PASTORAL −118
余は十四歳の時、宮殿前の水路に船を浮かべ民衆に向けて手を振った。
初陣から戻ってきたら十四歳となっていたのだ。勝ってはいないのだが凱旋式と誕生祝賀会を兼ねて盛大な式典を行った、その式典行事の一つである。
将来我が民となる者達の歓声に手を振りこたえておった。クロトハウセは余の警備の末端に携わって裏方に徹しておる。クロトハウセが警備に携わった事で余は少々安心しておった。こうやって弟に警備される事に安堵を覚える。クロトハウセは信頼するに足りる弟であり軍人だが、安堵に慣れてはいかぬであろう。
やはり、警備の総責任者は余に緊張感を持たせる相手でなければ、余の感覚が鈍ってゆくに違いない。感性を研ぎ澄ますためにもクロトハウセ以外の者を任命する必要があるな。
誰が良かろうか?
ああ、前線で久しぶりに再会したシャタイアスが『ゼンガルセンが皇位を狙っているようで』と言っておった。話を聞けば相当強いとの事、それを余の近衛兵団団長に任命するか。話を聞く分には、そんな事をしてやらずとも、自力で伸し上がってきそうだが。
むろん、考えながら手を振る事も忘れてはおらぬし、沿岸で手を振ってくれている者達の顔も確りと記憶してお……
エバカイン!!!
エバカインが沿岸ではなく、河川と平行にかかっている高架橋を走っておる!
遠過ぎて普通の者には見えぬであろうが、余の “可愛らしいエバカインをサーチ・アンド・捕獲” する機能を装備させた! 自らの精神力で適当に改造させた! おそらく、改造されておる!
エバカインは規制のかからぬ程遠くから、こちらに向かって
『殿下! ご無事でなによりです! 心配してました! 無事で良かったです!』
そう言っておった! 読唇術よ! おまえこそ人類の偉大なる発明だ!
エバカインは余の船に並走しつつ、ずっと此方を見ておった。恐らくエバカインの目は皇族や王族と同じ程、視力が良いのであろう。
サラサラと揺れる髪、琥珀色の瞳、こちらを向いたまま必死に走る姿! まさにっ! 言葉に出来ぬ!
『っ……お兄様! 俺なんかがここにいるの! 気付いてないとおもうけど!』
気付いておる! 気付いておる! 気付いておるぞ! エバカイン! 余が気付かぬ訳なかろうが!
『前に! 助けにきてくれて! ありがとうござっ? !』
エバカイン? どうしたエバカイン! 突如見えなくなったぞ!
落ちた、のか? ちょっと待て、あの高架橋から落ちたのか? 直線距離で走って助けに行きたい! 今ならば光速も軽く越えられる! 光速であると目的地に到着するのが困難であろうが、光速も出ようぞ!
皇太子の身分がこれ程までに……そんな事より大丈夫であるのだろうか、エバカイン。それにしても、なんたるドジっ子! 超萌え属性全開ではないか! お前は兄を萌え殺したいのか? それはそれで本望である、戦死などするよりもエバカインを見て萌え死にたい。
船から降り、即座にクロトハウセに『あの方を』と伝え、式典を消化した。
全ての式典が終わったのは翌日の午後二時。
自由になった余はそこから皇太子妃の元に行き、個人的な戦勝報告をして二人で軽食を取った後に、クロトハウセとやっと会う事が出来た。エバカインの事は大事だが、エバカインに味方すると言っている皇太子妃を蔑ろにする訳にはいかぬ。
それに、余程酷ければクロトハウセは皇太子妃の所にも乗り込んでくるであろう。
「兄上! 大変です!」
「どうした!」
「あの方が! あの方が!」
「落ち着け! クロトハウセ! 報告は冷静に。さあ、言ってモロ」
余もかなり呂律が回らなくなっておる。モロとは何だ? モロとは。
「あの方! まだ剥けてません!」
「なにぃ!」
クロトハウセと直径1.3mのケーキに顔を突っ込みながら話を聞いた所によると、
1.あの高架橋は未完成であった
通りで他の者が見えなかったわけだ
2.途中で切れていた
走っていたエバカインは切れているとは知らず踏み外したようだ
