PASTORAL −83 「間劇:タースルリ 神の残映」
 エバカインの中におぼろげにあった「お父さんみたいな人」と「お兄ちゃんみたいな人」はこの瞬間、消え去る。
 彼の中にあった小さな希望、『お兄ちゃんの居る人と一緒に住もうよ!』と母親に強請った時、今、目の前に居るラウデとその弟ヤスヴェを脳裏に描いていた。自分の出生の事実を知る九歳の初夏の頃まで、エバカインの中にあったのはこの兄弟と一緒に生活する事。
 事実を知った後は、それらの希望を持つ事を捨てた。それと共にこの兄弟も記憶の片隅に追いやっていたのだ。
「悪い」
「皇子は悪くありませんよ。それに、全く関係ないじゃないですか! その時は俺と一緒に任務についてらしたから……泣かないでくださいよ。貴方に泣かれたら困りますよ。伯妃様にも叱られますし」
「嫌だな……自分が死ぬのは構わないが、知り合いが死ぬのは……」
「その言葉、皆にそっくり返されますよ、皇子」
 こういうの、苦手なんだよな……そう呟くエバカインの肩にラウデは手をかけた。
 すっかりとラウデよりも大きくなった皇子は、その肩に顔を乗せて『もう少しで泣き止むよ……』と言っていたのだが、
「何やってんだよ! ラウデ!」
 ついに船長我慢できなくなった。
 それでも『ラウデ』に向って発言しただけ、まだ冷静さが残っていたのだろう。「何やってんだよ! 皇子!」と叫ぼうものなら、色々と大問題だ。
 叫ばれた皇子は何とも思わないだろうが。
「サンティリアス! 少しあっち行ってろ」
 涙で潤んだ目で突然入ってきた青年を見つめるエバカイン。
 身長が高く、それ相応の体格をしているのだが、泣いている姿は『綺麗』の一言。
 その顔やらなにやらに、
「大体、何でラウデが扉の前で寝てなきゃならねえんだよ!」
「黙ってろって!」
 エバカインに一部屋渡しているのだが、ラウデはその部屋の前で寝泊りしている。皇子の部屋の前に警備がいるのは、普通であり『召使いも兼ねてな』呼べば直ぐに要望にこたえられる位置に人がいるのは当然なので、ラウデはそうしていた。
 当然そうしているのだから、サンティリアスとは……

