PASTORAL −155
『全通信遮断。全データブロック完了。航行停止完了』

 ダーク=ダーマは皇帝の旗艦であり、史上最高の銃が備え付けられ、居住設備が充実しているだけではない。
 全戦艦に停止命令を出せる機能をもつ。それは乗員に対しての命令ではなく[戦艦]そのものに対しての命令。無人戦艦の遠隔操作で窮地に陥った戦いの後に付けられた装置で、遠隔操作されている戦艦を強制的にダーク=ダーマの配下に変更することが出来る。
「皇子、戦艦は一時機能停止させましたが。状況確認の為に本隊か、若しくは確認用の小型艇が派遣されてくるのは疑いようがありません。報告されてしまえば此方の負けです。いかがなさいますか?」
 向こうのレーダーに映っている “戦艦” 正体不明の戦艦を目視で確認する為に、彼等は近くまで来る。
 そしてこの姿を見たら、全速力で逃げ出すのは考えるまでもない事。
「……機動装甲の出撃準備を」
「御意。ダーク=ダーマの主砲機動は?」
「必要ない。機動装甲で落とす……軍警察の持っている戦艦なら、機動装甲の遠隔操作遮断機能で事足りるからな」
 戦艦以上の能力を有する “破壊兵器” にはそれも備え付けられている。
「落とすのか」
「……落とす。落としてやった方が乗組員も幸せだろう」
「違いない」
 今無人の戦艦を操っていた本隊は、エバカインによって撃沈される。
 秘密裏に動いているエバカイン達は、情報が何処かから漏れることは避けたい。だから今、此処に近づいてくる「本隊」を殲滅させる。
 戦艦の通信システムを破壊する事も可能だが、通信システムは最も重要な為、それを完全破壊するとなると航行機能のほぼ9割を破壊しなくてはならない。要するに、宇宙空間で停止しているだけの箱で、救援を呼ぶこともできない状態となる。こうなると、人間は動物的本能が直ぐに現れ、力の強い乗組員が暴力で他人を支配するようになる。
 そう、宇宙で最も恐ろしいのは “通信が出来なくなる事” 自分達の居場所を教えることもできず、どこの支配者からも居場所が知られない。
 これは人間の本能を露わにさせるのに十分で、戦艦であった動かぬ箱の中で小さな “王国” が作られる。
 その “王” が明確な意思を持ったものならば良いが、多くは力で相手をねじ伏せ、したいことをするだけ。自らの気分で弱い者をいたぶり殺す。
 そして、多くの者はそれに従う。その様は、古代の戦場のような有様だという。犯し、殺し、暴力だけが支配する世界。

