ALMOND GWALIOR −60
“俺、格好悪いなぁ……”
ザウディンダルは首に抱きつきながら、抱きかかえている人物を見上げひっそりと溜息をついた。
用意された移動可能な医療ベッドに、フォウレイト侯爵の姫抱っこ介添えで寝かされて、帰還用に用意されていた戦艦へと乗り込んだ。
一隻だけの戦艦とその護衛についている、図案化された鈴蘭の紋章が刻まれた機動装甲。
『帰りは俺と一緒だ』
エーダリロクを護衛として、機動装甲に搭乗できない三人は帝星へと戻ることになった。
『それにしても、よく帝国宰相が許したな』
「何をですか?」
『あんたが戦艦の司令官になることだよ。小さいヤツで一艦だけだけど、帝国軍所属の艦だろ? 帝国軍人でもないあんたが司令官ってのは、あの帝国宰相の性格からして許さないと思ったんだよな』
機動装甲に搭乗している時は艦隊指揮の権限はない。乗っている時点で指揮をする暇などないので当然のことなのだが、はっきりと記載されている。
対する不文律はザウディンダル。
その身体的な特徴から、帝国軍に籍のある上級大将だが艦隊指揮権は与えられていない。これは帝国宰相がザウディンダルを帝国騎士に任じ、戦功により順当に階級を上げることを同意させるための取引材料にしていた。
以上の理由から “代理” なんだろうなと軽く声をかけたエーダリロクだったのだが、
「そのことですの。セゼナード公爵殿下、良いことを教えて差し上げますわ」
『……はい、なんでしょうか?』
いつかは突進せねばならない場所に自ら踏み込んでいた。
「帝国上級士官学校卒業者名簿に、メーバリベユ侯爵を御照会ください」
『……! あんた一体何時の間に帝国上級士官学校卒業したんだよ! 学位編入? うわ……』
妻は帝国軍の将校候補になっていた。
当然ながら、搭乗している戦艦の指揮をするには十分足りる身分。
「殿下が衛星で可愛らしい愛人と戯れている頃に卒業いたしましたわ。私は軍人としの才能には恵まれていませんでしたけれども、そこは努力で乗り越えました」
『なんで! 編入したのは三年前って!』
「皇帝陛下の正妃は中将の位を与えられますので、候補時代から相応の知識を学んでおりましたの。私は陛下の正妃になることはありませんでしたが、その後ロヴィニア王から “まだ生まれていない正妃になる予定の王女” の女官長を打診されまして、家臣として名誉をお受けいたしました。その時に王女殿下の年齢的な問題を考えて、いざという時は王女殿下の副官を務める必要があると判断し帝国軍に籍をおく重要性を感じて編入したのです」
メーバリベユ侯爵が大画面に映し出されるエーダリロクに話し掛ける後ろ姿をみながら、
「すげ……」
心の底から感心していた。
『上級士官候補生なんだ……』
それはエーダリロクも同じ事。
王子の権限と帝国軍上級大将の権限で、メーバリベユ侯爵の卒業を確認した後に成績を開いて確認する。
「私は后殿下の副官の地位を目指しているので帝国軍での出世には興味はありません。中佐の位があれば良いと思っております。万が一の事を考え、二十五歳前に初陣を済ませ、中佐の位に就けるくらいの軍事行動には参加したい事、艦隊指揮希望の旨も申し出もしておりますので」
「エーダリロク……」
『ごぁっ……』
ザウディンダルは初めて力を失った無機質というものを見た。宇宙空間で搭乗者の意志をそのまま伝えている機動装甲の “やるせなさ” は未だに回収しきれない宇宙に漂う内戦の際の武器や戦艦の残骸によく似ていた。
「あーなるほど」
「凄い御方ですね」
エーダリロクが『俺の妃が帝国軍の上級士官学校に在籍してたら、意図的に隠していたとしても帝国軍上級大将でもある俺は絶対に気付ける筈だ!』との叫びに、メーバリベユ侯爵は淡々と答えた。
ザウディンダルが知らないのは当然だが、エーダリロクは以前メーバリベユ侯爵がロヴィニア国軍に籍を置くことを許可しなかった。
国軍の総帥は兄王だが、前線指揮官を務めている回数は兄王よりもエーダリロクの方が多い。兄王はあまり前線に出向きたくないので、軍に関してはある程度エーダリロクの我が儘を聞き入れもする。その権限を駆使し『絶対にメーバリベユには国軍軍籍をくれてやるなよ』の命令が行き渡っている。
「よって帝国軍に入る事を決めました」
『黙って国軍に所属させて、俺の目の届く範囲に置いておくべきだった……あんたの行動力を見誤った俺の失態だ……』
そのような理由からメーバリベユ侯爵は帝国軍に入る事を決めたが、軍に所属することを全面的に反対している夫の目をかすめる必要がある。そこで協力してもらったのが帝国上級士官学校総長であるジュシス公爵 アシュレート=アシュリーバ。
ザセリアバ王の実弟で、過去の偉大な皇帝の姿だけは生き写しのエヴェドリットにしては物静かな公爵は、メーバリベユ侯爵の頼みを全面的に聞き入れた。
もちろん彼女だけではなく、
『兄貴とザセリアバのヤツ……』
この二人も絡んでいる。
「二王と総長殿下のおかげで全く気付かれずに済みましたの」
画面に映し出された演習参加日程など全てが、エーダリロクが帝星を離れた時に行われ、
「エヴェドリットの宇宙海賊狩りに五回同行し修了しました」
