PASTORAL −117
シャタイアスが余の元を去ってすぐの事。
余は十二歳の時には軍警察は単独で配下においておった。エバカインが市井で生活を送る以上、その治安を守る軍警察を余の手中に収めておかねばならぬ。
それとシャタイアスは母親を殺害せずとも早いうちにゼンガルセンの元に送るつもりであったので、何某かの事件が起こった際に余に直接届けられるよう、軍警察の権限を全て余に集中させた。中継ぎがなくとも余に直接情報が入るように、組織を整えた。
これで余の「くるりんとしたおめめのエバカイン」の身の安全をより一層図ってやれる、そう一人胸を撫で下ろしてあった初夏の頃、事件は起こった。
気持ち解らなくもないが、人倫が法律が世界が、そして余が許さぬ! その気持ちをわかろうが、余が許すと思っておったか! 愚か者達め!
余のエバカイン九歳(身長152.03cm 体重38.25kg 足のサイズ25cm 特記事項:ありえないくらい可愛い。世界くらい軽く滅ぼせる笑顔。太股ツルツル、頬ぷにぷに。まだ毛は生えてない、ピンク色)を襲おうとした者共がいたと報告が入った。
エバカインは危うく難を逃れたようだが、その可愛らしい握り拳で殴られて殺されるとは! 羨ましい限りだ! 余ですらまだ味わったことのないエバカインとの殴り合いの喧嘩。兄弟たるもの殴り合いの喧嘩をせねば! それを貴様等が先に行うとは!
その上、殴られて死んでしまうとは何事だ! あの可愛らしい足で蹴られて悶死したとでもいうのか! 余が代わりに蹴られたい! 殺しても殺したりぬとはこういう事を言うのであろう。
……ほお、まだ生きておる者もいるのか……やってしまうか!
昨日収められた、機動装甲バリエンハルタ型(機動力無視:兵器装備重視型)の試運転で殺してやろうか!
それともキーサミナー銃(星系破壊用:別名・ザロナティオンの腕)で狙い打ってやろうか!
それとも、一昨日カルミラーゼンから借りた『言葉に尽くせぬ拷問の数々ファイル・幼児から老人まで確実に実践出来るマニュアル』を実践してやろうか!
今の余なら出来る! 全てを味あわせてやりたい! 無理ではあるが。それにしてもカルミラーゼンよ、十一歳にしてアレはどうか? かなりエグかったぞ。趣味であるのならば余は何も言わぬが、お前の末恐ろしさを垣間見たような気がしたぞ、カルミラーゼンよ!
余は沸々と湧き上がる怒りを抑えて、警察署の方へと車を向かわせた。
エバカインに告げた事は嘘ではないが、全てを告げた訳でもない。
言えないことであった訳ではなく、エバカインに語る気になれなかった。
こう申せばカルミラーゼンやクロトハウセは怒るやも知れぬが、エバカインを愛して止まぬ想いと、ザデフィリアの思い出を語るのは違う。余がザデフィリアと築いた時間は、決してエバカインに語る事はない。
誰に認めろとも言わぬし、追従しろとも命じはせぬ。だだ、ザデフィリアも余にとって大切な相手だ、それは永遠に変わることはない事実。
余の妻となり死んだ女。その想い出を語り合う相手は余の皇太子、余とザデフィリアの娘であるザーデリアであって、エバカインではない。
そのザデフィリアと予定通りの観劇を済ませ宮殿へと戻った。そこから手をつくし一週間で事件に関わった全ての貴族を “別件” で処分した。警察署の方にはエバカインの事に関し箝口令を敷いたが、それもどれ程確かか解らぬ。だからと言って警察署にいた全員を家族諸共殺害するわけにもいかぬ。
まあ『殺してしまおう』と思わなかった訳でもないが、皇太子妃に諌められ、全員階級を上げ地方に飛ばした。無論、移動の際に『この移動の理由は解っておろうな』と念を押し。
ザデフィリアは、余がエバカインを宮殿に皇王族として迎えるつもりである事を一番に打ち明けた相手である。
「殿下、あの時私は嘘を付きました」
「嘘だと」
「あの時殿下、戻られましたらそのまま警察署まで走って戻ってしまわれたでしょう。そして、殺してしまわれたと思いますわ。そうなると、隠し通す事はできませんわ」
ザデフィリアが言うには、あの時余を弟の元にやるのは危険だと肌で感じたのだと。
「それほどの顔をしておったか」
「怖かったです」
それを本当だと信じても良い。それは嘘であり、余と共に観劇に向かいたかっただけだと取っても良い。そのような表情で笑いかけてきた。
「感謝する」
「いいえ。でも、我儘きいて下さって嬉しかったですわ」
「そうか? そなたの我儘はあれが初めてであったからな。あまり我儘を言われても困るが、今度は本当に自分本位な我儘を私に言え」
「はい、殿下」
まさかこの約束が仇となるとは
