ALMOND GWALIOR −223
 コーリノアから無事に逃れたザウディンダルは、S−555改と共に目的地であるブランベルジェンカの格納庫へと向かっていた。
 秘密通路へと戻り進んでいたのだが、道が途切れた。前回とは違い破壊された痕跡はなく、本当に綺麗に途切れていた。
 周囲に”いかにも”といったようなパネルはないが、どこかにそれに類したものがあるのだろうとザウディンダルは注意深く探り、違和感のある場所を見つけ出しそこに触れた。
 壁が消えた先にあったのはハネストが待機していた食堂。
「食堂……一体ここで何があったんだ?」
 すでに投降した僭主たちと共にこの食堂を放棄したハネスト。
「誰が、どうやって戦ったんだ?」
 彼女に戦いを挑んで死んだ者たちの肉片が散らばっていた。あまりの惨状に呆然としているザウディンダルと、清掃機の本領を発揮するS−555改。
「お前、掃除しなくていいから! むしろ掃除しちゃ駄目だから! これらの痕跡は後で解析するんだ! 出るぞ!」
 状況調査などが行われるだろう場所を掃除し始めたS−555改を再び抱えて食堂を抜け、カルニスタミアとロガそしてヤシャルが来たのとは逆の方向へと向かって走り出した。
 食堂から然程遠くはない、区画分け用の壁が設置されている場所で、壁を開こうと端末を差し込み壁を「扉」に変えて開くと、
「リュゼク将軍」
 そこにはリュゼクが立っていた。
「おお、レビュラか」
 リュゼクはエーダリロクの機器で回復した僅かな通信を頼りに”この近辺に僭主がいる”という連絡を受けて、排除しにきたのだ。
 皇帝を捜すのがリュゼクの主目的。僭主の目的も皇帝なのは明白なので、ダーク=ダーマのシステムを支配下に置いている”僭主”を追う形を採用していた。
 部下を連れていたらできないことだが、彼女単身であればそれも可能。
「あの、后殿下は安全が確認されたそうです」
「こちらもラティランクレンラセオを確保し、拘束した。そして貴様は何処へ向かおうとしているのじゃ? レビュラ。副中枢ルートから随分と外れておるではないか」
「それですが、このプログラムを流すことで通信が回復し、汚染も回復するとのことです。これを今から流しに向かいます」
 プログラムケースの”オーランドリス”の紋を見て、襲撃規模の割りに被害が大きくない理由を察知した。

―― たしかに、エヴェドリット系僭主の襲撃は、儂等テルロバールノルには関係のないことじゃが……仕方ないか。僭主同士が手を組むことや、ラティランクレンラセオの奴が僭主と共謀する可能性も考慮せねばならぬであろうから、儂でもこのようにするじゃろうな

 今回の計画的襲撃に関して私人として文句はあれど、公人として異存はなかった。
「どこへ向かうつもりじゃ?」
「ブランベルジェンカ格納庫です」
 皇帝の捜索と、通信の回復。
―― 陛下の強さといい、先程までの咆吼といい
「貴様に任せたシダの副司令はどうしておる」
「近衛を率いて陽動に出ると」
―― 陛下を捜すことも目的であろう。后が保護されたのであれば、あとは通信が回復されれば、儂等が優位に立てるな
「儂が貴様の警護についてやる、レビュラ」
「ありがとうございます。それでは……」
 そう言って、ザウディンダルはS−555改の背中側の保護ケースを外し、ルートを確認する。艦内通路は完璧に覚えていると言い切れる二人だが、意思の疎通をしっかりとしなければならないことが様々ある。
 襲撃を受けた際に別行動をとることの確認、その後の合流ポイントなど。
 ザウディンダルもある程度は戦えるが、リュゼクには遠く及ばない。リュゼクはキュラや通常状態のエーダリロクでは足元にも及ばないほどの実力を持つので、下手に手を出さないほうが良い場面の方が多い。そのような場合の避難や、援護するとしたらどのように等を、単純ながら確りと決めてルートを確認し、
「ここからでは裏側にまわった方が早そうじゃな。ゆくぞ、レビュラ」
「はい」
 二人は《格納庫裏側》を目指して、移動を開始した。

