PASTORAL −154
エヴェドリット王領ルベタルト星系デファイノス領
「五箇所までは絞ったが、これ以上は」
無事に到着し、情報を集めラウデとサイルを “監禁している可能性のある場所” を五箇所までに絞り込んだのだが、それ以上の決め手はなかった。
「それもあるけれど、デファイノス領にずっと駐屯してるけれど良いのか?」
国境も何も関係ないダーク=ダーマではあるが、他王家の領地に黙って駐留しているのはあれかなあ……とエバカインは気にしていた。
「安心しろよ、デファイノス伯爵にはちゃんと許可もらってるし、後でお礼しておくからな」
エバカインが気にしている程度の事、サベルス男爵が気付いていないはずもない。確りとその種の挨拶は忘れずにしていた。
「デファイノス領って伯爵領だったんだ」
「おう。オーランドリス伯爵閣下のご子息の領地だ。連絡入れて滞在許可貰ったが、お前より余程立派だったぞ」
母親が皇妃となるクラサンジェルハイジ、父親がゼンガルセン王の腹心シャタイアス。
彼が生まれる前から母親は自分の領地に戻っており、父親であるシャタイアスと会ったのは生後間もない頃一度だけ。
シャタイアスは生い立ちから親子関係という概念が希薄過ぎる上に、妻も子も傍に居ないので自分が父親であるという認識もあまり持てなかった。
それでも時折子供が好みそうな玩具や、息子が “帝国騎士” の才能があると判定されてからは、機動装甲を贈ったりと当人ができる範囲の事はしていた。
対するクラサンジェルハイジは、全く息子を顧みず彼は乳母達に囲まれて育った。
自分は母親の領地に置かれたまま、母親は年に一二度は夫であるシャタイアスに会いに行っていた。両者共に会いたい訳ではなく、結婚している以上特別な理由でもない限りは年に最低二度は直接会わなくてならない決まりがあるのだ。
気質は母親より父親に似た彼は、母親ほど怒りっぽくはなく、むしろ冷めた子供として成長する。両親の不仲など自分には関係ない……そう少し離れた場所から眺めていた。そんな彼の生活環境が一変する。
両親の離婚。
嫌々ながらも年に二度ほど会っていた二人、家柄や夫の権勢などで離婚する可能性はなかったのだが、母親が “皇妃” になる事が定まり離婚という運びとなった。ロヴィニア王は帝国騎士の能力を持つ甥に少々未練はあったが、母親の方は新たな子供、皇帝との間に生まれる「親王大公」さえ居れば良いと、息子を慰謝料という名目で夫に渡した。
彼女はこの先一生「息子」に会う気などなかった。彼女にとっては夫は過去の男であり、息子は他人の子も同然。
両親の離婚で母親の領地から父親の領地に移された彼・ザデュイアル。
ロヴィニアでの爵位エルダートを持ったままエヴェドリットに来たのだが、親子の対面は時期的に無理だった。
丁度その頃エヴェドリットでは内乱、即ちゼンガルセンの簒奪が本格的に始まった。突然来た息子、シャタイスはロヴィニア王が息子を手放すとは思っていなかったので、自分の領地の守りは全く考えてはい状態。
万が一の事を考え、王国の中枢から遠い場所にある領地に息子を移そうと考え、ゼンガルセンの持っている爵位の一つデファイノス伯爵領に行かせた。その後ゼンガルセンは正式ではないが[王]となり、持っていた「王子」としての爵位は不必要となる。
その際に「折角お前の息子が今滞在しているのだ、そのままくれてやる」そう言ってザデュイアルに “エヴェドリット王子・王女” が受ける爵位の一つを与えた。
ゼンガルセンから期待とこの先「使ってやるぞ」と見込まれた伯爵、二十六歳のシャタイアスの息子は、
「デファイノス伯爵って……」
「もう直ぐ六歳になりますわね」
エバカインよりも相当若かった。
「そ、そーか……俺よりもなあ……だろうさ……」
“シャタイアス閣下のご子息なら、凛々しいだろうし、才能もあられるだろうな”
ぷしゅ……と凹んでいるエバカインを眺めながら、サベルス男爵は子供らしからぬ伯爵の事を思い出していた。
