PASTORAL −23
裂けた。
『何が?』とか聞かないでくれよ、やっぱり専門の医師が付いてないと、無傷で受け入れるのは不可能のようだ。
痛いのは当然だから良いとして、血が流れ出てるのが問題。
「申し訳ございません。兄上のお体を血で汚して」
流血の優劣なんてないが、鼻血より吐血の方がマシな気しないか? 見た目的に。
それと同じで兄上の整っていらっしゃる肌理を汚す俺の血が、肛門周辺が切れて流れ出したヤツってのは失礼極まりなく感じるんだよ。何処から流血した血だって同じかも知れないが。
「痛むか」
「は、はい……ですがこのまま」
物凄い顔しているに違いない、痛みで全身冷や汗かいて、鳥肌立ってて、吐き気と頭痛が襲ってきてる。
「その心意気があるならば、媚薬を使ってもよいな」
袖から出された大きいタブレット。
初日に医師が進めた『無痛』とは逆の代物、殴られてもイケるようになるヤツだ。
「お願い、いたします」
使った後がどうなるかは知らない、精々このゴンドラ舟から落ちないようにするだけだ。……意識が残ってればいいが。
一度引き抜かれて、タブレットを兄上の指が奥に入れた。
「いっ……」
「止血もしておくか」
兄上、ゴンドラ舟に乗る際に何でも準備していらっしゃるんだなあ。変な意味ではなく、一人でゴンドラ舟に乗って時間を過ごされている際に、何かあったら困るから薬品類は持って乗られているのだろう。
止血されても熱を持っているかのように痛んでいた傷口が、段々と疼きはじめた。
「兄上、効き始めました。どうぞ」
「待っていろ」
ゴンドラを停泊させて、俺を抱きかかえて降りた兄上は誰も住んでいない家の中へと入っていった。風景を楽しむ為につくられている家だが、中は家具が全て揃っている。ここまで凝ってるんだ……皇帝陛下を楽しませるとなると。
小さなベッドに下ろされたのを合図に、俺は服を脱ぐ。奥底から湧き出てくる、痛みを欲する欲求。そして俺は兄上をみた……見てしまった! 兄上が……
舌を出して“それ”を乗せたのを。ご自分でも、媚薬に使えるタブレットを……
口・に・含・ま・れ・た・の・を!
俺がドーピングしても、兄上までもがドーピングなされたら……基本性能上相手にならない! 何の基本性能かは、もう言うまでもないが!
「存分に可愛がってやろう」
微笑まれたと思われる兄上の表情は、笑いながら人首を刎ね飛ばす殺人鬼のよう。そんな場面見たことはないが。
言いながら兄上は、もう一つの袋を割いて二枚目を口に入れられた。
「お前ももう一枚含むか? エバカイン」
「は、はい」
四枚くらい含まなきゃ、兄上の御相手務まらないような。
多分俺、死ぬ。皆さん、さようなら。
目が覚めたとき、色々なコードが見えた。点滴らしい……
「お目覚めになられましたか、大公殿下」
「あ、ああ……ああ。痛てて、兄……じゃなくて陛下は?」
いつの間にか、兄上の私室で寝てた。
身体をみれば、いたる所にコードが。そして……少し変色した情交の痕。
「陛下は御政務に戻られました」
そりゃ良かった。
「意識が戻るまで丸一日要しましたが、身体のご調子はもう宜しいですか? 殿下」
「い、一日?」
一体何があったんだ? 誰か説明してくれ! 三正妃候補の話よりも自分がどうなったのかを! 誰か教えてくれ!
