ALMOND GWALIOR −288
 巴旦杏の塔を閉鎖することで全てが解決するわけではないが、当面はこれで収まる ――
「閉鎖までに少々時間がかかります」
「それに関してはエーダリロクに一任する」
 巴旦杏の塔を管理する≪ライフラ≫だけであれば、即日にでも閉鎖することができるエーダリロクだが、内部に何が存在するのか分からないので、念には念を入れることになった。

 もうティアランゼ様はいないよ

 大宮殿に残った皇君から”そう”告げられたエーダリロクだが、どこまで信用していいのか? また皇君が巴旦杏の塔内部の詳細を完全に理解しているとも思えないので、

―― 用心するに越したことはないのさ
《それはそうだろうな》

 自分が納得できるまで、だが時間をかけすぎないように……その二つの条件を掲げて、作業に取りかかった。
 その間にエーダリロクはカレンティンシスの体調管理にも着手した。
 当初嫌がったが「もうばれてるんだし【柱】を停止させる際には仮死状態になる。それには体調が万全である必要がある」と強くいわれ、体調に自信のないカレンティンシスは……それでも当初は拒否した。
―― 頑固な男だなあ
《テルロバールノルだからな》
―― その一言で片付いちまうのが悔しい!

 体のつくりその物が強くない上に、両性具有の寿命は五十年前後。カレンティンシスはもう三十代も半ば過ぎで、王位は弟のカルニスタミアに譲渡したいと常々考えている状況なので、柱を停止させる際に体調を崩したり、死んだりしないようにするという申し出を拒んだのだ。
 詐欺師の本領を発揮して説得を試みたエーダリロクだが、一度”こう”と決めたら譲らないカレンティンシス。両者の攻防は「カレンティンシスに栄誉、勝者はエーダリロク」と相成った。
 エーダリロクが最終手段である「皇帝陛下」を掲げて従わせたのだ。
「だから、あんたが死んだら陛下が悲しむっての!」
「それは……じゃが、儂は陛下よりも先にじゃな」
「寿命で死ぬのと、自分が命じたこと、それも巴旦杏の塔絡みで死ぬのは違うだろう! 俺はまだ陛下に言ってねえけど、陛下に言うぞ? 両性具有が勝手に死のうとしてるって! ああ?」
「仕方あるまい……陛下の御心に従う」
 エーダリロクが言ったところで聞かないだろうと、そのままカレンティンシスを連れてロガの小さく膨らんだ腹部を眺めて幸せに浸っているシュスタークの元へと赴き、
「皇后。ちょっとだけ陛下をお借りします」
「はい。エーダリロクさん」
 シュスタークを強引に連れ出し、周囲には秘密でカレンティンシスの体調管理許可を得た。
「カレンティンシス。余はお主には長生きして欲しい。体調を厭え」
「ありがたきお言葉」
 シュスタークと共にロガの元へと行き、挨拶をして立ち去った。