 特に、小型艇を追い回すような仕事に従事している者は “仕事だから、命令に逆らえないから” といって、直ぐに主を変え良心を捨てる

 生きる為に仕方ない事は、決して生きる権利を保障しているわけではない事を見失いながら

「小型艇と通信は繋がったか? それと戦艦からのデータ抽出は?」
「データの抽出はもう直ぐ完了です。通信の方はもう暫くお待ちください。小型艇の……繋がります」
「よし。正面モニターに」
 エバカインが搭乗して初めてダーク=ダーマに緊迫した空気が支配したのだが、その緊張感は、
『あ! エバカイン皇子! 久しぶりっすね』
 十分とも持たなかった。
「ヘス!」
 画面に映し出された、取り立てて顔に特徴のない男に向かってサンティリアスは身を乗り出して叫ぶ。
「サンティリアス知り合いなの?」
 サラサラが聞くと、
「ああ、昔俺を助けた……ってか、警察官が勝手に俺を持ち出して売ろうとしてた現場に踏み込んできた平民警官だ。相手が貴族だろうが、上司だろうがお構いなし。その “あおり” でラウデは首になったんだけどよ」
「へぇ。じゃ、サンティリアスの命の恩人なんだ」
 人に恐怖心を与えるわけでもない、印象の在る顔立ちでもない警官……サラサラの第一印象はその程度だが、ここから続く彼の言動を前にサンティリアスもラウデも、そしてエバカインにも忘れられなかった理由を知る事になる。
「……お前どうしたんだ? カンセミッション」
 あまりの事に、自分が今ここに居る理由すら忘れかかっているエバカイン。呼びかけに笑顔で勝手な呼称で呼びかけてくる[嘗ての部下の部下の部下の部下くらいの地位]にいた男に、本当に驚きを含んだ声で話しかける。
 返って来た答えは、
『辺境警察の不正関連の証拠を掴んだので、帝星に届ける途中でした』
「……小型艇で?」
 此処から帝星まではかなり遠い。
 小型艇で移動しようとは、普通は考えないほどの距離だ。だが、言われた相手は全く違う事を答えをくれた。
『仲間四人と俺とで出たんですけど、途中で色々とあって逸れちゃって。だから違反じゃないですよ』
 “いや、別にそんな事聞きたいわけじゃないよ、カンセミッション……どう考えても無謀だろ? 五年以上かかるだろうが、それで行ったら!”
 そんなエバカインの内心など、全く知らないだろう無謀なことを実行していカンセミッションは、ダーク=ダーマ側にデータを送り始める。
『一緒に航行してた仲間の警官のデータはこれです。二人くらいは宇宙海賊に捕まってると思いますよ。いやぁー辺境って本当に宇宙海賊多いっすね! 捕まえ甲斐ありますよ!』
 最早この男の独壇場。
 声に威圧感があるわけでも、態度が貴族的というわけでもないのだが、とにかく圧倒される男ではあった。
「カンセミッション、とにかく此処まで来てくれ。話はそれからだ」
 肩を落とし気味にして、エバカインは収容体勢をとるように指示を出す。
『解りました』
 通信を切り小型艇をダーク=ダーマに近付けてくるカンセミッション。
 戦艦に画面を切り替えたモニターを前に、
「なあ、エバカイン……あの警官、あの小型艇で本気で帝星まで行く気だったのか?」
 エバカイン以来の「訳のわからない男」を見たサベルス男爵は、当然のことを聞き返す。
 その男爵の肩に手を置き、目を閉じて頷く
「アダルクレウス、言いたいことは良く解るが……アイツの性格上、本気だ。アイツは間違いなく本気だ……」
 案内され、司令室に到着したカンセミッションは、
「ラウデ中尉と一緒に帰った奴隷の!」
 エバカインに挨拶の一つもせずに、脇にいるサンティリアスに声をかけた。
 彼の中では、モニター越しに挨拶「久しぶりっすね」で終わっているので、次は違う知り合いに声をかけた。
「サンティリアスだ」
 元気で良かったっす! 周囲の貴族をまるで気にせず話をする彼。この、縦横斜めにそれはもう縦横無尽にずれている態度を前に、注意できる者はいなかった。ナディアですら、明らかに無謀にして変な行動を取る平民に興味と不思議で固まったくらいだ。
 帝国No.2の腕力を誇る女性すら驚かせた男は、再び驚きを投下する。


「そうそう、そのラウデ中尉なんすけど軍警察に復帰したんすか?」


「は?」
「ラウデ中尉見かけたんですよ、刑務所の映像に」
「……おい」
 サベルス男爵がエバカインの肩を掴み強く揺する。エバカインは解ったと頷き、問いかけた。
「本当か? カンセミッション」
「はい、間違いありませんよ。丸坊主にしてたから顔がはっきりと見えましたし。そのラウデ中尉のいる刑務所なんですけど、ここの所長、貴族の命を受けて人狩りをしてまして。最近増えている “平民を捕まえて記録を消して奴隷” ってやつ」
「お前は何でその刑務所に連絡を入れたんだ? カンセミッション」
「その一帯を治めている貴族が、違法薬物所持疑惑があったんで、情報がないかと探りを入れてみたんです。そしたら案の定キュリンセ00059関係どころか、他の証拠もボロボロと」
「命じている貴族は掴んだのか?」

