PASTORAL −84 「間劇:タースルリ 神の残映」
施設に押し込まれた俺達は、その後の身の振り方を役人が勝手に決めやがった。
普通は元の場所に返す筈なのに、
「いい所があるんだよ」
小遣い稼ぎをしたい警察官が、俺の身分証にもなる資格証を見て声をかけてきた。
何処だかの貴族が、知識のある奴隷を幾らで買うとか、良い生活が出来るから……とかな。
それも生き方だとは思ったが、一回自由を覚えると、人には仕えたくなくなるもんだ。いや、あの俺を育ててくれた老夫婦みたいな所なら行ってもいいが、相手の貴族は『知識のある奴隷』を多数所持して、出世したいだけだろ?
別に俺がいようがいまいが、生活に苦労はないらしいところで、窮屈な生活はしたいとは思えなかった。
でも拒否のしようがない。
完全に売る気だったソイツは、俺を持ち出して車に乗せて取引現場につれていった。
奴隷商人相手には喧嘩も売ったが、相手は警官のと、
「コイツか。字を書いてみろ」
購入者……の部下か?
どれほどの貴族に仕えてるのかは知らないけど、
「たいしたものだ。計算もできるのか? どれどれ、この問題を解いてみろ」
ま、四大公爵家系列じゃないことだけは確かだ。
あいつらなら、幾ら知識のある奴隷を所持しても、それ以上位はあがらないから。まだ位に上がある、その程度の貴族に仕えてるんだろ。
差し出された人を馬鹿にしているような簡単な問題を解いて、警察官の方に差し出す。
「全問正解だ。これは使えるな」
間違えても良かったんだが、間違えた所でこの状況が変わるとも思えなかったから、正答を書いた。
「いかがですか?」
俺の目の前で取引が成立した。
貴族の部下がもう一人の同僚に金を払わせた。その瞬間、
「キシュライ伯爵ゼバテシア及び、エタンティ大尉、奴隷横流し、及び密売現場を取り押さえさせていただきました!」
警察官が現れた。
俺を買ったのは伯爵だったらしい。それも当人が直接買い付けにきていた。
たいした貴族じゃねえな……思いながら、貴族らしい男の横顔を見る。特に変わった所もない、奴隷の俺に『召使い』と勘違いされた男。
「なっ! 貴様!」
強いライトに照らされた伯爵は、相手がまるで悪人のような声を上げた。法律からみりゃあ、この伯爵が間違った事をしてるんだが、それは関係ないんだろ。
「ただ今の映像はすでに本庁の方へ届いておりますので。さあ、同行していただきます」
「たかが軍曹が!」
「そんな事、関係ありませんよ。さ、逮捕ですよ。奴隷の密売は厳罰ですからね」
逮捕しにきたやつは軍曹、その“位”で大尉と伯爵を逮捕しにきたらしい。
逮捕自体は正当だったんだが、相手が貴族だったのが災いした……ってラウデから聞いた。
その軍曹ヘス・カンセミッションは人事異動で帝星から移動させられた。
「たしかに警察に向いている男なんだが、正義感が強すぎてヤバイ事に首挟むんだよな」
そのカンセミッションの上司だったラウデは、降格か退職を余儀なくされた。貴族を逮捕した映像はすでに軍部に届いているので、彼を降格や退職させるのは表面上できなかったらしい。正しい事をしたのにそれをするのはマズイと。
奴隷関係に今の皇帝はやたらと厳しいので、そこには貴族は触れられなかった。
それでヘスは人事異動で”下級准尉”になって辺境にとばされた。だが、貴族の方はそんな事では満足できなかったらしく、誰か責任者を処分しろと言い立ててきた。そのあおりで、ヘスの直属の上司だったラウデが、
「ケシュマリスタ領までは送っていく」
退職することになった。
「悪いな」
「別に。カンセミッションが無事で何よりだ。ルセントム署長は良い判断をする人だからな」
ヘスを途轍もない辺境に飛ばしたのは、伯爵の手が届かない場所に送るためだったのだそうだ。
通信網が整備されていない辺境中の辺境に送られてしまった彼を、伯爵の手の者は追えなかった。ただ、それで溜飲が下がらなかったのでラウデが巻き添えを食ったんだが、
「職務を全うした部下の代わりになるのは、上司の役目だからな」
ラウデはそう言った。
後で聞いたら、俺を買おうとした貴族は『家名無し』伯爵。
下級貴族⇒家名無し爵位貴族⇒家名爵位貴族⇒四大公爵系列⇒四大公爵(王)って並ぶ中の下から二番目の地位。そりゃ出世もしたくなるわ。
それで、
「伯爵様は前に部下に命じて金を持たせて購入させたそうだが、部下が買った奴隷をそのまま別の家に持っていったんだとさ。伯爵様より上の家に。知性のある奴隷を多数持ってきた伯爵様の部下は、その家に雇われる事になった……それ以来、自分で買い付けに行くようになったらしい」
出世の為に、生き馬の目を抜くような奴隷売買が日々続いているそうだ。
俺は警察の金で、一番近いケシュマリスタ星域まで行けることになっていた。もちろん奴隷の支配星域間移動なんで、ラウデがついてきた。最後の仕事って事で。
その後、俺に船長の資格があることを知ったラウデは『退職金つぎ込めば古い貨物船なら買えるぞ、どうする?』そう持ちかけてくる。
身寄りもなにもない俺とラウデは、雇ってくれる船を捜していたサイルとサラサラを仲間にした。
「船の名前はタースルリか。誰か知り合いの名なのか?」
登録金なんてのは払えないから、船に名前は必要ないんだが、それでも俺はつけた。
「俺を育ててくれた老夫婦の苗字さ。俺はいろんな物をあの夫婦から貰ったが、苗字だけはもらえなかった、継いで残したかったが俺は奴隷だしな。タースルリ夫妻の苗字はなくなっちまったが、こうして残しておこうと思ってさ」
俺達は小さいながら、仕事を始めた。
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