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余は十三歳で軍の指揮官の地位を得て、初陣に出た。
本来ならば軍人として戦場に立つのは皇帝になってから、そう考えておったのだ。
理由は、埠頭に来て此方に向かって話し掛けてくれるエバカインを見ていたい為。皇帝となりエバカインを呼び戻し、軍人にして共に戦場に向かう計画であったのだが、十二歳の時、あの薄いピンク色をした魅惑的な唇を持つエバカインと余が奇跡の対面を果たして以来、エバカインはほとんど埠頭に来なくなった。
稀に来ることもあるが、全くこちらに向かって話しかけることもなくなってしまい、ただ翳りを帯びた表情で此方を望むのみ。
エバカインが三歳の時、女装して訪れた相手が兄であり皇太子であったと解ってしまったのかもしれぬ。それに関して幻滅したのやも。そう考えればタイムマシンの一つも欲しくなる。それが無い以上、余は後悔してはもんどり打っておる。ちょっと暴れた際に壁が崩壊し(縦75m,横46m,厚さ3m)柱(直径13m)が崩れ去ったりしたが、思春期という事で事なきを得た。
思春期とは良くは知らぬが、大変なものだ。弟達の思春期を注意してやらねばな、クロトロリアは役に立たぬし。
それよりも六歳の余にはあれが精一杯であったのだ。兄である余の威厳も何もない行為に幻滅するのも自由であるのだ、だが辛くもある。
埠頭には来なくはなったが、以降勉学に励み中々の好成績を収めておる。その選択科目から、軍人を目指していない事だけは確かであった。
帝星の士官学校は貴族が大勢いる為、出生を偽らせ続けることは不可能である。よってその判断は当然であろう。
だが会えぬのが辛い ⇒ どうしても会いたい ⇒ 皇帝になるしかない!
リスカートーフォン的な考えはあまり好きではないのだが、帝国軍を掌握できれば皇帝に退位を迫ることも可能である。そうなれば思いのほかエバカインを早くに呼び戻せるかも知れない。
決めた! 行こう! 前線に赴こうではないか! 我が永遠のミラクルハニーキューティクルファイナルウエポンアトランティスから来た男(意味は知らぬ、漫画本にかいてあった。誤用であっても許されるであろう)エバカインを手に入れるためならば、余は死地など怖くはない! むしろ死地すら花畑に見える! 死地の入り口は花畑と聞くが些細な問題であろう!
もしもこの戦いで倒れようとも、悔いは残るが悔いはない。
だがそれには一つ、あまりにも重要な準備が必要であった。
皇后が帝星にいる以上、エバカインを守るものが帝星に残らなくてはならない。もしも余が初陣で散ってしまった場合をも想定し、間違いのない人選が必要である。
皇后もカウタが皇帝に強姦されて以来、アレステレーゼに対する恨み言は口にしなくなったが、それでも警戒を怠る理由にはならぬ。もっとも皇帝がカウタを強姦した一件以来、塞ぎこんでしまっているが。子すら欲しいと言わなくなってしまった所をみると、相当こたえたのであろう。
余の弟はルライデで終わりか、致し方ないがもう少し弟や妹を欲しかった。余が即位すれば政略結婚の駒として用いる弟達ではあるが、もっと大勢の兄になりたかったものである。妹などがおったら『まじょっこ』なる、描かれた当時の科学力ではありえない形のミニスカートなどを作ってはかせてみたかった。
さて皇后とその姉であるケシュマリスタ王、そしてどこかに潜んでいるやも知れぬ『エバカインに害をなす可能性のある者たち』を抑え、出し抜き、エバカインを守れるとなれば自ずと人は限られてくる。
エバカインの事を弟で知っているのは九歳のクロトハウセのみ。十二歳のカルミラーゼンならば任せられるが、クロトハウセには少々荷が重い。
クロトハウセは余以上の総合的身体能力を有し、将来は間違いなく軍人となる男だが今はまだ能力が足りぬ。
カルミラーゼンに我々の父である皇帝が侍女を強姦し、母である皇后に追われて認知もされぬ弟がいることを説明するのは、時期ではないし時間がかかりすぎる。大した説明も受けずに『はい、わかりました』などと言って即座に『皇太子』に従うような人間では困るので、それは良い資質であるのだが今は使えぬ。
余がカルミラーゼンを使えるのは皇帝となってからであり、皇太子である今はカルミラーゼンに指示を出す権限はない。それは皇太子である余が最も弁えねばならぬ事である。皇帝に即位する予定であるだけなのに『皇帝のような』指示を出すのは愚か者のする事だ。特にカルミラーゼンは余に次ぐ皇位継承権を持つ弟、大事に扱ってやらねばならぬ。
唯でさえ余と一歳違いで有能であるがために、周囲の者が皇帝の座をねらったらどうだ? という甘言に一人で立ち向かっておるのだから。今は “余計” と言ってはいかぬであろうが、心痛の元となるであろうエバカインの事を教えるのは酷だ。