− ただ今説明を受けています。しばらくお待ち下さい −
……聞かなきゃ良かった……。言われてみれば、そんな記憶もどこかにある。
俺は結局、兄上に付いていけなかったようで身体的に負けて、強心剤まで打たれたらしいよ〜 大変だったね〜 ……語尾を震わせて極力他人事にしたい。
夜伽で強心剤を打たれた男だなんて……九代前の皇帝の御世にはあったが……あれは事情が違うしな。
俺の記憶にあるのは、騎乗位の時、股関節が外れた事。
あの時の痛みで、イッてたような気がするよ。薬の力って偉大だなあ……あくまでも他人事に、薬のせいにさせてくれ。
その……兄上と耐久14時間レースを繰り広げたらしい。終了したのはあのゴンドラに乗っていた日で、それから翌日は丸々寝てたようだ、治療されていたとも言うが。そして今目を覚ました、空白の一日があるって事だ。
「昨日陛下は?」
「昨日から執務に戻られていらっしゃいます」
完全敗北、俺
同じ薬を飲んで翌日には陛下は執務に戻られて、俺は強心剤+αで回復に一日……。立ち直れなくても立ち上がるしかない。立ち上がって浴室で身体を洗わせて軽食を取って、再びベッドへ。
それにしても何故兄上の私室のベッドなのだ? 医務室でもいいじゃないか。
ため息をつきつつ、再び一人反省会。役に立たない伽だったなあ……兄上だってさ、俺が元軍人だからもう少し体力あると思ってらっしゃったはず。
それなのに、途中強心剤3mlを三回も投与され、七時間も酸素吸入されながらお相手だし……経過データみながら俺は何をしていたのかと(ナニをしていたわけではあるが)
経過散々、結果散々たる状態ではあったが、五日間の夜伽の任は終わった。全くお役に立てなく、申し訳ない気持ちで一杯だ。二度とこの役を仰せつかる事はないだろう、役立たずで申し訳ありません。
だからといって、違う事で兄上に返せるか? そう自問自答しても何も返せないと結論が即座に出た。
もう考えれば考える程、自分がダメなのを再認識してしまうので考えを変えて、これからの段取りを。取り敢えず貴族街に住んでいる母親の所に顔を見せてから……
「目覚めたか、ゼルデガラテア」
「あ、あにう! 陛下」
「私室にいる際は兄上でよい。カルミラーゼンと混同するというのならば、名で呼んでも構わぬぞ」
兄上のお名前、お呼びし辛いので(レーザンファルティアーヌ・ダトゥリタオン・ナイトセイア)できれば兄上で通したいのですが、それは名前を呼べという、ありがたいご命でしょうから
「ではレーザンファルティアーヌ様」
うがっ! 舌噛みそう!
「ナイトセイアでよい」
「あ、は……はい」
確かにそれが一番呼びやすい名前だけど……良いのかなあ。普通は第一名を呼ぶべき所なのに。
「ゼルデガラテア。お前の宮に行くぞ」
「うい? しっ! 失礼いたしました! 私の宮でございますか?」
「大公となったのだ、後宮に住むのは当然であろう。付いて来い、三大公弟も”立会人として”待っておる」
あーあ……後宮に住むのか。朝の挨拶伺いもさせてくださるんだろうな、毎朝正しく起床か……? ”立会人”って? 後宮に住む為の儀式か決まり事なんだろうな、わからないんだよなあ、こういう類の詳細が。
俺が考えた所で、元々解からないからどうにもならないんだけど。
兄上は私室の扉を開かせた。確かこの扉の向こう側は皇后の寝室、要するに皇后宮では?
「お前の宮だ」
「なんで?」
俺が覚えている皇后宮の寝室とは、全く違うものとなっていた。シンプルになっていたんではなく、全面琥珀装飾。
口を開いたまま天井を見上げる。琥珀のシャンデリア(勿論耐熱加工されている)、琥珀の天井モザイク絵、琥珀のカーテンレール……確かに俺の瞳は琥珀色だし、かの美女皇后ロガもこうやって室内を琥珀で飾っていただいたとは聞いたが、何で俺?
「ロガ兄上様、お待ちしておりました」
笑顔で出迎えてくれたルライデ大公。
「全宮を琥珀で飾るまではもう暫くかかりますが、お待ちください。今、宇宙全域から最高級の琥珀を集めておりますので」
これまた笑顔のクロトハウセ大公。
「一年後が楽しみだな、エバカイン」
何を言っているのか全く解からない、カルミラーゼン大公。
「何か必要なものがあれば、余に直接言うがよい。立場的には大公であるから、宮の装飾に制約はない」(位によって部屋の装飾で出来る事と出来ない事がある)
全くお話が見えないんですが? 誰か見えてる? 俺だけが見えてない?
