ALMOND GWALIOR −287
 四大公爵たちに「帝国に存在する言語で喋るように」と言わしめた、エーダリロクの説明。聞いても聞いても意味不明な単語の羅列が続き、眠気よりも戦慄を感じさせる……そんな状況下で、エーダリロクと同じく技術者気質のカレンティンシスが、己の矜持を傷つけずに理解する方法を見出した。
「儂等への説明はもうよい。それでお前の簡単な説明は、簡単ではないことが往々にしてある。陛下に通じねば失礼じゃ、よって儂が添削してやるから説明してみろ」

 簡単な説明を聞くことにしたのだ――

 他の三人も「技術者だけでは先走ることもあるだろう」など他方面から見ると理由をつけてその場に残り、シュスターク用の説明を聞くことに。
 最初からそうしていれば? と言われそうだが、四人ともシュスタークのように『余は分からんぞ』と素直に言えるような性格ではない。
 むしろ全員別方向に、それは見事なまでねじ曲がりまくっている。そしてなにより他の三人に遅れをとるのは嫌で仕方がない。他の三人も理解していないだろうことは薄々気付いているが、本当に理解していないかどうか? は分からない。
 人体改造兵器については知識のあるエヴェドリットのザセリアバ。
 両性具有全体の知識量は皇帝をも凌駕するケシュマリスタのラティランクレンラセオ。
 色々言ってもエーダリロクの兄で、馬鹿とは縁遠いロヴィニアのランクレイマセルシュ。
 そしてエーダリロクの現上司であり、父親が先代両性具有の管理者でもあったテルロバールノルのカレンティンシス。
 全員理解できそうな『顔』と『血筋』の持ち主であった。

 そんな彼らが理解できない説明を続けるエーダリロク。ある意味彼は、本当に馬鹿なのだろう――

 天才であるが故に馬鹿であるエーダリロクは「分からなかったら、一緒に聞くことになってるビーレウストとかカルやキュラが突っ込んでくるから心配ないとおもうけどな」とは思ったが、皇帝に説明する前にリハーサルをするのも”無意味だが”悪くはないと考えて同意した。
 ”無意味”のが指し示すもの。
 それはシュスタークの質問は何時だってエーダリロクの斜め上、彷徨える帝王だって追いつけない次元を突っ切る。二十年以上皇帝の質問に答えてきた頼れる従兄(女性関係は除く)は、そのことをよく知っていた。
 余談だがエーダリロクは「二十年以上皇帝の質問に答えてきた頼れる従兄(女性関係は除く)」この自分についている但し書きを見る度に思う。帝国宰相とほとんど同じじゃねえか ―― と。
 話は逸れたがエーダリロクは皇帝に説明する口調で話し始めた。
「分かった。それじゃあ説明をする。……ザウディンダルを帝国騎士の完成形と言ったのには理由があります。その説明の前に、今まで分かっていることを再度説明させていただきます。まずは帝国騎士は幽霊とかいう訳の解らないものが見えない。これは羽因子に由来しております。羽因子は人造人間の両性具有が所持する代表的なものです……ここまでは分かりやすいか? 兄貴」
 エーダリロクの問いかけに、当然とランクレイマセルシュが頷くき、他の三人に同意を求める。
「大丈夫だ。お前達も分かるな?」
「ああ」
 ”当然だろう”と言った口調でザセリアバが言い返す
「ようし。それで……結果から申し上げますと、ザウディンダルの藍色の瞳は、今は存在しない技術が元になっております。その技術とは”黄金の林檎”。俺が調べたところ、製造方法を知っていたケシュマリスタのマルティルディ王が、帝后グラディウスに最低でも二個、十年ちかく間をおいて食べさせたそうです」
 エーダリロクの腹立たしい自慢気な表情。
「それは本当なのか?」
 マルティルディ王の子孫と名乗っている帝后グラディウスの子孫・ラティランクレンラセオが、皇帝の家臣の顔ではなく、残酷なケシュマリスタの顔で問い質す。
「本当だよ。あんたでも知らないことあるのか? ケスヴァーンターン公爵」
「ああ」
「あんたが正直に答えるとは思わないけど、一応聞いておく。あんた、黄金の林檎の作り方知ってる?」
 二十三代皇帝の帝后であったグラディウス。彼女が黄金の林檎を食べた頃には、もうその技術は衰退していた。理由は簡単、もう食べる必要がなかったから ――
「知らんな」
「そっか。……みんな、ここまでは大丈夫だな」
「ああ、続けろエーダリロク」
「それでよ……じゃなくて、黄金の林檎というのは、ご存じのように人間と人造人間を融合させるための薬のようなものでした。かつて人間であったアシュ=アリラシュが、成人になってから完成した人造人間のパーツを己の体に取り込み定着させるために使用された薬です……ここは間違ってねえよな、リスカートーフォン公爵」
 人造人間と人間の融合を円滑にするために十五代目皇帝の頃までは作製されていた”黄金の林檎”。賢帝と名高い十六代皇帝オードストレヴが調査を命じ、もはや薬を使用せずとも通常の「融合」即ち「食べる」「生殖」ことで取り込むことが出来るようになったことと、彼の妃であった人間である軍妃ジオとの間に産まれた十七代皇帝ヴィオーヴが、八割を越える人造人間値を叩きだしたことで、作製は停止こそ命じなかったが、定期的な投与は廃止された。
 その技術が重要であることは重々理解していたため、オードストレヴは製法を守るようケシュマリスタに命じたのだが、暗黒時代により喪失した。
「間違いない」
 エヴェドリットがこれについて詳しいのは、元人間で人造人間パーツを取り込んだアシュ=アリラシュが始祖であることが関係してくる。彼はロターヌから”黄金の林檎”を、大量に貰い受け、部下たちに惜しげもなく投与した。彼の部下は元々化け物であったが、それをより加速させた原因の一つが黄金の林檎である。
「よし。そいで……じゃなくて、えーとですね、この黄金の林檎を投与された人間女性の卵子と人造人間の胚を組み合わせると、両者の特性を持った次世代が生まれてきます。ちなみに人間男性に黄金の林檎を投与し、その精子を人造人間の卵子と組み合わせた場合は、その卵子は100%死にます」
「陛下もそこはご存じじゃろうが、つながりとして説明を入れたほうがよかろうな」
 カレンティンシスはうなずく。

