PASTORAL −10
 仕方なく俺は目を開いた……うぁ……怖っ! 兄上此方を凝視してらした。石になれる、石に。
「そう硬直するな」
 口を離した兄上がそう仰るが、折角緩めた筋肉が再びガッチリと硬直してしまったような気すらする……それはそれで困るが、どうしたら良いのか。取り敢えず兄上の成すがままに身体を動かしつつ、できる限り触れないよう注意して。
「怯えなくともよい」
 そういって微笑まれたらしいのだが、どう見ても獲物を狙う血管が浮き出た肉食獣にしか見えない、失礼ながら。兄上は俺と同じ月色の肌なのだが……その上を覆う、あの赤い髪が血管に見えて。
「お、怯えてはおりませぬが、し、失礼があってはと」
 緊張で声は掠れて裏返って、酷いものだ。
 此方から間違っても触れないようにと、かわしつつ兄上の愛撫を受けた。相当お上手……なのだろうと、思う。何より手馴れているし。そして、何より幸いだったのが、挿入が後背位だった事。
 これだと、間違っても兄上のお顔を見なくても済むし(重要ポイント)俺からは触れようがない。
 苦しさは、舌筆に尽くしがたし……だが。
 潤滑液と、機器で緊張を解いたはずの周辺だが、それでもきつい。痛みは相当だが……まだもう少し耐えられそうだ。
 切れてなくなりそうな意識の中でも考える事は出来た。『痛い』『苦しい』『やめて』などと口走ったりしたら、失礼だろうと出来るだけ口を開かずに息だけを逃す。息を逃がす途中に、悲鳴のようなものが混じってもそのくらいは許してもらえるだろう。
 背中に圧し掛かってきた兄上が、耳を噛みながら(甘噛みじゃなくて、本当に噛んでいる)何かを仰り始める。
「そうだ、お前の妻だったクラティネの処分を教えていなかったな」
 下半身を動かしながら、語り始めた。動きながら、特に息を切らすでもなく
「クラティネだが、愛しい父と可愛い娘と共に強制収用労働所に送っておいた。今頃は死刑囚達の慰み者になっているだろう」
 何か凄い事を言っているような気もするし、聞きたい気持ちはあるのだが圧迫感と痛みの方に神経が集中して、確りと聞き取れない。
 叩きつけられる音に、消されつつも
「最後まで、謝罪はなかった。エバカイン、お前に対して」
 それだけを聞ければよかった、あんなのに謝罪してなど欲しくは無い。……あの……親子が……娘を……陛下の正妃になど……しなけ、れば……
 手首を握ってベッドに押し付けられる。
「も……だ、……」
 ゆるりゆるりと意識が暗転してゆく中、手首を強く握り締められたような気はした。




「朝食だ」
 何事もお変わりなく、陛下はベッドの上で新聞を読んでいらっしゃいました。時計を見れば午前六時。
「あ、ああ? 部屋が?」
 寝ているベッドといい、家具の配置といい、家具といい先ほどまでお邪魔していた陛下の私室とは違う。全く違う場所のベッドに寝ていた、意識を失っている間に移動させられたようだ。
「本日過ごす予定であった、皇后の部屋だ。夜には帝后の部屋へと移動する」
 一体何時の間に移動したのか? 記憶にない下半身の方は綺麗に処理されている。此処まで担架か何かで運ばれたのか? その姿を想像すると笑える……勿論、自嘲だ。
 食事はベッドの上で食べるらしい。広いベッドの上に長方形の盆を置き、今度は新聞を読ませながら兄上は食事をしていらっしゃる。俺はと言うと
「進まないようだな」
 兄上が口を開くと朗読は止まる、見事な呼吸だ。
「は、はあ。まだ夢見心地でして」
 むしろ夢であって欲しいんですが……
「無理に食せとは命ぜぬ。続けろ」
 その合図で朗読が再び開始。スープだけを飲んで、浴室を使いたい事を告げる。許可されたので、俺は大急ぎで浴室へと向かった。久しぶりの開放感、半日兄上と一緒に居ただけで、これ程の開放感を感じる事ができるとは……。
 結局腰はそう痛くは無い、大殿筋と縫工筋が緊張しているくらいのものだ。この位なら平気だ、全身軽い筋肉痛だが耐えられる……精神の方はどうだか知らないが、平気だろう。
「それにしても、あの一族……自裁も許されなかったのか」
 陛下のご不興がどれ程のものか。普通、あの階級の貴族であれば自裁をさせるものだが……そういえば最後の方で、イネス公爵家は廃絶したと言っていたような。廃絶となれば、以降二度と復門しないとなる。
 大名家だったんだがな二十三代皇帝をも輩出した家柄だったのに。四大公爵以外で皇帝を出したのは、あの家だけだったのだが。
 軽く身体を洗った後、用意されていた服を着て髪を乾かし始めると来訪者の声がしてきた。大公殿下三人が、陛下への朝のご挨拶に参じている所だった。


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