PASTORAL −158
「行っていいんすか?」
エバカインはカンセミッションに「借りたアジェ副王軍」の指揮を執り、レオロ侯爵を逮捕してくるように命じた。
「ああ。人員が少ないから是非とも行って欲しい。レオロ侯爵はエヴェドリット領を移動しているから何とかできるが、ラウデとサイルが捕らえられている場所はテルロバールノル領。通行許可をテルロバールノル王から貰っている余裕はないから、このダーク=ダーマで突っ走る。本当は予想される戦闘の規模からレオロ侯爵を捕まえるのは俺のほうが良いんだろうが……これでも機動装甲に乗れるから、でもダーク=ダーマの指揮権を他人に渡すわけにはいかない……んだってさ。陛下から直接与えられた人以外は、譲渡できないんだってよ。通信とかでも駄目だって言うし……そんな訳だから言ってくれるか? 強さは問題ないんだが、ちょっと無用に殺しかねない気がするんで、それを諌めるような……無理して諌めるなよ! そこら辺はその……お前も俺と同じで、裁量とか兼ね合いとか苦手か」
「ですね。ま、でも逮捕に向わせてくださるんだから、行ってきます」
敬礼をするカンセミッションに、
「頼むぞ、カンセミッション」
エバカインは一抹の不安を感じながらも任せた。
“コイツを野放しにしていいんだろうか?”
全く悪い人間ではないのだが、真当過ぎて殺されてしまうかもしれない。そう思うと、なんとも庇護下に置いておかなければならないような気がしてならなかった。
そんな視線で見つめられていたカンセミッションは、礼を降ろすと語りだす。
「エバカイン皇子」
「どうした? カンセミッション」
「今、俺は侯爵を捕まえてきますけど “本当に裁けますか?”」
「…………裁けないかもしれないと言ったらどうする?」
「どうもしませんよ。俺は犯罪者を捕まえるのが仕事ですからね。抵抗されたら此方から撃つこともありますけど “生きたまま捕らえる” のが俺の仕事に対する誠意ですから。裁かれないから殺すってのは、間違いでしょう」
「そうだな。約束するよ、レオロ侯爵と法廷で “俺が戦う” から、カンセミッションは “捕まえてきて” くれ」
「もちろん。それが仕事ですから。では行ってきます!」
逮捕に向うには相応しくない笑顔で出て行ったカンセミッションを見送ったエバカインに、サベルス男爵が声をかける。
「あの良い意味で暴走している警官の無事を祈るばかりだな」
「そうだなあ。全く悪いやつじゃないからさあ……子供の頃に思ってた “おまわりさん” そのものだよな……ああいうの良いよな」
利害や柵等を全く感じさせない、ただ真摯に職務に従い犯罪摘発、逮捕に向うカンセミッションの姿は、血族という柵の多い貴族のサベルス男爵や、皇族のエバカインには決して行くことの出来ない世界であった。
「レオロ侯爵はお前の相手としちゃあ、大き過ぎるかもしれないぞ? エバカイン。テルロバールノル王家にも遠縁ながら繋がってるし、皇家の端あたりの血も入ってる。正直、お前より縁故はずっと広い。貴族は縁故で全てが決まるといっても過言じゃないからな」
「折角、強兵を借りてこれから捕まえに行くって時に士気下げるわけにもいかないだろ。カンセミッション、あいつの場合は下がらせた方がいい気もするが……まあ、頑張ってみるさ……なんつーか、そろそろ……下級貴族上がりの皇族って事で、色々な事を誰かに肩代わりされていたが、その期間もそろそろ終わらせないとな。その相手として、いいだろう」
出来ませんや知りません、そう言い続けても許されるだろうが、それはエバカイン自身が許せなかった。
「俺も協力は惜しまねえよ。だとしたら、相手は大きい方がいいかも知れないな。失敗したら目も当てられねえけど、成功すりゃあそれ相応に見られるだろう」
エバカインの背中を強く叩き、サベルス男爵が笑って言う。
「よろしく頼む。陛下には御迷惑はおかけしたくはないから、お前に頼るぞアダルクレウス」
「はいはい。それに陛下に御迷惑をおかけしたくないってのは良い考えだ。陛下が出てこられたら、お前は何もする事がなくなるからな」
「ああ。……ケシュマリスタ王となっていなくなられるカルミラーゼン親王大公ほど役には立てないだろうが、少しは肩代わりしたいしよ。それにしても、良かったな……って言っていいやらだけど、王がカルミラーゼン兄上に変わるが、ケシュマリスタ属としてはうれしい?」
