ALMOND GWALIOR −59
眠っているザウディンダルを起こさないように、三人は帰り支度を始めた。
エーダリロクはホテル内に人がいない事を確認してから、帝国宰相が三人の帰還用に用意した、無人の新造戦艦を機動装甲から操ってホテルの屋上へと接岸させた。
《お前の大親友、ディルレダバルト=セバインの末伯爵は自分の気持ちに気付いたか?》
− いいや、気付いてない
《…………》
− どうした?
《お前が今、気にしている、この男》
− キュラがどうした?
《キュラ…………マルティルディの末王の異母弟か。ガルディゼロ侯爵? 伯爵ではなくて?》
− キュラは伯爵から侯爵になった。一族を殺して伯爵になったんだか……っていうのが事実
《ふむ、そういう裏があるのか。ガルディゼロの事は、このまま進めるとして。この男がおそらく、ディルレダバルト=セバインの末伯爵の思い人たる両性具有・ルクレツィアの末王を暴行したのではないか?》
− キュラがカレティアを暴行した犯人だと?
《命じられれば従うだろう。その異母弟は……これも推測だが、このガルディゼロ、虐待されていた気配がある》
− え? 虐待って……ラティランにか?
《はっきりとは解らんが、虐待されていたのには間違いない。気配といい、態度といい、フレトリアカロレウスに似ている》
− 誰それ?
《昔殺害した一人だ。酷く虐待されていたな》
− そうか。虐待か……それなら……どうだ?
《計算が合うな。《私》と《私》であるナイトオリバルドと、第五の男がガルディゼロが不幸にしてしまった訳か》
− でも母親は、それ以前からかなり……だったからな
《それにしてもエーダリロク・ゼルギーダ=セルリード・シュファンリエル、お前は欲張りだな。自分の大切な者を全て幸せにしたいとは》
− あんたに比べりゃあ、大した事ねえだろうが。宇宙の全ての者を幸せにしたくて皇帝になった男にゃ言われたくないね
《《私》 は皇帝になったが、幸せには出来なかったよ。誰一人、幸せにすることはできなかった》
− それは俺には解らないな
公爵妃はフォウレイト侯爵の荷物を持って三人は接岸した戦艦に搭乗するべく、最上階へと向かっていた。
公爵妃はあまりにフォウレイト侯爵の私物の量が少ないので「遠慮しないで」と促したところ「ここを辞めるつもりだったので、荷物はほとんど持ち帰っているのです」と言われて納得し、鞄一つを持ち並んで歩く。
「それにしても機動装甲が五機も降り立つとは。とても高額な物だと聞きましたが」
「確かにその物自体高額ですし、動かし戦わせるとなるともっとお金がかかりますが、今回の場合は軍隊を率いてくるよりも安くあがりましたよ」
「え?」
「現在帝国は陛下の誕生式典で、公共の交通費用が割引されていますね」
「はい」
「結婚式が最も多い時期なのは、この交通費の割引にありますでしょう?」
「そうですが」
「ここを訪れるのに帝国軍を送り込むとすると、民間船に影響が出ます。民間船に影響が出るとは、即ち経済に影響が出て税収にも絡んできます。艦隊を動かす費用、移動の際に民間船に対して行動を制限した事による不利益、帰還する際にも当然ながら民間船への行動制限がかかります。そして王子達の式典参加の為の時間制限、これらを考え資金面を考慮すると機動装甲五機で此処に来た方が安上がりなのですよ」
「……」
「王子が移動する際には、身の安全を考慮して必要最低限の武力を伴わなくてはなりません。基本的に中将指揮艦隊が必要とされていますね。后殿下がその地位に中将の位が付随することからもわかりますが、帝国の貴人を保護する武力は中将艦隊は必要です。そして《国璽》を持つ帝国宰相は最低でも王子と同等の武力を率いて移動しなくてはなりません。帝国騎士の初任が中将であることからも解る通り、一機で中将艦隊級の武力を有しています。機動装甲一機の通常動作費用と、中将指揮艦隊の費用では前者の方が安いですし、何より帝国領内を移動するには帝国軍として移動したほうが、制限が無くて済みます。艦隊を使用するとなると王子達は自国軍になり、動かす際に王からの許可が必要でとなり……大変なのですよ」
「さすが……ロヴィニア属ですね」
「節約上手で正妃候補に選ばれた私ですから」
二人が笑うと、
「う……ん?」
「目が覚めましたか、レビュラ公爵」
「あ、ああ」
ザウディンダルが目を覚ました。
「帝国宰相は一足先に戻られました」
「あ、そうか……」
「機動装甲で移動するのは、行きはなんとか耐えられましたが、帰りは耐えられない状態のようですので。諦めて私と夫であるセゼナ−ド公爵殿下と、フォウレイト侯爵と一緒で我慢してください」
「……なあ、カルは?」
「もう戻られましたよ」
「そうか」
エーダリロクは上空で待機し、三人の身の安全に注意を払いながら話続ける。
《それにしてもエーダリロク・ゼルギーダ=セルリード・シュファンリエルよ、お前はまだ、あのメーバリベユ侯爵と契ってないのだな》
− あのなあっ!
《怒るな、怒るな 《私》はその真の理由は知っているのだから。……だが理由は知っていたが……随分と事態が急変したな》
− 帝国宰相だって、こんな事態になるとは思ってなかった筈だ
《《私》であるナイトオリバルドが奴隷の少女に恋をするとはなあ。温室で育て過ぎたのではないか》
− でも本来の皇帝は、こんな感じで育つらしいぜ。あんたが特殊なだけだ、シャロセルテ。
そんな会話をしていると、モニタ−に三人が映り、無事に戦艦に搭乗して扉が閉ざされた。
エーダリロクは機動装甲の機能を使い、戦艦を動かして自分の上に停泊させて、三人が艦橋に到着するのを待つ。
艦橋にはいったと報告を受けたエーダリロクは、
「……」
「なんだよ、ザウ」
ザウディンダルの奇妙な表情に出迎えられた。
「エーダリロク……お前、顔可笑しいぞ。鏡見てみろよ」
その言葉にもしかして! とモニタ−に鏡の機能を出し顔を見ると、そこには爽やか過ぎる程に爽やかに笑っている自分の顔があった。
確かに爽やかなのだが……
「ロヴィニアの爽やかさは胡散臭いって伝承にもあるし……ちょっと控えたほうが良いと思う」
ロヴィニア系の顔が大好きなザウディンダルが、悲しそうな表情で言ってくるのを聞きながら、
《まあ、事実だな》
勝手に表情を作っていた当人は納得していた。
− ちょっと! ザロナティオン!!
《ザロナティオンは慣れないと言っているだろうが。笑顔も慣れないがな……ここら辺をこうして》
− 止めてくれ!
「エーダリロク……腹でも痛いのか?」
《爽やかな笑顔なのだがなあ》
− ロヴィニアの笑顔は爽やかなら爽やかなほどに、腹に何かがあるように感じられるんだよ! 俺だって自分の顔はそう思う!!
《メーバリベユ侯爵は笑顔で迎えてくれているぞ。良かったな》
− 俺を笑わせるな。なんであんた、爽やかな顔つくるんだよ! ザロナティオン!!
《シャロセルテと呼べと》
「行きましょう、殿下」
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