PASTORAL −33
「顎が外れた……とな?」
我が兄サフォント帝の御相手を務める場合、通常の者であれば両手足、口を拘束する。拘束具を使用しない場合は、腕や顎に麻酔をかけて間違いがないようにもするのだ。
情交中に害されるというのは、古来からある手段なので我々としては気が抜けない。
口淫の場合は歯を抜いた者の方が我々としては安心できるのだが、サフォント帝はそのような事をするのを赦さない。奴隷に対して厳しい姿勢をとってはおられるが、実際は奴隷の地位の底を上げようとしているサフォント帝としては当然であり、尊敬も申し上げるのだが……歯がついている者での口淫は我々の心臓には悪い。
乳児であれば歯もなく我々としては安心できるのだが、サフォント帝はその種の行為も嫌われるので。法的な性交許可年齢(皇帝は十三歳、皇族:貴族は十四歳、一般は十六歳から)以下の者を侍らせることはいからな。自分に厳しい方である……斯く言う私も、乳児を侍らせているのを見たら、即処刑するがね。
爪を剥いで、皮を剥いで、内臓を焼いて晒す処刑にしても良いと思うが、どうかね? 諸兄……ギャグではないよ(諸兄は見ておらぬよ)
そんな事よりも、エバカインの事だ……だがまあ、エバカインであれば心配はないだろうが……だが、その顎を外すとな。サフォント帝であられるから仕方ないのだが。
この報告を受けた時点で、少し考えたが……こうなるとは……
「気を失ったと?」
確かにサフォント帝から、経験はないようだという報告を先ほど頂いたが……。
気を失ったエバカインを抱きかかえて皇后宮へと移動されたとのこと。詳細は、挨拶の際にでも聞いてみよう。
サフォント帝への朝の挨拶に向かう際、我々は部屋の正門扉前で待つのが兄弟内の決まりである。
「皇后宮か……」
この扉の前に立つと、父帝と我らが母・皇后の罵りあいが今にも聞こえてきそうだ……我らが母である皇后が一方的に叫んでいた事の方が多かったが。
あの罵りあいが途絶えてからもう七年にもなるのか。
幼い頃、母である皇后に呼ばれ父帝の挨拶へ向かえば、必ずや我らが母である皇后と……朝から「売女」やら「淫売」やら「幼児趣味」やら「肛虐」やらなにやら、朝に相応しくない単語が飛び交っていたものだ。
だが夜ならば良いのか? そう問われれば少々悩む所ではある。
昼もまた然り。
結果的に朝でも問題ないという事なのかもしれない。
「久しいな、此処に挨拶にうかがうのも」
「そうですね、カルミラーゼン兄上」
「ルライデか」
当時は意味が解からなかったが、共に挨拶にきた弟が怒鳴り声に怯えるので挨拶を待つ間、両の手で弟を握り締めていた……左手にクロトハウセ、右手にルライデ……懐かしいものだ。
今となっては「売女」も「淫売」も「幼児趣味」も「肛虐」も理解してしまった自分であり、左手で握り締めていた弟は、
「カルミラーゼン兄、ご報告は」
立派な同性愛者となった。時の流れとは無情というか、感無量というか、齢二十四で過去に浸っている場合でもない。
「それはエバカインの事か? クロトハウセ」
「ええ。まあ、ロガ兄のあの美しさでしたら、当然ではありましょうが」
「お前が言うと問題になろうが、我が弟よ」
「私は陛下の忠実なる僕でございますから。ですがカルミラーゼン兄のご指摘はありがたくいただきます。それにしても懐かしいですね……何時もこの扉の向こう側で、不仲でしたねえ」
「そうか、お前には不仲が記憶に深いか」
私の記憶に深いのは「パイパン」と「素股」と「トコロテン」である。
現在は意味解かるのだが、会話の流れを思い出すことは出来ず、結構頭の中でグルグルとこの三つの単語が回っている事がある。我が兄サフォント帝にお聞きすれば、話の流れを教えていただけるかも知れないが……夫婦の会話というのは、子が理解する必要はないのかも知れぬ。
知った所で夫婦喧嘩は犬も食わぬというし、それを私が知って銀河帝国の税収があがるとも思え……絶対上がりはしないであろう。
「さて、では参るか。クロトハウセ、ルライデ」
朝から淫語が飛び交わぬ、皇后宮の扉を開かせたのは初めてであった。
残念ながらエバカインは入浴中。
毎日言上する時候の挨拶を終えた後、我が兄サフォント帝にお尋ねしてみる。
「エバカインとこれから四日間、楽しめそうですか」
「大いに休暇を楽しめるであろう」
ゆーるーせーエーバー! お前の兄の失態だぁぁぁぁ!