「すげー嬉しい。もう怖くて仕方なかったぜ、エヴェドリットがゼンガルセン王子の手に落ちたって聞いたときは。でもカルミラーゼン親王大公殿下なら渡り合ってくださるだろう」
「そうか。俺もご恩をお返ししないとなあ……後宮での雑事、全部引き受けてもらって……今もしてくださってんだろうな……」
「そう言えばお前、どこの宮に移るんだ? まさかまだ皇后宮にいるわけじゃねえだろ?」
「解らない。そこらへんも全部カルミラーゼン兄上がやってくださって……」
その言葉を聞いたサベルス男爵はエバカインの両肩をつかみ、
「お前、本当に自分でいろいろとやった方がいいぞ。本当に」
「俺も常々そう思っている」
**************
エバカインの雑事を喜んで肩代わりしている親王大公・カルミラーゼン。
「兄上! エバカインが式にて着用する衣装が完成いたしました! 如何で御座いましょうか?」
自分の本来の仕事にエバカインに関する仕事を上乗せしているのだが、元気そのもの。
「見事だな、カルミラーゼンよ。エバカインが袖を通せばこれはより一層美しくなるであろう」
「ええ、もちろんでございますとも」
皇帝と親王大公が、異母弟の結婚式に着る衣装を前に感慨に耽っている姿は、傍目にはとても怖いものであった。
「そうそう兄上。……兄上、実は残念だと思っておりませんか?」
「何がだ? カルミラーゼン」
食えない男、そして何を企んでいるのか解らないと言われる男は、含み笑いを浮かべながら隣の部屋へ行きましょうと促す。それに従い、皇帝はカルミラーゼンの後をついてゆくと、隣の部屋には、
「ほう、これはマリアヴェールか」
浮き彫り模様のレースをふんだんに使って作られたマリアヴェールが警備兵に守られて宝石のごとく飾られていた。
「お手に取ってみてください」
皇帝は手袋をはずしそのヴェールに触れる。
「最高級のチュールか」
「はい。エバカインの式の衣装、あれはあれで完璧ですが、兄上がロガ皇后のようにエバカインにもマリアヴェールを被せたかったことは存じております」
ロガ皇后はプリンセスラインのドレスに四メートルのマリアヴェールを被り皇帝の隣に立った。
その姿はとても可愛らしく有名だ。
本当に可愛らしかった皇后に、負けず劣らず弟は可愛いと本気で思っているご兄弟は、エバカインは彼女に似ているのだからマリアヴェールも似合うだろう! と真面目に思っていた。その勘違いというか、まったく違うお顔ですよという突っ込みは、誰にも入れられない。
顔は似ていない、色彩が似ているだけです! だが、その言葉は帝国の権威の前に霧散して消えていった。
「だが、式では使わぬだろう」
「初夜ですよ、初夜。初夜検分の際に長い手袋と長いブーツ、そしてマリアヴェールだけをまとったエバカイン。いかがですか?」
想像してみて下さい。
196cmの筋肉質の短髪の二十三歳軍人青年が、全裸に二の腕の中ほどまである手袋と、太股の中ほどまであるブーツを履き、意匠を凝らした四メートルのマリアヴェールを被り宸襟に静々と近寄ってくる姿。
「清楚であるな」
それが可愛らしいとか清楚だとか思えなくとも、皇帝陛下がそのように言われた以上、銀河帝国ではそうなるのだ。
「はっーはははは! 兄上、興奮してエバカインを壊しちゃ駄目ですよ」
「この姿のエバカインを見て興奮するなと申すのか。お前は本当にサドだな」
「兄上が最愛なるエバカインを壊さないように、己の欲情に耐える姿もまた一興」
全く一興ではないようにも思えるのだが、カルミラーゼンには一興らしい。
「早く帰ってくると良いな」
「そうですな。つーか、面倒なんで私がレオロ関係の皇王族始末しておきましょうか?」
「するな。エバカインにはエバカインの考えもあろう。好きな様にやらせてやるが良い。エバカインも一人の人間であり、余の家臣であるからな」
**************
着々と進んでいる結婚式の準備の事など全く知らないエバカインとサベルス男爵。
だが、彼等はその知らなかったからこそ、この仕事に全精力を注ぐ事ができたとも言える。
レオロ侯爵を捕らえる本隊に合流するカンセミッションが去った後、シャウセスの指示の元、ラウデとサイルが囚われている刑務所へ向かうべく移動を開始した。