『態度も言葉遣いもご立派なんだけどな……なんつーか、面白くねえ子供だった。全く面白みがねえなあ、エバカインの方が余程見てて楽しいし、仕えてみたいと思うよな。ああいった鉄仮面系の子供って、なんていうか……他人の子だから仕方ないちゃあ仕方ないんだが』
当初サベルス男爵は、伯爵に連絡を入れた後に、領主が未成年なので彼の父親であるシャタイアスに連絡を入れようと思ったのだが、止めて伯爵本人にとって貰うことにした。
『噂通りなら、父親と会話した事ないはずだからな……事務報告でも切欠になりゃ良いが』
そんなサベルスの思いやりは、サベルスの結婚騒動で実現しなかった。
セベルータ VS ダーヌクレーシュはいつの間にかカッシャーニ VS ゼンガルセンにまで発展しており、ザデュイアルが父親に連絡を入れた時とても出られる状態ではなかった。
通信でも ”話できるかも” そう少しは期待していたザデュイアルだったが父親は後宮で対デバラン情報集めに奔走中。
直接会話できなかった息子はそれでも “帝星で会える……だろうし” と期待を抱き、他の者達に大公に失礼がないよう、できる限りの協力をするよう命じて陛下の挙式に参列する為に帝星へと向かった。
時間があればザデュイアルはエバカインのところまで出向いてきたのだが、彼が移動に使うのはエバカインの乗っているダーク=ダーマとは違い普通の高速船。
国境の絡みなどから、ワープ装置を使ったとしても既に帝星に向かわなければ間に合わない。
逆に言えば、エバカイン達もそろそろ決着をつけなければならなかった。
「間違った所に踏み込めば、最悪証拠を消されるだろうし」
間違った収監場所に踏み込み、ラウデとサイルがいなければ二度目はないに等しい。
通常の警察ではなく、皇族が乗り込んできたとなれば皇帝に知られるのを恐れ、証拠を処分するはずだ。無理矢理集めてきた者達を殺す、それも証拠隠滅を兼ねて人工惑星ごと吹き飛ばす可能性すらある。
「まあ、考えても仕方ないんでくじ引きで行きますか」
「シャ、シャウセス……」
既に五箇所全ての航行データの計算・入力を終えて、後は戦艦を向かわせるだけのシャウセスは丸三日悩み続けている皇子様ご一行に、軽く声をかけてコーヒーを口に運んだ。
「だが、それも手かもしねえぞ、エバカイン。お前が四つくじを引き、残った一つに向かうってのが最もいいような気がしてならない」
「確かに俺は運悪いけどな」
推定収監場所の公表人数は一億人前後、これに不法に捕らえられた人達が加算されればどれ程の数になるか。間違った場所に向かえばその一箇所は助けられるが、残りの四箇所が吹き飛ぶと思えばエバカインの決断力も鈍る。
本来なら、他に部隊を編成して向かわせれば良いのだが残念ながらエバカインには、手足になる将校も戦力も持ち合わせてはない。
テルロバールノル王を説得するという方法もあるが、レオロ侯爵は王家とも繋がりがあるので迂闊に連絡を入れるわけにもいかない。
エバカインの頼みの綱は、デルドライダハネ王女とルライデ大公。ただこの二人が今航行している箇所が通信状態の悪い区域の為、それを抜けるのを待っている状態。
だが、航行は予定通りに行かないこともあるので、下手をすればエバカインの帰還予定日を過ぎる可能性もある。その為、出来る限り自分だけで対処したいのだが、そう上手くはいかない。
「あーどーしよー。データをどれ程見ても、何処が一番怪しいのか解らない」
単身乗り込むのは怖くはないが、判断を誤る事を恐れて天然エバカインの顔色も悪くなる一方。
「皇子」
「あ、サンティリアス。ゴメン、決断できなくて。思い切った判断ができればいいんだけどさ」
「いや、良い。もう帰ってもいいぜ」
「え?」
「そろそろ帰らなきゃならないんだろ。此処まで絞って貰えたんだ、後は俺が捕まってみる。ボスが同じなら内部で人員をまわしてる可能性もある。そいつ等から情報を集めてみるさ。で、当然男だけ収監の刑務所だから、サラサラ連れて行けねえからあんたの所で預かってくれないか?」