3.79m落下。受身とれず
かすり傷と打撲を負ったらしい。余ならば傷一つ負わぬ高さだが、華奢なエバカインらしい
4.剥けていない
完全に剥けていないのではなく、後一歩という所だ
クロトハウセは治療状況を軍用衛星の透過装置で見守っていた。医師がおかしな事もしなかったので、後は記録媒体に残し用意しておいた別の記録と入れ替えて、その治療中のエバカインの映像を整理しておったところ、その映像を発見してしまったのだという。
「服が通常の物でして、落下した際に裂けてしまって。治療の際にボロボロでしたので切り裂かれたようです」
「エロスであるな」
「はい、エロスでございます。ケーキ追加してもよろしいでしょうか?」
「構わぬぞ」
クロトハウセと生クリームにまみれながら、余は考えた。
確かアレステレーゼは一人娘であったし、現在帝星に知り合いも少ない。エバカインの素性が知れぬよう、意識的に人と繋がらないようにしているのだが、話し合う相手は余くらいのものらしい。よって、息子のアレが剥き足りぬのは気付かぬかも知れぬ。
エバカインも十一歳であるし、もう少しすれば自分でするやも知れぬが、嗚呼! だがこの……
「クロトハウセ、夜に付いて参れ」
「はい、何処までも」
エバカイン! 余は皇族の代表として、お前の兄として、剥きにゆく。嗚呼、だが生きて宮殿に帰ってくる事はできるであろうか? 確かに萌え死にたかったが、これは萌えというよりは、あまりにも強烈な衝撃! だが、将来のことも考えて、余はそなたが僅かに被っている皮を剥く! 完全形にトランスフォーメーションさせてみせる! いやトランスフォーメーションではなく、メタモルフォーゼか?
夜半、クロトハウセと共にアレステレーゼの家の裏手に立った。十三メートルほどの塀を前に、余はクロトハウセに任務を告げた。かなり驚いたようではあるが、
「解りました、あの方の為でしたら」
従った。二人で塀を飛び越えて、エバカインの部屋の窓の傍へと向かう。
中を窺うと、既に寝息が聞こえてくる。
「とても可愛らしい寝息ですよ、兄上」
「確かに。では、侵入するか」
「畏まりました」
クロトハウセは用意してきた侵入ツールで音なく窓を開ける。余と二人、目配せを交わしつつエバカインの私室、云わば人類が踏み込んではいけない聖域、余とクロトハウセの秘密の楽園。そう、あの過去人類が徹夜明けにハイテンションで向かったという伝説の聖地・トーキョー……
「兄上! 人が!」
余とクロトハウセは天井にしがみ付いた。
無論、人とはエバカインの母であるアレステレーゼ。エバカインの出生が他者に知れてはいけないと、召使を雇わずに二人きりで生活しておる。
「ほんとうに、もう。心配させないでよね」
寝ているエバカインの額を撫でタオルケットを掛けなおすと部屋から出て行った。掛けなおす際にちょっと露わになったエバカインの鎖骨、それを目にしてしまったクロトハウセが天井から落下しかけたのを救出。
余は片手でクロトハウセ、片手に医療器具(皇王族医学生ラニアミア作成・素人でも上手に剥ける君セット)を持ち、太股と膝の力だけで天井に張り付いておった。余と同じくらいの体格のクロトハウセを支えながら、天井に張り付くのはかなり難しい。
萌えとは股関節脱臼とみつけたり
遠ざかってゆくアレステレーゼの足音を聞きながら、余は生まれて初めて歯を食いしばり耐えた。アレステレーゼが自室に戻った音を聞いて、即座に床に下りる。
「申し訳ございません兄上」
「構わぬ、ゆくぞ!」
エバカインがちょっとでは目を覚まさぬように睡眠薬を嗅がせ、余とクロトハウセはタオルケットを剥がした。
「あ、兄上! 私には無理です」
そこに現れたのは今から十二年前みた受精卵が、麗しく成長した『お姿』
まさに余ですら『お姿』と言わねばならぬ。濃紺のタンクトップとハーフパンツ、足と腕に巻かれている包帯、腰の辺りも打った様でタンクトップが捲れている腹の部分から、クリーム色の包帯がのぞいておる!