**********


「だから! 掃除すんなって!」
 格納庫裏側へと向かう途中、S−555改が物を吸い込んで足が遅くなる。放置していけば良さそうなものだが、補助機械として使い勝手がよく、ザウディンダルはかなり頼りにしていた。自分自身が弱い部類に入るので、補助してもらえる機械は連れて行ったほうが良いと判断してのこと。
「もう! 掃除はいいから!」
 ザウディンダルが仕方なしに抱きかかえる。
「一時停止させられんのか? レビュラ」
 リュゼクも先程からS−555改の使われぶりを見ており、置いていけと考えることはなかったが……できればもう少し”言う事を聞け”とは思っていた。
「あ、済みません……無理です」
「なぜだ?」
「停止できないように細工されているので。これを走らせるのがエーダリロクの目的らしく、破壊以外では停止しないようにされています」
「そこまで分かっていても止められんのか?」
 停止できないように細工されている――理由が判明しているのだから、それに沿った解決方法を簡単に導けるのではないか? とリュゼクは考えた。特に今ザウディンダルに付き従っているのは汎用型の清掃機。
 先の会戦で敵が送ってきた単純な信号で、人々に襲いかかったほど簡単な作りの物。
「ちょっと無理です。エーダリロクが手を加えたら、俺なんかじゃあ」
 だがそんな簡単な物もエーダリロクが手を少し加えただけで、精密機械以上の物に変わる。
「なるほど。それで、その清掃機はなにをしておるのじゃ?」
「放射線を緩和する装置がつけられていました」
「緩和? 除去ではなくて?」
「はい緩和です……多分、いや……」
「言え、レビュラ。機器を使った作戦などに関して、儂は詳しくない」
 二人は周囲に注意を払いながら早足で歩き会話を続ける。
―― 随分と敵の数が減っておるわい。さすが帝国近衛……統制が取れておれば最強じゃな
「あの……多分エーダリロクは后殿下を奪われないようにするために、脱出経路を狭めたのだと……俺は思ったんです」
「后は儂等と同じ素材の着衣であったか?」
「はい。除去装置くらいなら俺でも簡単に作れますから、エーダリロクが作れなかったとは考えられません。だから、理由があって緩和装置なんだと……その理由、后殿下しか思い浮かびません」
「除去してしまうと、脱出経路が増えて救えなくなるから、あえて緩和で僭主たちに除去させると」
「はい。そうすることで僭主の撤退経路が見つけやすくなりますから」
 エーダリロクはエヴェドリットの特性を理解していた。特に彼らロヴィニアが好む「金銭目的の誘拐」を彼らエヴェドリットが行うと、どのようなことになるかも熟知している。
「箱や筒に入れて運んだらどうするつもりじゃ?」
「それも推測なんですが、しないと思われます。エヴェドリットって扱いが雑なんですよ」
 ザウディンダルはビーレウストが笑いながら”そう”言っていたことを思い出す。
「まあ、あいつらならそうじゃろうな」
 エヴェドリットは自分の命を含めて扱いが雑で、様々な物を破壊してしまう。それはもう梱包材の性能云々の問題ではなく、破壊するために運んでいるとしか思えないほど。
 興味のあるものや、自分にとって大切な物ならばそれなりに運ぶことができるが「人質」はまた別。それは作戦にとって大切なだけであって、自分自身にとって大切なものではない――
「だから見て運ばないとその……言葉は悪いんですが、箱に入れて運んだりしたら、見えないから乱雑に扱って、中の”もの”が潰れちゃってぐちゃぐちゃってことも、まあ割と良くあるらしいんで……」
 ロガは「皇帝の正妃」という立場ゆえに人質に選ばれただけで、ロガその物は強くはない。その為、彼らはロガに興味など持ちはしないし、殺してしまったところで惜しいと感じることもない。
「あいつらは人質を取るのが苦手じゃったな。さすがセゼナード公爵、エヴェドリットの特性を良く理解しておられるわ」
 二人はそのまま足を進め、遂に格納庫裏口が見えるところまでやってきた。

