PASTORAL −4
 何とか乗り継いで、帝星に到着した。
 一度後を付けているのをまけば、後は順調だ……とも言えなかったが、途中の苦労など帝国の大事の前には何の関係もない事。
 後日語る機会があったら語……りたくもないが、漢気溢れる航海士と男前の船長の愛の毎日だなんて。だが世話になったし、当人同士が良いから(痴話喧嘩は凄い、両者共引かないで)……頑張れ乗組員達! 君らの裁量にかかっている! ……恐らく。

 俺は既に宇宙に飛び立った彼等に向かって敬礼をした。

 なんにせよグルリと大回りして、イネス公が手を出せない航路を使って帝星へ。二年ぶりに見る故郷……というか生まれた星は、相変らず偉容を誇っている。七十五の人工衛星を周囲に持ち、惑星の半分を覆う宮殿。
「あとは無事に拝謁できるかどうか」
 実家や、知り合いの所にはイネス公の手が回っていると考えた方がいいだろう。だからといって、いきなり宮殿入り口へと行っても取り次いでもらえるとも思えない(俺はあまり、顔知られていない皇子なので)取次ぎがイネス公に買収されていたら終わりだ。最も確実にサフォント帝に会うには、他の兄弟に会うべきだろう。
 カルミラーゼン大公、クロトハウセ大公、ルライデ大公。カルミラーゼンは兄にあたり、クロトハウセとルライデは弟にあたる。
 当然この三人も、帝国で高位の役職についているのだから、正面から会いに行ったらどうなる事か? だが、意外と正面を切って会いにいった方が、裏をかくような状態になるかも知れない。持っている身分照会書は本物だし、軍刀があれば簡単に本部玄関を通過できる。そう考えれば、正面から行った方が言いような……ルライデ帝星防衛主任の所なら、いけるかもしれない。
 というのも、ルライデ大公は現在十八歳で、帝星防衛主任に任命された時は十五歳。三年前の事で、その際の傍に居た者達は今も一緒に居るはずだ、彼等とは何度か顔を合わせたことがある。
 帝星防衛主任というのは、皇子が通過儀礼的に付く役職で皇子がいなければ、空位となるくらいの(特に必要のない)役。そこで皇子は帝国軍の事を学び、軍事的な帝国全体の事を学んで次の段階へと進む。
 当然皇子の為の役職なのだから、人事異動はない。ちなみに皇女の場合だと、宮中防衛主任。帝国政治の基本概要を学ぶ為の位で、この役職の後に望めば仕官に回される。男女の差はなく……此処で説明している場合でもない。
「たしか、第四人工惑星にシャウセスが居るはずだな」
 シャウセスは代々この帝星防衛主任の配下に付く家柄の現主だ。俺が十五の時呼ばれて即座にこの位に押し込まれた時にも居た……今、幾つなんだろう? 尋ねてみたい気もしたが、とにかく会いに行こう。連絡艇港の一つに足を運び、照会カードを入れて移動艇に乗り込んだ。
 自動操縦に切り替えて……操縦を楽しめる程距離があるわけでもないから、到着後どうやって伝えるかを考えていた。ここに来るまでの間に考えるつもりだったのだが、色々あってそんな暇がなかった。
 此処まで送ってきてくれた男は別れ際に『あんた、騒ぎに巻き込まれる体質だから、気をつけろよ』を挨拶として言って、再び宇宙へと戻っていった。皇帝の異母弟だと教えたが、変わらない語り口は好ましかった。そんな無駄な事を考えていたら、到着してしまっていた。
 過去を回想している場合ではない。回想は過去だから、わざわざ過去などつける必要もないのだが……。
「久しぶりですね、ガラテア宮中公爵。来るんじゃないかと思っていたよ」
「……先手を打たれたか」
 イネス公は俺の過去を網羅しているらしいし、あまり貴族に知り合いがいない事も知っているからな。
「此方を信用して訪問してくれたのは嬉しいが、信用はしていないだろう?」
 語りぶりからイネス公が手を打ったようには聞こえない。だが……
「確かに、信用してはいけないだろうな」
 勝手なようだが、此処で簡単にシャウセスを信用してはいけない。本当に買収されていて引き渡すつもりなら、知らないフリをして驚いてみせるだろうが、此処は用心するにこしたことはないだろう。
「詳しい事は此方からは言えない、カルミラーゼン大公殿下に到着を報告した。詳細は其方からあるだろう。それと、恐らく此処に暫くの間拘束される筈だから、何か欲しい物でもあったら言ってくれ。今のうちに揃えておく」
 最も知りたいのは今の状況だが、それを言っても無駄。
 だが、俺がイネス公領から帝国領へと向かった事は、既に知られているようだ。此処に暫くの間拘束されるとなると……どう転ぶかは解からないが、
「適当に準備しておいてくれ。特に趣味は変わってないから」
 そして俺はカルミラーゼン大公の到着を待った。
 カルミラーゼン大公ハウファータアウテヌス兄は……大公名も第一名もとても呼び辛い、ケスヴァーンターン系列は第一名が発音し辛い。
そんな事はどうでも良いとして(本当にどうでもいい)カルミラーゼン兄は陛下に信頼されている皇弟の一人。兄上に負けず劣ら……いや、まあ劣るが、皮肉に満ちたタレ目と、小ばかにしたような口端が何時も上がっているのが特徴の内務統括相。
 兄上より一つ年下で、二人が会話しているのを聞くと、胃が凍るといわれている程の……悪い人じゃあないんだが、その……苦手といえば苦手。
 四兄弟で得意な相手がいるか? 聞かれた即座に答える。誰一人いない……と。
 連絡用立体映像が立ち上がり「到着なされた」と報告。俺は立ち上がって、室内の左脇で膝を付いて待つ。当然ながら、足音が室内に聞こえてくるなどという事はないので、扉が開かれるまで緊張しっぱなしだ。扉が開かれ、三人ほどの足元が見える。
 一人は黒い靴……軍靴で……おそらく、見える章から大将だ。もう一人は青いサンダル、此方は文官らしい。で、あと一人は……
「面を上げるが良い、ガラテア宮中公爵」
 この声。足元を見ても、武官でも文官なかった……確かに。だが、まさか
「漸く上げたか。久しいなガラテアよ」
「お久しぶりで御座います、陛下」

此処にいきなり兄上が御出でになるとは、思わなかった……


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