「はい。テルロバールノル家門レオロ侯爵家当主マリオンゼロッフォート・デバイシュス・ラットフィルード」

 サンティリアスとサラサラは息を飲み、シャウセスは操作席につく。サベルス男爵は口笛を軽く吹いた後、
「意外なところから援軍が来たな」
 そう口にし、ナディアはカンセミッションの情報に手を叩き感動を表す。
 エバカインは嬉しさとその反面、少し聞きたい事があった。
「なあ、カンセミッション」
「なんすか? エバカイン皇子」
「俺の本名言えるか?」
「言えませんけど? 何か問題でも」
「……んにゃ……いい」
 “俺の名前、レオロ侯爵よりずっと短いのに……”
 部下に名前を覚えてもらえないのは、やっぱり役立たずだったからだろうか? 何となく副署長時代の自分の仕事に自信が持てなくなったエバカインだったが、カンセミッションの次の言葉で、そうでは無かった事を知る。
「エバカイン皇子のフルネームなんて覚える必要ないっしょ? 俺は陛下のお名前だって覚えてませんよ。シュスターサフォントで全部通じるから良いじゃないっすか!」
 銀河帝国臣民にあるまじき事を、皇帝の旗艦で悪びれずに言い切った。
 カンセミッションの中では、エバカインも「エバカイン」と「皇子」で全て通じるので、それ以上覚える必要などない人に分類されている。
 皇帝の旗艦の司令室を、現皇帝のあだ名どおりの絶対零度に落とし込んでくれた男。その彼を全員がまじまじと眺め、互いに顔を見合わせた後、
「……恐ろしい男だ。コイツは悪人じゃねえ」
 サベルス男爵が “おいおい” と言った表情でカンセミッションを見るが、言った当人は全く気にしていない。
「まあな……権力者に阿るなんて考えは一つも持たない、堂々とした男だよ」
 名門貴族出身の親友に、なんて言ってフォローすりゃいいんだろう? そう! 天然すらフォローに回らせてしまう男。
「でも、少しは覚えておいた方が良いんじゃないか? 大体、お前警察だろ?」
 当然サンティリアスは現皇帝のフルネームは知っている。それどころか、歴代皇帝のフルネームを全て覚えている。だが、嘗てエバカインに「どうやって試験に合格したんだ」といわれた男は、全く気にせず自論を展開。
「サンティリアスさん、そいつは違いますよ。警察官というのは、指名手配犯と行方不明者さえ確りと覚えておけば良いんすよ! シュスターサフォントはその一言で全ての人が理解できますけど、メリサっていう行方不明になった三歳の女の子なんて、細かい特徴言えなけりゃ誰も理解してくれないでしょ? 俺が覚えるべきはお偉いさんの名前じゃなくて、逮捕する相手と見つけるべき相手だけ。あと法律とね」
 “こいつ、良く今の今まで生きてられたなあ……” 誰もがそういった面持ちで、取り立てて顔に特徴があるわけでもない、何処にでもいる普通の男の顔を見つめた。サラサラも “この人は忘れられない。皇帝陛下以来のインパクトがある!” そう心の裡で叫んだ程に、とにもかくにも凄い。
「なんか立派過ぎて、言葉が出てこねえな」
 サベルス男爵が後に【さすがお前の部下だよ、エバカイン】と言った時、エバカインも非常に困った表情を浮かべざるを得なかった。
「立派には立派だが……ところで、カンセミッション。お前、本当にラウデを見たんだな? 見間違いって事はないんだろうな?」
「間違いありませんよ。何か不自然だったから、すげーはっきり記憶してるんす」
「不自然?」
「画面の後ろを、何度も行き来するんすよラウデ中尉。こっち側は見ないで、何度も何度も。何であんなに行き来するのか不思議で」

「皇子、そろそろ本隊が此方を確認して、逃げますよ」
「行ってくる」

『何故、こんな場所にダーク=ダーマと機動装甲が!』
『通信は途絶させた。諸君は此処で死ぬ。ありがたきシュスターのお言葉を死の餞に、そして祈りの言葉として送ろう “余は東方にあり、西方にあり、地上にあり、天上にあり、余は全宇宙なり。全ての事象は余の掌中にある” 中心より離れた場所ゆえ、シュスターの目こぼしがあると思うた諸君の間違いにして傲慢、皇帝陛下のへの忠誠のみに生きるものゼルデガラテア大公エバカインが許しはせぬ。去ね』
 エバカインは銃を構える。
 その銃口を前に、戦艦を動かしていた者は叫ぶ。
『命令に従っただけです! 命令に従っただけなんです!』
『諸君、命令に従っただけなのならば、命令に従って死ね。諸君に下された命令は、諸君らの命の保障までしていてくれたのか? 絶対に危険の無い仕事だと、決して死ぬ事はないと。軍警察の規約にそんな物は無い。諸君は命令に従った、その命令は決して諸君を守る命令ではないことくらいは、理解できるだろう。命令に従った、そうだ、それに違いないだろう。その命令を遂行して死ぬが良い。命令は命の保障などせぬ。命令とは命を奪うものだ、諸君に下された命令が命を奪う物であるのなら尚更』

 そしてエバカインは銃の引き金を引く。

「さすが人類最強兵器。エバカイン、データを見る分には何一つ証拠になる物は残っていない。帰還して大丈夫だ」
『解った、アダルクレウス』
 通信を切った後、
「さてと、シャウセス! 今消えた戦艦から抜き出した情報、全部出してくれ」
「はい、男爵」
「あ、サンティリアス。良かったらエバカイン迎えに行ってくれないか。あんなんだが、一応大公だし、戻って来たときに出迎えないと駄目だから」
「あの、俺なんかでいいんですか」
「おう。別に出迎えなくたっていいくらいのやつだが、一応な、一応。大丈夫、あいつ機動装甲から降りた瞬間でも、暴れたりしないから」

 とてつもなく不安な言葉を言われたが、行かないわけにもいかないとサンティリアスは、エバカインの帰還場所へと向かった。


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