「あ、あの何故私が皇后宮に住むのでしょうか?」
四人が顔を見合わせた。
「カルミラーゼン、お前が説明したのではないのか?」
「いいえ。クロトハウセは?」
「私は何も。ルライデは?」
「いいえ。私は陛下がなされたものとばかり」
何か一周した! 責任が一周したよ! 責任転嫁? 責任グルグル回したよ! 責任の終着地点となった兄上は、軽く頷きながら、
「そうか、誰も説明しておらなかったか。それではゼルデガラテアも驚くな」
やっと驚いた事を理解してくださったようだ。兄上にしてみれば、既に説明が通った状態だと思われていたのだから、俺が驚いた声上げたのが不思議だったろう。
「余は一年後に結婚する」
そりゃそうでしょう。でも一年って短いくらいですよね、御相手を選んで儀式を行っての準備期間が。
「今回の婚礼が流れた関係上、準備期間が一年と短い。後宮に人を入れる時間がない。よって一年間は一人で余の相手を務めよ、ゼルデガラテア」
「一年間一人で……」
確かに一年しか猶予がないから、新しい人を後宮に入れて妃が来るから出して……なんてのは手間隙がかかる。でもなあ、一人で一年か……持つか? 身体。
「一年後には三人の妃を迎えるが、それはお前も解かってくれるであろう?」
「勿論でございます」
何故三人なんだろう? 四人なんじゃないのか? でも、ケスヴァーンターン公爵の方で用意できないのかもしれないな。今回だってイネス公爵家の姫を選んだくらいだから。
そうか三人か……ってことは帝妃はいない事になるのか。でも帝妃の座を空けておけば、また違う姫君を迎えられるし、全部一度に席を埋めるのとはまた違った良点がありそうだ。
「よって皇君宮に住め」
兄上ってさ話飛ぶよね、飛んでるよね……それともこの位理解できないと、生活していけないのか?
それに……皇君宮って! 兄上、男皇帝じゃないですか! 兄上なんだから当然男皇帝なんだが。
男皇帝の場合、皇后宮じゃないですか! 皇君といえば「女皇帝の正第一夫」の名称であって、間違っても兄上に対応する称号ではないかと。(女皇帝=皇君・帝君・皇婿・帝婿)
確かに此処に男の俺が住むとなると、そっちの名称になるかもしれませんが、兄上と結婚するわけでもありませんし……想像するだけで怖すぎだ!!
俺想像力貧相で良かった、想像力豊かだったら死んでる所だったよ。兄上との結婚なんて……言葉だけでも怖ろしい。
そんなのは置いておいて! むしろ脳内からはじき出して!
でも便宜上そう呼ばねばならないのか? だったら第四正配偶者の部屋にあたる、帝婿の部屋でいんじゃないか? 陛下の私室に繋がってるし。それだと次のお妃達が揃う際にも、部屋を片付けるのが楽でいいような。
「余は私生活の基本を妾妃館のほうに移すつもりは無い、皇帝の私室を中心にして過ごす。よってゼルデガラテアは余が呼び出した際に、直ぐに応じられる場所に居なくてはならない。その格にそった宮は皇君宮のみ」
兄上はお仕事する方だから、そうなるよな。そうか、兄上の私室から近い範囲にあるのは当然ながら四正妃の宮。
そして四正妃が賜る爵位の問題。皇后は大公を賜るが三正妃が賜る爵位は侯爵。これは夫の場合でも同じ。
だから大公になった俺を正配偶者宮に置くとなると、皇后宮(皇君宮)でなければならない訳だ、爵位の“格”の関係。
そういう事だったら、仕方ないってか栄誉って事で。
「かしこまりました。至らぬ弟ではございますが、宜しくお願いいたします」
「今回の婚儀の五日間ほど毎日共寝する事はできぬが、不満があればいつでも申せ。時間の許す限り寵愛してやろう」
いや、あの……それは……。なんにせよ一年間だもんな、頑張ろう!
「はい、兄上。ありがたき幸せに存じます」
「挙式の日取りは一年後の今日だ。着衣は余の一存で決定する、良いな」
「はい、楽しみに待っております」
不敬ながら、兄上の伽を降りるのを。
First season:第一幕「捕縛された日(無自覚)」 終
First season:第二幕「正史編」に続く
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