「そんな事はできない。此処で引き下がるわけには行かないと……思うんだ。サンティリアスとサラサラの為だけじゃなくて、俺自身の為にも。大公として在る為にも」
エバカインの語りを聞き、サンティリアスは『ふ〜ん、やっぱ男が男皇帝の正妻……じゃなくて正妃……じゃねえよ、正配偶者になるには色々とあるんだろうな。成果とか手土産にした方が……この先のこともあるだろうし』
シャウセスから淡々と皇子が皇帝の配偶者である事を聞かされたサンティリアス。
ちなみに、シャウセスの妻はエバカインの宮の女官長・ラメスターナ。
エバカインが帰ってきた際に、女官長を誰にするか? 皇帝陛下と銀河帝国軍司令長官殿下が “宇宙の最重要決定事項” として考えていた所にルライデが皇子の責務を果たし挨拶にきた。
そのルライデを見て二人はシャウセスには妻があり、それが宮殿で仕事をしている事を思い出し即座に女官長に就任させた。
かなり急で一方的な命令だが、栄誉ある仕事でもあり、夫から第三皇子のことを聞いていた彼女は当然ながら快諾する。
その後「元第三皇子・現皇君に仕える心構え(クロトハウセ著)」を受け取った彼女は、エバカインに対する兄弟達の偏見に満ち満ちたマニュアルを覚えて、実行に移した。こうして帝国は「エバカインに仕える女官長」を得た。
“あなたが仰ったとおりの方ですわね、皇君殿下”
“そうだろ、何か良い人だ。あーだが、一つだけ……あの方は大公殿下と呼びかけた方がいいのでは? 他のお妃達が後宮に入ってきていない状態で一人後宮にいて「皇君」と呼ばれているとなると、他のお妃が何をしてくるやら。大した違いはないが、呼称一つでも刺激を与えない方がいいだろう”
“そうね。女官長としては世慣れない殿下が、できるだけ敵を増やさないようにしなければ”
その優しさが、仇となるわけですが
宇宙の優しさに包まれ、事実を全く知らない男エバカイン。眉間に縦皺を寄せ、決断を下そうとしたその瞬間の事。
「小型艇が戦艦に追われています」
その報告に全員が視線をモニターに移すと、戦艦三隻に追われている一隻の小型移動艇。
「戦艦に攻撃停止命令、両者に移動停止命令を通達」
エバカインは即座に命令を出す。
「軍警察の持ってる戦艦だな」
「エヴェドリット領の軍警察ではありません。それだけでも逮捕できます。あの三隻がデファイノス伯爵に国境移動許可願いを出していれば問題はありませんが」
「問い合わせていただきたい、カザバイハルア閣下」
ナディアは即座にデファイノス伯爵に連絡をつける。伯爵は『もちろん、許可などは出しておりません。大公殿下の任務に差支えがあってはいけませんので、領内は他王家の戦艦の特別移動許可願いは出さないように申し付けております。ただ、私が軽く見られて誰かが許可を出した可能性もありますので、子爵閣下が直接問いただしてください。もしも許可をだしていたらその際は子爵閣下に処分を一任いたします』そう告げた。
「追われている方の小型艇も軍警察のものだな」
「一艇での航行は禁止だが、五艇で航行していたうちの四艇が撃墜されたんだとしたら、命令違反じゃないな。どうする? エバカイン。正直、こいつらに構っている余裕はない」
「だが、捨ておく訳にもいかないだろうアダルクレウス。……戦艦に追われているってのが気になる。最悪、小型艇の搭乗者が犯罪者だとしても戦艦で撃ち殺す理由にはならない。たとえ犯罪者であったとしても、逃走に使っているのは警察の小型艇だ。それを使用されているんだから、警備体制に問題がある可能性だって捨てきれない。……何にせよ、ダーク=ダーマの船倉で犯罪者運んだとしても、構いはしないはずだ」
「了解。だが、こういった場合、小さいのに乗ってる方が正しいってのがセオリーだが……出てくるのは、我等の偉大なる祖先シュスター・ベルレーかね?」
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