「これでザウとヒステリー王様をも比べられるな」

 いままで山積みであった問題が次々と解決……とまではいかないが、解決の糸口が見つかり、もつれた糸がほぐれてゆく。

 そしてエーダリロクは思わぬところから、ディブレシアの死を知り確認することとなる。

**********


「キャッセルがなあ」
「なんだ」
 珍しくシベルハムに呼び出されたビーレウストは、テーブルを挟んで向かい合い座り、進められた水を飲んでいた。ビーレウストもそうだがシベルハムも酒は好きではなく、茶も好まない。彼の舌を楽しませるのは血のみ……だが、招待した実弟は血に酔うのでそれも駄目なので、王族らしく高級水を差しだした。
 グラスの側面でなく口を長い指で掴み、シベルハムを見ながら水を飲むビーレウスト。
「キャッセルに”弟に個人的に贈り物をしたことがある?”と聞かれてな」
「なんでまた?」
「さあな。それで、思い当たる節がなかったから用意した」
「へー」
 王族同士としての季節の贈り物などは配下に任せておこなっているが、正直二人とも相手に何を贈っているのか? 何が贈られてきたのか? などは知らない。
「ま、受け取れ」
 そんな話をキャッセルとしていたところ、実弟には贈り物をするべきだと言われ、シベルハムも戦死する前に一度くらいは贈っておくかと思い、現在のビーレウストに必要そうなものを考え、キャッセルから許可を貰い作らせた品を贈ることにしたのだ。
「おうよ……ところで中身なんだよ」
 ぱっと見た感じ棺。よくよく見なくても棺。しっかり見ると、ますます棺。総大理石仕立てで、箱の部分はシンプルで飾りが一切なく、蓋は一面びっしりと浮き彫りが施されている。高価と言えば高価だが、王族ならこの程度の棺は簡単に手に入る代物。
 中身が死体でもビーレウストとしては困りはしないが、死体ならばそれなりに管理する必要がある。
「処理した死体」
「処理死体? 珍しいな」
 他の者たち……と比較のしようがないのだが、エヴェドリットは死体を贈ることは稀にあるが、処理した死体を贈ることは滅多にない。
 食べる際に薬の味がしたり、処理の過程で自分の好物の臓器が失われていたり ―― ということで、ほとんど手を加えない。
「食う死体じゃなくて、抱く死体だ」
「なんだよ、それ」
「お前、カレンティンシス王の情夫になって女と全部手を切っただろ」
「まあな」
 カレンティンシスは『そのままでも良いぞ』とは言ったが、その表情は憤懣やるかたないと物語過ぎており、ビーレウストの女性関係に口を挟んだことのないザセリアバも「王の情夫やるなら、身綺麗にしておけ」と忠告という名の命令を下した。もっとも大きな理由はビーレウスト自身がカレンティンシスだけで満足できるので、それらを受け入れた。
「たまに女抱きたくなるだろ」
「そらーまぁーそのー。公言できねえけど」
 カレンティンシスが両性具有であることをシベルハムは知らず、ビーレウストが女好きなことを知っているので”偶には女も抱きたくなるだろう”と考えて、女性の死体を用意した。
 ちなみにカレンティンシスは女性扱いを許さないので、そちらに触れることは許可されていない。
「作るだけは作ったんだけど、維持が面倒だから、そっちはエーダリロクに頼め」
「はあ? 維持が面倒ってなんだ?」
「帝国騎士本部の設備があれば維持できるんだが、あの装置でけえからな。エーダリロクは小型化も得意だろ」
「帝国騎士にある設備なら、エーダリロクの頭に全部はいってるだろうから……っても小型化しなけりゃならない程なのか」
「いやあ。別に同じ大きさでもいいが、取り出すのに何重にもなってると面倒だろ」
「そりゃそうだが」
 シベルハムは立ち上がり、ビーレウストもそれに従う。
 棺の蓋に片手をかけてゆっくりと開いた。そこに眠るのは美しい女。死してなお女であると主張する。大柄だが肩から腕にかけてのラインは筋肉が付いているが滑らかで、腰は誘うようで胸は形良く張りがある。
「……ディブレシア?」
 ビーレウストは一目みてそう感じた。
「お前にもそう見えるか」
「ああ」
 顔もそうだが肌の質感に覚えがあった。艶めかしく誘う体が下品にならない――けがれない肌。
「……」
「どうしたビーレウスト」 
 ビーレウストは手を伸ばし、ひんやりとした死体に触れる。
「似てる」
「顔がだろ?」
「それもそうだが、肌がザウディスに……っても、死んでるんだからどうでもいいか」
「ああ。処理したが維持するのには装置に突っ込んでおく必要があるから。エーダリロクに頼んでおいてくれ」
「装置も一緒にして贈ってくれりゃあいいのに」
「我が近付くとエーダリロク、逃げるからな。いつまで童貞でいるつもりなのか。まあ、我としてはそれはそれで楽しくて良いのだが」
「……メーバリベユにキスしにいってねえのか」
「忙しいそうだ。お前からも言っておけ」
「あいよ」
 棺をエーダリロクの部屋へと運び込み、エヴェドリットの兄の正しい愛、世間からみたら歪な形を見せて依頼した。
「干からびないようにしてくれるか」
 死体特有の匂いを隠すために枕やシーツにしみ込ませた香料は、死体をより一層彩る。
「構わないけどよ……」
《あの小娘ではないか》
―― そうみたいだな
《死してなお男と交わる体となるとは、見事だな》
―― ここまできたら、俺も尊敬するわ
 皇君が嘘を言っていなかったことを、おかしな形でエーダリロクは、ある種の畏敬の念を持って確認することになった。
「構わないけど? なんだ? エーダリロク」
「多分さ、死体と寝たらヒステリー王様、怒るどころじゃ済まねえよ」
「死体だぜ? ただモノじゃねえか」
 ザセリアバやアシュレートのように結婚できるタイプは、大多数の感性が【死体との同衾を拒否する】ことを学ぶが、ビーレウストやシベルハムのような結婚から除外されているエヴェドリットは、取り立てて教えられないので、このようなことを言い出す。贈り物をすることを促したキャッセルも同種なので、この状況になるまで誰も訂正してくれる者はいなかった。
「んーとな、テルロバールノルのモノの考え方はそうじゃないんだ。死体維持装置は作るけれども、これと寝るまえにカルニスに聞いてみたらどうだ?」
「エーダリロクが言ってるんだから正しいんだろうよ。一応カルに聞いてみるけどな……そっか、死体駄目か」
「ヒステリー王様の感性がどうかは分からないけどな。もしかしたら許してくれるかもしんねけえけど」
 話を聞いたカルニスタミアから「九割以上のテルロバールノルは拒むじゃろう」と返事が返ってきたことで、ビーレウストは”ありがたくもらっておいて放置”することにした。

 その後、プレゼントはどうなったか?