《それは知らなかったな》
―― ええ! あんた知らなかったの! そっちのほうが驚きだ!

 現在生きている誰も知らないことを多数知っているザロナティオンの、あまりに意外な発言にエーダリロクはその鋭い瞳を大きく開き驚愕を露わにした。普段はザロナティオンとの会話はおくびにも出さないが、四人には事情を知られているので気取られても構いはしないと。だが驚きの表情を浮かべたまま、相反する落ち着きはらった口調で喋る。
「まあな。簡単に説明するためにはどうしても必要ってか、復習しながらが分かりやすいと思うからさ。それでここが重要なんだが、帝后が黄金の林檎を初めて食べたのは十一か、十二歳くらいだった。成人に達していなかったし、まだ栄養失調だったこともあり臓器などの生育が遅れていた。その時に食べて、通常よりも多く”黄金の林檎”を体内に取り込んだ――と考えられる。その結果、ドミナリベルという両性具有を産むことになりました」
「ドミナリベルが両性具有? それは本当か? エーダリロク」
「銀狂陛下が証言してくれている。それで死産じゃなくて、堕胎だったそうだ。帝后本人は知らなかったけどな」
「そうか。人間だから強制堕胎が可能なんだな」
「そういうこと、リスカートーフォン公爵。で、その堕胎ですが、初めてのことで、判断に随分と時間がかかったらしく、生まれて来た時には目の色がはっきりと分かった」
「藍色だった」
「そういうこと。そこら辺はやっぱりあんた知ってるんだ、ケスヴァーンターン公爵」
「さあね。どうかな」
「うわ。嫌な口調。さてとここで、時代はつい最近に戻ります。陛下の母君ディブレシア帝はデウデシオンの後に両性具有を産みました――四人は知ってるよな? 知らないなら説明しておくが、ジルヌオーあるいはヴィオレッティティと呼ばれた両性具有を産んだ。生まれて直ぐに死亡し、当時の両性具有管理者であったウキリベリスタル王が処分を任された。名から分かる通りジルヌオーは軍妃ジオとおなじ紫色の瞳を持っていた」
「なるほど。それで?」
「ここら辺の説明を入れるかどうか? 悩んでるんだが、蛇足になるかどうか聞いて判断してくれアルカルターヴァ公爵」
「なんじゃ?」
「ジルヌオーは恐らくザウディンダル並に特殊な両性具有に育ったと思われる。その理由が瞳の色だ。俺たちが軍妃ジオと聞けば、とにかく身体的な強さが思い浮かぶ。そうだろう? リスカートーフォン公爵」
「確かにな」
「だからジルヌオーは育てば強かった可能性が高い。もしかしたら史上初の近衛兵クラスの強さを誇る両性具有に成長した可能性もある」
 それは両性具有とは言えぬ両性具有。別の表現で言い表せば無限の可能性を秘めていた ――
「戦闘能力が優れている両性具有はさておき……いや、リスカートーフォン公爵、今度機会を設けて説明するから、そんな眼差しで俺を見るな」
 ”強い両性具有”と聞いて黙っていられないザセリアバが身を乗り出すどころか、エーダリロクに顔を近づけて”話せ、話せ”と無言で口を動かし、歯と歯がぶつかり合っているとは思えない音が当たりにこだまする。
「落ちつけ、ザセリアバ。金も払わずに説明してもらおうとは、どういう了見だ」
 ランクレイマセルシュがエーダリロクを助けることは滅多にない。結果助かることはあるが、基本助けるよりも金である。
「分かった。帝国騎士の話を続けろ」
「あいよ。ザウディンダルが帝国騎士として優れているのは、マルティルディ王が作った黄金の林檎の影響を受けた部分が現れたからだと推測される。ケシュマリスタが作る”薬”は大体が体液から作製されるんだろ?」
 人造人間の多くは<人間の生活を補助する>ために作られた為、指定の条件に置くと、体液が特定の薬に変化する。条件を変えると薬の効果も変化する。
「よく知っているな。それも銀狂陛下か?」
「ああ。正確には神聖皇帝が惜しみなく銀狂陛下に教えくれたんだが」
「ビシュミエラか」
「もっと余談になるが、帝后グラディウスに子供を産ませたサウダライト帝も、マルティルディ王も軍妃ジオの息子ヴィオーヴ帝の子孫。だからジオの遺伝子ともいえる紫の瞳も、帝后が食べた黄金の林檎により取り込まれ、子孫に特徴を持って現れるようになった――と考えられる。こっちはまだ検証してないがな」