そしてもう一つ、
「まあね……さてと、そろそろ連絡取れそうか?」
ラウデやサイルが囚われて “いない” 刑務所が証拠隠滅のために破壊されては困るので、それを阻止する為に協力を依頼する事にした。
レオロ侯爵の属する王家の「未来の王」ことリュキージュス公爵デルドライダハネ殿下に。
二人に最初から協力を依頼しなかったのは、二人がかなり遠くにいて連絡がつけられなかった為。通信システムの進歩・発展よりも帝国の領土拡大の方が早いせいで、帝国の端と端は通信が全く繋がらない。
特に辺境相となったルライデは、それはもう連絡がつかない場所ばかりにいる上に、未だ航路図も明確に出来ていない場所を通っていることが多いので、捕まえようがなかった。大っぴらに呼びかければ連絡もついただろうが、現状からそれも出来なかったため、レオロ侯爵と同じく「皇帝陛下の挙式に参列する」為に帝星に向かう二人を捕まえて、依頼することにしていた。
「おう。リュキージュス公爵殿下とルライデ大公殿下の搭乗している宇宙船にそろそろ通信ができそうだ。でも、お前にしちゃあ考えたな。直接サリエラサロ王に言うより、王に一番影響力のある王太子の方に頼むとは」
サベルス男爵が珍しく褒めると、
「それは解らなかった……ただ、ルライデ大公が傍にいるから、何とかしてくれるかなぁ……」
エバカインは馬鹿正直に “あ? そうなの?” と声に込めて返した。
黙っていれば良いのに……サンティリアスとサラサラはそう思ったが、口を滑らせない皇子なんか皇子じゃないよなーとも感じていた。
「お前、陛下に頼らないで弟殿下に頼るのか?」
「いやっ! そのっ! サリエラサロ王は全く知らないけれど、デルドライダハネ王女は何度かお話しさせていただいたことがあるから! あ、あの方なら」
「まあな、評判いいからな。リュキージュス公爵殿下は」
両親やルライデ相手には我侭し放題のデルドライダハネ王女だが、その評価は高い。
軍事の才能は父親から齎されたエヴェドリットの血で確かに継いでおり、機動装甲に搭乗もすれば、テルロバールノル軍の総指揮も務める。曲がった事は嫌いだが、政治的な判断となればそれを瞬時に果断できる。
サリエラサロ王も評判は悪くないが、デルドライダハネ王女は『テルロバールノル、久しぶりの女傑王』になるだろうと、誰もが期待する王太子。
その女傑王の夫になる……かどうかで帝国とテルロバールノルが揉めている元凶、ルライデがモニターの前に現れた。
『ロガ兄上様! お久しぶりです!』
「ルライデ、そちらこそ元気で何よりだ。辺境は大変だろう? あれ? デルドライダハネ王女は?」
『姫はただ今、エステ中。帝星で陛下にお会いできるので、気合を入れてお手入れしてらっしゃいます。もう、つるっつるのスベスベの濡れ濡れですよ』
“何が?”
とは思ったが、エバカインはさすがに聞き返さなかった。
「そ、そうか。あの……ルライデ、頼みがある」
『私に出来る事でしたら、何でも』
「私はレオロ侯爵と事を構えている。理由は後で説明させてもらうが、その為に動いて欲しい」
『はい。私は何をすればよろしいのでしょうか?』
「これらの刑務所を一時的に押さえて欲しい。できれば一時的にテルロバールノル王の支配下においてもらえれば助かるのだが」
『畏まりました。これらの刑務所をレオロの手から取り上げ、尚且つ現状を維持させればよろしいのですね? 内部の者にはレオロの支配ではなくなったと気づかれないようにしておければ、なお宜し。それで良いでしょうか?』
お顔が陛下に良く似ている末っ子は、やはり皇帝の実弟であり帝国の支柱の一人。
幼少期からケシュマリスタの後継者になる可能性の高かった彼は、それ相応の教育を受けていたので、これらの案件に関しては抜群の才能を発揮する。
「お願いする」
『かしこまりました。もっとゆっくりとお話したいのですが、データを見る分には時間に全く余裕がありませんので、これで失礼させていただきます。それでは、帝星でお会いしましょうね!』
時間に余裕があれば、皇君だという事をエバカインも知る事が出来たのですが……もはや、宇宙も時間もエバカインの敵に回っているかの如し
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