しっかりと終わっていた。優秀というほどではないが、劣等とはほど遠い成績。
『宇宙海賊はアシュレートが指揮してるもんな……』
学生の実地研修である宇宙海賊狩りは、その情報の全てがアシュレートの手にある。エーダリロクはビーレウストの僭主狩り情報は調べるが、学生の予備戦闘にあたる宇宙海賊狩りは余程のことがない限り手を出さないし、アシュレートが意図的に情報を渡さないでいたら気付く術もない。
『あんたって女は……』
「そろそろ到着ですわ。フォウレイト侯爵、私は到着後ロヴィニア主催の式典に参加するために急いで戻ります。後のことは今話題にしていたジュシス公爵殿下にお願いしていますので。レビュラ公爵、フォウレイト侯爵のことよろしくお願いします」
そんな話をしていると、正面モニターに帝星が映し出された。
「良い具合にお話が進みましたわ」
通信を切ったメーバリベユ侯爵の言葉に、レビュラ公爵とフォウレイト侯爵は顔を見合わせた。
着陸場所には既にジュシス公爵が待機していた。その姿を見て、戦艦よりも先に着陸し操縦部を開いてエーダリロクは飛び降り、
「よお、エーダリロク」
「アシュレート! てめっ!」
出迎えたジュシス公爵につかみかかる。
次の式典参加が控えているメーバリベユ侯爵も着陸後すぐに戦艦から降りる。ザウディンダルの移動可の治療用ベッドを誘導するように手を乗せてフォウレイト侯爵が隣を歩く。
「こんにちは、ジュシス公爵殿下」
メーバリベユ侯爵は歩み出て、襟元をエーダリロクに掴まれている顔見知りに何事もないかのように挨拶をした。
「メーバリベユ侯爵も元気で何よりだ。その後ろにいるのがフォウレイト侯爵か。我はジュシス公爵、エヴェドリット王族だ」
声をかけられたフォウレイト侯爵は無言のまま頭を下げる。
その彼女にザウディンダルが “ジュシス公爵ってオードストレヴ帝そっくりだろ” と声をかけると、微笑んで頷いた。賢帝と名高い皇帝によく似ている男は、当代随一の天才と名高い男に詰め寄られている。
「アシュレート!」
「だから何なんだ、エーダリロク!」
「メーバリベユが帝国上級士官学校に編入、卒業したこと何で俺に教えないんだよ!」
「聞かなかったから」
容姿は賢帝で穏やかな性格と言われても、基本的には戦闘以外に興味が薄い一族の男。
「…………そうだったよなあ、エヴェドリットはそう言うヤツの集まりだよな」
聞いた俺がバカだった……とばかりに手を離して、エーダリロクは両手で握り拳をつくり眉間に皺を寄せる。
「お前は良く知っているだろうが。我よりも遙かにエヴェドリット気質の強いビーレウストと年がら年中遊んでいるのだから。さてエーダリロク、ケスヴァーンターン属だけのパーティーが始まった、次はヴェッティンスィアーンだ。急いで用意……おい、エーダリロク。なにコソコソと」
ついついアシュレートの姿を見て大宮殿の軍港に強制着陸してしまったのだが、本来機動装甲は大宮殿ではなく帝国騎士の本部に保管しなくてはらない。大宮殿に保管されるのは例外として皇帝のみ。だが現在は例外中の例外として現在は帝国宰相も大宮殿に置かれている。
皇帝以外に許されていないことをする、これが彼の権力誇示、または越権行為だと取られ、反感を買っているのだが “皇帝陛下の身の安全のためだ” 帝国宰相は言い返し自ら専用の格納庫まで所持している。
式典から逃れようとしていたエーダリロクは機動装甲で帝国騎士の本部に着陸し、そのまま逃走する予定だったのだが、メーバリベユ侯爵の軍籍について問いただしたくついつい着陸してしまった。
「いや、また、じゃあ」
“これは作戦だな! 式典にセゼナード公爵と公爵妃として参加するために! 俺を捕らえるために! 良いタイミングで話ふっちまったな、俺” 理解した男は逃走するべく、操縦部へとむかう。機動装甲ロッククライミングを開始したエーダリロクに、
「あのな、エーダリロク。今日お前を連行するのは我ではなく……」
我は囮だ。さすが公爵妃、夫の行動を良く理解している……胸中で呟きながら声をかけた。そろそろ “来るぞ” と。
「エィダリロクゥゥ!」
閉じた天井部分を “かかと” で、ぶち破って落下してきた金髪の男。
「何か来たぁぁぁぁ!」
空中で落下角度を変えて、エーダリロクに突進してくる、
「リスカートーフォン公爵にしてエヴェドリット王、ザセリアバ=ザーレリシバ。覚えておくが良い、帝国宰相の異母姉よ。エィダリロクゥ!」
ロヴィニア王は【宇宙でもっとも高額な傭兵】アシュ=アリラシュ以来そう言われるエヴェドリット王を借り出していた。
「兄貴の鬼畜!! こう言う時に金をケチれよぉぉ!」
叫びながら廊下をかけていったが、
「逃げても無駄なのは解っているだろうに」
あーあ……といった顔でアシュレートは、風のように消え去った銀髪と、風をも切り裂く実兄を見送った。
「本当に。私も公爵妃として参列するための用意がありますので、此処で失礼します。後のことはジュシス公爵殿下にお任せしますので。それではまた後日会いましょう、フォウレイト侯爵」
「はい、メーバリベユ侯爵」
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