―― 紫色の瞳で生まれてきたら、機動装甲には乗れない

 はっきりとしたことはまだエーダリロクにも分からないが、ジオが多ければ近衛兵、グラディウスが多ければ帝国騎士となる。だがそれは”両性具有”になる可能性を多く含んでいる ――というところまでは朧げに見えてきた。
「調べられるのか?」
「おう。セルトニアード……ジュゼロな」
 ザウディンダルの異父弟の一人であり、バロシアンの一つ上の異父兄。帝国近衛兵団にも所属しているのだが、王たちの間では知名度は今ひとつであった。
 もちろんデウデシオンの一派なので顔と名前は覚えているのだが、唐突に話題に出されると四人とも名前と顔が一致しない。
 いつもやり合っている帝国宰相や近衛兵団団長。筆頭上級元帥や両性具有、名前を出すとアジェ伯爵が逃走する皇帝の料理人などは”名前”だけでも分かるが、
「ギースタルビアと一緒になったあいつか」
 普通の近衛兵であるセルトニアードは爵位を言われないと、彼らの脳裏にその姿が描かれることはない
「そう、あいつ。それでジュゼロ、紫色の瞳持ちで、強くて、羽因子なしで”ザウディンダル”の異父弟。だからあいつとザウディンダルとディブレシア帝、そして二人の両親を比較すると、帝国騎士に必要な部分が浮き上がってくるってわけだ」
「レビュラとジュゼロの父親? 帝国宰相が情報を持っているのか?」
「セルトニアードの父親は猟奇殺人犯だから、警察のほうに情報残ってた。ザウの情報は帝国宰相が持っている。あの男がザウの情報握ってないはずないだろう」
 皇帝に説明する喋り方からすっかりと逸脱し砕け、いつもの馬鹿王子エーダリロクに成り下がった。だが注意されなかったのは、説明が殊の外分かりやすかったので、四人はそのことには目を瞑った。
「なるほど」
「色々横道に逸れたが、ザウは帝国騎士の基礎になる存在って言っても過言じゃねえ。セルトニアードを解明できたら、両性具有ではない帝国騎士の素地ができあがる。それが完成したら、交配表を作る」
 ”交配表”とは随分と直接的な言い方だが、彼らは容姿を確立する際にも同じように”交配表”を作り、それを元にして掛け合わせていったので抵抗はない。
「なるほど」
「ただ。帝国騎士作製交配を優先すると、容姿が落ちる可能性がある」
 容姿が落ちるとは、各王家の特徴がその王族に出なくなることを指す。
「容姿を落とさないで強くするとなると……二代くらい掛け合わせた結果を見てからじゃないと無理だな。あまりにもイレギュラーだから、現状じゃあシミュレーターを作るのも無理だ」
「そうか」

 結果として強さを優先するザセリアバが、データ採取用に自らの配下の者たちをエーダリロクに与える約束をした。誰も聞きはしなかったが、なにを持ちかけたのかは予想がついた。

