PASTORAL −11
 そういえば、自分が挨拶するのをすっかりと忘れた事に気付いた。
「今更挨拶を言上しても……まず、大公殿下を見送ってからにしよう」
 着衣を見直し、三人の挨拶が終わるのを部屋の脇で待つ。三人とも膝を付いて胸の前で腕を交錯させて、次兄から順々に滔々と挨拶を述べている。
 宮殿に住むと、これがあるんだよな。
 勿論誰でも陛下に朝の挨拶伺いが出来るわけじゃない。朝の挨拶を許されているのは、兄上に信頼されているという証であり、栄誉なのだが……これ余程のことがない限り、毎日なんだそうだ。する方も大変だが、受ける方も大変だ。受けるからには朝早く起きて確りとした格好をしていなければならないからな。
 大体この朝の挨拶を実行し、続ける事が出来る皇帝は名君だ。凡君や暗君は朝起きることが出来なく、挨拶を受ける時間を寝て過ごしたりするのが常。
 名君と誉れ高い兄上は、当然即位以来七年間宮中にいる際は確実にこなしていらっしゃる(らしい)。七年間朝寝坊なしか、凄まじいまでの自制心だ。
 『今日はしたくない』と言えば、直ぐに皆それに従うわけだから……皇帝陛下ってのは自制心の塊でなければ無理なのかもしれない。
 それが夜まで発展するのはどうかと思うが……俺が口を挟む問題じゃない。うん、一生挟みたくないし、挟まない。
 それで挨拶の順番は、一番は生きて尚且つ宮殿に残っていれば、皇帝陛下の親が挨拶に来る。その後正妃達が挨拶した後に兄弟達、その後陛下の子供が挨拶に来て、いればお気に入りの愛人の挨拶で、最後に挨拶を許している家臣の朝礼を受ける。
 親の挨拶の順番とか、正妃の挨拶の順とか兄弟の序列とか、配偶者を連れてくる日など……決まりが一杯あるらしい、俺は事細かには覚えていはいない。挨拶しなくても良い身分だったから……でもな、今日は挨拶しないとダメだよな……。
 今三大公が挨拶しているのだから、その後は皇太子殿下がおいでになるのか。
「お見送りするか」
 俺は戸口の所に行って、膝を付こうとしたのだが
「ゼルデガラテアよ、大公が大公を見送る際に膝を付く礼はない。立礼せよ」
「……っ! 申し訳ございません」
 そういえば昨日付けで大公になってました。俺。
「これからは大公同士、仲良くやっていこう、エバカイン」
「元々仲良かったと思っておりますがね、兄上。そうでしょう? ロガ兄」
「今度ゆっくりとお話いたしましょうね、ロガ兄上様」

