PASTORAL −22
「余の趣味だ」
昨晩トイレで一気飲みしようとした所、見咎められて……あまりにも品の良くない行為に兄上が眉を顰められました。
結果、二人で酒を飲んで寝ることに。
それで、本日何をしているのかと申しますと、兄上のご趣味のゴンドラ舟に二人で乗ってます。水の上を移動する、ボートの先端が尖った舟。
「一人になりたい時は、ゴンドラ舟に揺られ水音を楽しむ」
「優雅なご趣味ですね」
俺には解からないが、水音を楽しむって……何だろ? 俺にはトップンタップン、ギイギィ(ギィギィは水音じゃねえよ、俺)くらいしか聞こえないんだが、兄上には違う音に聞こえるんだろうか?
真黒いゴンドラに、内側は真紅のベルベットが張られてる。肌触りがいいそれに、俺は直接座っている。
兄上の格好は……黄金のヘルメット状王冠(頭部を全部覆うヤツだ)黄金と宝石で造られている儀礼用鎧に何故かマントは毛皮、それも黒いやつ。俺はと言えば、何故か白を着せられた。皇族は確かに白を着用できるが、俺が着用できる白の量をはるかに超えているのが気になるところ。
何かお考えがあるのだろう。
実際このゴンドラに乗り込む前に、二,三カルミラーゼン兄大公と会話なされていた。そして先にゴンドラ舟に足をかけて、手を出してくださった。
「つかまれ」
落ちると思われたのだろう、ふふ……今までの頼りなさから兄上がそう思われたのだとしたら、仕方ない事。これから毎日トレーニングしよう。折角、軍に復帰するのだから、何より兄上だって褒めてくださったのだし。
兄上の大きくて綺麗に爪を整えられた手につかまって、ゴンドラ舟に乗り込んだ。
「ゆっくりとお楽しみ下さい、陛下。ゼルデガラテア」
カルミラーゼン兄大公に見送られて……川の上? 宮殿は帝星の半分を占めているから、大河もあれば湖もあるし、海もあるから驚く事はないんだが……
「誰も住んでいない街を作らせた。此処は余が楽しむ風景の為に作らせた建築物だ」
「あ、ああ……そうでしたか」
綺麗な街並みが続くんだ。当然ハリボテなんかじゃなくて、本当の建物。
重厚で深みがある、煉瓦作りの街並みだ。風雅な趣味もなく、典雅さの欠片もない俺ですら歌を口ずさみたくなるような、尚且つ郷愁を覚えるような、そんな街並み。
「此処は夕日が美しい」
「それは見てみたいですね」
「本日は無理だが、今度見せてやろう」
「ありがとうございます」
兄上は固定されている椅子に座られて、俺はベルベットの上で足を崩した座り方。ゴンドラ舟は当然自動操縦だが、進行方向左側には櫂がついている。
途中から全く会話なく、兄上は水も飲まれなくなった。そして、俺でも拾える音『敵襲』だ。
足音からして、あまり経験のない相手のようだ。
「ゼルデガラテア、床に隠れておれ」
いや、そりゃまずいでしょ……兄上。いくら役に立たない弟でも、兄上を盾に隠れてたら。
「向こうはお前に狙いを定めてくる、隠れていてくれた方が良い」
「色彩サーチシステム搭載?」
「そうだ」
相手の武器までばれてるんだ……相手おびき寄せられたな。確かに兄上が御供なしのうえに、哨戒兵なしの所となると此処しかないんだろう。逆を言えば、ここ以外ないから見つけやすい……この建築物も、敵が隠れやすいと思わせる為という事もあるんだろうな。
色彩サーチシステムってのは、色で判別して当てるやつ。
皇帝陛下って絶対白を着用するから、白を入力しておいて撃てば当てる事ができる。180度以内方向なら必ず当る制御式弾丸銃につけるオプションだ。だから今日の兄上の服は黒、多分あの王冠は俺の髪と認識させてサーチシステムを誤作動させる為だ。データは多いほうが精度があがるから……でも、俺と兄上の違いって一目瞭然じゃないか!
サーチシステムが使えないとなれば、それを切って通常モードに切り替えるから、危険で……
「そのようなオプションをつける者に、射撃の腕があると思うか?」
ド素人ですか……もうなんか、色々と可哀想になってきた。全部調べ上げられてるんだろうな、俺の性経験並に……可哀想過ぎる。
ゴンドラの床に伏せながらご指示に従っていて良い物かどうか悩んでいたが……座っていられる兄上に当てる事が出来ないんだから、一瞬の銃撃の空白が生まれた瞬間、兄上は立ち上がり、櫂を掴まれた。
水面から引き抜いた櫂は、櫂じゃなくて銃身が細い狙撃銃。
それを一秒もしないで脇に固定し、腕で照準を合わせトリガーを引かれる。マニュアルってのが兄上の射撃に対する自信の表れだね。
五発ほど発射すると銃を再び櫂をさす部分に固定し、再び座られて、
「後は本当に楽しむだけだ」
慣れてらっしゃるなあ、兄上……。皇帝陛下も楽じゃないね。
よし! ……とにかく終わられたのなら、拒否されてもいいから誘ってみよう!
「御相手をさせていただきたいのですが? 宜しいでしょうか」
誘い方とっても適当だが、
「お前から誘ってくれるのを待っておったぞ、エバカイン」
え? そうなんですか……言っていただければ……あれ? でも昨日の夜は? まあ、いいか……。
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