「セルトニアードを研究して、白兵戦に優れる交配表も作れ」
「あんたの一族で試していいの?」
「当たり前だ。あーだがハイネルズは使うな。あいつは、その……なあ」
「ハイネルズは使えないだろう? 帝国宰相の甥だしさ」

 強さを追い求めるエヴェドリットは、帝国騎士優先であった他王家とは違い、身体能力の弱体化は僅かであった。それどころか、怖ろしい強さを誇る者たちが大勢生まれることとなる。

 こうしてザウディンダルは帝国騎士の完成形として情報が残った。彼、あるいは彼女が両性具有であることも閲覧者に制限はあるものの公式に残る。
 この部分を削除してしまうと、全てのデータが意味不明となってしまうので、隠すことができなかったのだ。

**********


 第十六代オードストレヴ――第三十七代シュスターク――第四十五代サフォント――第五十七代ナイトヒュスカ――第六十代ゼスアラータ――――
 118代続いた銀河大帝国が滅び、三百年以上が経過し、新帝国が樹立された。
「これ……飾んの……」
 新帝国は大帝国の財宝を集め、彼らの管理下に置いた。それらの財宝の管理を任されたのは、新帝国の新王朝の一つラケ王アグスティン、もう一つの名をハイゼルバイアセルス公爵アグスティン。
 彼は自力で王位を勝ち取った形のレフィア公爵にしてヒューメラダーカ王アウリアとは違い「棚ぼた王」の異名を取る、もと伯爵家の三男。
 どれほど棚ぼたかというと、彼は元々ハイゼルバイアセルス王国の王族の遠縁、ハイケルン伯爵家にその生を受けた。
 女にだらしない伯爵である父親と、性格と頭が悪く、賢さが地を這い、プライドだけが高い前妻の子である兄と【女の連れ子だが実子とされた頭の良い兄】がいた。
 アグスティンは後妻の息子で、長男とは二十歳ちかく離れている。連れ子は母親の職業が売春行為を行うストリッパーであったこともあり、父親も客の一人であったので、曲がりなりにも王家の遠縁にあたる伯爵家では居場所はないに等しかった。
 彼は血が繋がっている兄よりも、血の繋がっていない十歳ちかく歳が離れている兄のほうが好きだった。最初は宿題を片付けてくれるという理由だったが、いつの頃からか帰宅を楽しみにするようになった。
 だがその賢い兄、ラディスラーオは屈折していた。アグスティンが物心つく前に、彼は決めていた。自分を虐げた国に逆襲することを。
 そしてラディスラーオは国を奪い取り、一人の少女を妻にした、インバルトボルグという名の、なにも知らなかった十歳になる少女を。
 王城の奥深くに秘められていた彼女だったが、時代は彼女に安穏として生き方を許さなかった。うねりを上げる宇宙の転換期に表舞台へと立ち――数々の栄光をラディスラーオに残し死んでいった。
 ラディスラーオの弟であり、インバルトボルグの遠縁であるアグスティンは、兄が彼女によりもたらされた栄光、彼女が国家の為につないでくれた過去により、身に余る地位を得ることになる。彼自身はなにもしていない。ほとんど巻き込まれ、気付いた時には王にまつり上げられていた。

「えーと……時の帝国宰相のが持っていたリスカートーフォン? この帝国宰相、リスカートーフォンじゃないのに、どうしてまた」

 簒奪するほどに屈折したラディスラーオから見てもアグスティンは人が善かった。
 名義の上では父親であった伯爵や血の繋がらない兄を彼は簒奪した際に無視したが、アグスティンには数々の領地を与え「皇帝の親族」として扱ったくらい、アグスティンは人が善かった。