 エーダリロクが死体を調査しディブレシアであることを確認後、さらに処置を施して、入っていた棺とさほど大きさの変わらない維持装置を作りビーレウストの部屋の片隅に「カルニスタミア宛の手紙をそえて」そっと置いておいた。
 中身はしばらくの間は誰にも知られることはなかったのだが、ビーレウストの死後、財産管理人に指定されていたメーバリベユ侯爵が遺品の一つ一つに目を通し、然るべき処理を行い、この禍々しいといっても過言ではないプレゼントが明るみに出た。
 いまは亡き夫が認めた手紙。
 死後それほど経ってはいないが懐かしい文字に、メーバリベユ侯爵は微笑み、だが封を開けることなく、カルニスタミアに届けて後のことは任せた。
 エーダリロクの死後面倒を押しつけられたカルニスタミア ―― その第一陣がこの死体処理であった。手紙を読み、これがディブレシアであることを知りどうするべきかを悩んだ。
 いまさら”こちらが皇帝として君臨していたディブレシア帝であり、埋葬されているのはクローン”と明かして墓をあばくわけにもいかない。
 そして結局カルニスタミアはそのままにした。
 正確にはエーダリロクがカルニスタミアに宛てた手紙は処分し、要点のみを記入(これは性処理用の死体だ)と残して、デファイノス伯爵領へと運び込み、維持装置が寿命を迎えるのを待つことに。
 運搬はジュシス公爵に任せ、
「素知らぬふりをしておくのじゃ」
「分かった」
 任されたほうは、やはりエヴェドリットなので追求せず。

 こうして大宮殿から運び出されたディブレシア帝の処理された遺体はデファイノス領へと向かい……四十五代皇帝の御代に、再び大宮殿へと戻ってきた。

 戻って来た経緯は、その時のデファイノス伯爵が皇太子(四十六代皇帝)の婿の一人に選ばれ、荷物を片付けた。
 数百年間誰の目につくこともなかったのに、寄りによって彼は婿入り直前に発見してしまったのだ。性質が悪いというか、エーダリロクが天才過ぎたせいというべきか、装置はまだ稼働しており現状を保ち、充分使用に耐えられる状態であった。

 問題を先送りしたカルニスタミアですら、思っていなかったことであろう。

 彼の元には父親で当時のオーランドリス伯爵もやってきていた。
 放置しておくのもなんだが、これを持って婿になる勇気もなく、先代デファイノス伯爵にして当時のエヴェドリット王に扱いをどうするべきか? 尋ねた。
 簒奪は好きだがそれ以外の面倒は嫌いなエヴェドリット王は、アジェ伯爵(シベルハムの子孫ではない)の息子に処理を任せるように命じる。
 三十七代のころとほぼ同じ爵位を持つ面子があつまったのだが、性格はかつての彼らよりも破綻しておらず、わりと常識的であった。
 デファイノス伯爵は皇太子の婿になれるくらいに常識はあり、アジェ伯爵は皇王族大公の夫になったくらい。オーランドリス伯爵に至っては、ロヴィニア王女と結婚していたので[ホモサド人体破壊兄伯爵]と[生物滅亡遺伝子狂人弟伯爵]とは少々異なる。

ただ、まったく異なる――ではない。根本は、ほぼ同じ。

 そして彼らは悩み、名君と誉れたかい四十五代皇帝に判断を仰ぎ、ディブレシアの遺体は国宝の間に収められた。
 話を聞き直接見たデファイノス伯爵は「なんで?」と思ったが、真意を皇帝に問い質すことはなかった。

 第四十五代皇帝サフォント。

―― ディブレシアか。余の中で眠る《セゼナードのザロナティオン》が見たら驚くであろうな
「して、ディブレシア。余はそなたが見たかった真祖の赤だ。どうだ? 満足か」

 大名君としてその名を残した、帝国史上ただ一人真祖の赤を持って生まれた皇帝である。


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