「動くな、僭主!」

 そこでディストヴィエルドと遭遇することとなった。
「デーケゼンと両性具有」
 初回の遭遇で”あれは儂より強いであろう”と、リュゼクが評した相手、ディストヴィエルド。
 戦って勝てぬ相手なのだから、やり過ごすしかないのだが、目的が同じであればそうも言ってはいられない。
「レビュラ、儂があやつを足止めする。貴様その間に行け!」
「あ……はい!」
「易々と通すとおもうか? デーケゼン。あるいは弑逆者の娘」
 父公爵が先代テルロバールノル王ウキリベリスタル殺害実行犯として認定されてから、すでに十五年以上の時が経過している。
 誰も彼女の父がウキリベリスタルを殺害したとは思ってはいないが、真犯人が発見されない以上、彼女の父が犯人でなければならない。
 先代王の殺害は、先代王の弟の指示の元、彼女の父の犯行と断定されなければ、現王カレンティンシスの治世にも陰を落とす。カレンティンシスが父王の殺害を命じたとされてしまう可能性がでてしまうためだ。
 ウキリベリスタルと王妃がカルニスタミアを特別扱いしていたのは、カレンティンシスの傍にいた彼女は良く知っている。
 リュゼクも年下のカルニスタミアに好意を懐いたが、カレンティンシスの傍にいた。同情などではなく、リュゼクは自分が王妃になるものだと思い、カレンティンシスから離れなかったのだ。王妃の地位が欲しかったのではなく、自分以外が王妃に選ばれるとは到底思えなかったから、カレンティンシスの傍にいたのだ。
 カレンティンシスの未来が王と決まっているのなら、王妃となり支えてゆこうと。

 躊躇いがちに手に手を重ねて、
―― 儂がおります、カレンティンシス殿下
 互いに握り締め合う。
―― ああ、そうじゃな。リュゼク
 テルロバールノル主星の地平線に消える夕日を眺めながら。

 ”それ”は太陽とともに地平線に消え、二度と戻って来ることはなかった。
 リュゼクの先代王の実弟との婚約、先代王の暗殺。父は弑逆者となるために、嘘の証言を重ねた末に妃と共に自害して果てる。

 ”自分の妃となるだろう”と思っていた王と”自分は王妃になるのだろう”と思っていた公爵姫、二人は同じ道を歩くことはなくなり、寄り添うことしかできなくなった。
「儂は弑逆者の娘じゃが、今は王国将軍。儂は誰の娘でもないデーケゼン公爵リュゼク・フェルマリアルト・シャナク=シャイファじゃ」
 だがそれで良いとリュゼクは満足していた。
 王妃になれなかったことを惜しいと思う気持ちはない。縁がなかったというのでもない。彼女は信じているのだ。弑逆者となることが先代デーケゼン公爵の、王家に対しての忠誠であり、王の意思に殉じたことであると。
 それは思い込みではない。事実先代デーケゼン公爵の「証言」により、カレンティンシスの治世は安定したのだ。証言がなければ王位継承の諍いは泥沼になり、もっと長引いただろうと誰もが認める。

 リュゼクの父デーケゼン公爵は誰にも言えぬ秘密を抱え、王家に仇成さぬように死んだ。新当主の彼女にとって、それだけで良かった。
 結果としてカレンティンシスの立場が守られたのだ、それに比べれば自らが弑逆者の娘と謗られようと、同情されようとも、彼女は俯かないどころか痛痒すら感じない。
「それがどうした?」
 そんな揺るがないリュゼクの瞳を見て、ディストヴィエルドはザウディンダルを指さす。
「そいつの兄が首謀者で、別の兄が実行犯だ。お前の父親、カプテレンダは無実だ」
「……」
「え? う、嘘だろ」
 突然のことにうろたえるザウディンダルと、
「それがどうしたというのじゃ、僭主よ」
 巌のようなリュゼク。
「悔しくはないのか? 弑逆者の娘と謗られて」
 ザウディンダルの動揺は兄であるデウデシオンをよく”見ている”ことからくる動揺。デウデシオンが策謀を張り巡らせていることを、ザウディンダルは聞かされはしないが、感じ取っている。
「レビュラ」
―― 盲信してはおらぬのか。良い面ではあるが、この場では悪くでるな
「は、はい!」
 すでに隣に立っている”両性具有”は”僭主”の言葉に動揺している。
 だから嫌いだと思う半面、この場を上手く切り抜けるに最適だとしてリュゼクは、彼女にしては珍しく優しげに微笑み、
「行け。安心しろ、儂は貴様を裏切りはせぬ、レビュラ」
 ”両性具有”を安心させることにした。
「リュゼク将軍」
 作戦を遂行するため、そして皇帝陛下の両性具有を安全に避難させるために、彼女は微笑み背を押す。
「じゃが、貴様は儂を信じずともよい。貴様はやることを成したら、表から抜けてゆけ。裏にはもどってくるなよ」
「……」
 リュゼク”もどってくるな”という言葉に我を取り戻したザウディンダルは、今まで向けられたことのないリュゼクの笑みを凝視し硬直する。
「さあ、ゆけレビュラ。もしもこの僭主が真実を言っているとしたら、貴様は真実を兄に尋ねれば良いだけのこと。首謀者として名が上がるのは、帝国宰相以外なかろう」
「……」
 軽く背中を押され、やや体勢を崩しつつザウディンダルは何も言わずに格納庫裏入り口へと駆け出し、リュゼクがディストヴィエルドに殴り掛かる。
 拳と蹴りはかわされたが、ザウディンダルとその背後をついて歩いているS−555改は無事に格納庫の中へと消え、立入不可能を知らせるパネルにあかりが灯った。

