思います。
ですが……その……配置場所がなかったので『皇帝陛下専属従卒』ってのはどんなモンでしょう?
従卒自体は全く構いません、むしろ向いてると思いますよ。でもこの役職だと、会戦には全く関係のない立場でして……従卒だけやって帰還後に少将になってしまったら、それはそれで問題じゃないかなあ……とか愚考する次第です(誰に向かって言ってんだよ、俺)
普通の人は当然出世しないんだけど、俺大公じゃないか……大公とかって従軍するだけで階級上がっちゃったりするんだ。
「飯でも食おうかな」
こういう喋り方が出来るのは、周囲に人がいないから。当然兄上はいらっしゃらない。帝国軍と王国軍の物質的な準備が整えば出兵、前線までの間に予定ポイントで合流。その間新兵の鍛錬をしたり、軍議をしたり。兄上は執務も行われる。
それで俺は何をしているかというと……何も……していない。
……俺だって嫌になるんだが! 何もしてない! 精々兄上とご一緒にお食事をさせていただくくらい。兄上は『食事に付き合わなくて良い』って仰ってくれるんだけど、この場合はお付き合いさせていただこうと。
兄上って勝つ為に潔斎なさるんだよ。酒とか肉・魚とか断って必勝祈願なさる。……祈願とはちょっと違うか、兄上=神なわけだから(銀河帝国は皇帝が神話的な“神”も兼ねる)
兄上が過去の偉大なる皇帝達に勝利を誓う、って所かな?
実際兄上より偉大な皇帝は過去に居ない……と思うけどさ。
それで今まで進軍に従った事なかった俺は知らなかったけど、若い頃から……兄上まだ二十五歳だけど……とにかく若い頃から戦争前には肉・魚・酒・穀物を断たれる。
宮廷医師達が頭を下げて「サプリメントだけは摂って下さい」と懇願するので服用なさるけれど、基本的には野菜と果物と乳製品と水だけ。水だって味がないただの水、味なんて一つも付いてない。帝星を出発した瞬間からそれが始まって、会戦に勝利するまでそのままなんだって。
クロトハウセ弟大公も倣っているらしい。だから俺も従ってる。
「お前には慣れない初の従軍だ。食事くらいはまともに摂った方がよいのではないか? エバカイン」
とまあ、おやさしいお言葉をかけてくださる兄上だけど、上級将校達がそうやってるのに(あのゼンガルセン王子も倣っているらしい)従卒が肉食って酒飲んでるのも都合悪いです。
それに宮廷料理人が作る野菜サラダは美味しいし、チーズだって毎食違うし果物も新鮮で美味しいし……別に苦にならない。それにさ、せめてその位は役に立たせてください! 本当に何もしてないんですから!
潔斎してる訳だから、俺の閨での仕事もない。それ自体は嬉しいんだけど、何もしないのも……都合悪くって。こういうの、貧乏性って言うんだよなぁ。
俺が貧乏性なのは母さんのせいだと思う。こんな事言えば、100くらいにして返して寄越すけど。……俺の母さん、元々下級貴族、父帝はあんな感じだったし、皇后陛下はアレで……何時給金切られるか? とか俺を生んで切実に考えてたらしい。俺を生んだ当時母さんは17歳で両親も親戚もない状態。帝星に来る前に小さい領地と家を売り払って来たから帰る場所もない。
その歳で頼る相手もなく(父帝は無力)銀河帝国皇后の恨みの的(俺)を生んでしまったわけだ。
……正直、頭が全然上がらないんだよね、俺。多分、一生頭上がらないとおもう、当然と言えば当然だけどさ。
「別に母としての使命感があったり、あんたを守ろうとしたわけじゃないから気にしなくて良いのよ!」とは言われるが。
資産も何もなく、仕事にもつけないような状態(皇帝の子は託児所なんかでは預かってくれないから働けない)で給金切られたらどうやって生活していくか? とかそういうのを考えて、結果やたらと倹約的な生活を送らされた。
全然貧しい生活じゃなかったんだけどさ、召使とか雇わないで生活してたから、俺と母さんだけで家を掃除してたくらい。……でかくて大変だった……一応、母さん宮中伯妃の身分だから部屋数300はあるの……二人暮らしで300だよ? その頂いた屋敷で生活してた一割も使わないでいたけど。
庭もな……デカかったよ、普通の子の家に遊びに行った時、自分の家の異様さに気付いた。
ただ二人でやっても間に合わないし、貴族街の中にある館の一つが草木がぼうぼうでお化け屋敷みたいだと周囲から文句がくるので、一ヶ月に三回くらいは庭師を依頼したり、ハウスクリーニングを頼んだりしたけど原則的には俺と母さんで毎日掃除。
『ぼぉ〜』としてようもんなら『家の掃除しなさい!』って叱られてさ……勉強なんてしなくていいから家の掃除しなさい! 庭の手入れしなさい! 塀の掃除しなさい! 家の前の道掃いてきなさい! とまあ。
結局給金廃止になる事もなく、父帝も皇后陛下もお亡くなりになられ、俺が宮中公爵に叙されて使える金増えたけど……結局生活は変わってないような。
節約が生きがいなんじゃないのかなぁ? それはそれで良いけどね……この戦争終わったら、また顔見せに一度は帰ろうかな?
でもな、前回帰ったら『あんた大公になったんだから、そうそう里帰りしてちゃ駄目よ。陛下が幾らお優しいからって言っても甘えてばっかりじゃ駄目よ』って釘刺されたし。
実家の方が気楽だから良いんだけど、伽一人だからそう帰るわけにもいかないよな……悩む所だ。
さて、食堂にでも……っても兄上と俺だけが食べてる部屋だけど、其処に行くか。
ゼルデガラテア大公二十二歳。母親の言っている「大公」と自身の考えている「大公」が大きく違う事に未だ気付いていない。
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