 その性質のせいか、人々が彼のことをもり立ててくれる。

 その彼がいま飾っているのは大帝国時代のリスカートーフォン関係の品。現在は”リスカートーフォン”と呼ばれる両刃で中心に透かし彫りが入っている巨大な剣。
 この新帝国初代皇帝もこの武器をふるい、インバルトボルグもこの形の剣で身を貫かれ死亡した。
 彼らが好んで使うので、新帝国でこの形の剣を見ない日はないが、彼女の命を奪った剣を飾るのはアグスティンには勇気が要る。
「……ん? この透かし彫りに書かれてる文字」
 中央の透かし彫りの文字は彼らが好む一節「我が明けの明星よ 我が宵の明星よ 我はその星に祈り 我はその星となりて堕る」ではないことに気付いた。
「ん? ……騎士? ん?」
 取り出すように命じれば済むことなのだが、そこまで頭が回らず、剣をぐるりと囲んでいるシリンダーに手と顔を押しつけて、必死に読もうとする。
「アグスティン!」
 弟のことは信用しているが、最終確認しないと”自分が”安心できないラディスラーオがやって来て、おかしなことをしている弟に鋭い声をかける。
「兄さん? いや、あのその!」
 剣を飾る透明なシリンダーを体で覆い隠しながら、アグスティンは慌てた。
「なにをしている?」
 ラディスラーオもこの剣を見るのは好きではない。
 アグスティンが思っている理由もあるが、それ以上に、自分の愚かさを目の当たりにするので嫌いであった。だが目を背けてはならないものだとも思っている。
 リスカートーフォンという剣は、ラディスラーオの罪の形そのもの。
「あーいやーなんかさ、この剣の中心に刻まれている文字が気になって」
 アグスティンに言われてラディスラーオものぞき込む。
「どれ……確かにおかしいな」
 そこにあった一節は”おかしかった”
「ところで兄さん、それなんて書いてるの」
「……」
「ごめんなさい」
 部分的には読めるのだが、全部は読めなかったのだ。
「謝らんでもいい。”永遠と永久の騎士が貴女に捧ぐ”と刻印されている」
 ラディスラーオは努力に努力を重ねた秀才で、努力で学べることはほぼ網羅している。
「へえー……あれ? おかしくない」
 アグスティンは勉強は苦手ではあったが、しなかった訳ではない。だから、この刻印の一節がおかしな事に気付いた――
「そうだな。たしかに、おかしい」
 帝国において永遠は男性、永久は女性を表す。よって、
「永遠と永久の騎士”たち”が貴方に捧ぐ? じゃないんだ」
 騎士は複数形でなければ成り立たない。だがそこには確かに”永遠と永久の騎士が貴女に捧ぐ”と刻まれている。
「誤字なのかなあ?」
 この文章では一人なのだが、一人に対して永遠と永久の二つが使われることはない。男性皇帝の「我が永遠の友」女性皇帝の「其の永久の君」
 皇帝と共に在る唯一無二であろうとも、二つは与えられない。
「目録を貸せ」
「はいはい」
 ラディスラーオは目録に目を通した時、違和感を覚えた。
「……」
「どうしたの? 兄さん」
 この剣は本当の初期モデル。この剣を作った僭主たちの武器を手に入れ分解し、帝国で初めて作られた二本のうちの一本。

 制作者はセゼナード公爵エダーリロク・ゼルギーダ=セルリード・シュファンリエル。第三十七代皇帝の御代に作られたもので、彼の名が書かれていないものはなく、この剣も数多くの物と同じであった。

 現在リスカートーフォンとして、当時もエヴェドリットの武器として使用されていたこの巨大な剣は、当時の皇帝から帝国宰相とリスカートーフォン公爵に一本ずつ下賜されたことになっている――
「おかしいの?」
「ああ、おかしい」
「なにが?」
「この剣はリスカートーフォン系僭主が持ち込んだものだ。となれば、始まりはエヴェドリット王が皇帝に献上するところからだろう。だがこの剣、なぜか皇帝の下賜から始まっている」
「書類の不備とか?」
「それも考えられるが……この中心に刻まれた”貴女に捧ぐ”この剣が作られた当時の皇帝は男だ」

 第三十七代皇帝シュスターク。奴隷皇后一人だけを愛した大帝国の皇帝。

「ってことは、皇后さまに捧げたんじゃないの?」
「皇后に捧げたという記録はない……皇帝から下賜され、皇后に捧げた剣の刻印に誤字は考えられんな」
 この両刃剣の作製に携わったセゼナード公爵は、同時代の帝国宰相パスパーダ大公と同じく、文章に間違いがないことでも有名であった。
「じゃあ誰にも献上していないとか?」
 アグスティンの答えは常識的に正しい。だがラディスラーオは表情を変えずに、思い当たったことを剣に向かって囁いた。
「永遠と永久、男であり女である騎士だったとも考えられる」
 帝国史に刻まれることのない存在 ―― 両性具有 ――
「ブルナバールみたいな?」
「あれは後天的なものだろ。大帝国時代にはいない。いるのは先天的で隔離されるはず。まして騎士などとは呼ばれんだろうし……一体誰なんだろうな」

 貴婦人に仕えた男であり女でもある騎士。その名は ――

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 歴史にその名を刻んだ、ただ一人の両性具有ザウディンダル。その正式な名は多くの者たちと同じく、帝国が滅ぶと共に消え去った。

 だが彼女、あるいは彼は、そのことを不満に思うことはないであろう。


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