「てめえのせいで、コッチは溜まってるんだよ!」

 そういう事だ。
 775星に不時着して生活していた際は、襲撃に備える必要があったので当然寝てはいない。倒した後は即座にラウデは皇子についてまわって……。
 サンティリアスの気持ち、解らないでもないが、目の前の皇子は『本当に』解らなかった。そう言われて直ぐ気付くような皇子ならば、サンティリアスが不機嫌になる前に二人の関係に気付くだろう。
 色事に弱いというか疎いというか、興味の欠片も持っていないような皇子は、
「……溜まってるって? 何が?」
 若干鼻を啜りながら、その言葉を聞き返す。
「知らないとは言わせねえぞ!」
「黙れ、サンティリアス」
「いや、ラウデ。彼と話をしてもいいか」
「……どうぞ」
 そう言われ、ラウデは仕方なく口を閉じた。
 出来ればラウデとしては、男と関係があることをエバカインに知られたくなかった。サンティリアスの事云々ではなく、エミリファルネ宮中伯妃とエバカインに知られたくなかったのだ。宇宙で最も知られたくなかったのだが、それも露と消える。
 そのラウデの前で、伏字無しの見事な会話がなされた。だが、そのくらいハッキリと言わなければエバカイン理解できなかっただろう。二人が、
「……恋人同士なのか……」
 その関係であることなど。
 サンティリアスに怒鳴られて、頭の中を整理したエバカイン。聞かされるまで、ラウデとサンティリアスが肉体関係まである、
「そうだ。てめえのせいで、やれねえんだよ」
 男性同士だとは思ってもいなかった。二人を交互に何度か見たあと、
「奴隷だよね、船長」
 首をかしげながら船長に生まれを問いただす。
「悪ぃかよ」
 ハッキリと答えられたそれに、エバカインは後ろ歩きをはじめ、扉の前まで来て、
「あっ! 皇子!」
 ラウデに引き止められたが、
「いや、全然……いいんだ、いや良くないけど良い。聞かなかった事にしておくから……そ、そういう訳だったのか。いや、何も聞いてないから安心してくれ。私は何も知らないから! 何も聞いて……だあぁぁぁぁ!」
「皇子!」
 出て行った。扉が開くと同時にエバカインは駆け出した。駆け出した所で小さな宇宙船、直ぐに行き止まりになるのだが、とにかく駆け出さずにはいられなかったようだ。
 変な顔をして出て行った皇子と、心底困った顔をしたラウデ。
「サンティリアス……皇子があのように言ってくださったから良いが……」
「何がだよ」
「お前、奴隷の同性交渉が禁止されてるって知ってるか?」
 言葉は悪いが奴隷は家畜の一種。
 奴隷の数の多さで競うもの。奴隷が老化しないように、その繁殖や数に注意を払うのも主の責任とされている。
「知らねえな。男娼宿とかあるじゃねえか!」
 繁殖とは異性間での肉体交渉であり、同性間では繁殖に結びつかない為、禁止されている。
 同性同士で結婚できるのは、平民と下級貴族まで。
 上級貴族もその家系を考えて、原則として同性で婚姻を結ぶ事は出来ない。
 そして今更言うまでもないが、上級貴族の同性婚も皇帝の許可があれば成立はする。
「そういう所、取り締まるだろ」
「そうだな」
「何で取り締まるか解るか?」
「な、何でって……売春は法律違反だから、だろ?」
「奴隷は売春取締り法には引っかからない。売春行為の摘発は、奴隷以外は売春取締り法だが、奴隷は家畜の繁殖に関係するってんで摘発だ。奴隷は、繁殖性のない性行為は禁止なんだよ。女の娼婦も堕胎するだろ? それが引っかかるんだ法律に。だからって女娼婦に子供がんがん産ませても、今度は奴隷の所持法に引っかかる。奴隷ってのは帝国法で位によって所持数が決められてるから、売春宿にあんまりいるとそれも摘発の対象。それに奴隷を使っての商売は、登録しなけりゃならない。名前じゃなくて数をな。……抜け穴的産業が“人権ないから楽”って、あれ大間違いな」
 法律の人権から抜け落ちている奴隷だが、奴隷の所持には厳しい法律が多数存在する。
「繁殖って最高レベルの問題だよな」
 サンティリアスにもはっきりと解った。
 よく売春宿の親父などが『何で奴隷使ってるのに摘発されるんだよ』といっていた愚痴。それは『奴隷を使っているから摘発されるのだ』という事を。それらが一般的に理解されていないことも。
「奴隷はな。特に今は人口も少ねえしよ。サフォント帝は四大公爵に対し、人口増加の達成数も提示していらっしゃる。階級別だが、奴隷の達成率はかなり厳しいらしい。だから奴隷の同性交渉なんてもっての外だ」
 暗黒時代を経て、激減した人口を増やす為にサフォント帝はかなりの人口増加を四大公爵に要求していた。
 それを毎年達成できない場合、厳しく高額罰金をかしている。達成目標は厳しく、サフォント帝即位七年で、四大公爵全員が最低二度は支払っている程。人口増加目標を達成し、罰金を支払わないでいる『真の所持者』は皇帝のみ。皇帝領の人口は確実に提示している分の増加を果たしていた。
 自分に厳しい皇帝は、自身の領でそれが達成されなかった場合、躊躇う事なく罰金を払うだろう事は誰もが理解している。
 平民・奴隷の人口の増加に関し四大公爵と激しい争いを続けながら、不満をも持たれていることを知りながら、それでも増加策を取る皇帝の御世において、
「かなり法律違反?」
 奴隷の同性交渉は重大な違反である。
「そうだな……かなり。それに現在サフォント帝は“家畜と寝るものなど帝星に近寄るな”って姿勢を貫いてるからな……皇子が知らないフリしてくださるってから……知らなくても仕方ねえが……まあ、そういう事だ」
 その『顔に似合わない奇声』を発しながら走り去った皇子は、部屋に戻る途中で平民の兄妹と遭遇し、
「知らない事にしておくけれど……あの二人ってそういう関係だったのか……」
 かなり仲良くなった。
 怪我の功名というか、何というか。とにかく久しぶりに平民と仲良くなれて、エバカインとしては楽しい航海となった。
 その後一人になった時、
「男同士か……未知の世界だな……」
 古びた宇宙船の個室でそう呟いていたエバカインだが、三ヵ月後には無自覚ながら兄皇帝と結婚し、一年後には盛大な式まで挙げるとは、この時思ってもいなかっただろう。
 


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