取り敢えず、この手の話題はクロトハウセと語らうのが一番適切であろうから会話する権利を譲り、私はルライデと共に聞き役に徹する。
私は男を相手にする事に興味はないが、サフォント帝が偶に必要とされるので、それ相応の知識は持っている。何でも知っておくのが、家臣の務めだ。
サフォント帝とクロトハウセが会話している時にルライデが私のマントの端を引張った。其処には湯殿から身支度を整えて出てきたエバカインが見えた。
見事なまでに、前日とは違う生き物となっていた。同性に対して興味のない私でも「フム」と思う程に変わっていた。当人は全く自覚はないようだが。
我々は挨拶を終了させ、エバカインに声をかけて退出し、廊下で皇太子殿下とその夫達と挨拶を交わす。これも毎日の出来事である。年頃……というか、十歳に満たないサフォント帝の第一子・ザーデリア皇女ではあるが、間違いなくエバカインがサフォント帝の寵を受けた事を理解してしまうであろう。
知った所で何の問題にもならないであろうが。サフォント帝の跡を継がれる御大なのだから、叔父の艶やかな姿を観ても驚かない胆力が必要であろうし。
我が兄サフォント帝の皇女なので、驚きもしないであろう。次代も銀河帝国は安泰である、偉大なる後継者を得て。偉大なる現皇帝と、偉大なる次の皇帝の存在を我々が語るのも不敬なので話題を移す事にしようではないか。このままの状態で仕事に向かっても気になって仕方ないので、
「久しぶりに三人で仕事前に茶でも嗜むか」
私の提案に二人とも同意した。間違いなく、今朝のエバカインの事を語り合いたいのであろう。
すぐさま内苑に出て、テーブルに着くなり茶など求めずに語りだした。着席して一番に発言したのはルライデ。
「ロガ兄上様、陛下に漁獲高されたのですね」
我が末の弟・ルライデ大公は稀に言葉を間違う。
えーとだな、それは少々意味を間違っているが、恐らく弟はこう言いたかったのであろう。
「水揚げと言いたかったのではないか? ルライデ」
確かに『水揚げ』と『漁獲高』は第一次産業においては同義語だが、寝所においては全く違う……寝所に「漁獲高」などと言う単語はない。あの父帝と我らが母・皇后の夫婦喧嘩でも聞いた事はない(あるわけもない)
「すみません、カルミラーゼン兄上。あまりの事に動転してしまいまして」
世間一般では切れ者の大公なのだが、さすがにあの美しさを前にして動転したのだろう。
大体賜った妻とも夫婦生活を送っていない……一番若いのに可哀想な事だ。十八といえば盛りだろうに……それにあの王女を賜った以上、そうそう簡単に妾妃を抱えるわけにもいかないしな。
ついでに言えば、あのアルカルターヴァの王女・デルドライダハネは我が弟ルライデよりはるかに強い。
現在は帝国で上位五十人に入る程度の強さだが、あと十年もすれば帝国で五指に入るほど強くなると言われている逸材だ。文官系のルライデが力押しでどうにか出来る相手ではない。皇族で彼女を力でどうにか出来るとすれば、サフォント帝か、
「解からなくもない、ルライデ。私も一日であれ程変わる男性を見たのは初めてだ」
クロトハウセくらいのものであろう。嗜好を無視して、の話であるが。
そして見事に弟達は、エバカインの前に「ロガの使徒」状態になりかかっている。ルライデは良いが、クロトハウセは洒落にならぬ。
心配したところで、クロトハウセは我々の中で最もサフォント帝に忠誠心が篤いのだから、心配な事は何もないのだが。
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