**********


 ザウディンダルがS−555改と共に格納庫に入った時、外の映像を見ていたサーパーラントは足音を消して奧へ隠れた。
 室内は時間をかけて引きちぎられた、苦悶の表情を浮かべた頭部が至る所に並べられており、
「げっ……」
 ”頭部”が少し揺れたくらいでは気付かれはしない。
 なによりもこの時ザウディンダルは、早くにプログラムを流し「逃げる」か「戻るか」を決断しなくてはならない状況であった。
 サーパーラントは一人狭い隔離された区画に入り、息を殺して待った。
 彼が待っていたのはザウディンダルが出て行くことではなく、自分が死ぬか? 誰かを殺すか?
 その機会を待っているだけのこと。

**********


 格納庫に消えたザウディンダルと残ったリュゼク。
「なにをするつもりだ?」
 ディストヴィエルドが馬鹿にしたように声をかける。
「通信回復プログラムを用意しておったそうじゃ」
「……」
 所持していた余裕が少しばかり揺らぐ。
「焦ったか。焦るがよい」
「貴様はなぜ、それほど揺るがないデーケゼン」
「この儂が、僭主の言葉如きに騙されると思うたか」
 互いに利き腕を前に出し、もう片手で顔の下半分を隠すようにして、間合いをつめてゆく。
「嘘ではない。首謀者は帝国宰相、実行犯はハセティリアン公爵」
「昔から噂されている二人じゃな」
―― 実行犯はともかく、首謀者はパスパーダであろう
 リュゼクにしてみれば”首謀者は帝国宰相、実行犯はハセティリアン公爵”は願ってもないことだった。帝国宰相はこの一件があるせいで、テルロバールノル王家側に強く出られない面がある。
 下手にリュゼクをつついて、王国を上げて真相を解明しようとされては困ると、交渉の際で譲歩を見せることが稀だがあった。
「……」
 使い過ぎれば疎まれて殺害されるが”ここぞ”という時に帝国側を引かせるのに、父公爵の死は役立っていた。それはリュゼクにとって、良いことであった。だから彼女は敢えて真相究明を行わないよう指示している。
「僭主よ。貴様は絶対にセゼナードでない。貴様は嘘と真実を告げるタイミングが悪い。あいつらは真実に嘘を混ぜて口にするタイミングが絶妙じゃ」
「セゼナード……あいつがザロナティオンであることは知っているか?」
 リュゼクは踏み込み殴り飛ばす。
 最初に遭遇したときとは比べものにならない程”落ちている”回復力を感じたが、それでも勝てる感触ではなかった。
「貴様は本当に嘘を並べ立てるタイミングが下手じゃ。エヴェドリットは嘘をつかず、本能だけで生きたほうが”ぼろ”が出ん」
 殴り飛ばされたディストヴィエルドは立ち上がり、
「名前だけは教えておこう」
 表情を切り替えた。
「何故じゃ?」
 エーダリロクらしさを排除し、本性を露わにする。
「自分を犯す相手の名くらい知っておきたいだろう?」
「全く知りとうないが」
「生きているうちに聞いておかないと解らないぞ。我は生きている肉体には興味はない。筋肉が断裂し内臓がはみだした胴体と、痣だらけの手足、そして鬱血して腫れ上がった顔の死体を犯すのが好きだ。では名前だ、我の名はディストヴィエルド=ヴィエティルダ」
「悪趣味とは言わないでおいてやろう。貴様等じゃからな!」

―― 逃げろよ、レビュラ。儂ではこの僭主には勝てぬ


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