出来れば、誰ともお話したくない……のですが、俺……

 慣れない立礼で三人を見送った後、次は皇太子殿下なので……解からない。陛下に挨拶にいらっしゃる皇太子殿下を出迎える作法が
「どうした? ゼルデガラテア」
「陛下にお教えを請いたいのでございます」
「言ってみろ」
「殿下をお迎えする際、私はどのような挨拶をすれば宜しいのでしょうか? 何分大公となって日浅く、宮廷儀礼に疎いので」
 昨日なったばかりですが、大公に。
「余の右後に立っているだけで良い。それと、お前の挨拶はどうした?」
「遅れて申し訳ございません。許可されておりますのでしたら、最後に」
「今だ。さあ、お前が挨拶せねば皇太子が来られぬ」
 俺は取り敢えず半泣きになりながら挨拶したよ。挨拶の文句、よく解からなかったから。それでも、許してくださったが……できるなら、挨拶自体させてくださらなくて宜しいのだが。
 その後皇太子殿下がおいでになって、立派な朝のご挨拶をなさった後に、皇太子殿下の夫達が挨拶。八歳の皇太子殿下は既に二人の夫がいる、十二歳のアルカルターヴァの王子と六歳のヴェッテンスィアーンの王子。二人は当然ながら仲が悪いそうだ、噂だけだから詳しい事は知らないが。
 始めて見る(向こうも俺の事を見るの始めてだろうが)皇太子殿下の夫二人に注意を取られていると、皇太子殿下が
「大公殿下、口付ける事を許します」
 そういって手を差し出してきた。手の甲に……すれば良いのだろうか? しても良いのだろうか? 俺は陛下のほうを振り返ると
「お前がしても良いと思うのならば、してやるが良い。ゼルデガラテア」
「それでは、殿下。失礼させていただきます」
 膝を付きながら俺は殿下の手の甲に軽く触れた。
 こうして、怒涛のような朝の挨拶は終わった。挨拶が終わった頃には、明け方に陛下のお相手をさせていただいた事など、殆ど忘れかけていた……そのくらい疲れた。
 俺がすっかり疲れても、一日は始まったばかり。
 八時には皇后宮の庭園に出ていた。何でも散策するのだそうだ、庭を。見事に刈り揃えられた芝、毎秒何リットルだか忘れたが、明らかに尋常じゃない水量を誇る噴水、果てが見えないほど続くお庭。此処を三時間程歩いて、帝后宮へと向かうのだという。
 そして一言言おう、歩いて三時間では間に合わない。軍人の、無駄な行進の練習をしている足を持ってしても、歩いたくらいでは三時間で皇后宮から帝后宮へは辿り着けない。相当な早足で進まなければムリだ……庭の散策になるのだろうか? そして、

 何処の行軍ですか? 兄上。

 そうお尋ねしたい所なのだが、相手が相手なので言える訳もない。兄上が移動されるとなると、お供が付く。
 基本的に警護一隊(十七名)に侍従が八名、侍女が十五名。それに哨戒兵がご予定のコースに配置されて、初めて陛下は歩く事ができる。警護もお供もつけないで歩くような事はなさらない、色々理由はあるのだが……警備しないで陛下の御身に何かあったら、警護を統括している長官が、家族諸共処刑されるんだよ。部下は当然処刑だが。
 警護しなくて良いと陛下が言われたので、していませんでした! なんて言い分は通用しない、当たり前だ。陛下がお怪我をなさった際に、誰も責任を取らないなどありえない。そんなに此処は、銀河帝国は甘くない。
 見えない所から警護するように命じる皇帝もいるらしいが、それも大変なのだ。過去の警護記録を読むとやはり、瞬間的に陛下の盾にならなくてはならない事だってある。
 よって良い皇帝というのは、プライバシーの全てを犠牲にしても警護させてやるものだ。
 兄上は、プライバシー? なんだそれは? と言いそうな程、周囲に人を置く事を許可してくださる。二十四時間休みなく、かつ心置きなく陛下を警護できるというのは、警護担当者としてはありがたい事だ。そのように俺の友人は(警護担当主幹の一人)言っていた。
 俺はその列の最後尾に付いた、軍刀は腰にさし銃を肩から提げて。
 夜伽は大して役に立たないだろうが、警護ならば人並みに役に立てる。軍において出世コースは宇宙艦隊指令系で、艦隊を率いて異星人との戦いに赴くほうだ。確かに派手だし、功績は偉大だ。
 出世コースに入れない人は、地面に足がついている警察系の仕事が多い。無論兄上の警護は出世コースの一つで、全く違うのは言うまでもないが。
 俺が配属されていた軍警察は地味な仕事が多く、人気のない職種だった。人気がないので転属願いも多く、人の入れ変わりが激しいので(コネで途中で出て行く者もいる)色々な仕事を急いで覚えないといけなくて、結果地上での軍務は全て覚えることとなった。

 だから結構、射撃と格闘は得意なんだ。(艦隊指令は指令なので、格闘訓練などはしない)
 あくまでも常人レベルだけど。


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