白い包帯を巻いてやりたかった! 白い包帯は皇族や皇王族、王族しか巻けぬからな。だが、濃いクリーム色の包帯も似合っておる。これが包帯属性か! この破壊力は七十七日七十七晩語ったとしても語りつくせぬ! 語っておる場合ではないが。
「腕は押さえておけ、その為にお前を連れてきたのだ、クロトハウセ」
クロトハウセは情けない顔をして、
「触れさせていただきます、お兄様。うあ、この麗しきお肌に触れてよいのでしょうか? 兄上」
カタカタ震えながらエバカインの両腕を押さえた。剥いている最中に間違ってエバカインの手が器具に触れ、柔らかにしてその可愛らしいソコに傷がついたら大事件である。
「怪我をさせぬよう、押さえておるのだぞ」
余も全神経を集中させ、エバカインを剥いた。極力反応をさせぬようにする為に、全て器具を用いた。
緊張した、初陣など比べ物にならぬ程に緊張した。人生においてこれ程緊張したのは最初で最後に違いない。
それにしても、なんと可愛らしく可憐な尿道!
「終了しましたね。うあ、お兄様申し訳ございません、このクロトハウセ貴方の麗しき薔薇の蕾の如きそれをみてしましました」
「落ち着け、クロトハウセ」
二人で下着とハーフパンツを穿き直させている途中に、ちょっと触ってしまった。
「んっ……」
刺激を与えてしまった為に、敏感になっていたであろうそこが少し勃ってしまった。正常な反応である事を喜ぶと同時に、同時に、同時に…これが思春期か!
「……(兄上! お兄様がっ! 1598758647!)」
声にならない声を上げ、クロトハウセが床に沈んだ。1598758647のあたりは余にも理解不能であったが。
本当はもっと撫でて勃った! エバカインが勃ったぁ! と叫びたい所であるが、ぐっと我慢した。やるときは、意識がある時と決めておるのだ! 今決めたのだが、寝込みを襲う事は決してせぬ!
余は撫で撫でしたいエバカインの可愛らしいそれを眺めつつ、呟く。
「兄は何時でも傍にいるからな」
「おにいちゃん……本当?」
余とクロトハウセは顔を見合わせ、脳波計を向ける。脳波は確かに寝ている。
「エバカイン、愛しておるぞ。今度会った時は、何をして遊ぶ?」
「ずっと一緒にいたいなぁ。御飯一緒にたべよ」
エバカインはかなり寝言が激しい体質のようだ、それも、
「お兄様、お兄様」
「エバカインは自分が兄だという自覚はないであろうから、名で呼びかけてみろ」
「では、エ、エ、エバ、エバカイン! エバカイン」
クロトハウセの声には反応しない。そういえば、アレステレーゼの声にも反応していなかったな。
「もしかしてお兄様は、兄上の声だけに反応なさるのでは?」
「そのようだな。さて、名残惜しいが戻るか。エバカイン、今度会う時は天気の良い日で、庭に出て皆で軽食を食べながら話そうな。何が食べたい? 用意しておくぞ」
「卵がいいよ」
最後の最後まで寝ておった。
理由は解らぬが、余の声は寝ているエバカインの夢の世界にまで到達する低音らしい。そうとしか判断できぬ。
「お兄様は兄上の事を慕っているのですよ! 間違いありません」
やや夢見がちな所のある、ロマンチストなクロトハウセは祈るように手を合わせあらぬ方向を向いて、詩を吟じだした。
古典だ、それもかなり古い。確か、アナクレオンの歌であるな、軍人でありながら優雅な男だ。
アナクレオン? そう言えば、同性愛者を出したことのない男爵家の跡取の名はアナクレオンに似たような名であったな、そう! アダルクレウスだ。それはケシュマリスタの一門であったな。よし、後々エバカインの側近にでもするか。
そして、
「クロトハウセよ」
「何でございましょう」
「余は眠りの中におるエバカインに届くよう声を鍛えようとおもう。発声練習の際に腹に蹴りを入れてくれぬか、腹筋を鍛え上げ威風堂々たる声を作る」
何時かエバカインを傍における日が来たら、隣に眠るエバカインがうなされる事があったなら、余は鍛え上げた声で夢魔とやらを打ち払おうではないか! いや、超音波で破壊してやろう! そしてお前は安心して眠るがよい、エバカインよ。
その為には今以上に声に箔をつけねばな。変声期に差し掛かっている余のこの声、皇帝に、帝王に相応しいものに鍛え上げよう。
「兄上がそうお望みでしたら、このクロトハウセ! 大外装(要塞の外殻・とても硬い)をもぶち抜けるこの蹴りを兄上の腹に叩きつけます! 例え足の骨が折れても、兄上の腹筋を鍛える為に、延々と叩きつけさせていただきます!」
「内外装くらいにしておいてくれぬか」
さすがに余も、それを食らいながらでは声がでぬ
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