そして余はカルミラーゼンに対する甘言を止めるわけにはいかない。カルミラーゼンが自分の意思だけで “反逆せぬ・皇位を狙わぬ” とならねば意味がない。もしも此処でカルミラーゼンが甘言に乗ってしまえば、余はカルミラーゼンの処刑を皇后に告げねばならぬ。余が告げるより前に皇后が気付くであろうが。
そこで余は皇太子妃に相談を持ちかけた。ザデフィリアとは定期的に庭を散策しながらエバカインの処遇を話し合っていた。エバカインを皇王族にする際、まず説得せねばならぬのは、余の正式な配偶者であり最も長くともにおる皇太子妃、何れは皇后となるザデフィリア。皇太子妃を蔑ろにしてはいかぬと、余は詳細を告げておった。
そのせいか、
「信用してくださって嬉しいですわ、殿下」
満面の笑みでその任務を引き受けた。
ザデフィリアは一人では無理だが、クロトハウセと連携してならば可能であると。
「陛下、頑張って “可愛い卵” を皇族に迎えましょうね」
『可愛い卵』とはエバカインの事である。会話を聞かれぬようにすることや、人目を忍ぶよりも堂々と語った方が知られ難かろうと、ザデフィリアと共にエバカインに二人だけで通じる愛称をつけたのだ。
余とザデフィリアが会話してもおかしく思われないような愛称で。
そろそろ余とザデフィリアは子が出来てもおかしくはない歳であり、少々子供っぽい所のあるザデフィリアの口からその単語が出ても周囲で聞いておる者達は “可愛い卵” が “エバカイン” をさしているとは気づかなかった。余と皇太子妃の “まだ見ぬ子” の事を話していると信じておったらしい。
「皇族か」
余はザデフィリアと語り合うまで、エバカインを皇族として迎える気はなかった。
アレステレーゼを妾妃にし、皇王族として親子で迎えようと考えておったのだが、ザデフィリアが『陛下の弟君として迎え入れたらいかがでしょうか』と提案してきた。
将来の皇后が許可するのであれば、例え苦難の道であっても達成したい! 晴れて兄弟となれるのだ! これ程嬉しいことはあるだろうか? いや、ない!
「ですので、必ず生きて帰ってきてくださいませ。殿下」
「そうだな」
そのような会話を交わし、ザデフィリアに口づけた。
あの頃エバカインは余の傍に居なかったが幸せであった。それは否定せぬ、皇太子妃と語らっている時、余は確かに幸せであった。
どちらと居た時が幸せだったとか、そんな下らぬ比較などせぬ。どちらと暮した時も幸せであった、かけがえのない余の “皇后” と “皇君”
クロトハウセはカルミラーゼンとは違い、エバカインの経緯をほぼ知っている。そして常々エバカインの事を気にしておった故、余とザデフィリアの提案に即座に同意し、軍人になると意思を表明した。元々身体能力に優れているクロトハウセ、皇帝も皇后も何の異義もなければ疑問も持たなかった。
そして先ずは手始めにと余が掌握していた軍警察の統括権限を譲渡する。こうしてクロトハウセは早熟な天才軍人としての道を歩むこととなる。
余は己の十三歳の初陣の際に十七歳になったカウタも連れて行く事にした。カウタを伴ってゆけばケシュマリスタ王はカウタの方に注意が向く為に、注意せねばならぬ人数が減る。
それに王となる以上、総帥の座を務められるようにしておかねばならぬ。これらの配慮は余がせねばならぬ事であろう。
エバカインの事をカウタに説明すると、
「サフォー、うん、いくよ。たまごでしょー。レッくんもいくんでしょう」
我が父に強姦され破壊された脳だが、時間が少しずつ回復させてくれているようであった。
だが、
「ああ、アウセミアセンの護衛として機動装甲で出るようだ」
「だれー、その人」
「シャタイアスとアウセミアセンだ」
「ゾッフィーのレッくんはしってるけど、もう一つは知らないですよ陛下」
「まだ陛下ではない」
「……覚えたほうがいい? サフォー。そのアレオミレロ?」
「覚えずとも良い」
暴行され記憶を失う、それは徐々に周囲にも広がってゆく。だが、忘れない相手もいる。
四人で儀礼を学んでいた。余とカウタとシャタイアスとアウセミアセンと。余の事は忘れないのは当然であろうが、アウセミアセンのことはすっぱりと忘れたか。その程度か、あの男。
余に “もしも” の事があらば皇帝の座に就くカルミラーゼンの名も言えるよう学ばせ、それは残っていた。 “カルミラーゼン” だけではあるが。同時期に王となるアウセミアセンの名は消えておったか。
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